ソーシャルメディアとのつきあい方―ICTによって変わる人と人との関係性

  大阪ガス(株) エネルギー・文化研究所発行 情報誌CEL 102号 「特集 ICTのエネルギーが社会をつなぐ」より再録。(文中敬称そのまま)
  ※ICT = Information and Communication Technology

今回は、ICTを使った企業内外あるいは生活者とのコミュニケーションに、実際の仕事を通して深く関わってこられているお二人の対談です。ICTの発達、主にソーシャルメディアの発展によって、人と人とのコミュニケーションのかたちや生活意識が、今どのように変わってきているのかについて語り合っていただき、今後の変化の方向性と社会の未来についてもお考えをうかがいました。



広がるソーシャル空間でのコミュニケーション

平山 本間さんは、デジタルマーケティングの世界で幅広くご活躍されていますが、まず最近の企業と消費者とのコミュニケーションの変化については、どうお考えですか。

本間 フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアは無視することはできません。企業とお客さまとのチャネルが広がったとも思います。かつては情報発信者が限定されていましたが、ネット空間では、利用者が発信者にもなるし受け手にもなる。企業と消費者の情報交換のスタイルが変わってきたのを実感しています。

平山 最近は、スマートフォンやタブレットなどモバイル型のディバイスが増えて、パソコンだけでなく、さらに手軽になってきました。

本間 毎年、Web広告研究会でソーシャルメディア・ユーザーに実施しているグループインタビューなどで尋ねると、ソーシャルメディアについては、TとかFのボタンを押したらツイッターやフェイスブックにつながっていたという感覚で、とても身近なものだそうです。

平山 生まれた時から身近にインターネットがある「デジタルネイティブ」とも言うべき人が増えてきています。私の会社では毎年、学生向けソフトウェアコンテストを主催していますが、昨年優勝したチームは、ツイッターで知り合った東京と宮城と静岡の学生の3人組でした。ネットで打ち合わせをして、ソフトのアイデアを共同で企画立案したそうです。本戦のプレゼンテーションの前日に初めてそのうちの2人だけが顔を合わせたらしく、リアルには一度も会ってない人同士の新しい関係性を実感しました。

本間 花王の商品のコミュニティでもそうです。あるひとつのシャンプーや化粧品のことを話したいためにウェブ上に集まってこられる。ソーシャル空間上で「私は、このシャンプーが気になっている」と書き込むと、「私も」と何人かが集まればそこがコアになる。その時には、住んでいる場所とか地域を問わない関係性が生まれていますが、そこが大きな変化です。

平山 リアルの世界とネットの世界が随分融合してきている気がします。実際に会っているのも「会っている」だし、ネット上で会っているのも「会っている」という感覚になっている。

複数のメディアを使い、選択する時代

国内のSNS ユーザー数の推移

平山 今の人は、テレビを見ながらフェイスブックをのぞいたり、つぶやいたりするのが当たり前のようですが、我々の世代ではちょっと無理ですね。本間さんはどうですか。

本間 私も無理しています(笑)。でも、最近聞いた話では、若い人たちは、どうやら無理をしないことを覚えたようです。メールの山に、僕たちはどれに返事をしないでいいかと考える。でも若い人は、溢れるほどメールがくるのが当たり前で、どれだけに返事をしようかと考えるそうです。世代によってふるいのかけ方が違う。

平山 2010年頃に言われた「ソーシャル疲れ」は最近はどうでしょう。

本間 グループインタビューでも、2010年の冬は、参加者に少し疲れが見えていました。友達が増えれば増えるほど対応する回数が増えるけれど、さぼることができない。ところが2011年になると、もう自分で選ぶんだという感じ。

平山 割り切りが出てきたんでしょうか。

本間 20代の女性で、朝起きると、隣の夫に「おはよう」を言う前に布団の中でツイッターを見るという人がいました。自分の寝る前の「つぶやき」にどんな反応があったかを確認し、寝ている間に世の中がどう動いているのかを知るのに、テレビをつけるより、まずツイッターをのぞくわけです。

平山 大学生とか高校生の子どもが食卓でメールを見ていると、これまでは大人は叱っていました。いまや奥さんにもそういう傾向があるんですね。

本間 情報源が少なかった頃は、テレビCMなどが話題にされる可能性が高かった。ところが、テレビよりソーシャル空間で起こっていることの方がおもしろいとなると、CMは流れていても見てもらえない。私の妻も、ツイッターを見て、「今○○さんが○○番組に出て、○○について発言しているそうだから、チャンネルを変えて」とか言う。新聞の番組表しかなかった時代には起きなかった現象。自分の情報源をもとにして、その時々にメディアの選択が行われているんです。

平山 ネットで時間や空間を越えてコミュニケーションができるようになり、情報収集力など人間の能力は大きく広がりました。でも一方では、情報源が限定されているとか、自分が属しているコミュニティに依存するとか、閉鎖的な面も出てきているように見えます。

本間 マーケティング関係の知人などは、みな大抵研究の意味もあり、ソーシャルメディアを使っています。すると、世間みんながソーシャルメディアを使っていると錯覚してしまう。でも全人口からみると、実はまだまだ少数派。その少数派が、より細かいグループに分かれているのが現状です。

インターネットの力、「集合知」の可能性

平山 よく、インターネットの力として挙げられるのが「集合知」。J・スロウィッキーの『「みんなの意見」は案外正しい』という本もあります。選挙の結果やトレンド予測などについて、確かに集団の持つ力はすごい。オープンソースの開発でもそう。たくさんの力を合わせることで良くなっていく。その条件として言われるのが、分散していて、自立していて、多様であること。そういう人々が集まって初めて集団知を生かせる。しかし、一方では、やや群集心理的なネガティブな傾向も見受けられます。

本間 充 氏
本間 充 氏

本間 「アラブの春」の際に発揮されたように、ソーシャルメディアは確かに人を動かす力を持っています。それがポジティブにもネガティブにも働く。僕はダイバーシティ、多様性がキーワードだと思っています。

平山 みんなが同じ価値観を持っているわけではないですからね。

本間 「世の中で、こういうことが行われているけれど、応援した方がいいだろうか」とか、「いや本音を言うと僕は賛成できない」、というような考えが、ソーシャル空間で語られることによって、次第に意見が収束していく。その場合、集合知と言いながらも、実は51対49くらいの優劣でものが動いているのではという気がします。だから、一方の意見が、たまたま少し優位になったとしても、そこに何か課題が見つかれば、今度は反対側に人が動くことも起こる。ネット上では、○×どちらかではなく、悩みを含めて語られている。そこが重要です。

平山 多様性と同時に、独立性を保つことが大切です。多様な意見を受け入れて、認め合い、評価できるという成熟が、これからのソーシャルメディアには必要でしょう。

情報の伝播から、知の交換への展望

平山 私は活字好きで、やはり電子ブックより本の方が良い。折り目を入れたり線を引いたりできますし。

本間 僕もそうです。まだ一番のモバイルツールは本でしょう。でも、今の子は、タブレットを触ると、小さな子でも指で画面をピンチして拡大するそうです。そしてテレビの大画面も指でピンチしようとする(笑)。

平山 輝
平山 輝

平山 その子たちにとっては、その方が本より自然になるのでしょうね。育った環境のテクノロジーとともに人も変わってくる。ただ、ニコラス・G・カーが『ネット・バカ』という本を書いていますが、インターネットでブラウズばかりしていて、どんどん飛んでいくのに慣れていると、徐々にじっくりと文章を読むのが苦手になっていきそうです。

本間 僕が学生だった80年代後半でも、大学のインターネットで論文検索ができました。テーマにしていた数値計算に関する論文が次々に出てくる。そこで指導教官から言われたことは、先行論文は一定数あればいい。今度は情報から一度離れて、自分がその情報から何を得たかを整理する時間が重要。何にインスパイアーされ、自分に何ができるかをじっくり考えなさいと。これは今でも通じる考えだと思います。結局ネットの中には自分の答えはなく、それはあくまでも自分で見出すもの。他人と異なるべきだというのではなく、自分はどう考えるかということを常に自己に問うべきではないかと思います。

平山 インターネットを使えば一度に世界中から情報を集めてくることができるので、あたかも自分が知識として持っているような気がしてしまう。でも、それは自分の思考プロセスの中で処理したことがないもので、いざというときには体系的には使えないんです。

本間 今ソーシャル空間では、情報の交換はされても、知の交換にまでは踏み込めていないのが現状でしょう。その点で言えば、求められているのは、間違ってもいいから自分の意見を表明してみること。これは、自分自身を鍛える「トレーニング」にもなるはずです。それから、日本人は、一度意見を言ってしまうと変えてはいけないと思いがちですが、新しい情報や判断材料がもたらされた時には修正するのも大切なこと。

平山 それが知の交換ですね。アメリカのブログやコミュニティでの意見の多様さや議論の様子と比べると、日本ではかなり単一的な意見が多い。「炎上」なんて話もありますが、特定の意見に流されてしまうところがあります。

本間 自分の名前を言って意見を言うことができると、今度は、そこから情報が集まってくる。ネットで情報を探すことはできるけれど、実は良質な情報は人からもらうことが多いんです。

まずはソーシャル空間に入ってみること

本間 ソーシャルメディア初心者は、まずはツイッターで好きな有名人を追いかけてみるといいですね。テレビや雑誌経由の発言と本人の「つぶやき」を聞き分けるだけでおもしろい。既存メディアからは出てこない情報伝播があることを実感できます。すると今度は、自分も追いかけたい人が出てくるし、自分の考えを表明したくもなってくる。

平山 最近よく耳にするソーシャルメディア入門は、まずはフェイスブックでアカウントを持つこと。特に50代以上の人では、高校や大学の同窓生が見つかることも多く、最近、同窓会が盛んになってきたそうです。

本間 ソーシャル空間では、自分のプロフィールをどこまで出すかの判断も必要です。自分が相手を選ぶのではなく、どこまでを受け入れるかを選ぶ。ある女性が、会社の人がフェイスブックで友達申請してきても全て断ると言っていましたが、そこは個人の世界で、会社では知られたくない顔を見せているからのようです。

平山 本間さんは、メディアによって顔を使い分けていますか?

本間 ツイッターでは他愛のない発言もしています(笑)。フェイスブックでは後から確認されてもよいように多少気をつけて書いています。やはり強弱をつける必要があります。ただ、妻もチェックしていて、いつどこで誰と飲んだのかも全部知られている(笑)。

平山 本間さんにとって、ソーシャルメディアの良いところと悪いところは何でしょう。

本間 人と出会いやすいことです。同じようなことを考えている人を発見しやすい。嫌な部分は、今は情報伝播だけの空間として使っている人が多いこと。誰かの言ったことをコピーして流すのはいいですが、一部だけが本質とは違うコメント付きで広がってしまったりもする。

平山 今、私たちの社内では社員専用のSNSを使っているんです。社員は仕事のことも書くのですが、自分のこと、趣味だとか得意なことについても書く。するとこの人はこんなことができるのかと、意外な才能を発掘できることがあります。

本間 上司との面談では決して出てこないような、その人が持っている幅広いプロフィールを会社は知ることができるわけですね。企業内でも十分に活用できそうです

人生を記録していくライフログ的感覚

平山 今の若い人たちでは、ネット上と実生活の空間がかなり融合されてきているようです。そのためか、学生向けソフトウェアコンテストで、よく出されるアイデアが、自分が暮らしてきて感動したことなどをデジタル情報として記録し共有していくライフログ的なもの。

本間 自分の日々の記録に、外部記憶装置を使っていくわけですね。今では携帯電話でも何十ギガも情報を保存できるので、画像とかに時間・位置情報をつけて何年分も残していける。そういうライフログを公開しながら、他の人となにか共同作業ができないかとも思います。


ソーシャルメディアの利用目的

平山 今、ネット上の膨大なメモリースペースに、意識しなくても個人の記録がさまざまに残されてきています。少し怖い面もあるけれど、これからの人は、生まれてから死ぬまで、撮った写真やつぶやいたことが、ずっとどこかに残っていくのかもしれません。そういったデータを分析することで、故人の記憶だとか、思考パターンを現代に再現できるようになるという人もいます。究極は、過去の偉人と会話ができたり(笑)。

本間 これまでは知的生産の結果だけが後世に残されていました。有名な論文でも、そこに至るまでの過程の記録は残っていませんが、僕はむしろ、その人がいろんなアプローチをし、失敗をし、「でもこっちだ」と次に進む契機になった過程に興味があります。ひょっとしたら、そうした過程のデータベースを活用して、これから起こる失敗の回避もできるかもしれません。

平山 失敗に対する予知能力が高められる。ライフログも無限の可能性を秘めています

知的生産の場とワークスタイルも変化

本間 情報という点では、ニュースなどについて、国内の報道機関が伝えるものと国際的機関が伝えるものとでは、論調が大きく違うということが実際あります。日本人はこれまではそのことにあまり気がついていなかった。

平山 3・11の時も、欧米のニュースと日本国内のニュースとは随分違いました。

本間 その意味で、最近はソーシャル空間上で、そうした多様な情報のやりとりも盛んになってきています。

平山 インターネットを使って、信頼できる情報に近づくことが可能になったのはやはり大きいですね。

本間 情報の流れが変わったということですね。エネルギー供給でも、今後はスマート型に変えていこうと言われていますが、それは従来の1対nじゃなくてn対nの関係。

平山 このシステムの変更は、他の産業などにもきっと大きな影響を及ぼすでしょう。

本間 同じやり方で、ネットワーク上での知的生産も可能になっていきそうです。そんなに大きな資本や労働集約がいらない生産を何人かが集まってやるのは、実はソーシャル空間に向いている。大企業モデルの型にはまった働き方が不得意な人もいますが、そんな人にも適した働きの場も生まれてくるかもしれません。

平山 生産活動のスマート化の可能性ですね。共同でソフトのアイデアを企画した例のように、離れている人たちが、ソーシャル空間上で、自分のやりたいことを表明し合いながら、何かを生産するようなことがさらに可能になるでしょう。

本間 多くの人がそうしたことをネット上で体感していくと、緻密に考えられる日本人ならではの新しい生産や労働のかたちもきっと出てくると思います。

平山 新しい社会性に適応した人間も、産業も文化もこれから生まれてくるのだと思います。ICTの可能性は多方面に広がっている。そのことが、今日のお話から改めて実感できました。

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