ObjectSquare [2009 年 1 月号]

[レポート]


ETロボコン2008

モデリングワークショップ 参加報告

(株) オージス総研
組み込みソリューション部
大西 洋平

目次

  1. はじめに
  2. ETロボコン2008のモデルはどうだったか?
  3. ETロボコン2009のモデルはどうなるか?
  4. おわりに
  5. 参考URL

1.はじめに


モデリングワークショップの風景

去る、11月19日(水)、20日(木)の2日間に、横浜パシフィコにてETロボコン2008(組み込みシステム技術協会主催)のチャンピオンシップ大会が開催されました。本大会は、走行競技だけでなく、走行プログラムの設計モデルの良し悪しも競うという一風変わった大会であり、今年で開催9回を数えます。今年は予選会に全国から291チームのうち、予選を突破した40チームがチャンピオンシップ大会に参加し、全国でのチャンピオンを決める決戦が繰り広げられました*1

*1筆者は「メガネボーイズ2008」のメンバーとしてチャンピオンシップ大会に出場しましたが、残念ながら両部門でも惨敗しました。

本記事では、チャンピオンシップ大会のうち、20日(木)に開催されたモデリングワークショップ(モデリング審査を振り返る対話的な教育プログラム)で議論されたトピックに対する参加者としての感想、そしてETロボコン2009でのモデルについて展望を述べます。

なお、ETロボコンの概要、チャンピオンシップの結果やモデリングワークショップのプログラム内容については、参考URLの記事を参照してください。

2. ETロボコン2008のモデルはどうだったか?

ETロボコン2008は、審査員もかねての念願であった「モデル(設計)審査結果と競技結果の一致」が達成された記念の年でもあり、「ETロボコン」の原点をみんなで振り返る年でもありました。ここではモデリングワークショップで議論となったトピックをいくつか取り上げていきます。

(1) 審査員の念願だった「良いモデル(設計)のチームは走行結果も良い」が実現した

筆者はETロボコンに参加して3年目になりますが、これまでの傾向として「モデリングが良いチームは走行が悪い、走行結果が良いチームはモデルが悪い」というパターンがありました。例えば、2007年度のチャンピオンシップ大会の結果を見ると、モデル部門の入賞 チームは競技部門で入賞していません。逆もまたしかりで、競技部門でよい成績を収めたチームはモデリングでは良い成績を収めていません。

一方で、今年は総合入賞した3チームは、両部門で高い成績を出しています。 公式サイトでチャンピオンシップ大会の結果を見ると、総合部門で入賞したチームは両部門において、高い成績を収めています。

今年のチャンピオンシップ大会の入賞チームは常連の企業チームであり、毎年のワークショップで語られてきた審査員の念願(「良いモデル(設計)のチームは走行結果も良い」)を強く意識してきたからこそ、両部門での好成績を実現できたのではないかと筆者は考えています。

(2) 参加チーム全体のモデルの質が向上した

今年、予選会から参加していて気づいたのは、どのチームの提出モデルも情報がうまく構成され、チームの戦略の意図が表現され、総じて「見せる」モデルとして質の高いものであったことです。ワークショップ中に初年度のエクセレントモデルが紹介されましたが、その年のモデルと比べると、モデルの資料としてのできばえ、情報の構成の仕方、モデリングの対象の幅広さは格段に向上されていました*2

*2@IT monoistの記事『速さと性能の確かさを――ETロボコン2008最終章~ETロボコン2008~チャンピオンシップへの道(5)~』で紹介されているエクセレントモデルを見ていただくと、モデルを見せる技術がお分かりいただけると思います。

例えば、ここ数年のモデリング部門の課題として、「UML以外の表現手段をどう有効に使うか?」や「モデルの意図をどう表現するか?」という課題が挙がっていました。昨年や今年の傾向として、前者に対しては、写真や補足文章をのせたり、モデルと実際の競技コースの対応関係を明示する、後者に対しては昨年度の反省や今年の目標などをゴール指向分析手法*3で掘り下げた結果をのせているチームがありました。単純に走行戦略のみをモデリングしていた初回から、走行体を含めた周辺環境、そしてチームメンバーの意図などもモデリング対象となっていったのです。

*3システムによって達成されるステークホルダの望むべき状態・状況(ゴール)を木構造(または非循環有向グラフ構造)で表現し、システムの要求を明らかにする手法です.

それでは、なぜ参加チーム全体のモデルの見せ方の質的向上がなされたのか?もちろん最大の理由は各チームの努力の成果であると思います。しかし、それを下支えしていたのは、以下のようなETロボコンの対話的教育プログラムの成果であると、筆者は考えています。

(3) 人間にとっての分かりやすさを重視するあまり、基礎的なモデリング技術が軽視されている

以上のようにモデリングの対象や見せ方の面が高度に発達し、多くのチームが「見せる」モデルとしてよいものを提出するようになりました。一方で、純粋に UMLモデルだけに着目してみると、基礎的なモデリング技術が軽視されていることが審査員の幸加木氏より指摘されました。

ワークショップにおいて挙げられた基礎的な間違いとしては以下のようなものでした。

モデルの書き手としては「読み手にとって分かりやすいモデル」を意図して描いたつもりが、結果的に誤解を招くモデルになってしまっているとのことでした。さらに、幸加木氏は、(1) 自分の表現したいことは何か?、(2) 自分の表現したいことに対して適切なダイアグラムを選択しているか?、(3) そのダイアグラムの正しい文法で描いているか、などに気をつけると良いと指摘しました。

ワークショップにおいては「人間にとって読みやすいモデル」か、「機械にとって正しい(文法的に正しい)モデル」か、という議論で盛り上がりをみせました。筆者は審査員の平鍋氏が語った「機械に対してコミュニケーションできるモデルであり、かつ、分かりやすく意図を伝えるモデルというのが、最終段階でその価値を持つ*4」という言葉が印象に残りました。

*4@IT monoistの記事 『専門家が思わずうなる、モデルの作り方~ETロボコン2008~チャンピオンシップへの道(6)~』より引用

(4) 情報を詰め込みすぎた「ファットモデル」が増加した

基礎的なモデリング技術が軽視されているという話に続いて、審査員の懸念として挙げられたのが「情報量が肥大化した壁新聞のようなモデルが多く見られた(審査委員長の渡辺氏)」ということです。これは近年、特に常連の企業チームに見られる傾向で、走行アルゴリズムや検証結果などの豊富なアイディアをモデルシートに詰め込んだ結果、情報が肥大化し、文字が小さく、非常に読みづらいモデルシートが出来上がってしまったというものです。

例えば、ファットモデルの例として紹介されている「なんだいやチーム」のモデル*5では、自分のチームの戦略のアイディアだけではなく、他の参加チームへのメッセージとして「自分たちのモデルで工夫したこと」を詳細に記述しています。読み手としては、「自分のアイディアをみんなと共有したい!」というETロボコン全体に共通する思いが伝わってきますが、結果として情報肥大化を招き、モデリング審査では僅差で3位になってしまいました。

*5@IT monoistの記事『モデルの情報量と伝わりやすさの関係を問う~ETロボコン2008~チャンピオンシップへの道(7)~』を参照。

しかし、この近年のファットモデル化の流れとは逆行して、モデルとしてはシンプルで、情報量を抑えた「シンプルモデル」を意識したチームが登場してきました。2008年エクセレントモデルを受賞した「サヌック」チームのモデルはその代表格です。おそらくは、数々のファットモデルの審査を行ってきた審査員が「原点に返ってほしい」という思いをこめて、エクセレントモデルとしてシンプルなモデルを選んだのではないか?と筆者は解釈しています。

3. ETロボコン2009のモデルはどうなるか?

以上、2008年度のデリングワークショップで話題になったトピックについて、筆者の意見を述べてきました。ここからは、ETロボコン2009でのモデルがどうなるのか?を筆者なりに予想してみたいと思います。

(1) 原点回帰派による基礎的なモデリング技術の見直し

ここ数年の傾向として、RCX*6 向けの基本的な要素技術が出し尽くされ、モデルシートの表現技術が高度化したことにより、情報肥大化したファットモデルが多数提出されました。ワークショップで審査員から提言されているように、基本的なモデリング技術をちゃんと見返し、自分たちの表現したいことをシンプルにまとめたシンプルモデルを提出する「原点回帰派」のチームが一定数、登場すると思います。

*6RCXはLEGO Mindstorms用の旧世代マイコン。新世代マイコンのNXTとのスペック比較は、@IT monoistの記事『速さと性能の確かさを――ETロボコン2008最終章~ETロボコン2008~チャンピオンシップへの道(5)~』を参照。

特に、今回のワークショップに参加し、議論に直接参加していたチャンピオンシップ大会の参加チームを中心に、基礎的なモデリング技術とシンプルモデルへ回帰するチームが現れてくるのではと、筆者は期待しています。

(2) 走行体乗り換え派による新たな機体検証競争の幕開け

ETロボコン2009は、新世代の走行体への移行期間として、RCXとNXTの両方で参加することができます。チャンピオンシップ大会の入賞チームへ景品として多数のNXTがプレゼントされ、さらに予選敗退者で既にNXTの検証を始めているチームのブログもちらほら見られるようになりました。

組み込みエンジニアたるもの新しい機体をいじるのはワクワクするでしょうから、検証されつくしたRCXから未知のNXTに移行するチームが多数出てくるでしょう。2010年以降は本格的にNXTに移行するので、ここ数年はNXTの性能を検証し、安定した走行を実現する方法をモデルシートで紹介するチームが増えてくると思われます。

4. おわりに

本記事では、ETロボコン2008のモデリングワークショップを振り返り、ETロボコン2009のモデリング部門について展望を述べました。ETロボコン2008は、「モデルも競技も良いチーム」が多数現れ、これまでの大会の集大成として印象に残る大会になりました。一方で、基本的なモデリングの技術や、シンプルに自分たちの考えをモデルとして表現することを再度考え直すきっかけになりました。ETロボコン2009では、今大会の結果を踏まえて、各チームも大きく飛躍していくでしょう。

2008年4月号の記事にも書きましたが、筆者はETロボコンの醍醐味は「1000人近くの人が1つのテーマ一緒に考えること」、「組織の枠を超えて共に成長できること」だと考えています。この記事を読んで、おもしろそうと思った方が一人でもETロボコンの輪に入ってくれると幸いです。

それでは、次はETロボコン2009にて。See you soon!

5. 参考URL

(1) ETロボコン2008の参戦記事
(2) チャンピオンシップ大会を取り上げたニュース記事

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