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レポート

ScalaMatsuri 2017 参加レポート

~翻訳スタッフとして見た祭りの舞台裏~
株式会社オージス総研
大西 洋平
2017年3月16日

2017/2/25~26 にプログラミング言語 Scala に関する国際会議としてはアジア最大規模である ScalaMatsuri が開催されました。筆者は、昨年、一般参加者として参加しましたが、今年は翻訳スタッフとして参加しました。本記事では、筆者が主に翻訳スタッフとして担当した業務や、翻訳スタッフから見えた ScalaMatsuri 運営の舞台裏についてご紹介します。本記事を通じて運営スタッフ側に興味を持っていただける方がいらっしゃれば幸いです。各セッション詳細については、講演動画発表資料、または参加者による参加レポートも公開されていますので参照ください。

ロゴ

参加の動機

筆者は、ここ 2 年ほどサーバサイドを Scala で開発しており、言語周辺および応用領域の技術動向把握のため、昨年は一般参加者として ScalaMatsuri に参加しました。その際は、

  • 海外からの参加者・スピーカーが多く、英語で発表する日本人スピーカーもおり、技術者向けの国内イベントとしてはかなり国際化が進んでいる点
  • 同時通訳も入るセッションがありなど、運営がしっかりしている

などに感銘を受けました。次、参加するなら自分の持っている言語スキル(プログラミング言語と英語)を生かした活動をしたいなと思ったため、今回はスタッフ側として参加し、主に翻訳チームのメンバとして活動しました。

参加者が楽しめる雰囲気に満ちたイベントだった

最初に、私が感じた ScalaMatsuri というイベント全体の特徴をご紹介します。

私はスタッフなので、手前味噌ではありますが、参加者が楽しめる雰囲気に満ちたイベントだったと感じました。

お祭り(非日常)を楽しむ

まずは、参加者が入場して最初に目につくのは、スタッフの制服である特製はっぴ、そしてイベント会場にかざってある提灯(実はスポンサー広告)でしょう。

スポンサー広告をのせた提灯

これはスタッフ内の企画会議で挙がったアイディアです。海外ゲストがわざわざはるばる遠方から参加するので、日本に来たことを実感してもらおうと、実施されたものです。実際に海外ゲストにもウケていたようで、提灯が飾ってあるステージ近くで、はっぴを着て記念撮影をしてツイートする方が多くいらっしゃいました。また、日本人の皆さんもお祭り感を楽しんでいただけたと思います。

そして、日本といえば寿司。2日目はなんと板前さんが来て、寿司を握ってくれました。技術者向けのカンファレンスで板前が寿司をにぎっているという不思議?な光景もあり、あまりの人気っぷりに長蛇の列が出来ていました。

iスポンサー広告をのせた提灯

参加者が作るカンファレンス

次に感じたのは、参加型のイベントです。2日目は、「アンカンファレンス」という形式で進行され、ほとんどのセッションが当日朝時点の皆の投票でテーマが設定されます。

まず1日目に、自分が興味のあるテーマをホワイトボードに書いていきます。自分で発表できなくても、有識者に聞きたい、他の人はどうしているか聞きたいというテーマでも良いため、そのテーマに詳しくなくても提案可能です。次に自分が興味のあるテーマに対して投票を行っていきます。

アンカンファレンス

投票の多いテーマに関しては、2日目のアンカンファレンスのセッションテーマとして採用され、テーマを提案した方が座長になります。

アンカンファレステーマ決定のミーティング

こうして、自分が普段問題意識を持っていること、1日目の発表内容、当日他の参加者と話したことなどの影響を受けながら、その場で参加者が主体的にカンファレンスを組み立てていきます。主催者と参加者、登壇者と聴講者という関係性がくずれていき、皆で神輿をかついでいるような雰囲気が生まれていきます。

運営側の仕事

ここからは、筆者が翻訳チームとして活動した内容を中心に運営側の活動について紹介します。なお、翻訳以外にもカンファレンス運営上で必要な事項にそって様々なチーム(メディア、会場運営、ノベリティなどなど)が組織されています。ここに書かれているのは、あくまで初参加スタッフであり、右も左も分からない状態の私から見えたことである点にご注意ください。カンファレンス運営の全体像については実行委員長の麻植さんが記事を公開していますので、興味あればこちらも参照ください。

スケジュール

スケジュールはおおまかに以下のようなものです。開催半年前ごろから運営チームがキックオフ、秋には参加者とスポンサーを募集、冬には投票などで講演を確定し、年明けから発表資料を翻訳して当日を迎えます。

  • 7月
    • 運営キックオフ
  • 9月
    • 2017年開催サイトの公開
    • 講演者募集
  • 10月
    • スポンサー募集開始
  • 11月
    • 参加者による講演への投票
    • 講演者の確定
  • 1月
    • 発表資料の提出
    • 発表資料の翻訳
  • 2月
    • 発表資料の翻訳
    • イベント当日(同時通訳者と講演者の打ち合わせ補助など)

翻訳チームの役割

ScalaMatsuri は「国際会議」であり、参加者には日本語が分からない方も大勢参加します。このため、理想的には、あらゆるコミュニケーションが英語で行われ、翻訳や通訳を介在させずに、参加者同士で直接コミュニケーションできると良いとは思います。

しかし、現実的には、日本で開催され、ほぼ日本人で運営され、参加者の大半は日本人であるイベントのため、Scalaに関する技術力はあるものの国際会議で共通言語として使われる英語が得意ではない日本人参加者と、国際的にはマイナーな現地語である日本語が分からない外国人参加者の間でのコミュニケーションギャップが発生します。

ここで日本人参加者全員に英語を強制することは現実的ではないので、

  • セッションの一部に同時通訳をつけることの他に、
  • 翻訳チームが運営と外国人参加者、外国人参加者と日本人参加者の間のコミュニケーションに介在し、母国語もしくは得意な第2外国語としての英語によるスムーズなコミュニケーションを支援する

ということを、翻訳チームを中心に行います。

具体的な役割としては、以下があります。

  • Webサイト・ソーシャルメディア・メールの案内事項の翻訳
  • 発表資料の翻訳
    • 原則、資料は英語なので、日本人参加者の理解促進のため、重要箇所に日本語字幕をつけます。
    • この資料は同時通訳者の語彙準備の入力としても使われます。
  • 同時通訳者と外国人登壇者の打ち合わせ補助
    • 同時通訳者は技術者ではないので、セッションの概要をかみくだいて説明します。
    • 日本人参加者に適切に伝わるように、英語の専門用語に対応する適切な訳語の選定を助言します。

翻訳チームが協力して、幅広いテーマをカバー

私は今回初参加ということで、運営全体像が把握できなかったため、運営上の意思決定はベテランスタッフの皆さんにおまかせし、私は案内事項や資料の翻訳に集中して取り組んでいました。

講演者の募集要項などの案内は、比較的、普通のビジネス文書のため翻訳は容易ですが、発表資料の翻訳はかなり難しいタスクです。セッション内容は多岐に渡り(言語仕様、関数型言語、メタプログラミング、ストリーム処理、分散処理、など)、一人ひとりが全てを把握するのは困難です。内容的に難しそうな部分は、その分野に明るい方に翻訳をお願いし、自分でも対応できそうなものを中心に担当していきました。

チームメンバが少ないなか、膨大な量の資料が送られてくるため、進捗が追いつかない状況でしたが、Yuta Okamotoさん、Eugene Yokota さん(Lightbend 社唯一の日本人)が、自分担当の翻訳をこなしながら、私の翻訳の添削も(原形をとどめないレベルで ^ ^;)行っていただきました。英語ネイティブである Yokota さんの友人に参加いただき、日本人発表者の英語文法チェックはやっていただけることになったので、英語発表者の資料に専念できたのも良かったと思います。

(ちなみに、Yokota さんのファーストネームは Eugene のため、最初は日本人ではないのだと勘違いしていましたが日本生まれの純粋な日本人でした。本名の Yu と You が紛らわしいため、Eugene と名乗っているそう。)

同時通訳の成功確率を高める

そして、翻訳チームとして印象に残っているのが、同時通訳者の補助です。イベント当日は、同時通訳者の通訳の精度を上げる目的で、通訳者と登壇者の間で打ち合わせが設定されます。その際に、以下のようなことを行っています。

  • 発表内容に関する日英語彙集作成の支援
    • 通訳者は、当該分野の知識がないため、適切な訳語を用意した方が良いケース、訳さない方が良いケース(専門用語が英語のまま浸透している)、訳してはいけないケース(言語の予約語、製品名などの固有名詞など)などを適切に判断することができません。
    • よって技術知識を持っている翻訳チームのメンバが、日本語字幕訳つきの発表資料を一緒に見ながら、どこを訳すべきか訳すべきではないか、訳すならどの訳語が自然に聞こえるかなどを判断し、通訳者に助言します。
  • 通訳者が発表者内容を予測できるようにする
    • 講演者のクセ(アクセントなど)、マイクの調子など、様々な状況により通訳者が 100% 聞き取れない場合があります。そこで、通訳のテクニックとして、講演者が何を話そうとしているのか把握し、内容を推論することで、聞き取れなかった部分を補うことが行われる場合があります。
    • よって打ち合わせの段階で、大まかな発表の概要、どの順番で説明するか、どこでデモを行うか、などを確認していきます。 ただし、通訳者自身に専門知識がないため、完全に理解することは不可能です。よって、おおよそどういう内容なのか専門家でない人に分かるように、講演者から通訳者へ概要を説明していただきます。Free Monad やバイナリ互換性など、参加者ですら完全に理解できているわけではない難解なトピックの説明を登壇者から受け、通訳者がどんどん苦悶に満ちた表情になっていくのが伝わってくるので、どこまで通訳者に説明した方が良いのか講演者と話するのも我々の仕事です。

打ち合わせに同席する立場としては、こんな難解なトピックをこの短時間でどう理解するのか不安になりますが、そこは同時通訳のプロ。発表本番では、細かい問題はありこそすれ、参加者から賞賛の声が挙がるほど適切な通訳をなさっていて驚きでした。

登壇者と直接交流できるのもスタッフの特典

そして、(特に海外からの)登壇者にはスタッフ側で居酒屋での懇親会の場を設定します。AkkaLagomScala.js といった著名な OSS プロダクトのコミッターが多数参加されました。こういう一線で活躍されている方々と酒を飲みながら、直接話できるのも楽しい一時です。

おわりに

今回、初めて運営スタッフとして参加し、国際会議を裏から支える役割を担いました。プライベートの時間で担当タスクをこなすため、つらくなる時期も多々ありますが、イベント当日の高揚感や成功裏にイベントを終えたときの達成感は格別のものでした。

おそらく来年以降も ScalaMatsuri が開催されると思います。運営側は常にリソースが足りない状況でがんばっていますので、本記事を読んで、スタッフ側で参加したいと思ってくださる方がいらっしゃればうれしいです。

では、また来年の ScalaMatsuri でお会いしましょう!