[レポート]
去る1月15日と16日の2日間、秋葉原のUDXカンファレンスセンターにて「 Scrum Alliance Regional Gathering Tokyo 2013」が開催されました。 前日の大雪の影響で足元が悪いにも関わらず、1日当たり約250人の参加者が集まりました。 日本でのアジャイル開発に対する期待や関心の高まりを伺わせました。
今年のセッションは、基調講演及び特別対談が3本、3つの会議室に分かれてパラレルに開催されたワークショップが5つ、事例紹介を含む講演が14本と、多彩な内容でした。 また、スポンサーの展示ブースがあり、OpenJamの開催もありました。
今年のScrum Gatheringはオタク文化、メイドカフェ、AKB48などをはじめとした日本のポップカルチャー/サブカルチャーの発信地とも言える秋葉原での開催です。 初日には実行委員会の川口さんがアキバ系ファッションに身を包み、参加者たちをにこやかに出迎えました。 実行委員会の心遣い、努力に感服いたしました。
筆者は初日のセッションを聴講しました。 このレポートでは以下Jurgen Appelo氏による2つのセッションの内容を紹介いたします。
オランダ出身のJurgen Appeloの名前を初めて聞いたのは2年前でした。 当時、筆者はアジャイル開発の導入が組織に及ぼす影響、例えば「マネジメント」のありかたや、「自己組織化」がどのように行われるのかなどについて考えていました。 そんな中、Appelo氏の「Management 3.0 - Leading agile Developers, Developing agile Leaders」という本に出会いました。 それ以来、いつかAppelo氏の話を生で聞きたいと思っていましたので、今回の講演を大変楽しみにしていました。
基調講演では、Appelo氏は日々複雑になっていく環境とその環境に適応するための組織の形態とその進化の過程を示しました。 また、各種のマネジメント理論を参照しながら、Appelo氏自身の体験を語ったほか、組織に必要となる「マネジメント」とは何か、また、その「マネジメント」の導入によってどのような結果になりうるのかについて紹介しました。 最後に、現代の組織に必要な6つのビューを持つManagement 3.0のMartieモデルを解説しました。
Appelo氏の基調講演は氏の著作「Management 3.0」と同様、真新しい理論は特に含まれません。 しかし、そこで語られる、広範な理論の組み合わせによってもたらされる独自の見解や、自身の経験から有効性が検証できたプラクティスは示唆に富んでいます。 講演中、Appelo氏はまるで友人と語らっているかのような雰囲気で、複雑な組織論、組織のマネジメントを分かりやすく説明していたことが特に印象的でした。
ここから、基調講演のポイントについて紹介したいと思います。
Appelo氏の著書「Management 3.0」の日本語訳版はまだ出版されていません。 本書の中で、Appelo氏は「マネジメント」を以下表1 に示した3つのモデルのように名づけています。
表 1 : マネジメントモデル
モデル名 | 特徴 | マネジメントの方式 |
---|---|---|
Management 1.0 | 階層式 | トップダウンで命令-コントロール式で組織をマネジメントする |
Management 2.0 | 短期的なブーム | Management1.0に、バランススコア、シックスシグマ、制約理論、トヨタ品質管理などの理論を追加したもの |
Management 3.0 | 複雑性の科学に基づく | 組織は複雑なネットワーク型であり、マネジメントの中心を人間と人間関係に置く |
Apple氏は講演の中で、自身のブログの紹介と、著書「Management 3.0」がブログからたくさんのアドバイスとフィードバックを受けて誕生した事実を紹介しました。
世界的には、Appelo氏は「Management 3.0」の著者として知られ、トレーナーとして世界中で活躍し、多くの企業、管理者に影響を与えています。
Appelo氏の話は彼が書いた本と同じで分かりやすく、共感しやすい内容です。
今回のご講演では、いきなり「Management 3.0」の体系、やり方の紹介から入るのではなく、代わりに、1枚のアジア系中年女性の写真(図1)を見せるところから始まりました。 この写真はロッテルダムの街角に20年も出されている広告であり、カナダの芸術家Ken Lumによる「MELLY SHUM HATES HER JOB」という作品です。
図 1 : Melly Shum Hates Her Job
(出典:https://nl.wikipedia.org/wiki/Bestand:Rotterdam_kunstwerk_Melly_Shum_hates_her_job.jpg)
Appelo氏は「MELLY SHUMはみなさんの同僚です。彼女はずっと自分の仕事が嫌いです。 しかし、生活するためにお金が必要なので、仕事は辞められません。」と架空の人物「MELLY SHUM」をペルソナとして紹介し、そして、「みんな一緒に彼女の自分の仕事が嫌いだという課題を解決する方法を探しましょう」と問いかけながら講演を進めました。
このように問いかけることによって、筆者は1人の聴衆という受け身の立場から、一緒に課題について考えるという、より積極的な参加者の立場に、一挙に変わったような気がしました。
このように、ペルソナを利用することでプレゼンテーションに引き込み、共感を引き出すAppelo氏の方法は非常にパワフルです。
「MELLY SHUM」の課題を解決するために、まず彼女はなぜ自分の仕事が嫌いなのか、その理由を探す必要があります。 そのため、Appelo氏は図2 のドン・ベックのスパイラルダイナミクス(人間と文化の発達に関する理論の1つ)における8つの段階の螺旋モデルを用いて、人間がなぜ仕事をするのかを振り返りました。
図2 : ドン・ベックのスパイラルモデル
(引用元:Jurgen Appelo氏の講演資料)
スパイラルダイナミクス理論は膨大な統計的調査に基づいた人間と文化の発達についての難解な理論ですが、Appelo氏は分かりやすい表現で各階層について説明し、それぞれにおいて人間が仕事する目的を述べました(表2)。
表2 : 各階層における仕事の動機
階層 | 出現年代 | 階層 | なぜ仕事をするか |
---|---|---|---|
ベージュ | 10万年前 | 原始的本能 | 何とかもう一日生き延びること |
パープル | 5万年前 | 呪術 | 部族のために自分を犠牲にすること |
レッド | 7000BC | 自己中心性 | 他者のことを気にせず、自分のしたいことをすること |
ブルー | 3000BC | 権威主義 | 中央権力に従うこと |
オレンジ | 1000AD | 科学の達成 | 他人の目的を邪魔することなく自分に与えられたゴールを達成すること |
グリーン | 1850AD | 共同/平等 | グループの調和のため、自分自身を犠牲すること |
イエロー | 1950 | 統合性 | 自分らしくありながら学びつつ、他人への損害を避けつつ、むしろ他人を助けること |
ターコイズ | 1970 | 全体性 | 新たな課題に対し、解決策を見つけること |
人間は目的を持って仕事をします。仕事は組織として行います。 Mellyの仕事嫌いの原因が組織にあるかどうかを調べるに当たって、Appelo氏は組織や組織のマネジメントのやり方とその結果を紹介しました。
組織を機械と考えます。
科学的管理、プロジェクト管理、構造化プログラミングなどの、管理手法や仕事の分割手法の導入によって、パフォーマンスが改善されます。
しかし、結果としては70%のプロジェクトが失敗していました。
組織をスポーツと考えます。
シックスシグマ、TQM、TOC、BPRなど、より大きな利益の追求のために、多数の方法論を導入し、組織に変革を迫ります。
しかし、こうした方法論は一時期の流行にはなりますが、ライフサイクルが短く、その約束を果たすことができないことも多々あります。
組織をコミュニティとして考えます。
現在、世界は複雑になり、グロバール化、革新、民主化、多様化が進んでおり、不確実性が増加し、価値観の変化も早くなっています。
組織が学び、生きた複雑系システムとしてもっと健康にならないと生き延びることができません。
組織の健康と人々の幸せは一番大事であり、人々はやりたいことをやって、コミュニティに貢献すればよいのです。
コミュニティリーダー達は、それぞれ違ったやり方で物事を解決しています。
基本は小さな増加分で継続的に出荷するという考え方ですが、やり方はいろいろあります。
例えばScrum、Kanban、経済領域における脱予算経営(予算を組まずに経営を進める方法)、リーンスタートアップ、デザイン思考など。
ソフトウェア開発の分野では、ScrumやKanbanなどのやり方を採用することで、以下のような結果がもたらされます。
組織を脳のようなものと考えます。
複雑さがどんどん増加する世界では、次々と出現する課題を解決していくことが仕事です。
システム思考、複雑系の思考、たくさんの思考につながります。
こうした思考方法を身につけるための訓練を経て、現在の課題に対処していきます。
「組織を変えていく」ためには戦略と力が必要です。 Appelo氏は、そのためにはマネジメントはとても重要であり、マネジャーだけに押し付けるではなく、みんなでマネジメントのための訓練を受ける必要があると述べました。
Appelo氏は図3 で示した6つのビューを持つManagement 3.0のMartieモデルを用いて、現在必要となるマネジメントの訓練のプラクティスを説明しました。
図3 : Management 3.0のMartieモデル
(引用元:Jurgen Appelo氏の講演資料)
以下の表3 では、訓練の各プラクティスとそれぞれ利用できるツール例をまとめました。
表3 : Management 3.0の各プラクティス、その目的と利用できるツール例
プラクティス | 目的 | ツール |
---|---|---|
人々を元気づける | モチベーションを維持する | Kudo Boxでインセンティブを与え、人々がお互いに誉め合う |
チームに権限を与える | チームを自己組織化する | 権限ボードを用いて、権限の委譲を見える化にする |
制限を整える | 目的を示し、人や共有資源を保護する | ゲームなどを通じ、アイデンティティを向上する |
能力を高める | 目的を達成するために能力を開発する | ゲームなどを通じ、創造性を支援する |
構造を育てる | コミュニケーションを促進する | ビジネスギルドなど非公式な構造を導入する |
すべて改善する | 組織を持続する | Happiness index(幸福指数)を用いて、週ごとの人々の幸せ度を可視化する |
また、Appelo氏はこれらのプラクティス導入のステップを解説しました。 組織に変化を導入する時、抵抗はつきものです。そのため
最後に、Appelo氏は「MELLY SHUM」は健全になっている組織にて仕事をし、幸福指数が向上し、自分の仕事をきっと好きになるでしょうと講演を締めくくりました。
Appelo氏の講演の終了後に、会場からいくつかの質疑がありました。Appelo氏なりの回答がありましたので、以下簡単に紹介いたします。
「small step、local level」で1つのプロジェクトを選んで安全な実験をします。 人を強制的に変えることはできないので、徐々に変えながら、人々の幸福指数の変化を見ましょう。
マネジメントとリーダーシップは同一ではありません。 人々が自分の得意分野を持っていれば、ある分野のリーダーになれます。 マネジメントはリーダーシップだけではなく、ガバナンスも必要です。
組織がその人を助ける方法は2通りあります。 1つは育成です。その人の仕事がうまくいくように助けてあげます。 もう1つは、どうしてもだめなら、辞めさせます。さらに、できればその人に合うような仕事を探してあげることはその人のためになります。
人を雇う時、スキルで雇うのではなく、マインドセットでその人を雇うことが重要です。 学習意欲があるか、変化する意欲があるか、仕事に対する考え方などをしっかり観察しましょう。 スキルは伸ばせるが、マインドの変化は困難です。
このセッションは初日の午後に行われました。人数制限のため、事前に参加希望者に対し整理券を配るという人気ぶりでした。
このセッションは「Mellyを助けてあげて」というタイトルでしたが、内容は午前中の基調講演のブレークダウンで、Management 3.0の基本となる「複雑系の思考」とManagement 3.0の訓練のプラクティスの1つ「制約を整える」に関する紹介と演習です。 以下はセッションの内容を紹介いたします。
Appelo氏はまず図4 を示し、構造と行為の軸を用いて、複雑(complex)の意味を分かりやすく説明しました。
図4 : 複雑モデル
(引用元:Jurgen Appelo氏の講演資料)
複雑系理論はシステムにおける変化の力学に関するものです。
チームは複雑適応系であり、複雑系理論を用いて、人々とその関係をマネジメントするのはビジネス成功のキーポイントです。
Appelo氏は複雑な環境に対処する方法について、複雑系の思考のルールと例を説明しました。ポイントは表4 にまとめました。
表4 : 複雑系の思考のルール
複雑系の思考のルール | 意味 | 例 |
---|---|---|
1. 複雑系に複雑性で対応する | 何ページにも渡る文章での説明が不要、物語や比喩や図を利用する | ペルソナとストーリー |
2. 多様性な見方を使う | 複数の弱いモデルの方が、1つの強いモデルより説明力が高い | プランニング・ポーカー |
3. 文脈依存は当然なことと考える | ベストプラクティスも文脈依存で、そのまま利用してもうまくいく保証はない | 振り返り |
4. 主観性と共通化 | 計測は大事。メトリクスにフォーカスすれば、必ず上昇する | ベロシティ |
5. 予測、適応、探索 | 先を見越し(プロアクティブ)、過去を振り返る(リアクティブ)だけでなく、やってみることを怠るな(失敗しても安全な実験) | スパイク |
6. 協調してモデルを作る | モデルは人々が世界を理解したり洞察を深めたりするのに役に立つ | プロセスの可視化 |
7. フィードバックのサイクルを短縮する | 勝つため唯一の方法は他の誰よりも早く学習すること | イテレーション |
8. 盗んで新しいものを作る | 成功するシステムを構築するためには、他からアイデアをコピーして適応する必要がある | 幸福度のドア=フィードバック・ドア + 幸福指数 |
Appelo氏はアジャイル開発のフレームワークScrumについて、上記のルール2と5以外は複雑系の思考にマッチしていることを述べました。
Appelo氏が複雑系の思考に関する解説が終わってから、以下の演習をチーム単位で実施しました。
各人が複数のScrumチームのマネジャーとします。
1月に、会社のCEOは「今年はたくさん稼いで、年末にたくさんのボーナスを配ります」と宣言しました。
更に、CEOから「ボーナスの金額はまだ特定できませんが、ボーナスをどのように配るかについて、ボーナス分配案を提示してほしい。」との注文がありました。
「複雑系の思考」のルールを満たすという制約で、5、6人を1チームとして、演習のケースについて話し合い、自分のチームのボーナス分配案を検討した上で、チーム毎に発表しました。 各チームの発表に対し、Appelo氏のコメントがありました。
悪い案:残業時間、職位などたくさんの指標を利用する分配案。これは社員のモチベーションを低下させてしまいます。
良い案:社員全員に同額の金を配布し、自分に保留せずに、必ず誰かに渡さなければならないというルールでボーナスを分配します。
TOC(制約理論)では制約はシステムの目標達成レベルを決定づける要素であると定義されています。 Appelo氏の「制約を整える」に関する話は、以下のように目標設定と目標共有にフォーカスしています。
自己組織化のチームは目標の設定がとても大事です。 目標設定時は、正しい目標が設定できているかどうかについて、以下のチェックリストを用いて確認できます。
Appelo氏による目標設定の解説の後、チームに分かれて、Scrum Gathering の目標を考える演習を実施しました。
1日に、筆者はAppelo氏の2セッションに参加し、情報量の多さ、考えさせることの多さに圧倒されました。
Appelo氏の講演の内容に関し、参加者が抱く感想は様々でしょう。
エネルギーをもらったと感じる人もいれば、自分の置かれている現状や組織を変えていけると思う人もいることでしょう。
筆者の場合、Management 3.0は理解しやすく、プラクティスもシンプルと感じましたが、自分の組織・環境の中で実践していくには、導入時に相当な工夫と労力が必要だと思いました。
そのための第一歩は、まず自分の組織そのものを十分に理解することではないかと感じました。
本レポートにある図2〜図4は、Appelo氏のご厚意により、氏のプレゼンテーション資料より引用させていただきました。
©2013 OGIS-RI Co., Ltd. |
|