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シリコンバレー滞在記 2014

ChatWork社長講演会参加レポート

〜日本発のサービスを海外へ展開する上での勘所とは〜
株式会社オージス総研
大西 洋平
2014年7月3日

本記事では 5/22 に Hacker Dojo (米国カルフォルニア州 Mountain View) で開催された「ビジネス道場」と呼ばれる日系コミュニティ主催の講演会「ビジネス道場:日本で成功したベンチャー企業社長のシリコンバレーでの挑戦」の模様をお伝えします。

はじめに

みなさん、こんにちは。筆者は、2013 年 10 月から弊社の「海外トレーニー制度」を利用し、J-1(研修生)ビザを取得してサンフランシスコにオフィスを構えるパートナー企業にて 1 年間の研修に参加しています。この「シリコンバレー滞在記」では、筆者がサンフランシスコで経験したことや現地でのイベントの模様を中心にお伝えします。

ビジネス道場主催 ChatWork 社長講演会へ参加

会場風景1

今回の講演会が開催された「ビジネス道場」は、毎月、ベイエリアで活躍する日系企業もしくは日本に関係する海外の方が講演を行うネットワーキングイベントです。イベント告知サイトを見る限り、ビッグデータといった技術的なトピックから、セールス、企業文化、アメリカ市場の動向まで、毎月、面白そうな講演会をやっていることがお分かりいただけると思います。

今回の講師は、日本でも成功しているビジネス向けコラボレーションツールを提供している「ChatWork」社長の山本敏行氏です。メディア上で、ChatWork の採用事例や山本氏の経営スタイルを紹介した以下の著書がよく取り上げられています。著書では、より良いビジネスを行う上で社員の満足度向上による自社の活性化が重要であると提言されており、そのためのユニークな社内制度を紹介されています 。

会場風景2

私自身、将来、海外にも展開するWeb・モバイルサービス開発に携わりたいと考えていたところ、今回、山本氏がビジネス道場で講演されると知りました。海外進出する企業の取り組みについて当事者から聞ける絶好のチャンスだと考え、参加にいたりました。

今回の講演のトピックは以下の 2 つでした。

  • 海外オフィスを構えるまでの取り組み
  • アメリカに進出する上で気づいた点

「今年に入ってオフィスを構えた段階であり、ビジネスとして成功した話はできない」と謙遜されながらも、体育会系な山本さんらしい熱意のこもった講演でした。

ChatWork 海外へのサービス展開に向けての取り組み

サービス事業者自身が現地の特性を理解し、サービス展開に合わせた自社体制の改善が必要

講演前半では海外進出の取り組みを中心に紹介がありました。これまでの取り組み内容を拝聴すると、日本で成功し、需要がある分野のサービスであったとしても、ユーザを獲得し、海外展開を成功させることは簡単ではないことが分かりました。やはり、海外展開をする上では、サービス提供者が実際に現地に赴いて市場の特性を理解し、海外展開に伴う自社の体制の改善を試行錯誤しながら継続していく必要があります。

この点は、誰が聞いても「そんなこと当たり前だろう」と考える点だと思われますが、一般論として「日本と海外は異なる」と理解していることと、実際に海外に赴いて使い勝手に対するユーザの嗜好や働き方の文化差を目の当たりにすることには大きな隔たりがあります。ChatWorkのような業務用コラボレーションツールはユーザの働き方と密接に関係するため、この点は非常に重要だと考えられます。

ChatWork 海外進出までの取り組み
取り組み
2011
  • ChatWorkリリース
    • 元々は Skype 社にコミュニケーション機能(グループチャット、タスク管理、ファイル共有)などを要望していたが、他社がビジネス用途のコミュニケーションツールに参入しないのを見て事業化を決意。
  • SF New Tech Japan Night(サンフランシスコ)にて ChatWork を紹介。
    • アメリカでのユーザ獲得のきっかけ作りを目指すも、想定よりも反応が鈍いことに気づく。アメリカ市場の特性を理解するため、本格的にアメリカに移住しての事業展開を決意。
2012
  • 本格的なアメリカへの事業展開のため、ChatWork 以外の事業を無償譲渡し、社長 がシリコンバレーへ移住。
    • 「日本市場が今後も成長を見込めないので海外展開しかない」、「日本企業・日本人が活躍できることを証明したい」
    • 事業を複数抱えた状態では海外で勝負する余力がないため、事業を一本化する。
  • Facebook で取り組みを公開し始める。
2013
  • シリコンバレーの現地企業と技術提携を始める。
  • アントレプレナーシップのコミュニティ(The Indus Entrepreneurs)にてパネルディスカッションに参加。
2014
  • サニーベール(アメリカ・カルフォルニア州)、ルクセンブルグにオフィス開設。
  • アメリカの仕事の仕方を把握するため、社長が De Anza College というコミュニティカレッジに通い、語学・ビジネス・マネジメントなどを学び始める。
  • 開発は今までどおり日本だけで行い、海外オフィスでは、現地のパートナーと協力してマーケティングに専念する。
    • 海外からの要望を日本に伝えて日本で作る。
    • 日本だけで作りこむと機能を作りこみすぎる傾向になる。欧米でマーケティングした結果を元に、徹底的に機能を絞り込む。
  • 社長と社員のコミュニケーション不足を解消するため、定期的に社員をシリコンバレーで合宿させて一緒に仕事をする制度を始める。
  • シリコンバレー進出を目指す企業からインターン受け入れを始める。
    • インターンの後、実際にシリコンバレーに移住し、オフィスを開設した方もいる。

ユニークなChatWorkの海外展開 ~強い決意を持ってリスクを取る、海外展開する目的を明確にする~

講演を聞いていてChatWork の海外展開がユニークかつすばらしいと感じた点を 3 つ紹介します。

  • 1 点目は、創業社長が経営している会社らしく、社長が即決して行動に移している点です。上記の表で挙がっている取り組みは、計画が完全にできていない状況でも、年初にユーザや取引先に送る年賀状メールで大々的に発表し、後に引けない状況に自ら追い込んで推進してきたそうです。リスクがあっても決意を持って事業に取り組まなければ成功はできないのだと感じます。
  • 2 点目は、社長自ら、進出先であるシリコンバレーに移住している点です。事業展開の意思決定を早めるためだけでなく、社長自身が率先して道を切り開いていくことで社員を奮い立たせる意図もあるのではないかと思います。
  • 3 点目は、日本企業あるいは日本人が世界で活躍する場づくりを目指している点です。海外で受け入れられる製品作りのためにマーケティングは海外で行ったとしても、日本で開発を継続しています。この点については、日本の社員の品質に対するこだわりに絶対の信頼を寄せているからというコメントがありました。また、一社で孤軍奮闘するのではなく、シリコンバレー進出を目指す企業からインターン(通常、創業者)を受け入れ、実際に現地での商談などにも同行してもらい、海外進出のノウハウを学んでもらっているそうです。このインターン生の中からは実際にシリコンバレーに移住し、現地にオフィスを開設した方もいらっしゃるようです。

1 点目と 2 点目は、サービスを素早く展開をする上で非常に重要なことだと考えました。Webサービスの分野は特許で守れる事業ではなく、アイディアを素早く実装してサービス展開をし、ユーザを獲得することで競争力を維持する必要があります。そのためには、経営の意思決定ができる立場にある人が、リスクがあっても決断し、情報収集と意思決定をする上で最適な場所に赴く必要があります。その立場にない人を海外に派遣して、意思決定は自社で行うために社内の承認プロセスを回そうとすると、スピードがそがれてしまい、特にベイエリアのスタートアップの速さに勝てなくなります。

3 点目は個人的に意外でした。シリコンバレーに進出するスタートアップといえば、シリコンバレーで資金調達して事業を拡大し、現地の専門家を雇用するというステレオタイプのようなイメージを思い浮かべていたからです。そのため、ChatWorkの経営が大きく異なっていることに驚きました。自己資本のみで事業を行い、現地のパートナーと海外マーケティングの契約を結び、開発は日本のみ。このやり方をとっている理由は、おそらく、日本に思い入れが強く、「日本人が世界で成功する場を作りたい」ということが事業を行う大きな目的の1つになっているからだと思われます。この点は、日本の起業家達を支援し、一体となって海外進出に取り組む場づくりにも現れています。まだ、小さいな取り組みですが、 ChatWorkを中心としてシリコンバレーで活躍する日本の起業家が今後も増えていく機運が高まっていることを感じました。

シリコンバレーに進出して得られたメリット

講演の後半では実際にシリコンバレーに進出して得られたメリットについて紹介がありました。

ネットでは得られない生の情報が得られる

メリットの 1 点目は、ベイエリアのテック企業の担当者から対面でしか得られない情報を入手できる点です。

例として挙がっていたのが、大規模Webサービスの負荷分散の仕組みです 。ChatWorkはAmazon Web Services 上で展開している日本のWebサービスの中でも特に負荷が大きく、Amazon社から大規模サービスの事例紹介に使わせてもらいたいと依頼があるほどだそうです。国内では同規模のサービスの事例が少なく、インフラ担当者が国内で情報収集が十分にできず困っていたところ、シリコンバレーに来ると、FacebookやTwitterといったより大規模なWebサービスを展開している企業の担当者がミートアップで講演を行っており、酒を飲みながら直にノウハウを詳細に聞けて助かったのだそうです。これは対面でのコミュニケーションの大きなメリットだと思います。

アメリカ流の協業や人材活用の手法を学べる

2点目は、アメリカ流の協業や人材活用の手法を学べた点です。

例として挙がっていたのが、シリコンバレーの競業他社(社員数は数名)が驚異的な速度で競合サービスを立ち上げてきたことです。サービス内容を調査したところ、様々なパートナーと協業、あるいは既存サービスを組み合わせて素早くリリースすることを徹底することで、これを実現していることが分かったそうです。

日本企業の多くが自前主義にこだわり、自社で作る傾向が強いのに対し、シリコンバレーの企業はサービスを立ち上げる速度を重視し、既存のサービス(あるいはフレームワーク)を組み合わせて少人数でサービスを立ち上げてくる傾向にあるとのことです。

このサービス立ち上げの違いに強い影響を与えているのが人材の多様性・流動性の違いという指摘もありました。日本企業にはジェネラリスト傾向の人材が多いのに対し、シリコンバレーは特定の分野に対して専門性を特化した人材が多く、プロジェクトに応じて、異なる専門性の人たちを組み合わせてサービスを立ち上げる傾向が強いそうです。

現在の課題~社長と社員のコミュニケーションレスの解消~

最後に話題として挙がったのが海外進出する上での課題です。ChatWorkの場合、創業社長がシリコンバレーに移住したため、社長と日本オフィス間の対面コミュニケーションの機会が損なわれてしまい、お互いの状況が分からなくなる事態に陥ったそうです。

そこで、全社員がシリコンバレーを実際に体験できるよう、定期的に数名の社員を一週間程度出張させ開発合宿や商談に参加するようにしたそうです 。対面でのコミュニケーションが増えたことで、社長が開発上の課題を社員からヒアリングし、課題を解消するべく組織体制を改変するなどの対策を打つことができたとのことです。また、ベイエリアの事情を把握した社員が増えたことで、社長に変わって合宿経験者が日本オフィスにベイエリアの状況を伝えるようになったそうです。

すでに海外で事業を行っている企業、あるいはビジネスディベロプメントのために海外現地法人を構えている企業においても、日本の本社と海外支社の間での情報交換がうまくいかないケースは往々にしてあると思います。ChatWorkの事例のように短期間であっても人材を派遣して体験を共有することで、コミュニケーションを円滑にすることは重要ではないかと思いました。

所感

講演に赴く前には、資金調達・人材採用・サービス開発などテクニカルな内容が多いのかと想像していましたが、もっと一般的な人や人の意思決定に焦点が当たった話が多い点が印象に残りました。いろいろな立場の人が参加する講演会という特性に対して配慮されていたのだと思います。

講演を聞いた中では、「人や人の意思決定」の話の中で特に「体験を共有すること」についての話が強く印象に残りました。例えば、実際に海外に移住して身を持って現地の習慣を体験すること、従業員にシリコンバレーでのビジネスやサービス開発を体験してもらうこと、リモート中心で働いている人たちが合宿を通じてお互いの考え方に理解を深めることなどです。私自身はソフトウェアエンジニアのありがちな特性として、技術的な課題にフォーカスしすぎる傾向があります。しかし、それ以前にサービス提供者としてより良いサービスを提供するには、ユーザ体験を理解すること(つまりユーザが何をほしがっているか理解すること)、サービス事業者内での人通しが認識を共有することを円滑にやることが重要だと感じました。そのためには、「体験を共有すること」がもっとも重要なやり方であり、うまく業務内に取り組む方法を用意する必要があると感じました。ChatWorkの事例で言えば、社員を定期的にシリコンバレー合宿している点がこれにあたります。

最後になりましたが、貴重な講演をしていただいたChatWork 山本氏にこの場を借りて感謝いたします。