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インタビュー

アジャイルがやりたいの?それとも、儲けたいの?

アジャイル実践者インタビュー第1回:中原慶さん
2018年1月18日
中原 慶(なかはら けい)
中原 慶(なかはら けい)
コニカミノルタ株式会社

老舗の大企業において、企画部門や開発チームなど関係者全員が同じビジネスゴールを目指し、ビジネスを意識したソフトウェア開発ができるようになるため、全社横断的に奮闘されている中原慶さん。2017年11月のエンタープライズアジャイル勉強会で、『老舗メーカーに反復型開発を導入してみました』というご講演をされました。本インタビューは同年12月にご講演内容を中心に中原さんの活動をお聞きしたものです。アジャイル開発が目的化しないよう、アジャイルという言葉を禁止し、関係者のゴールイメージを合わせることもされたそう。利害関係者全員が同じゴールを目指し一喜一憂する仲間になる、そんな組織づくりを目指されています。

インタビュアー:藤井 拓
(編集:水野 正隆)

ソフトウェアエンジニアリングのコンサルタントから、メーカーへ

藤井-本日はお忙しいところ、ありがとうございます。2017年11月のエンタープライズアジャイル勉強会のセミナーで、『老舗メーカーに反復型開発を導入してみました』というタイトルでご講演いただきました(以下、ご講演と略)。大変興味深いお話でしたので、ご講演内容を中心にお話をお伺いしたいと思っています。よろしくお願いします。

中原さん-よろしくお願いします。

藤井-最初に、中原さんのご経歴のご紹介をお願いします。

中原さん-大学卒業後、ソフトハウスに入りました。3年ぐらいで転職をしたのですが、それが豆蔵という会社です。豆蔵ではオブジェクト指向やモデリング、ソフトウェアプロダクトラインの教育とコンサルティングをやっていました。そのあと、チェンジビジョンという会社が、豆蔵と永和システムマネジメントさんとの共同出資でできました。昔はJudeと言ってましたけども、今はastahというモデリングツールを作ってる会社ですね。そこに出向という形で行きました。で、5年前ですね。2012年。僕がコンサルしてる先がメーカーなので、メーカーの人ってどんな気持ちなんだろうと、それが知りたくて今の会社に転職しました。

藤井-それで、今のコニカミノルタ様で、ご講演にあったように『反復型開発を導入する』推進役をされてると思うのですけども、その役割を中原さんが担ったきっかけはどんなものだったのでしょう。

中原さん-一つはですね、2年前に異動がありました。その異動した先が全社横断的にシステム開発やソフトウェア開発の力を上げていく活動をする組織でした。そこで新しいビジネスにマッチした開発の方法が必要なんじゃないかということになって、「お前は詳しいんじゃないか」っていうことで、たまたま僕が任命されたと。

「アジャイルって言うの一回止めよう」

藤井-その活動が11月のご講演の話につながるのだと思いますが、最初にお聞きしたい事があります。社内の変革を進める上で、アジャイルが目的じゃなくて「ビジネスゴールに最短距離で目指す進め方にしたい」ということを掲げられたというお話の中で、「アジャイル禁止令」という言葉が出てきたのですけども(笑)…

中原さん-(笑)

藤井-その禁止令について、中原さんの思いを詳しくお聞かせいただけますか?

インタビューの様子

中原さん-よく言われてることなので、アジャイル開発をご存じな方々の中では当たり前のことだと思うのですが、アジャイル開発自体が目的化する良くないパターンがあります。弊社でも「アジャイルやろうぜ」とか、「アジャイルやんないといけない」みたいになってて、みんなが言っているアジャイルが何なのかが分からないし、そもそも何のためにそんなことするのっていうこともよく分からなかったんですよ。

でも、魔法の言葉みたいに、もっと「アジャイル的にやらないといけない」とかいうように使われていました。おそらく、みんな認識が違っていて、アジャイルっていう言葉を使うと共通認識がとれないと思いました。だから、アジャイルやめましょうって言ったんですね。

藤井-なるほど。

中原さん-ラインの上の人が「アジャイル的に進める」と言ったら下の人は、「アジャイル的にやらないと!」ってなるんですけど、「何やるんやったっけ?」みたいになっちゃうんですよ。よく分からなくなっちゃうので、アジャイルって言うのを一回やめて、何のために、どんなことをするのか、ちゃんと言おうぜというようなことを言いました。

藤井-それは、アジャイルソフトウェア開発宣言12の原則みたいなものでも不十分なのでしょうか。

中原さんーいや、アジャイルソフトウェア開発宣言や12の原則のことを言っているのであれば、僕は良いと思うんですね。ですが、みんなが言っているのは違っていて、アジャイルはスクラムだと思ってる人もいるし、アジャイルはビジネスを速く回すリーンスタートアップみたいな考え方だと思ってる人もいるし、とにかくいろんなことを言っていました。だから、「それぞれが指してるものが違うから、アジャイルって言うの止めよう」っていう話をしたんですね。

アジャイル禁止令 出典)講演スライド

POは様々な手法のトライを重ねる中で育ちました

藤井-話が変わりますが、プロダクトオーナーと開発チームの間とかに壁ができて、開発メンバーが受け身になることがあったというお話がありました。ご講演では、いろいろな施策の結果、その壁がなくなって、プロダクトオーナーと開発チームが仲間になったということでした。

中原さん-はい。

藤井-プロダクトオーナーについてお聞きしたいのですが、プロダクトオーナーはその役割に慣れてない方も多いと思います。どうやってプロダクトオーナーとして適任な人を立てるのでしょう。あるいは、やってるうちに育てるとか。

中原さん-いいかどうかは分からないですけど、後者です。プロダクト開発の中で育てていきました。

最初、プロダクトオーナーから出される要求事項がものすごい曖昧だったんですね。なので、どこまで詳細化しないと、開発者に伝わらないのか、あるいはチーム全員のゴールイメージが共通化されないのかということをお伝えしました。そして、いろんな手法を試しました。例えばユーザーストーリーマッピングとかです。いろんな手法をトライして一番合ってる手法で進めていきました。本当にいろんなトライをしましたね。その中でプロダクトオーナーは育っていきました。

藤井-ありがちなパターンで、プロダクトオーナーが絞り込めないっていうか、要求をてんこ盛りにして、とにかく思いつくがまま、あるいは、他の人から言われるがまま全部を俎上にのせて、開発チームに全部作ってくれっていうようなスタンスになりがちかなと。優先順位とか、その判断っていうのは成長する過程で身についていくのでしょうか。

中原さん-はい。そうでしたね。成長してきましたね。

藤井-実践しながら自信をつけていくことはできるんでしょうか。

インタビューの様子

中原さん-はい。僕はそう思います。初めは利害関係者に話をしに行くことを恐れてるところがあったんですね。利害関係者が怖い上司だったりすると、「そんなの考えろ」とか言われたりするんでなかなか聞けなかったりしました。すると、チームに戻ると、今度は開発メンバーから決めてくださいというプレッシャーがかかるので、板挟みになるんですよね。どっちが正しいかっていうと聞きに行くのがやっぱり正しい。だから、彼自身も初めは仕方ないなと思って、自分で決められないことは周りの利害関係者や、決らめれる人に聞いて決めてもらうっていうことを初めは恐る恐るやっていました。今はもうそれが当たり前のようになって、利害関係者とのコミュニケーションーー情報をとってきたりとか、ネゴったりとかすることーーがすごく上手になりましたね。

藤井-その中で、優先順位付けもある程度できるものなんですか?

中原さん-そうです。自分でできないものは聞いて選別できるようにするのがうまくなりました。

チームの「ヤッター!」を揃える

藤井-ご講演で私が非常に面白いと思ったところは、「デベロッパーを企画化する」というところ、POが仕様を作り、開発チームはソフトを作るのではなく、みんなで仕様を作る。開発チームを受け身から積極的な姿勢に転換するというところだったのですが、実際にそういう積極性って出てきたのでしょうか。

中原さんーはい。出てきました。ものすごく変わりましたね。

インタビューの様子

中原さん-これまでのサイロな組織では、要求されたものをQCDを守って開発することが開発チームの目標でした。なので自分から「これ本当にいるんですか?」「儲かるんですか?」なんて言わないんです。

それで、いつのまにか、プロダクトオーナーが細かいところまで仕様を決めて開発チームに説明をして、開発チームがそれをやってくれるみたいな感じになっちゃっていました。みんなで議論して仕様や製品を作っていく仕組みを設けていましたが、実質の議論の中身は、ただ、プロダクトオーナーから詳細な仕様を伝えるだけになっちゃってたんですね。

これはまずいと思ってですね、そういうの止めようと言いました。自分たちが何のために作ってるのか、いくら儲かるのか分からないのに、なんで言われた通りに御用聞きみたいにソフトを作れるんですかみたいな話をしました。そして、「これ本当にお客さんは使ってくれるんですか」とか、「いつから使ってくれて、どうなったらこの仮説が検証されたことになるんですか」とかを、開発チームがプロダクトオーナーに積極的に聞くようにしてもらったんです。そのために、いろんな可視化もトライしました。そうしたら変わっていきました。

プロダクトオーナーも自信がないバックログアイテムがあって、確かにこれは必要ないという結論になってリジェクトされるバックログアイテムも出てきました。みんなで本当に必要なものを考えて、分からんかったらプロダクトオーナーが代表して誰かに聞きに行ってもらおう、そんなことをしましたね。

講演スライド 出典)講演スライド

藤井-素晴らしいですね。本当に。チームのヤッターを揃える。つまり、開発チームは作ることがゴールではなくて、プロダクトオーナーも開発チームもビジネスというゴールが共有されたということですよね。それでますます当事者意識が芽生えていくような流れになって…。

中原さん-そうです。ほんとに、そうなんです。ソフト作ることはゴールじゃないんですよ。

アジャイル駆け込み寺とプロダクトオーナーの社内研修

藤井-ご講演にあった駆け込み寺。ニュアンス的に助けて欲しい、つまり困っている人が行くような感じですが、もっと積極的な感じじゃないかなと。それでネーミングはどうかなって思ったんですけど。

中原さん-二つの側面があります。本当に駆け込み寺みたいな感じで参加される方もいらっしゃいますし、自分たちがチームでやったことのアピールの場として使われてる方もいらっしゃいます。

藤井-どんな形で活動されてるんですか。

中原さん-コニカミノルタの中に社内のシステムの開発力を強化することを目的とした、役員や部長が入っている委員会があります。その下部組織で、システムではなくソフトウェアの開発力強化の活動があるんですけども、そこの活動の一つのワーキンググループとして駆け込み寺を立ち上げました。オーサライズされた社内横断的な活動として進められています。そのために、上位組織に報告する義務は発生しますが。活動は月に1回で行っていて、四半期に1回上位組織に報告しています。

藤井-その中で、教育体系のようなものも考えておられるんですか? 新たに取り組まれようとしている方々に対して。

中原さん-はい。スクラムとかアジャイルの研修はまだ整備してないのですが、プロダクトオーナーの心や振る舞い、要求開発の手法などをレクチャーする研修を作って、今、全社展開をしています。

藤井-身の回りからではなく、全社に展開している…

中原さん-そうです。講演でも言いましたが、話を大きくして、仲間と事例を増やしていきました。偉い人のところに行く勇気がないと思われる人もいるかもしれませんが、すっごい上の人、例えば役員のところにいって自分が何を言っても、直接の利害関係はないので大丈夫です。変に近い上司のところに行く方が利害が絡むので大変です。とにかく話を大きくしました。

講演スライド 出典)講演スライド

みんなで作って、みんなで一喜一憂していきたい

藤井-今後、この活動を進めてってどんな夢を見たいと考えておられるのでしょうか。

中原さん-難しい、質問ですね。

藤井-何を実現できたらいいかなっていう…

中原さん-夢というよりも、僕が次にやりたいなと思ってるのは、複数のチームが連携して、もっと大きなシステムを作るようなところをやりたいなと思っています。今、いくつかのチームを持ってるんですけども、全部単発で、それで終わるような感じですから。その中で、自分たちがいいだろうって思うものを作って、それを世に問うて、駄目だったら、ああ、駄目だったってみんなで落胆して、方向転換をして、また新しいものを作っていくみたいな。みんなで作る感って言うんですかね。みんなで作って、市場に問うて、みんなで一喜一憂する。それを複数のチームで行いたいと思っています。

インタビューの様子

藤井-さっきのデベロッパーの企画化とか、ヤッター!をさらにスケールアップしていくイメージなんですね。

中原さん-そうですね。

藤井-現状の課題はありますか。

中原さん-一つは、社内に既定のプロセスがあって、プロセスのチェックポイントと監査があるんですけども。それを乗り越えないと製品として世に出せないんですよね。プロセスを変えるのはすごく難しいので、どう適応させていこうかっていうのが、直近の課題です。もう一つは人の育成。僕自身が今の仕事に向いてるかどうかもわからないし、こういう人が向いてるっていうのもチェックリストみたいなのがまだ僕の中では作れないので、手探りで1人ずつ、一緒にできる仲間を育てていくって感じなんですよね。それが、うまくいく場合もあるし、失敗する場合もあるのでなんとか育てないといけないなとは思ってますね。

藤井-中原さんご自身は、反復開発のご経験が結構長いですよね。その経験をどういうふうに他の人に伝えていくかっていうか。

中原さん-そうです。今は、本当に一緒にやらないと伝えられないんですね。やってる中で、こういう場合はこうしたほうがいいよとか。こういう場合はみんなこうしてるけどどう思うとか。その都度、ケースで教えて考え方を揃えるような育て方をしています。今はそれしかできていないですね。

藤井-コーチング、メンターですね。若手の人たちがそういう場を通じて成長されていると。そういう方々がどんどん成長されて、みんなで価値を生み出して喜ぶ、あるいは、うまくいかなくてみなさんが落胆するような、そんな組織になったら非常にいいですね。では、本日はインタビューをありがとうございました。

参考資料