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[技術情報]


エンタープライズモデリングへの誘い(いざない)
第2回 目的(Purpose)とプロセス(Process)

(株)オージス総研
オブジェクトテクノロジーソリューション部
そして
事業模型倶楽部
山内 亨和

前回の復習

 先々月から始まった当連載記事「エンタープライズモデリングへの誘い(いざない)」ではChris Marshallによって執筆された "Enterprise Modeling with UML"で紹介されているビジネスモデリング手法について、記事執筆者の独自の解釈も織り交ぜながら解説しています。
 前回は当連載第一回として、そもそもビジネスモデリングとは何なのかということについて、Chris Marshallによって紹介されたエンタープライズモデリング手法の概要について説明しました。

 ビジネスモデリングとはビジネスのモデルを作成する作業のことを言います。一般的に有名なビジネスモデル特許などはモデルの作成は行いません。ビジネスモデリングを行うことでモデリング対象であるビジネスへの理解が深まります。

 エンタープライズモデリングでは、目的(Purpose)、プロセス(Process)、エンティティ(Entity)、組織(Organization)という4つの概念を用いてモデルを構築します。企業には達成すべき目的が存在し、プロセスはこの目的を達成します。プロセスを実行する過程でエンティティ(資源)が使用され、組織はこれら3つを管理します。

 さて今回の記事では、前回に予告したとおりこの概念のうち、目的とプロセスについて、ある学習塾の塾長と一緒に説明します。

とある学習塾塾長(注1)のお話

「私は学習塾の塾長。長く地域密着型の学習塾を経営してきて、一時期は地域で評判の学習塾だった。しかし、最近はただでさえ少子化が進んできている上、大手予備校の精力的な営業活動のせいか、わが塾の生徒はどんどん少なくなってきている。かつての栄光を取り戻すため、この "Enterprise Modeling with UML"片手に、学習塾事業の再構築を行う!」

「この前、第一章の導入は読んだから第二章の目的からだな。。。 ふむふむ、事業の目的にもいろいろな種類があるのだな。ビジョン、ミッション、ゴール、目標と。んんん、目標以外は余り書かれていない。しょうがない、ビジネス書をあたってみるか。」

注1:学習塾のお話は今回が初めてではありません。ObjectDay2001のワークショップ「UMLを用いたビジネスモデリングの試み - ビジネスモデルってどう描くの? - 」でもモデリングの題材とされました。しかし、今回の問題はワークショップの問題文とは何の相関関係もありません。

企業に存在する様々な目的

 企業はその存続と発展のために様々な目的を定義します。そして、この目的を達成するために活動します。ちょっと会社を見渡してみてください。社訓や年間売上目標、納期など、たくさんの目的が定義されていることと思います。

経営の世界で一般的に使われる目的は、その抽象度のレベルから以下のように分類できます。

ミッション
(Mission)
人や組織が果たすべき使命、役割を定義したものです。 つまり、企業のミッションでは「企業活動を通して、社会にどのような貢献したいのか」を定義することになります。 経営理念、社是、社訓、経営哲学、経営倫理もミッションの一表現と言えます。
ビジョン
(Vision)
人や組織が目指す夢、将来像です。 ミッションを遂行した結果達成されます。
ゴール
(Goal)
 中長期経営目標です。ゴールには経営上の目標数値が設定され、かつ期限が設定されています。
目標
(Objective)
具体的な活動と連動している測定可能な目的です。 ゴールとの違いは特定の企業活動、つまりプロセスとリンクしているかという問題です。

 ミッションやビジョンのような抽象的な目的が達成されたか測定することは困難です。対してゴールや目標のような具体的な目的は測定することが容易であるため、ビジネスにおいて管理対象となる目的はゴールや目標となります。

 それでは、ゴールや目標として何を設定できるでしょうか?
 ちまたにあふれるビジネス書には様々な指標(Measure)が紹介されています。その一部を紹介しましょう。

 業績評価システムともいえるバランス・スコアカードは業績評価指標を4つの視点に分類しています。それは財務的視点、顧客の視点、社内ビジネスプロセスの視点、学習と成長の視点です。これらの視点ごとに様々な指標が割り振られています。

視点指標
財務的視点売上高、利益率、キャッシュフロー、経済的付加価値(EVA)など
顧客の視点市場占有率、新規顧客獲得率、顧客定着率、顧客満足度、顧客の利益性など
社内ビジネスプロセスの視点サイクルタイム、品質、コストなど
学習と成長の視点従業員満足度、従業員定着率、従業員の生産性、ビジネスに必要なスキルを持つ従業員数、ビジネスに必要な情報の入手可能性など

塾長、目的を定義する。

「そうか、一口に事業の目的といっても様々な目的があるんだなぁ。今度、他の目的についても調べてみよう。」

「ではわが塾のミッションは『生徒を第一志望の学校に入れる』だ。ビジョンは『地域内で最も第一志望合格率の高い塾』としよう。ゴールは『3年後の生徒の第一志望合格率70%』だな。優秀な講師も雇わなければならないから収益に関するゴールも必要だな。。。」

目的のメタモデル、目的のモデル

 本手法では企業に存在する様々の目的のうち、測定が容易な「目標」について頻繁にモデリングを行います。
 そのメタモデル(注2)が以下の図です。

 目的メタモデルのキーワードは階層構造、計画、評価です。

 階層構造

 このメタモデルでは目的を階層構造を持つものと定義しています。ミッションやビジョンは抽象的であり、測定するためにはより詳細に定義された下位の目的を定義する必要があるからです。ゴールは測定するには十分具体的です。しかし、ゴールの期限は1年以上後に設定されるため、測定結果を得るには期限が来るまで待たなければなりません。そのため、目的階層の最小単位として、測定可能で、短い期限を持つ目標を定義します。

 計画

 目標には期限が定義されます。複数の目標が同じ資源を使用する場合があるため、この場合には期限に基づき目標の優先順位付けを行うことになります。

 評価

 事業活動、つまりプロセスを実行していく過程で、目標と対応した成果が上げることができます。目標と成果を比較することで、目標が達成されたのか、どの程度達成したのか、達成していないのなら何がまずかったのか判定することができるでしょう。

 モデラーは目的のメタモデルの定義に従って、目的のモデル(注3)、特に目標のモデル(注3)を定義することになります。目標、成果、期限の要素を定義した目標のモデルは計画と評価の機構を持ちます。このモデルの定義に階層構造を持った目的を加えることで、ゴールのような長期間に及ぶ目的やビジョンやミッションのような抽象的な目的モデルを表現できます。

注2:メタモデルとはモデルを定義したモデルのことです。このコンテキストにおいては、エンタープライズモデリングで構築されるモデルを定義したモデルを意味します。

注3:文中に度々、「目的のモデル」、「目標のモデル」という用語が出てきます。「目標のモデル」と呼ぶ場合は、メタモデルの目標、成果、期限のみを定義したモデルを意味します。「目的のモデル」と呼ぶ場合は、目的の階層、目標やより高次の目的の間に存在する因果関係、目標の立案や計画について定義しているモデルを意味します。この区別は私(本記事の著者)が個人的に行っているもので、"Enterprise Modeling with UML"で行われているのではありません。

塾長、目標を定義する

「そうか、エンタープライズモデリングでは目標を定義することが大事なんだな。それじゃあ、学習塾にある目標を洗ってみよう。」

「何はなくとも、『第一志望合格率』だろう。ゴールにも定義しているしな。この期限は年度末だ。ということで目標は『塾全体の合格率』っと。」

「あとは『講義の進行状況』か。目標は講義で予定されている単元の内容で、成果は実際に講義した単元の内容だろうな。期限は講義実施日だ。」

「もう一つ、生徒の『学力』も必要だな。単元ごと学力のランク付けをすることで目標を表現しよう。期限が問題だな。一年とするか、半期とするか、一月とするか。一年単位の学力の情報も欲しいし、もっと短期間の学力の情報も欲しいから、両方記録できるようにしよう。」

「あと、生徒の最終学力目標は第一志望校の問題傾向から決められるな。よし、目的のモデルの全体像が書けたぞ。」

「目標のメタモデルと塾の目標モデルの対応をまとめると、こんな感じになるのかな。」

『塾全体の合格率』
 目標 : 塾全体の合格率.期待合格率
 成果 : 塾全体の合格率.実績合格率
 期限 : 塾全体の合格率.年度
『講義の進行状況』 
 目標 : 講義.予定単元 
 成果 : 講義.実施単元 
 期限 : 講義.実施日
『学力』 
 目標 : 学力目標.期待値.ランク 
 成果 : 学力目標.実績値.ランク 
 期限 : 学力目標.期限 

「とりあえず、こんなところにしよう。問題があれば後でも直せるしな。ついにプロセスの章か。。。」

注4:ノートに書かれている文はOCL(Object Constraint Language)です。UMLモデルの制約を記述するこの言語で、目的モデル中のクラスの不変表明を定義しています。ちなみに、sum(variable)という表現はOCLの仕様にはありません。制約の定義を簡略化するため、便宜的に使用しました。合計値の計算を意図しています。

目的達成のためのビジネスプロセス

 目標は立てるだけではだめで、これまでも書いてきたように達成しなければ意味がありません。そこで、目標の達成の仕方を定義するわけです。このとき定義するものがビジネスプロセスです。

 ビジネスプロセスは作業の連続として定義します。この作業の最小単位をプロセスステップと呼んでいます。一連のプロセスステップを実行していく過程で、徐々に成果は生み出されていきます。

 プロセスのどんな要素が目標達成にインパクトを与えるのでしょうか? その一部にバランスド・スコアカードで提示されているサイクルタイム、品質、コストがあります。
 良いプロセスには無駄な作業が極力(注5)省略されているため、サイクルタイムは短くなるでしょう。無駄な作業とは目標達成に貢献しないプロセスステップです。
 良いプロセスにはミスが少ないため、プロセスの実行が中止されることもなく、また生み出された成果にも欠陥がないでしょう。このようなプロセスは品質が高いといえます。
 良いプロセスはタイムリーに、かつ適切な量の資源配分が行われ、その中で最大の付加価値を生み出すことでしょう。ひいてはプロセスにかかるコストは最小に抑えられるでしょう。

注5:極力と書いたのは様々な事情により目標達成に貢献しなくとも守らなければならない作業が存在するからです。ある場合は別のプロセスに関連した重要な作業だから、ある場合には法律で規定されているためなど。

塾長、プロセスに困る!

「ほぉ、さっき定義した目標を達成するためのプロセスを定義するわけね。確か定義した目標は『合格率』、『講義の進行状況』、『学力』だったな。」

「『講義の進行状況』を達成するためのプロセスは『授業プロセス』だな。だけど、『合格率』と『学力』を達成するためのプロセスって何だ?」

「『合格率』を上げることはうちの最大の目標だ。全てのプロセスがこの目標を達成するために実行されているといっても過言ではない。。。まてよ、ということはうちに存在するプロセスを定義している今こそ『合格率』を達成するプロセスなのかもしれない。『合格率』を達成するプロセスは『事業戦略策定プロセス』だ!」

「よし、これで『学力』だけが残ったぞ。生徒の『学力』を一定水準まで上げるために何をしなければならないだろう? 『授業プロセス』が『学力』目標を達成するような気もするが、これだけで十分だろうか? 生徒の現在の『学力』を客観的に測定するために『テストプロセス』を実施しなければならないな。生徒の不足している『学力』を一定水準まで上げるための授業を企画する『カリキュラム企画プロセス』があってもいいな。これらのプロセス用にさっきの目標を定義しなおす必要があるな。。。」

 塾長の挑戦はまだまだ続く。。。

次回予告

 なんとか学習塾の目的モデルを定義できた学習塾塾長。しかし、次に待ち受けるものはエンタープライズモデリングの最大の難関「プロセス設計」だった。果たして、塾長は学習塾の最善のプロセスを生み出せるのだろうか!

 次回、「プロセス設計」に続く!

参考文献

 本稿は以下の書籍を参考にしながら作成しました。このリストがみなさんのエンタープライズモデリングの理解に役立てば幸いです。

 [1] Chris Marshall 著 : "Enterprise Modeling with UML", Addison-Wesley, 1999
 [2] Peter M.Senge 著 , 守部 信之 訳 : 「最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か」, 徳間書店, 1995
 [3] Robert S.Kaplan & David P.Norton 著 , 吉川 武男 訳 : 「バランススコアカード―新しい経営指標による企業革命」, 生産性出版, 1997


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