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UX, ユーザーエクスペリエンス / サービスデザイン思考

「買徒~BAITO~」で感じた期待と不安

株式会社オージス総研
技術部 仙波真二
2015年1月15日

presen

「暖かくていいアイデアだなー。でも、なんか不安を感じる…」
「買徒~BAITO~」*1) のプレゼンテーションを聞きながら、私はそんなことを感じていました。

「買徒~BAITO~」は、オージス総研主催の「うつるソフトウェアコンテスト」*2) の最終審査に残った作品のひとつです。「買徒~BAITO~」のストーリーを要約すると「買い物に行けなくて困っている人のために、近くに住んでいる人が買い物に行ってあげる。その善意の輪が広がって、暖かい地域コミュニティが構築されていく」というものです。

コンテスト本選当日、全てのプレゼンテーションが終わった後、私が一番気になったのが「買徒~BAITO~」でした。なぜ、気になったのか? 多分、本選の作品の中で、期待と不安の振り幅が最も大きく、両極端な感情が入り混じって複雑な心境になっていたことが理由だと思います。「賛否両論の気持ちが起こることは、大きな可能性を秘めているのではないか?」ということを、プレゼンテーションを聞きながら感じていました。今回のコラムでは、その時に感じた直感について掘り下げてみたいと思います。*3)

まず「期待の感情」と「不安の感情」について、もう少し詳しく述べることにします。

「期待の感情」について。

  • 身近な人の悩みを対象としており、その視点が暖かい。
  • 悩みを持っている人が多そうで、広がりが期待できる。
  • 善意の輪がぜひ広がってほしい。

UXの視点で考えると、買い物をしてもらう人、買い物をしてあげる人、それぞれのポジティブなユーザー体験が相乗効果をもたらすことができれば、それが善意の連鎖反応を起こすことができるのではないだろうか?ということを想像しました。そして、ビジネス的な視点では、買い物にとどまらず、さまざまなパターンで展開できるスケールの大きなビジネスモデルだと感じました。

次に「不安の感情」について。

  • 買い物をしてあげる人の思いと、してもらう人の期待度に温度差がある場合、どうなるんだろう?
  • 悪意のある人との接点を仲介してしまうことはないだろうか?
wikipedia

リスクをあれこれ考えると、実現するのは無理なのでは?という思いも生じてきました。同時に、誰もが賛成するアイデアは誰もが思いつくアイデアで、すでに実現されていることが多いのではないか?逆に不安が生じるということはその逆で、多くの人が無理だとあきらめていることが多いのではないか?そして、その両者の振り幅が大きいということは、魅力があっても実現されていない可能性が高いことから、新たなビジネスが創造できるのではないか?という思いがぐるぐると頭の中を回っていました。

そんなことを考えている際に「ネットは親切な行為で成り立っている」というTEDのプレゼンテーション *4) を思い出しました。そこで紹介されたエピソードを一つ紹介します。

「Wikipediaの最初の案は普通のオンライン百科事典だった。お金を出して記事を書いてもらうというもの。ウィキは、記事への投稿用でおまけ的機能だった。それが後に全体が投稿型へと発展した。」

ここまでは「へぇー、そういう経緯があったのかー」という感じですが、これ以降が「おぉー!」と思った内容です。

「Wikipediaではオタクたちが活躍している。彼らは、管理者伝言板を常にチェックしている。一方、いろんな人がありとあらゆる問題を報告してくる。で、こうした問題を解決しようという人の数が、問題の数よりも多いので成り立っている。Wikipediaは常に崩壊45分前という状態。記事を広告に変えようとする攻撃がやまない。そこを、オタクたちが守っている。仕事としてではなく使命として。好きだからやる、そういうことなんです。」

考えてみれば、インターネット上の情報(知の資産等)にしても、オープンソースソフトウェアにしても、善意の上に成り立っており、私たちはそれらの恩恵を当然のように享受しています。そして、疑問を持つことなく、それが当然のことになっています。では「買徒~BAITO~」が社会に当然のように浸透する時代は来るのでしょうか?それは、その時代の人々の価値観によって決まると思います。このアイデアを考えた学生さんの世代はボランティアなど社会貢献に価値を見出すことができる世代ですので、そういう世代が主体となると実現の可能性が高くなるのではないでしょうか。

以前、ある製造業のお客様と今の若い人について話す機会がありました。お客様曰く「今の若い人はモノではなく、楽しい時間を過ごすことに価値を見出す」とおっしゃっていました。つまり、モノへの価値ではなく、体験に価値を見出す世代。この世代だからこそ「買徒~BAITO~」のアイデアが生まれたのかなあと想像しましたが、実際のところはどうなんでしょう?機会があれば「NPれおんチーム」の皆さんにそのあたりのことを聞いてみたいです。

社会人になると様々なバイアスがかかり、経験を積むにつれて、そのバイアスが強くなっていきます。期待と不安が同時に出てくると、リスクを回避する方向、無難な方に思考がいってしまいがちです。今回のコンテストでプレゼンテーションしていただいた学生の皆様は、このようなバイアスがかかってなくて、純粋でキラキラしていて素敵だなーと感じていました。その感性をこれから存分に活かしてほしいと期待しています。素晴らしいアイデアとプレゼンテーションをありがとうございました。


出典