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「ソフトウェア維持管理の現場改善(4)」

2017.03.24 株式会社オージス総研  山海 一剛

前回の要約

ソフトウェア維持管理の現場の課題を整理し、その対策を紹介しているこの連載ですが、前回(第3回)はその解決の鍵として、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授の提唱する「成功の循環モデル」(*1)をご紹介しました。組織がうまく行く場合(グッドサイクル)も悪くなる場合(バッドサイクル)も、同じモデルで説明できること、さらにそれらが「循環」というメカニズムで説明されていることの2つが、このモデルの大きな特徴です。

成功の循環モデル
図1 成功の循環モデル 

目に見える「行動」や「結果」に対して、「関係」も「思考」も目には見えません。この見えない部分の質を高めることから始めるべきであると、このモデルは強調しています。
遠回りに見えても、まずメンバー間の人間関係の質を高め、考え方を良くすることが、成果を持続的に出していくための近道なのです。
しかし、このモデルを現場に活かすためには、次の3つの命題を解く必要があります。ひとつ目は「どうすれば関係の質を良くすることが出来るのか?」、ふたつ目は「思考の質を良くするというが、どういう方向に変えるべきなのか?」、3つ目は「新たな思考の質をどう定着させるか」です。前回の後半ではひとつ目の「どうすれば関係の質を良くすることが出来るのか?」を、事例も含めてご説明しましたが、今回は残る2つです。

思考の質をどういう方向に変えるのか

思考の質を良くする、つまり「良い考え方」とはどのようなものなのでしょうか?困ったことに成功の循環モデルは、思考の質を「良くする」としか言っていません。もし、どのような企業や組織にも通じる「良い考え方」というものが存在したとしても、おそらくそれは抽象的過ぎて、現場に適用できるものではないでしょう。だからといってゼロから考えていては、何年もかかってしまいます。そこでお勧めしたいのが「良いリファレンスを見つけること」です。ここではその一例として、弊社の改善塾の場合をご説明します。

弊社は2013年から改善塾という制度を立ち上げました。マネージャ、リーダーといった現場毎のマネジメントの主体となる社員を集めて、良いマネジメントを学ばせる場です。この改善塾では、トヨタ自動車に代表される日本の製造業をリファレンスとしています。「良い考え方を持つ人が、正しい手順で作業をすることで、はじめて良品が作られる」「それゆえ良い製品を作るためには、良い人を作らなければならない」。これこそが製造業の人がよく口にする「モノづくりは人づくり」と言う言葉の所以です。そしてこの思想は製造業に閉じたものではなく、私たちのようなソフトウェア産業にも応用できると信じています。またこの思想には、「思考→行動→成果」という「成功の循環モデル」に大いに共通する部分があることは、ご理解いただけると思います。

普段からキーワードを活用する

日本の製造業には、「よい考え方」を印象的な一言で表現した言葉がたくさんあります。例えば、次のようなものです。
  • 現地現物
  • なぜを五回繰り返す
  • 人を責めずに仕組みを責めよ
  • ムラ・ムリ・ムダ
  • バッドニュース・ファースト(問題の発見を喜ぶ)
  • 数値で考える
  • できない理由ではなく、どうやったらできるかを考える
ここに挙げたのはごく一部であり、数えきれないほどの数があります。さらになんと言っても「良い考え方」を広めていく際、それらがシンプルなキーワードに昇華されていることは、とてもパワフルなのです。例えば「それは現地現物で確認したことなの?」、「バッドニュース・ファーストで、まず問題から説明してくれ」といったように日常会話に使うことで、知らず知らずに「良い考え方」を定着させていくことが出来るからです。

例えばトヨタ自動車はこういったフレーズの宝庫です。書店などに行くと「トヨタの口癖」「トヨタの言葉」いったタイトルの書籍が多く並んでいることからも類推いただけると思います。そしてそれらが創業者など個人の名言・金言といったかたちではなく、企業としての「口癖」となっているのです。その企業の誰もが知っていて口にする言葉なのに、誰が言った言葉なのか誰も気にしていない、まさに組織の根幹に刷り込まれている思想であることがわかります。私たちが、トヨタ自動車(を中心とした製造業の)思想を、「良い考え方」のリファレンスとしている理由がここにあります。

新たな思考の質をどう定着させるか

さて「良い考え方」を口頭で説くだけでは、現場には定着しません。人間と言うものは、アタマで理解していることでも、なかなか行動にすることが出来ないものです。誰にとっても、以前からの考え方にもとづいて行動した結果としての現在があります。現在がよほど危機的な状態でも無い限り、頭の中で「こちらの考え方を選択すべき」と納得できていたとしても、新しい考え方に従って行動を変えることは、かなりの勇気が必要であり、結果として古い考え方にもとづく行動を取ってしまうのが普通です。その人にとっては、それが「現実的な判断」なのです。

しかし、そこにはまた解決のヒントも隠れています。つまり、考え方と行動を密接に組み合わせれば、新しい考え方を定着させられるということなのです。

まさに改善塾は、その原理を応用しています。週に一回、現場のリーダー層を塾生として集めて講義やワークショップを行い、そこで学んだことを各塾生の現場で実践してもらいます。その次の塾では、それぞれの現場を塾生全員で回って結果を確認します。つまり塾生は1週間という短い周期で、考え方を教わり、実践し、結果を確認するというサイクルを回すのです。

つまり行動し、その結果を得るというサイクルを繰り返すことで、人は初めて新しい考え方に従った行動を取るように変化していくのです。「成功の循環モデル」が「循環モデル」であることを思い出してください。好循環の方向に、より早く回す仕掛けを作ることで、効果を大きくすることが出来るわけです。

関係の質と思考の質をつなぐ

ところで「関係の質をどういう方向に良くするべきか」、というのは、思考の質ほど議論になりません。多くの人は「良い人間関係とは」は、自明だと考えているからでしょう。しかし、本当にそうでしょうか。実は「関係の質」に関わるヒントも、「トヨタの言葉」には隠れています。例えば「バッドニュース・ファースト」。これは(問題の解決以前に)問題の発見を喜ぶという意味です。どのような改善も、改善すべき対象を発見して真因を見出せなければ改善できません。逆に改善すべき点を発見しさえすれば、半分解決できたようなものです。あとは何らかの仮説を立てて対策を行うことを、解決するまで粘り強く繰り返すだけです。

つまり問題点・改善点を効率よく、たくさん見つけることが、改善により差別化を進める手段です。そしてそれは個人に閉じているのではなく、チームとして指摘しあう方が圧倒的に効率的です。普段から同僚の仕事を気遣い、改善点を発見できれば、それを躊躇なく指摘できる、そんな組織にする必要があるのです。

しかし相手の仕事に口を挟み、問題を指摘することは、誰にとっても抵抗があるでしょう。あえてそれを克服し、何でも言いたいこと言える関係が作れてこそ、互いに成長できる良い関係が生まれるのです。ミスはその人のせいなのではなく、ミスを防ぐ仕組みが無かったことを問題と考える…「人を責めずに仕組みを責めよ」という言葉もあります。このように「良い関係の質」を作り出すキーワードもあるのです。

まとめ

私たちのいるソフトウェア産業は、これまで長く成長産業であったため、あらかじめ期待された成果を、納期通り予算通りに提供すれば良かった時代が続いていました。あえて「良い関係」「良い思想」にまで遡らなくても、一般的なツールと一般的な手順と必要な人数さえ現場にあれば、ビジネスを拡大することが出来ていたのです。

しかし成熟産業となった今では、より競争力を高め、新たな価値を生み出さなければ生き残れない時代になったのです。現場の人の知恵と工夫を引出し、常に生産性と品質を向上させていく必要があります。大きな変革が進むソフトウェア産業の中で、維持管理の現場は、むしろ注目されなくなりつつあるようにも見えます。しかし、それでいいのでしょうか?いざ目を向けてみると、多くの現場では第一回で紹介したように属人化が進み、慢性的な高負荷が続いているケースが非常に多いことを実感します。

現在稼働しているシステムの品質は、今この瞬間の業務品質、サービス品質に直結します。維持管理業務の改善をなおざりにしておくと、企業全体が存亡の危機に立たされかねません。しかし経営層にとっては、新規の施策にこそ投資する必要があるので、既存システムの運用に多大なコストをかけるわけにはいかないのです。維持管理の現場こそ、現場の人の知恵と工夫を引出し、常に生産性と品質を向上させ続ける必要があるのです。

「ソフトウェア維持管理の現場改善」と題して、4回に渡りお送りしたこの連載、前半は「負のスパイラルから抜け出すためのストラテジ」を、後半ではそのストラテジを推進するため「成功の循環モデルをベースとた組織文化の変容」についてご説明しました。これらの内容が、多少なりとも皆さんのお役に立つことを願っています。

(参考文献)

*1「戦略を実行する第2ステップ-組織循環モデルを知り、リーダーシップを強化する」
 ITmediaエグゼクティブ 2011年11月05日

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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