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「デンマークからのアジャイラーII」
株式会社オージス総研

2010年06月号
  • 「デンマークからのアジャイラーII」
株式会社オージス総研   山海 一剛

 前回は、なぜ海外のアジャイル開発を推進するコンサルタントやアナリストが、日本発祥の「リーン生産方式」に注目するのかをご説明したところで終わってしまいました。今回は4月下旬に行われた、デンマークの方々を迎えてのレセプション・ミーティングで、特に印象に残ったことをご報告します。

 当日は主宰の黒岩氏(トヨタ自動車OB)の呼びかけで、中部地区のユーザ企業やITベンダなどから10名近い人々が集りました。しかしその反面、アイルランドの火山噴火の影響で、デンマークからの参加者は3名でした。日本人の方が多いため「デンマークからも何かプレゼンを」とお願いして、急遽団長であるBestbrains社(*1)のベント・ヤンセン氏からプレゼンテーションして頂くことになったのですが、これが非常に興味深いものでした。


 テーマは「アジャイル開発と契約」です。

 前回ご説明したようにアジャイル開発は、「必要な機能を必要な都度作る」というリーン生産方式の考え方がベースにあります。さらに「出来上がった機能は速やかにユーザに使ってもらい、ユーザからのフィードバックを得た後、次に必要なものを作る」というサイクルを繰り返すのが特徴です。このことにより、無駄な機能や使えない機能が作られることを防ぐ、つまりソフトウェア開発を「リーンに」行うというものです。
 しかしそれゆえに、プロジェクトの開始時点では「いつ頃に、どれぐらいの成果物が得られるかわかりにくい」ということになり、一括請負という契約形態とは相容れない要素があります。もちろん全く不可能というわけではありません。当社でも一括請負でありながらアジャイル開発を行って、成功させた事例があります。しかし契約の問題が、アジャイル開発という手法の普及にあたって、大きなハードルになっていることは確かです。

 ヤンセン氏の説明によると、デンマークでも一般的にソフトウェア開発は一括請負が主流であり、アジャイル開発手法を採用する場合にどのような契約にすべきかは、ヤンセン氏にとっても大きな課題だったそうです。

 最近ヤンセン氏たちが実践している方法は、発注者とSI業者の双方にインセンティブを持たせる仕組みを持っています。まずプロジェクトの開始時に、おおまかに開発スコープを決めて、目標とする納期とコストについて合意します。そしてもしその目標よりも早く安く構築することが出来れば、SI業者は費やした工数に比してより高い報酬を得ることが出来ます。でも目標よりも遅く高くなってしまうと、SI業者への報酬は工数に比して低くなります。つまり時間契約に置き換えた場合、目標を超えれば時間単価は高くなり、達成できなければ単価が低くなるということになります。もちろんユーザ企業にとっても、「目標を超えた」ということは、安く早くシステムを構築できたということですので、基本的に利害関係が一致します。つまり発注者とSI業者が共通の目標に向かって協力しあうという構造を作り出そうというのが、この方法の狙いです。

「両者がリスクとゲインをシェアする」最後にヤンセン氏はこのように締めくくりました。すでに官公庁のプロジェクトで、この方法を適用して成果を出しているそうです。

 もちろん、「目標を最初に設定する際に、両者が合意できるような目標を作り出せるのか」、「社内の調達規定などから、成功報酬とも解釈できるような形態の契約は難しい」などの課題はあります。「これらへの一般的な答は無いが、少なくとも両者に信頼関係があれば、何とかなる。」というのがヤンセン氏の回答でした。


 契約がアジャイル開発の普及にとって大きなハードルであることは、以前から認識していました。しかし実際にそのハードルを下げる工夫をしていること、しかも最もアプローチが難しそうな官公庁を相手に、既に実績を上げている点など、デンマークの方が数歩進んでいることを実感しました。

 さてもうひとつ、これは去年の出来事です。この時は10人以上の方が来日しました。さてミーティングの後のパーティでのこと。金髪の美人コンサルタントが私の席にやってきて、「日本のソフトウェア業界では、7Kという言葉があるそうだが、それをすべて教えてくれ」と言うではありませんか。「IT業界の職場は、3K、5K、7Kと、どんどん悪くなっている」といった話題は、これまでも耳にはしていましたが、まさかデンマークにまで名を轟かせているとは驚きでした。

 「きつい」「汚い」「帰れない」あたりは確実に含まれるとしても、7Kともなるといくつかバリエーションが存在します。ましてやこれを英語で説明せよとなると、私の英語力では心もとないものがありました。しかも困ったことに彼女は大真面目な表情で、手帳とペンを手にメモまで取る体制です。当惑しながらも、日本語での発音、ローマ字での綴り、英語での意味を説明していきました。例えば「きつい」ですと、「Hard Job」言ってみたのですが、すかさず「HardとはDifficultという意味か、それともHeavyという意味で言ったのか」とツッコまれ。「ここはHeavy Jobと言うべきであったか…」と、しばし汗をかきました。

 プライムと下請け、孫請け、ひ孫請け…、ひどい場合は10階層近くになりかねないソフトウェア業界の構造。しかもユーザに近い立場ではもの作りとの距離が大きく、もの作りの立場からはユーザとの接点が無い。そんな中、使い手の顔が見えず、ものづくりの喜びを知ることもできず、やりがいの無い職場が広がっていく。それがいつの間にか、5Kや7Kという言葉でブラックなイメージで語られる業界へと変っていく。いつのまに日本のIT業界は、このようになってしまったのでしょうか。

 「日本発祥のリーン生産方式が、海外のITコンサル達に注目されている」、前回も書いたようにそれは大変誇らしいことなのですが、「5K」や「7K」が注目されるのは、非常に恥ずべきことです。

 生産の現場から生まれたリーン生産方式、そしてそのリーン生産方式を取り込んで生まれたアジャイル開発、どちらもその根底には、使い手と作り手の距離が近く、現場の人たちはもの作りの喜びを知り、より良いものを目指すという、元気で活発な現場が見えてきます。今こそもう一度、日本が世界に誇れる文化を評価し、ITの技術によって元気な日本の製造業を、日本の製造業が生んだ文化によって元気な日本のIT業界を作り出したいと願っています。

*1:http://www.bestbrains.dk/


*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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