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「組み込みソフト開発現場でソフトウェア・プロダクトライン・エンジニアリングについて考えてみる」

2010.07.07 株式会社オージス総研  市川 武彦

Dive 1:SPLEは組み込みソフトエンジニアをHappyにするか?

皆さん、当ページにお越しいただきありがとうございます。

今回から4回にわたり、組み込みソフト開発におけるソフトウェア・プロダクトライン・エンジニアリング(Software Product Line Engineering; SPLE)の活用方法や効用について、日頃、私が考えていることをご紹介させていただきます。

1.組み込みソフト開発の醍醐味と現実

私自身、かつてメーカーの製品開発現場で働くソフトエンジニアでした。そして、今も様々なメーカーの組み込みソフトエンジニアの方と、お仕事をさせていただいています。そんな中でずっと感じている“醍醐味”とは、自らが創り上げたソフトによって、お客様の感動を呼んだり、新たなニーズを創造できたりする製品を世の中に出すことです。また、そのために必要な新しい技術に取り組むことも、仕事をワクワク楽しいものにしてくれると思います。

しかし、このような醍醐味を感じる機会が非常に少なくなっていることが、開発現場の現実です。開発量の急速な増大に加え、実現すべき機能の複雑化、市場で生き残るための開発期間の短縮、必要な人材の不足等、理由を挙げればきりがありません。醍醐味を感じるどころか、QCD(品質、コスト、納期)を守ることすら危うい状況が多々あります。実際、経済産業省の“組込みソフトウェア産業実態調査報告書”によると、“設計品質の向上”、“開発期間の短縮”、“開発コストの削減”は、ここ数年、常に経営マネジメント層から見た組み込みソフト開発の課題トップ3になっています。

2.組み込みソフト開発現場での改善とSPLE

このような状況に、私たちは手をこまねいているわけではありません。さまざまな改善に取り組んでいます。例えば、開発工程や成果物を規定する開発プロセスの整備、アーキテクチャの見直し・再構築、必要なスキルを体系的に習得できる仕組み作り等です。

これらの取り組みの成果として、手戻り工数の削減や、複数のメンバーによる分担・並行開発を可能にできた事例が増えています。

しかし、厳しい見方をすれば、上流工程での検証が不足しているために下流工程からの手戻り工数が増大したり、保守性が考慮されていないアーキテクチャのために仕様の追加・変更に時間がかかったりすることは、本来あるべきではない状況です。つまり、上記の改善は、今のムダを削減することでQCDを実現しようとするものなのです。

改善をムダの削減だけに留めてしまっていては、これから一層厳しくなるであろうQCDの要求に応えることはもちろん、“醍醐味”を感じる機会を生み出すことにはならないでしょう。SPLEは、本来やらなくてもよいムダを削減することから一歩進んで、やる必要があること(開発量)自体を可能な限り絞り込むことを狙った改善策と言えます。

3. SPLEとは?

SPLEそのものについては、色々なWEBサイトや書籍、セミナー、論文等で、さまざまな定義や解説がなされています。しかし、私たちが欲しいのは、組み込みソフト開発の“醍醐味”を取り戻すことで私たちが “Happyエンジニア(幸福なエンジニア)”になれるための道具です。些細な違いにとらわれず、実情に合わせ、使えるところを使っていきましょう。

ちなみに、私は、SPLEとは“シリーズ展開される製品の組み込みソフトに適した開発手法”である、と理解しています。SPLEの主たる狙いは、開発資産を最大限、再利用することによって生産性を向上させることです。また、検証済みの開発資産を多く使うがゆえに、品質の向上も達成できるのです。

図1は、SPLEに基づいて作られる組み込みソフトの構造を、簡略的に示したものです。

SPLEに基づくと、ある製品シリーズに属する製品群は、共通のアーキテクチャ(プロダクトラインアーキテクチャ)を持ちます。そして、個別製品のソフトは、既存のソフト部品(全部 or いくつかの製品で共通の機能)もしくは独自に構築したソフト部品(製品固有の機能を担う)をプロダクトラインアーキテクチャにプラグインすることで開発します。

SPLEに基づいて作られる組み込みソフトの構造
図 1 SPLEに基づいて作られる組み込みソフトの構造



次回以降の予告

本連載の第2回以降(Dive2~)では、弊社においてSPLEをどのように活用しているかについて、お客様の事例も交えてご説明する予定です。また、活用を通じて見えてきたSPLEに取り組む際のコツや課題もご紹介していきたいと考えています。ぜひ、次回以降もお読みください。

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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