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「IFRSへの危惧と対応について」
株式会社オージス総研

2010年08月号
  • 「IFRSへの危惧と対応について」
株式会社オージス総研   明神 知

1.はじめに

 IFRSに関して、会計やITの専門書籍以外に全国紙やビジネス雑誌に取り上げられ認知度も高まってきました。なかには「企業の序列が変わる」として包括利益ランキングといったセンセーショナルな記事も出てきました。ついには7月27日の日本経済新聞に、「国際会計基準の基本思想が製造業や商業の会計の基本思想と合わないために、企業経営にゆがみが生じるのではないかという危惧」が産業界、金融界に広がっているという記事が掲載されました。少々迷走気味とも思えます。本稿では、IFRSの本質とは何か?マネジメントが留意すべきポイントは何か、少し上空から俯瞰してみたいと思います。

2.なぜIFRSなのでしょう?

 IFRSは国際財務報告基準という名前の通り、国際的に用いられる会計基準であり、企業の経済実態を測る世界標準のモノサシです。グローバルな株式市場で投資家が判断する企業評価のモノサシが違っておれば企業比較ができず、経営者も他社との業務提携やM&Aにおいて適切な経営判断ができなくなります。そこで国際標準候補として選ばれた財務報告のモノサシがIFRSです。
 世界標準のモノサシの必要性はわかるものの、なぜルールベースと言われ25,000ページにも上るといわれる厳密な米国基準でなく原則ベースのIFRSが採用されたのでしょうか?
 エンロンの会計不祥事に始まり2008年のリーマンショックで決定的となった米国経済支配の終焉に対して、EUが欧州市場の競争力を向上させるべくいち早くEU域内の上場企業に適用を強制したわかりやすく取り入れやすい基準がIFRSだからと言われています。
 自国に有力基準がなかった新興国が難解な米国基準でなく理解しやすいIFRSを次々と採用することとなり流れは決まりました。リーマンショック後の新委員長の下で米国SECが公表した本年2月24日の声明ではロードマップ案の大きな変更は無かったものの強制適用の移行期間を長く取り、早期適用の提案を取り下げるといった一歩後退の観測も出ています。筆者は米国によるIFRSの主導権狙いやルールベースの破綻などから少々の遅れはあっても大きな流れに変化はないと考えます。

3.IFRSの本質は何でしょうか?

 コンバージェンスでは個々の会計ルールを順次IFRSに収斂させていくのですが、アドプションともなると次のような大きなパラダイムシフトになると言われています。

  1. 「損益アプローチ」から「資産・負債アプローチ」へ
  2. 「資本取引と損益取引の区分」から包括利益概念へ
  3. 「実現主義の売上計上」から「権利・義務移転基準(リスク・便益の移転)」へ
  4. 「発生主義の費用(負債)計上」から債務認識基準へ
  5. 「保守主義の原則」から「公正価値」へ
  6. 「継続企業の前提」から「投資価値評価算定」へ
  7. 「親会社の立場の連結」から「経済的単一体説に基づく連結会計」へ

 そのなかでも大きいのは利益中心の「損益アプローチ」から純資産増減(包括利益)を重視する「資産・負債アプローチ」への変革でしょう。フロー(損益計算書)重視から、ストック(貸借対照表)重視への変革ともいえます。
 これがゆえに、IFRSは投資家目線の企業価値を示す「インベストメント会計」であり、投資価値算定のためのデューデリジェンス会計とも言われます。[1] また、包括利益は「当期純利益」のほかに、「少数株主損益」「為替換算調整額」「年金債務調整額」「未実現有価証券損益」「未実現デリバティブ損益」の合算として定義されるものです。これは実績重視であった損益計算に乗らない資産に包含される将来キャッシュフローの創出能力部分まで足し合わせたものになっています。

4.IFRSへの危惧

 前述のようにIFRSは投資家目線の短期志向の発想であるから長期投資を基本とする生命保険会社の一部が反対しており、不動産への依存が大きい流通業は不動産の時価評価の揺れ動きに過度に影響を受けて戦略が大きく制約されるという意見があります。さらに時価会計は景気変動の振幅を増幅する弊害がありデフレ下の日本では投資が抑制されてIFRSを導入すべきでないとい意見まであります。こういった危惧に対してマネジメントの各立場ではどのような対応を考えればよいのでしょうか?

5.CEOにとってのIFRS

 上記の危惧はある面で正しい認識ですが、比較可能な企業実態を正しく伝える財務報告への投資家やステークホルダーのニーズは根強いものがあります。したがって、日本の主張もできるだけIFRSに取り込む努力をしたうえで一旦は共通のモノサシとして比較の土俵に乗って、そこからの個別事情を十分主張することが経営の差別化ではないかと考えます。IFRS対応で先行したフランスは、日本の事情と酷似していました。IFRS適用を上場企業の連結決算に限定し、単独決算は国内税法、会社法に強く影響されています。
 フランス企業のなかでもIFRS適用の影響を最小限にすべく堅実に対応した例が紹介されています。[2] ルノーやプジョー・シトロエンといった自動車メーカーは開発費の資産化で大幅な資産増となるところを段階的に固定資産化したり、簿外だった年金債務の負債計上や、のれん、金庫株、工場設備の滅損などとの相殺で圧縮したりしています。
 このように投資家のための会計報告基準といわれるIFRSの本質を見極めて、過剰な市場原理主義に惑わされることなく、CEOは自社の経営実態を正しく伝える道具としてIFRSを使いこなす必要があるといえます。

6.CFOにとってのIFRS

 IFRSの担当役員としてCFOの役割と責務はますます拡大しています。IFRSの本質であげた「資産・負債アプローチ」は、どちらかというと経営結果を正しく伝える経理財務担当役員としての過去機能に加えて、CFOとして財務戦略立案という将来機能をも担うことを明確にするものです。それは、さきに述べた包括利益のうち当期純利益以外の純資産項目が「最適資本政策」「事業ポートフォリオ構築」「リスクマネジメント」「投資意思決定」といった財務戦略によって直接変動するからです。
 IFRSでは、従来よりも固定資産等の減損会計の適用について厳しい見方をしてきます。減損の判定の基礎となる将来キャッシュフローの把握は、まさに投資リスク管理に結びついています。これまで個々の担当に任せていた事業やプロジェクトへの投資を、経営者としての投資リスク管理として体系化していく必要があります。いわば守りの組織からプロジェクトマネジメント力を備えた財務戦略遂行が問われるわけです。
 会計報告結果としてのアカウンティングはもちろん、その結果を生み出す経営と財務戦略としてのトレジャリマネジメントや財務サプライチェーンの全体最適化を図ることによって調達した資本の最大活用を目指すことになります。

7.CIOにとってのIFRS

 CIOはIFRS対応において、ITと業務アプリケーションについてグループ企業全体に対する最適なアーキテクチャデザインを行う必要があります。
 連結決算にIFRS対応する場合でも単体決算、税務対応や会社法対応では日本基準が残るので複数元帳を保持する必要性があります。連結子会社を持つ場合にはグループ企業単体決算を集めてIFRSに組み替えるのか、個別決算そのものをIFRS対応するのかなど様々な手法が取られますが、いずれにしてもグループ企業との連携方法を準備する必要があります。一般的には複雑で多様な形式の情報を集めて仕分けて一定の目的に沿ったレポートを作っていくという経営管理、報告、分析のための情報基盤が必要になります。
 また、将来キャッシュフローの計算では不確実性も含めた将来シミュレーションを支援するツールの整備も必要となるでしょう。CIOとしてはIFRSやその注記に記載される非財務情報の増加に対応するITアーキテクチャの整備を日ごろから行っておくことになります。既存システムから標準アダプターによるESB経由でDWHに集めてシミュレーションツールやBIツールでレポーティングするといったSOA情報基盤も有力なアーキテクチャでしょう。一般的にはエクセルなどで高度に属人化した資産評価(Valuation)とリスク管理機能を、標準の情報基盤に移して会社資産化していくことになります。
 ツイッターやモバイル端末の普及によって顧客接点の多様化が進んでいます。人事や経理パッケージのシェアードサービスやSaaS化とも相俟って中小企業のIFRS対応では社内情報化よりも外骨格ともいえる社外情報化であるクラウドコンピューティングの活用で進むとも考えられます。ただ、情報システムがクラウドで利用できたとしてもクラウド間の連携やセキュリティ確保など全社IT基盤のデザインは重要になってくるでしょう。
 監査法人と財務部門、経営トップとのセキュアな外部コミュニケーション、情報共有ツールの確保も求められます。
 経理部門としては連結仕分けが複雑になるので、決算の間違いを防ぐための決算プロセスの管理をするクロージングプロセスソリューション、注記に書かれるガバナンス、リスク、コンプライアンスに関して社内のドキュメントとレポートとの関連を維持するGRCツールや、GRCに関するフレームワークや成熟度を定めているOCEG(Open Compliance & Ethics Group)の動向などCIOとしては関連情報に対するアンテナを張っておき、見通しのよいITアーキテクチャを整備することによって、今後増えてくるステークホルダーからの多様な企業実態報告要求に柔軟に対応していくとよいでしょう。

 (参考文献)
[1] 中島康晴、マネジメントのためのIFRS、日本経済新聞社、2010
[2] 日経BPムック、IFRS利益激変、日経ビジネス、2010

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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