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「組み込みソフト開発現場でソフトウェア・プロダクトライン・エンジニアリングについて考えてみる(2)」
株式会社オージス総研

2010年09月号
  • 「組み込みソフト開発現場でソフトウェア・プロダクトライン・エンジニアリングについて考えてみる(2)」
株式会社オージス総研   市川 武彦

Dive 2: ある開発現場におけるSPLE事始め
      ~Happyなソフト開発ライフを目指して

 皆さん、当ページにお越しいただきありがとうございます。
 前回「なぜ今の組み込みソフト開発現場において、ソフトウェア・プロダクトライン・エンジニアリング(Software Product Line Engineering; SPLE)が有効なのか」について、私がよく見聞きする組み込みソフト開発現場の状況を踏まえて述べさせていただきました。
 今回は、私どもが改善をご支援したお客様におけるSPLEの活用事例について、ご紹介していきます。
 なお、守秘義務や記事スペースの都合上、特定のお客様の事例ではなく、似た状況のお客様 数社の事例からエッセンスを抽出し、ひとつの事例として再編したものです。
 また、雑誌や他のWEBサイトの記事ではあまり触れられない、SPLEに基づく開発を立ち上げる段階にフォーカスしてご紹介します。SPLEへの取り組みを検討するべき状況(もしくは検討してよい状況)を物語っている事例とも言えると思います。
 SPLEに関心を持ち、取り組んでみようとされている皆様にとって、“なぜ、何のためにSPLEに取り組むのか”を考える際のご参考になれば幸いです。

1.事例企業A社の状況

 A社は創業60数年の機械装置メーカーです。
 A社の製品開発部門(ハード開発グループ・ソフト開発グループ)には、製品の設計・開発に携わる技術者が約100人おられます。このうち、組み込みソフトエンジニアは約30人ですが、全技術者に占める組み込みソフトエンジニアの割合は、ここ数年で倍増しています。
 人数が着実に増えている一方、製品の多様化や短納期化で目前の製品開発に追われ、ソフト開発の仕組み(プロセス、教育、体制等)の整備は後回しになりがちでした。その結果、最近ではソフトが要因となる品質問題や開発遅延の増加等、様々な問題が目立つようになって来ました。しかも、ソフトが実現の主体となる機能の数は今後も増え続け、製品におけるソフトの重要性が益々大きくなると予想されていました。
 そこで、A社の製品開発部門をとりまく状況を分析(SWOT分析)し、ソフト開発グループとして打つべき改善策を見出すことにしました。

A社の製品開発部門(ハード開発チーム、ソフト開発チーム)をとりまく状況の分析
図 1 A社の製品開発部門(ハード開発チーム、ソフト開発チーム)をとりまく状況の分析

2.強みを活かし機会をつかむためにソフト開発の仕組みを変革

 図1に示す“機会”の分析結果から、ハイエンド~ローエンドまで、ユーザのニーズに応える新製品を素早く投入していく必要性が益々高まると判断しました。そのために、強みである「独自技術を活かした製品」(強み-②)や「充実の製品ラインナップ」(強み-③)、「タイムリーな製品投入」(強み-④)を、さらに伸ばす必要があると考えました。さもないと、せっかく市場で築いた「定評」(強み-①)を失いかねません。逆に、今回の“機会”を確実にものにすることで、「定評」(強み-①)をより確固たるものとし、競合製品による脅威(脅威-①)をはねのけることが出来そうです。
 そこで、ソフト開発グループにおいては、以下のような開発スタイルを確立するための取り組みを行うことになりました。

A.  今後の製品に搭載が想定される機能群を、[1]ソフト部品群と[2][1]を組み合わせることを可能にする土台(ソフトウェア・プラットフォーム)として実現し、蓄積しておく。これにより、市場の動向に合わせてソフト部品を組み合わせることで製品を開発し、適切なタイミングを逃さず、ユーザに提供できるようにする。

B.  今後の自社の技術開発成果や市場の動向に応じて変化する可能性が高いが、その変更内容を具体的には想定できない機能がある。そのような機能は、容易に差し替え出来るようにソフト部品化しておく。

 この開発スタイルは、アーキテクチャ(本事例ではソフトウェア・プラットフォーム)を統一し、既存の開発資産(ソフト部品)を最大限、再利用することで製品のシリーズ展開のスピード向上を図っている点で、SPLEのひとつの実践例と言えます(Dive-1、図2参照)。

A社のソフト開発チームが目指した今後の開発スタイル
図 2 A社のソフト開発チームが目指した今後の開発スタイル

3.製品の今後を計画する

 図2のようなソフト構造は、理想形としてよく目指されるカタチです。しかし、実際に実現しようとすると、なかなかうまく進まなかったり、思ったほど効果でなかったりすることが多いのではないでしょうか?
 その主因は、ソフト開発チームだけで、どのようなソフト部品を再利用する開発資産(再利用資産)として蓄積していくか判断してしまうからだと、私は考えています。
 組み込みソフトが製品の価値を左右してしまう現在、将来にわたって使える再利用資産を考えることは、製品の将来を考えることにほぼ等しいと言えるでしょう。ですから、何を再利用資産とすればよいか考えるときには、製品戦略(どんな機能の製品を、誰に、いつ、どんな価格で、どのようにして提供するのか)を考えている部門との協調作業が、不可欠になってきます。

 A社のソフト開発チームも、製品企画部門や営業部門と一緒に①製品ロードマップと②製品バリエーション表を作っていくことで、製品の今後を検討・共有していきました。

4.製品の未来を見る~“製品ロードマップ”の作成

 製品ロードマップ上には、将来ありたい自社の姿を実現する製品群を、市場に提供する時間順に並べていきます。よって、経営戦略(ありたい姿)や製品戦略、技術戦略等が、この作業へのインプットになります。
 製品ロードマップは、作っていくべき製品群の意思であり予測です。もちろん、今後の市場動向等によっては、その意思や予測を変更せざるを得ない可能性もあります。しかし、製品企画部門や営業部門の考えにも基づくことで、ソフト開発チームだけで作成する場合に比べ、意思や予測の精度はより高まります。
 図3は、今回A社が作成した製品ロードマップです。

A社の製品ロードマップ
図 3 A社の製品ロードマップ

5.未来の製品像を具体化する~“製品バリエーション表”の作成

 製品ロードマップによって、製品企画部門や営業部門と製品の今後を検討・共有することができます。しかし、再利用資産(ソフト部品やソフトウェア・プラットフォーム)を構築する、すなわち、ソフト開発作業につなげていくためには、製品ロードマップをさらに詳細化し、製品の要件レベルにする必要があります。
 そこで、A社のソフトウェア開発チームは、製品企画部門や営業部門と一緒に、製品ロードマップ上の製品に、どのような機能や性能を持たせるのかを整理していきました。この整理の結果を、“製品バリエーション表”と呼んでいます(図4)。
 機能や性能は(未来の製品のことですので)、いざ具体化せよと言われても、製品企画部門や営業部門の方でも難しいことがあります。そんなときには、品質機能展開(QFD)を使って分析することも有効でしょう。また、要求(機能、性能等)間の関係はSysML(要求図、パラメトリック図等)を用いて診える化すると、より発想や整理が進むと思います。
 機能や性能が出揃ってきたら、それらをどの製品に持たせていくのかを、製品バリエーション表に記載していきます。この際には、製品ロードマップでの各製品の位置づけを踏まえつつ、判断していく必要があります。
 A社の事例の場合、製品ロードマップ上でターゲットとする市場で製品群をグルーピングし、製品の位置づけが明確になるようにしました(「大規模ユーザ向け高生産性追及」カテゴリ、「中小規模ユーザ向けバランスモデル」カテゴリ、「小規模ユーザ向け操作性重視」カテゴリ)。 このように、製品の位置づけを明確にすることで、どの機能・性能を持たせるかの判断がぶれなくなるというメリットがあります。

A社の製品バリエーション表
図 4 A社の製品バリエーション表

6.そして、ソフト開発へ~再利用資産の開発

 製品ロードマップや製品バリエーション表に基づき、いよいよ再利用資産(ソフト部品やソフトウェア・プラットフォーム)の開発に進みます。
 製品バリエーション表の各機能や性能は、最終的にはソフト部品もしくはソフトウェア・プラットフォームとして実現することになります。ですから、仕様(機能仕様、非機能仕様)レベルまで詳細化していく必要があります。その際、搭載する/搭載しない製品がある、あるいは、一部が製品毎に異なる等、再利用資産として活用していくために仕様段階で織り込んでおくべきことがあります。これが、SPLEにおける共通性分析や可変性分析となります。
 共通性分析・可変性分析の事例については、ESEC2010での弊社ブースにおける講演でご紹介しています。弊社WEBサイトから講演資料をダウンロードできますので、ぜひご覧下さい 。

次回の予告

 最後までお読みいただきありがとうございます。
 本連載の第3回(Dive3)では、今回ご紹介したような事例を通じて見えてきたSPLEに取り組む際のコツや課題をご紹介する予定です。次回も、ぜひお楽しみに!

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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