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「“Cash is King, Cash Flow is Queen.”(その3)バーゼルIIIにおける流動性リスクモニタリング」

2010.10.01 さくら情報システム株式会社  遠山 英輔

 今回は、予定を変えて旬の話題を取り上げたいと思います。

 今年の7月に、いわゆるバーゼルIII(銀行に対する次期監督規制)の流動性規制-正式には「流動性リスク計測、基準、モニタリングのための国際的枠組み」の修正案が公表されました。(http://www.boj.or.jp/type/release/adhoc09/bis0912a.htm
およびhttp://www.boj.or.jp/type/release/adhoc10/bis1007a.htmご参照)まさしく、銀行に対して改めて”Cash is King, Cash flow is queen”を迫るこの内容について少しお話をしてみたいと思います。資金繰りリスクのマネジメントを考える視座の一つとして、銀行以外の業態においても参考にしていただける部分もあろうかと思います。

 この枠組み案は、従来の自己資本比率(国際基準行で8%以上を維持)による健全性の維持に加え、銀行の資金繰り・調達の安定性にフォーカスした流動性規制の諸比率の維持を求めています。(基準値を下回る場合には金融庁から業務改善命令などの措置を受けることになります。)これらの比率は自己資本比率と同様に開示が前提になりますので、銀行は市場からもそのチェックを受けることになります。こうして、銀行はCashの観点から、さらに踏み込んだ形で当局と市場双方からのモニタリングを受けることになるというわけです。

 この規制のポイントとなるのは下記の2つの比率になります。

・流動性カバレッジ比率(LCR)

流動性カバレッジ比率(LCR)

   100%以上の維持が要件。一言でいえば、流出する可能性のある資金を換金容易な(流動性の
  高い)資産でどこまでカバーできているかを示す指標。
(1)現金、中央銀行への預け金、国債・高格付けの債券など換金容易な資産
(かつての第一線・第二線の支払準備に相当)
(2)預金などを属性に応じて分類し、資金の流出見込み額を掛け目で見積
加えて自行格付低下時の追加担保需要額や、コミットメントライン未使用枠(貸出実行義務)などを加味して算出
(3)健全資産で1カ月以内に償還を迎える(つまり現金化する)金額

・流安全調達比率(NSFR)

流安全調達比率(NSFR)

   100%超の維持が要件で、中長期的な資金繰りの安定性を示す指標。
   換金性の低い資産に対して、いかに安定性の高い調達でカバーしているかを示す指標。
(4)資本、残存期間1年以上の負債、安定して滞留の見込める預金(掛け目で算出、預金保険対象の預金や個人預金などは有利)
(5)換金性の低い(資金が固定化される度合いが高い)資産ほど高い掛け目を適用して中期的な所要調達額を算出

(注)項目の説明は現文書の定義ではなく、筆者の私見に基づき要約、ないしその趣旨を説明したものです。正確を期す場合は原文書(上記のURL)をご参照ください。

 では、こうした新たな規制に直面した銀行はどのような戦略に走ることになるでしょうか。一般論として主な選択肢としては

(a) 流動性の高い資産へのシフト
(b) 調達の長期化
(c) 長期滞留が見込まれ規制上の掛け目の有利なリテイル預金等の積み上げ

が考えられます。さらに、これらの選択肢はどれも収益性の低下と表裏一体の関係にありますので、あわせてこれをカバーする方策も求められることは言うまでもありません。
 つまり、この規制はさらに流動性を重視したALM運営を銀行に対して迫ると同時に、より収益性にも配慮した高度なオペレーションを求めるものとなります。とりわけ、個別の銀行における有価証券投資オペレーション態勢の強化に加え、有価証券市場のインフラの一段の整備も喫緊の課題となりそうです。

 流動性の高い資産へのシフトを収益性を考慮して行えば、高格付で長期の債券への投資積み増し(例えば長期国債の買い増し)で対応するのが定石になります。こうした長期の債券を安心して買い増すには、必要な時にはこれを担保として活用したり、一時的に資金を調達できる「レポ取引」を機動的に行ったりできるかどうかが鍵になってきます。これは債券市場そのものの利便性向上に直結する重要なポイントになります。価格変動リスクの高い有価証券ですので、一時的な資金過不足に対応するのであれば売却ではなく一時的な担保差し入れによる調達がベターであるのは言うまでもありません。
 同時に、銀行のALM部門においては、より直接的かつ戦略的に有価証券投資のオペレーションができることが必要となります。このためには、有価証券投資部門自体のALM部門としての役割再設定、フロントとしてのミッション設定がポイントとなります。流動性対策の一環として調達の長期化が図られれば、調達金利の上昇(資金利ザヤの圧縮)により、結果としてはますます運用サイドの利回りアップも求められます。このためにも、ミドル(リスク管理)機能の強化と、より高度化するオペレーションを支えるフロント・バック機能の充実も改めて課題になりますこの延長線上で、STP(Straight Through Processing)化の推進も、改めて求められることになるでしょう。

 長期滞留の見込まれる個人預金の積み上げの議論は、個人取引のマーケティングの視点、IFRS等でも検討されている負債評価の取り扱い、現行のバーゼルⅡにおけるコア預金モデルなども合わせて考える必要があります。自行の預金の特性のプロファイリング、これに基づく営業戦略の立案、平均残存期間の計測(コア預金モデル)は、ALMの土台の問題として改めて詰めてゆくことが重要になってきます。
 また、こうしたことを前提に、負債の時価評価は今後のIFRSの帰趨いかんではホットイシューになるかもしれません。仮に、自行格付(信用スプレッド)を負債評価に反映させることを考えた場合、リテイル預金の割合の高い邦銀は自行の格付け低下時に巨額の評価益を計上できる可能性が指摘されています。(欧米の銀行では多数この事例があります)預金と有価証券投資における公正価値ヘッジ適用の可能性、FASB(米国財務会計基準審議会)における金融負債の公正価値評価の議論、隔たりが大きく歩み寄りが注目されるIFRS vs. FASBの動向など、引き続き注目が必要なところです。

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