WEBマガジン

「ALM(Asset Liability Management)の考え方(その2)」

2010.11.02 さくら情報システム株式会社  遠山 英輔

前々回のWebマガから、銀行ALM( Asset Liability Management:資産負債総合管理)の考え方を少し一般化しながら、IFRSにおける財務戦略まで視野に入れてお話を進めているところです。今回は第2回、組織と態勢の設計になります。どうぞ、お付き合いください。

<アジェンダ>

第1回  1.ALMのターゲット (9月号)
第2回  2.組織と態勢の設計 (今回)
第3回  3.PDCAサイクル(銀行ALMの実際)

2.組織と態勢の設計

ここでは、銀行の“狭義のALM”を前提に話を進めたいと思います。
第1回“1.ALMのターゲット”の中で、銀行のバランスシートにおいて特に重要なリスクとして、

(1) 円資金(バンキング勘定)の長期運用・短期調達に伴うミスマッチ(金利リスクと資金繰りリスク)
(2) 投資有価証券・外貨資産の価値変動(市場リスク)
(3) 貸出資産の価値変動(劣化の可能性=信用リスク)

を論じましたが、本稿で扱う狭義のALMは、このうち(1)と(2)を対象としています。
バンキング勘定における貸出や有価証券投資などの運用と預金などの調達の間の運用期間のミスマッチは、銀行の本業部分における主要な収益とリスクの源泉であり、これをどうコントロールしてリスクリターンの最大化を図るかをテーマとするのが、狭義のALMということになります。一般に金利は長期になるほど高いため、長期運用短期調達を指向することになりますが、その利ザヤが大きいほど金利リスクと資金繰りのリスクも高まることになるので、そこをどのようにコントロールしてゆくかが、いわばALMのポイントとなります。

(1) フロント機能としてのALM vs ミドルとしてのリスク管理

地域金融機関では、ALMを事実上ミドル(リスク管理)の一部の機能とするような例も散見されます。組織・体制上の便法として、例えばALMの事務局がリスク管理部門におかれるなど、限られたリソース(体制)の中でマルチタスクで対応しているケースも多いものと思われます。
しかし、実際にはALMが管理すべき利益の割合は銀行全体の中できわめて大きいのが普通であり(銀行で言えば業務純益中の数十%のオーダー)、経営管理上はここを何より大きな収益部門(すなわちフロント)としてまず位置づけるべきとなります。(この点は、いわゆる移転価格制度(TP:Transfer Pricing)をベースとした管理会計、すなわちスプレッドバンキングを導入すると非常にはっきり見えてきます。)そして、この巨額のリターンに付随するリスクも非常に大きく、特に資金繰りのリスクを大きく抱えているということを考え合わせれば、そのリスク管理、フロントとしてのALMを牽制する機能を外側にしっかり構築する必要があります。

銀行におけるALMの組織設計
図 1 銀行におけるALMの組織設計

図のような組織例は、こうした要件を満たす一つのモデルになります。総合企画部(ALMにかかるミッション・組織・リスクリミット等の設定)、財務部(ALMオペレーション(たとえば上述のTP設定、資金繰りなど))、営業企画部(預貸金の運営)、市場証券部(有価証券、デリバティブ、外国為替など)等を、ALMの実行部隊と位置づけ収益責任を負わせる一方、これを牽制しリスク管理を一元的に行うミドル部門としてリスク管理部を設置します。そして、さらにこれらフロントとミドルが適切な牽制関係の下で適正に業務を行っているかどうかを内部監査部がモニタリングし、さらには取締役会とそのもとにある各部署の業務運営全体を監査役会が見ているという、いわば二重三重のコーポレートガバナンス(あるいは内部統制)構造が、あるべき組織の姿になります。
こうした組織設計は、内部統制でおなじみのCOSOのフレームワークそのものであり、銀行をモニタリングするツールとしての金融庁マニュアルもこうしたロジックに沿って書かれています。その意味で、少なくとも銀行におけるこうしたALMの態勢や考え方については、金融以外の業態においても十二分に参考になるものと筆者は考えています。

(2) 権限設定と組織の設計

ALMがフロント機能であることはすでに論じましたが、銀行の場合であればマネーマーケットを前に資金繰りを行いそのリスクをコントロールするという特性から、経営的にインパクトの大きな意思決定を極めて短時間に、場合によっては経営に諮る間もなく行うことが要求されることがあります。天災、経営レベルの不祥事、根も葉もないうわさから火がついた取り付け騒ぎ...等々一朝事があれば、コンティンジェンシープランの迅速な実施はもちろん、プランにないような意思決定さえ行う必要に迫られることを想定しておく必要があります。
こうしたことに対応するためには、ALMにかかる部門においては特に軍隊のような組織・権限設計が肝要だというのが筆者の経験でもります。権限者が不在の場合の次席者の明確化(軍隊で言えば序列、同格であれば先任に指揮権など)、臨時の権限付与、豊島沖海戦のような不期遭遇戦(※)の故事等、学ぶべきところが多々あるように思われます。

 

※日清戦争前夜、東郷平八郎が巡洋艦「浪速」艦長のときに、艦長の権限と判断で開戦につながる戦闘行動(敵性艦~清国兵を乗せた英国船を撃沈)を実施。後に戦時国際法の範囲内として、英国も含め全くの“お咎めなし”となった事件。

映画の「西部戦線異状なし」のなかで、兵士同士のジョークで「タマがあたったらカイゼルの御前にでて『これから戦死してもよろしいでありますか』って聞くぞ」という場面があったかと記憶しています。ビジネスシーンにおいては組織・権限などの設計が不十分なところでは、これはジョークではなく深刻な現実になりかねないことを改めて銘記しておくこともまた必要なことではないでしょうか。

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