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「がんばれ!ガラパゴス日本」
さくら情報システム株式会社

2011年04月号
  • 「がんばれ!ガラパゴス日本」
さくら情報システム株式会社   遠山 英輔

 まずは、今回の震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災者の皆様方にお見舞いを申し上げます。今回の本稿は先月から始めたばかりの映画のお話は一休みさせていただいて、震災で感じたことを起点に、ガラパゴス、標準化、といった観点と結びつけて、がんばれ日本のメッセージとさせていただきたいと思います。
 震災報道で、海外におけるメディアの論調やFacebookなどのSNSに見られる生の声を見ている中で印象的だったのは、きわめて良い意味での「不思議の国ニッポン」という海外の見方でした。海外であればまず間違いなく、暴動、略奪、デマ、混乱、となりかねないところが、パニックも起こさず粛々と対処されている被災者の皆様方への驚愕の視線はその際たるものだと思います。そこに浮き彫りとなったのは、「ガラパゴス」のきわめてポジティブな側面、今までの海外での災害等で露呈した言わばネガティブなグローバルスタンダードとは懸絶したレベルの、健全で強固な社会的基盤でした。

 ガラパゴスのポジティブな側面としての社会的基盤は、今回のような危機に際して見られる行動様式や国民性にとどまらず、それと不即不離の関係にある日本語そのものにも内包されているように思われます。和魂洋才、すなわち海外や異文化の力を受け入れ自らの力に同化(転化)する能力自体が、日本における独自の進化、つまりガラパゴスたることを可能にしているわけですが、これは日本語の成り立ちとも大きくかかわっていると見ることができないでしょうか?
 ここを考えるにあたっては、標準化や国際化といったものが強いるちょっと暴力的な側面を思い起こしてみるのがいいかもしれません。例えばITの世界での代表例としてERPシステム導入を見てみると、「グローバルスタンダードの当社パッケージに御社の業務を合わせてください。」というのが普通です。さらに極端な例で言えば、侵略・植民地化においては相手国の言葉を奪い自国の言葉を強要するのが常道です。日本においては、明治維新の前後に一歩間違えばよく似た状況に陥る可能性がありました。文化的に占領・植民地化されてしまうかどうかは別にして、西洋の文化や概念に相当するものが必ずしも日本に無かったことから、明治の先人たちは「訳語」をつくって凌ぐことを強いられたわけです。有名な例では、freedom→自由など、枚挙に暇はありません。
 日本語は、こうした西洋文化の受容と翻訳を可能にする優れたプラットフォームであったことは間違いありません。 しかし、言語、文化、教育などの基盤が脆弱な言語圏・文化圏においては、文明の受容(往々にして占領とか植民地化と一体の話)とともに、その言葉自体までもそのまま受け入れて母国語として使うしかなくなります。その意味で、これまたデファクトスタンダードたる英語が苦手な日本人というのも、一面では負け惜しみではなく誇るべき歴史の結果と考えても良いかもしれません。

 調べてみますと、その日本語の出自というのも実に不明です。日本語自体は中央アジア圏のアルタイ語族に分類されるなどの説がありますが、その語圏と日本人のDNAの由来(ご先祖様の地理的分布)はかなりずれています。それでも、アルタイ語族の特徴である「膠着語」という特性、すなわち語幹(例えば名詞)+語尾(助詞や助動詞)の組み合わせによって、日本語は非常に柔軟に他国の言葉(もちろんその背後の文化)を取り込むことが可能です。これこそが、大昔の漢文訓読から和漢混淆文へ、時代は下って現代のカタカナ外来語の隆盛を可能ならしめた決定的な要因のように思います。和魂洋才も、日本語というプラットフォームがあることで可能となったといっても過言ではないと思われます。
 勘のよい方はそろそろお気づきかもしれませんが、この日本語の果たす役割や性質は、標準化やそのIT基盤に興味深い示唆を与えているというのが、本稿の(筆者の)基本的な見方です。IT業界の言葉で言えば、日本語自体が異文化や異言語をもろともせず、柔軟に対応してしまう強固なSOA(Service Oriented Architecture)基盤そのものにも対比できますし、膠着語の特性はメッセージングやフォーマティング、アダプターの条件そのもののようにも思えます。そしてこうしたものを動かす背景となるITガバナンスを考えるとき、日本語と健全で強固な社会基盤(たとえば性善説と協調、和魂洋才思想など)とのコンビネーションを考えずにはいられないと思うのです。

 ガラパゴスは言わば閉じた取り残された世界ではありますが、どうも上記のようなことを考えた時、日本を単純になぞらえるのが良いのかどうかということを改めて自問する必要があるのではないかと思います。例えば金融分野のメッセージ標準化(ISO20022)、携帯電話、EDIの世界で日本が取り残された観があるのは事実ですが、だからといって卑下する必要も無く、また「ガラパゴスで何が悪い」と開き直るのも勿体ない話だと思うのです。
 明治期に訳語として作られた「自由」をはじめとする数々の言葉は、その概念とともに「和製漢語」として逆輸出されました。日本は特異な「不思議の国」かもしれませんが、古来閉じていたわけでもなく、こうして発信する能力までも有しています。本質的には侵食力が強いのかもしれませんし、それはアニメ文化やクールジャパンといったところでも見られることですね。この辺に脱ガラパゴスや、標準化に対して積極的にイニシアチブを発揮してゆくことの鍵があるのではないでしょうか。

 私にとっては、今回の震災はそうしたことを深く考えさせてくれる契機になりました。こうした不思議の国ガラパゴス日本を別の眼で見直し、ガラパゴスの所以となる強みを最大限に生かして復興、さらにはグローバルスタンダードに対して積極的に影響力を行使しながら新たな飛躍を期す、そんなことを目指さなければならないという意を強くしているところです。

 一日も早い復旧と復興を願いつつ、まずは自分にできる何かを。そして、ガンバレ!ガラパゴス日本。

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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