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「正念場の日本に必要な、エンタープライズ・アーキテクト(グランドデザイナー)」
株式会社オージス総研

2011年04月号
  • 「正念場の日本に必要な、エンタープライズ・アーキテクト(グランドデザイナー)」
株式会社オージス総研   明神 知

1.はじめに

 この度の東北大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。
 東北地方の一刻も早い復興を望みます。 そして、この復興は地方からこの国の歪を正すべく大胆な見直しが必要になると思われます。そこで本コラムでは国難とも言える正念場に立つ日本のグランドデザインを担うデザイナーについて考えてみます。
 昨年の4月から1年間、ビジネスイノベーションセンター(BIC)のWEBマガジンのご愛読ありがとうございます。
 ビジネスイノベーションセンターは発足2年めの2011年度にあたり、新たに19名の仲間を迎え、総勢44名となりました。
 BICは、お客様の側にたってオージスグループの各部署に散らばっている経験、知識、ソリューションを組み合わせて、場合によっては外部の資産も活用して、最善のサービスを提供する、「顧客価値向上のためのデザイナー」です。
 このデザイナーはお客様のニーズを実装につなげる「エンタープライズ・アーキテクト」とも言えます。
 東北大地震によっていみじくも顕在化した原発の安全問題と電力不足問題は人工物の安全設計を担う「技術の科学」と、安全においてシステム全体を扱う「システム科学」の弱さを炙り出しています。
 システム全体をデザインするエンタープライズ・アーキテクトにはシステムズアプローチが求められます。今回は、このシステムズアプローチについて建築と安全を題材にとってその概要に触れます。
 次回以降は、最近のエンタープライズ・アーキテクチャについて昨年ロンドンで開催されたEAカンファレンスのトピックスなどを交えて、弊社の提唱する「百年アーキテクチャ」の基礎となっているアーキテクチャ成熟度モデルとシステムズアプローチとの関連などやさしく解説していきたいと思います。

2.技術が必要とする科学(システム科学)[1]

 東大の藤本隆宏教授が3月29日の日本経済新聞「経済教室」で「強い現場の基本構造」を図示し、今回の震災では、またしても官民双方の「強い現場・弱い本部」症候群が全世界に再認識されたと書かれています。
 日本は国家として「統合の失調」に陥っているとつくづく思います。専門分化する応用工学を横断的に扱う人工物の科学が弱いのです。システム理論、制御工学、複雑系、ソフトウェア理論、数理科学といった分野はまさに「技術の科学」ともいうべきシステム科学ですが、学生の数学離れとともに大学での扱いも少なくなくなっています。
 科学技術と呼んで科学と技術の区別もしない日本では、科学といえば自然を対象とするサイエンスでした。技術といえばものづくりということで見えるものばかりに集中してきた結果、労働集約型技術は強くなったのですが少子高齢化とともに、担うべき人間が居なくなりつつあります。
 一方欧米では、第三の科学革命(注記)によって技術全体がシステム化、普遍化した結果、技術の背後にある「複雑性」や「不確実性」、「情報」といった目に見えないものを扱う「技術の科学」が進展してきました。
 これに対して、第二の科学革命の本質が分からず技術に囚われていた日本はシステムの中の要素である機械を洗練して道具のように使いこなしたのです。
 システムの個々の要素を磨くことによってシステム全体の性能を向上させたのです。このシステムから機械への逆進性が1960年代後半から80年代にかけての製造技術の躍進を支えたのは事実です。
 しかし、システムがソフトウェアに主導されるに及んでこの逆進性の道が閉ざされつつあります。というのはソフトウェアが抽象化された普遍性を持っており、中国やインドにオフショアということで移管していることがその裏づけであり、今後加速することはあっても元に戻ることはないと思われるからです。
 木村先生は現場も本部も強いことに越したことはないので科学(本部)も技術(現場)も双方が重要だと考えておられると推察します。技術は制御できる部分が制御できない部分を生み出しながら発展するし、科学は技術にシーズと合理的な基礎を与える車の両輪と言われているからです。
 したがって「ボトムアップ」と「トップダウン」はともに進みますが、最近では「大量機械データ」や「SNSに代表されるCrowd(群集)」のもつ膨大な外部情報を扱う「アウトサイドイン」も必要になってくると考えます。

(注記)
 第一の科学革命をガリレオ、ニュートンによる近代科学の確立とし、第二の科学革命は、科学が自然だけを対象にしていた精神活動であったものを、技術が求める新しい現象解明へと範囲を広げて社会への影響を著しく増したことを言っています。大量生産と大量消費がもたらした「複雑さ」と「不確実性」はそれを克服する「情報」を扱う新しい科学を生み出しました。これが第三の科学革命であり、不幸なことにこの時期の日本は第二次世界大戦前後であることから世界の歩みからは隔離され、大いに遅れたのです。

3.建築のデザイン(アーキテクチャ)

 デザインはアートとよく対比されます。アートは「芸術は爆発だ」と岡本太郎が言うように、天才がひとりで突き抜けた美を追求するものです。
 一方、デザインは発注者と構築者の間に立つソリューション開発者ともいえます。建築の世界ではローマ時代にウィトルウィウスによって書かれた世界初の建築の専門的理論書である「建築十書」に、アーキテクチャの要素には発注者、設計者、構築者の3要素があると述べています。設計者が担うのがデザインでありアーキテクチャです。[2]
 安藤忠雄氏が日本経済新聞の「私の履歴書」で建築は人を「育てる」のと同じように、使い手の意見をしっかり聞いて、地権者の反対に対峙して、敷地の個性を読み取り、既存の風景を守り、最悪の工事条件を最高の建築技術で乗り切っていくとして、建築設計者の要諦を述べています。
 この姿はまさに、システム開発において業務要件を実装につなぐアーキテクトの仕事ではないでしょうか? 本部(科学)と現場(技術)をつなぐ役割を担うと言ってもよいでしょう。

4.安全のデザイン 

 セーフウェア[3]でナンシー・G・レブソンは、コンピュータとソフトウェアが大きな事故に関わるようになっている中で、システムのコンポーネントの高信頼性に頼るという昔ながらの安全への取り組みに警鐘を鳴らしています。
 すなわち、「複雑さ」が問題の本質であり、システムを全体として捉えて、安全についてはシステム科学のアプローチを取ることを求めています。
 毛利衛宇宙飛行士が乗り込んだ1992年の第一次材料実験(FMPT)では有人宇宙飛行であったために火災や有毒ガス発生を防ぐ安全を担う装置には「three independent inhibits」が求められました。初めて有人宇宙飛行向けの実験装置を設計した日本の重工メーカーは赤字工事を余儀なくされました。
 これは国際宇宙基地にも採用されている安全基準[4]ですが、いみじくも複数の安全装置が独立していないために冷却装置が稼動しなかった福島第一原発は、現在の深刻な問題に至っています。このように、システムの安全は構成する部品の特性ではなく、システム全体の作り出す新たな特性なのです。さらに人間、機械、環境といった構成要素のほかに政治社会的なプロセス、管理者や設計者の興味、態度、動機といったヒューマンファクターや、事故調査における法律制度や情報の自由な交換の影響、関係者やシステムの免許や許認可にまで及ぶのです。安全のデザインもまさに本部(全体)と現場(個別)をつなぐ役割を担うと言ってもよいでしょう。

5.おわりに

 以上、建築と安全においてデザイナーの担うアーキテクチャがともに個々の技術の進展における制御できない部分を含めて全体の「複雑性」と「不確実性」を扱う「システム科学」の必要性が高まっていることがわかります。
 次回からはITのグランドデザインであるエンタープライズ・アーキテクチャについて最新動向と百年アーキテクチャに向けたシステムズアプローチについて解説したいと思います。

(参考文献)
[1]木村英紀、ものつくり敗戦 「匠の呪縛が」日本を衰退させる、2009

[2]スウェル&スウェル、職業としてのソフトウェアアーキテクト、2002

[3]Nancy G. Leveson、松原友夫監訳、セーフウェア 安全・安心なシステムとソフトウェアを目指して (Safeware: System Safety and Computers)、2009

[4]安全要求文書「国際宇宙基地プログラム」、http://paso.esa.int/3_Payload_Safety/SSP-50021.pdf、1995

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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