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「トレーディング業務基礎(バイサイド編 第三回)」
株式会社オージス総研

2011年05月号
  • 「トレーディング業務基礎(バイサイド編 第三回)」
株式会社オージス総研   有間 博道

 今回は、前回ふれた「執行コスト分析」の具体例として、いくつかある、分析方法の中から最も採用される事が多く、デファクトスタンダードとなっている「IS法」について記述したいと思います。

1.IS法 (Implementation Shortfall method)

 IS法は、ファンドマネージャ(FM)やアセットマネージャ(AM)が売買案件を策定(個別銘柄の売買を決定する)した時点から、実際にファンドにそれを取り込み、反映されるまでの差異を執行にかかったコストとして、そのコストを直接コスト(手数料・消費税など)と間接コストに分解し、更に間接コストをインパクトコスト、タイミングコスト、機会コストに分解し分析する手法です。特に、直接コストに比べて把握が難しい、間接コストの分解・分析をフォーカスします。

 ■インパクトコスト(マーケットインパクトコスト)
 インパクトコストとは、「自分の取引(売買)で、価格を不利にする事で発生するコスト」を言います。
 市場での取引価格は需要と供給のバランスで決定されるため、市場に発注された注文は、執行に際しては、常に自分に不利な方向へ作用します。買い注文が多くなれば、その分、平均買付価格は上がりますし、売り注文が多くなれば、その分、平均売却価格は下がります。例えば、ある株式を10万株買付けたいと思った時、いきなり市場に10万株の買い注文を出してしまえば、買いが売りを大幅に上回り、仮に全て約定出来たとしても、平均買付価格は、注文直前の株価に比べ大幅に高くなる可能性が非常に高くなります。証券のトレーダー(又はアルゴリズムトレードの場合はシステム)は、マーケットインパクトを可能な限り極小化するために、注文のスライス(大きな注文を小さな注文に分割する事)や、注文執行条件の付与、市場変化を見定めて注文を執行するなどしています。
 ■タイミングコスト
 タイミングコストとは、「売買案件を策定から市場へ発注するまでの間に価格が変動する事によって発生するコスト」を言います。
 FM・AMが売買案件を策定してから、実際に市場に注文が出されるまでには、通常以下の過程があります。(運用会社、証券会社によって順番・内容に若干の差異があります)
 1) 資産運用会社にて、売買案件についての事前コンプライアンスチェックを行う。
 2) ファンドマネージャからバイサイド・トレーダーへ注文を伝達する。
 3) バイサイド・トレーダーから証券会社のセルサイド・トレーダーへ発注を行う。
 4) 証券会社で事前コンプライアンスチェックを実施し、セルサイド・トレーダーが市場へ注文を執行する。
 FM・AMは、買付の場合は値上がりするであろう銘柄、売却の場合は、値下がりするであろう銘柄を選択しているので、売買案件を策定してから市場に注文が執行されるまでの時間は短ければ短いほど良く(タイミングコストは低くなる)、FM・AMの意思が反映された買付価格・売却価格になります。
 その為には、コンプライアンスチェックや注文の伝達、注文の執行を短くするための強力なシステムが必要になります。資産運用会社、証券会社(ホールセールのトレード業務に力を入れている証券会社)ともに、より多くの取引を迅速かつ確実に実行するために強力なフロントシステム・ミドルシステムを構築しています。(又は、構築しようとしています)
 取引を迅速かつ確実に実行するためには、システムの強化と並行して、業務フローの整備や組織・役割分担の明確化など事務面での強化も必要になります。
 ■機会コスト
 機会コストとは、「未約定で残ってしまった証券の価格が変動する事によって発生するコスト」を言います。
 機会コストは、流動性が不十分だった場合や、価格変動が大きく不利な方向に動いたため注文条件に合わなかった場合などに約定が不成立となり発生する機会損失コストで、全出来となった場合は発生しません。
 機会コストは、約定された取引に関するコストでないため表面化しづらいコストであると言えます。IS法の良い点の一つは、この表面化しづらい機会コストを表面化させている点にあると思います。

2.IS法の具体例

 執行コスト分析を行う場合は、充実度の違いはありますが、システムで行います。IS法について限定して見た場合でも、色々な計算手法が存在し、手組み(自前で作成)や各種パッケージ導入など各資産運用会社で異なっているのが実情だと思います。

 以下は、VWAPを用いてIS法により国内株式の執行コスト分析を行う簡単な例です。

※VWAP:市場で成約した取引全体の加重平均。データの取得・管理が容易で、標準的な値である事から、執行コスト分析でも使われ易い。
 ■想定取引情報
 国内株式A、B、C銘柄をそれぞれ、10000株ずつ買付けた場合。
 売買案件策定は前日の大引け後と仮定する。

想定取引情報<
図 1 想定取引情報

1) インパクトコスト
式:
(当日VWAP - 平均約定単価)÷前日終値×約定率

銘柄Aの場合:(520-530)÷500×1=0.02
  →VWAPに比較し2%の不利な買付

銘柄Bの場合:(520-530)÷500×0.8=0.016
  →VWAPに比較し1.6%の不利な買付

銘柄Cの場合:(320-330)÷300×1=0.033
  →VWAPに比較し3.3%の不利な買付
2) タイミングコスト
式:
(前日終値-当日VWAP)÷前日終値×約定率

銘柄Aの場合:(500-520)÷500×1=0.04
  →購入遅延により4%の不利な買付

銘柄Bの場合:(500-520)÷500×0.8=0.032
 →購入遅延により3.2%の不利な買付

銘柄Cの場合:(300-320)÷300×1=0.066
 →購入遅延により6.6%の不利な買付
3) 機会コスト
式:
(前日終値-当日終値)÷前日終値×(1-約定率)

銘柄A、Cの場合: 0
 →全出来のため機会コストは発生しない

銘柄Bの場合:(500-550)÷500×0.8=0.08
 →買付できない機会損失が8%発生

 執行コスト分析は、最良執行を実現する上で必須の行為であり、年々高度化されてきています。しかし、執行コスト管理・分析は、それ自体が目的ではなく、あくまで運用パフォーマンスを最大化するために存在するものです。手法やシステムの高度化のみならず、PDCAのサイクルを確立し、運用(業務の取廻し)も高度化してゆく事が重要と考えます。

次回は、国内株式の取引について、種類や執行形態などの記述をしたいと思います。

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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