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「百年アーキテクチャへのシステム科学アプローチ(その1)」

2011.09.09 株式会社オージス総研  明神 知

1.はじめに

 弊社ではIT投資を百年スパンで考え、しっかりシンプルに作って使い続けるITを「百年アーキテクチャ」と銘打ち、ITガバナンスや業務システム基盤整備など各種サービスを提供しています[1]。IT投資はIT単独で投資しても効果は薄く、ITを有効活用できる組織や文化が確立していないと経営に貢献するに至らないことが実証されています[2][3]。 また、多くの先進企業調査からITアーキテクチャの成熟度をステップを踏んで高めないとITを使いこなせないことが明らかになっています[4]。すなわち企業を構成する多くの要素の関係を見ながら、企業全体の構造の成熟度ステージアップを進める必要があるのです。こういった全体の構造を検討するには「システム科学アプローチ」[5]が有効です。
 ここでは、百年アーキテクチャの整備を題材にして、システム科学アプローチの強力なツールであるシステム・ダイナミクス(SD)の使い方を3回にわけて紹介しましょう。今回は、題材である「百年アーキテクチャ」の解説からはじめます。2回目は「百年アーキテクチャ」のSDモデリングとその結果、3回目はSDモデリングのプロセスと留意点を述べます。

2.百年アーキテクチャとは何か

 百年アーキテクチャとは何が持続するのでしょうか?アーキテクチャの階層ごとに持続する実体が違ってくると考えるのが自然です。前回ご紹介した、エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)でいうところのTA(テクノロジー)やAA(アプリケーション)といった実装を伴うところでは建築でも建物ができあがったところから陳腐化が始まることから、構造躯体と内装設備を分ける「スケルトンインフィル」や部品化の「モジュラー・プラニング」といった建築アナロジーから変化に迅速対応できる実装を考えます。社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案した「メタボリズム」も建替えのほうが内装含めて成長させるより安価だったので理想的にはいきませんでした。むしろ細胞が内容物をごっそり入れ替わる「動的平衡」のような生物アナロジーのほうがよいのではないかとも考えられています。
 持続させるものとしては、百年アーキテクチャに向けた成熟度アップのプロセスや、BA(ビジネス)やDA(データ)の領域では実装とは離れたグランドデザインとしてしっかり考えることということができます。ビジネスでは自社の顧客、商品、業務プロセスの統合と標準化のレベルに応じて中核のアーキテクチャとなるコアプロセスを選ぶことになります[1]。データでは概念モデルを最初にしっかり(リソースとイベント)描きます。「部分と全体、内と外」の都市計画アプローチや、外部環境と戦略といった「経営環境変化の軸」に沿ったコンポーネント化アプローチによって変化に強いアーキテクチャをデザインします。
 ガウディのサクラダファミリアのようにその時代にあった表面実装を担う石工に未完成部分をずっと残しておくという逆説的な考えもあるかもしれません。

百年アーキテクチャ~アーキテクチャ成熟度のスパイラルアップ~
図 1 百年アーキテクチャ~アーキテクチャ成熟度のスパイラルアップ~

 百年アーキテクチャの実現イメージはサービス指向アーキテクチャ(SOA)によるアジャイル(俊敏)な企業ということですが、ITとビジネスを共に標準化する必要があり一足飛びに実現することは困難です。
 SOAに至るオブジェクト指向開発、モデルベース開発の歴史や建築や生物のアナロジーから、おそらく次のようなステップを踏むのがよいと考えられます[6]。
 (1)百年アーキテクチャに向けた気付き (2)ITの標準化(しっかり、シンプルに作り、アウトソース活用で維持費を下げる)  (3)ビジネスプロセスの標準化(組織成熟度の獲得) (4)ビジネスのモジュール化(変化に対応するビジネス) (5)ITの適応再生化(ビジネス変化に適応するアダプティブITへ)(図1参照)図1では「経営」と「技術」、「頑健さ」と「柔軟さ」を対極に置いていますが、これらは、どちらかを選ぶのでなく双方が成立する企業成長の道筋に沿ってスパイラルに高みに登っていくというイメージを描いています。

3.アーキテクチャ成熟度ステージ

 マサチューセッツ工科大学スローン経営学大学院の情報システム研究センターのジャンヌ W.ロス等は、社内のITアーキテクチャを革新するために、IT部門とビジネス部門の両方が通らなければならない成熟段階として、4つのステージ─「サイロ型IT」、「ITの標準化」、「ビジネスプロセスの標準化」、「ビジネスのモジュール化」─を提示しています。[4]
 これは、1995年から2006年にかけて行われた456社の企業調査によって導き出されたものです。このアーキテクチャ成熟度モデルは日本の企業の成熟度の説明にも違和感なく使うことができ、IT投資の前にITを使いこなすための組織能力(組織IQ [2])が必要であるために、「各ステージは、1つとして省略して前に進むことはできない。しかも、1つのステージをクリアして次のステージに進むためには、平均で5年ほどの期間が必要になる。」と言われています。ここに記載されている内容を読み取ってEAの体系に従って指標化し、アーキテクチャ評価のフレームワークとすることにしました。

アーキテクチャ成熟度ステージ
図 2 アーキテクチャ成熟度ステージ(出典[7]を加筆)

 図2は各ステージの特徴ですが、段階を踏んで「強く」「安く」「誰でも」「どこでも」使えるITを整備していくプロセスといえます。下部に追記したように自由にIT調達を行っていた事業部門がコストダウンのためにIT部門とのコミュニケーションを取りながらIT標準に従った調達を行うのがステージ2。さらにステージ3でビジネスプロセスの標準化に取り組み、各社ごとの統合化、標準化のレベルを定めてコアの業務基盤を整備します。さらにステージ4では再利用可能なビジネスプロセスコンポーネントの活用によって戦略的迅速性をIT部門と事業部門が一体となって実現するのです。この段階では顧客コミュニティや仕入先との連携など外部とのコミュニケーションが重要になってきます。ステージが上がると、より高度で全体最適のIT利用になっていきます。

4.2つのフレキシビリティのシフト 

 ステージを上がっていくごとにIT調達に関するフレキシビリティの考え方もシフトしていきます。なんの制約もなかったステージ1では自部門のニーズだけで自由にIT調達することができました。商品、サービス、プロセスもすべて特定顧客向けに個別対応を行うので自由度が高いのです。この場合の自由度をローカルフレキシビリティと呼びます。個別対応が増えると重複したIT投資も目立つようになり、潤沢な売り上げがあればコスト負担も可能ですが、低成長で利益が少ないとITも業務も全社で標準化してコストダウンしたうえでの自由度が必要となり、これをグローバルフレキシビリティと呼んでいます。第4ステージにおいて、コアプロセス・データ・技術の強固な基盤のうえにビジネスモジュールをプラグ&プレイでき、モジュール化されたインタフェースは導入時間を短縮し、ローカルとグローバル両方のフレキシビリティを上げることができるようになるのです。(図3参照)

アーキテクチャ成熟度によるフレキシビリティシフト
図 3 アーキテクチャ成熟度によるフレキシビリティシフト(出典[7]に加筆)

 今回は、ここまでにして次回はSDモデリングにはいります。

(参考文献)
[1] 宗平他: 百年アーキテクチャ―持続可能な情報システムの条件 , 日経BP社,2010
[2] 平野雅章:「IT投資で伸びる会社、沈む会社」,日本経済新聞社,2007
[3] エリック・ブリンニョルフソン:インタンジブル・アセット,2002
[4]Jeanne W Ross, Peter Weill, David Robertson:Enterprise Architecture as Strategy, Harvard Business School Pr,2006
[5] システム・ダイナミックス学会日本支部http://www.j-s-d.jp/profile/j.html
[6] 東浩紀,北田暁大 編:NHKブックス別巻思想地図 vol.3 特集・アーキテクチャ,2009
[7]Jeanne W Ross, Peter Weill, David Robertson:Enterprise Architecture as Strategy, Harvard Business School Pr,2006
http://colab.cim3.net/file/work/caf/meetings/Jeanne_Ross_01_08_2007_EA.pdf
[8] 日本情報処理開発協会:IT 経営力の総合評価に関する調査研究報告書―情報・組. 織・環境の総合マネジメントに向けた評価と指針―』,2009
[9] 明神:モデルベースIT投資マネジメントによる百年アーキテクチャ構築~システムダイナミックスによるIT投資マネジメント構造分析~、JSD学会誌 システムダイナミックスNo.9 2010

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