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「百年アーキテクチャへのシステム科学アプローチ(その2)」
株式会社オージス総研

2011年12月号
  • 「百年アーキテクチャへのシステム科学アプローチ(その2)」
株式会社オージス総研   明神 知

 前回は、システム科学アプローチで解決すべき問題の題材である「百年アーキテクチャ」の解説を行いました。百年アーキテクチャに至るためには、アーキテクチャ成熟度[4]を組織IQ(ITを使いこなす組織能力)と共に順を追って高めて行く必要があり、その時間遷移は2つのフレキシビリティの変化に代表される組織コミュニケーションの構造変化として特徴付けられることを述べました。
 今回は、その「百年アーキテクチャ」の構築プロセスにはどのような構造変数が考えられるかの候補を検討し、それらの因果関係の仮説を策定します。この仮説をシステム・ダイナミクスモデリングによるダイナミック・シミュレーションを行って、前回述べた2つのフレキシビリティの時間変化が説明できるかどうかで妥当性を確認することにしました。
 システム・ダイナミクス(System Dynamics, 以下SDと略す)はMITのジェイ・フォレスター(Jay Forrester) 名誉教授によって約50年前に提唱された社会科学分野におけるシミュレーション・モデリングによる問題解決手法です。
 問題の構造をシステム全体としてとらえ、要素間のフィードバック構造をモデル化し、問題の原因解析や解決策を探るためのシミュレーションを行うことで、実社会に存在するさまざまな問題の効果的な解決を図る技法と適用技術です。
 SDは、複雑なシステムの相互依存関係を、ストック(レベル)、フロー(レート)、変数、矢印と呼ばれる4つのアイコンを組み合わせて、お絵かきの感覚でモデル構築して行くことを特徴としています[5]。したがって、問題の構造が因果関係として可視化されるので対立するステークホルダーの主張を取り込み、全体としての合意を得ながら透明性の高い戦略立案と実行過程の把握が可能となります。
 SDに関する解説は次回以降で詳しく行いますが、今回と次回で、その利用例を提示しながらSDモデリングのステップを解説していきます。

5.「百年アーキテクチャ」へのシステム・ダイナミクスモデル

 一般的に、SDモデリングは次のステップで行います。
(1) 問題の記述(何が問題か、なぜ問題か、主要変数、時間軸、参照変数挙動)
(2) ダイナミクス仮説の構築(因果ループ図、ストック&フロー図)
(3) シミュレーションモデル構築(構造、意思決定ルール、初期条件、関係式)
(4) 検証(参照パターンとの比較、極端な条件での堅牢性、感度分析、最適化)
(5) 施策(ポリシー)の策定、評価(シナリオ設定、施策設計、相互作用)
 以下、順にSDモデリングを進めていきましょう。

5.1 問題の記述

 最も重要なことは、問題は何かということです。これがはっきりしないのにモデリングに入ってしまうと必要以上に細部にこだわって詳細化しすぎる傾向があります。本稿で対象とする問題は、百年アーキテクチャの構築に向けて何をどのようにしていったらよいのか、その構築プロセスを探索することです。
 そこで、前回述べたEnterprise Architecture as Strategy(EAAS [4])のアーキテクチャ成熟度ステージに応じて変動する主要変数と、その因果関係から図3(前回)のローカルとグローバルの二つのフレキシビリティの時間遷移が説明できれば、取り上げた変数をステージごとに操作するアクションを順次実施するプロセスが百年アーキテクチャ構築プロセスの候補になると言えます。
 EAASには4つのステージごとのIT投資率(個別システム、共通インフラ、全社システム、共通データ)が記載されています(図4、[7])。これらがまず、最初の主要変数となります。
 次に「IT経営力の総合評価に関する調査研究報告」の知見から組織学習の要因を追加し、組織内と外部コミュニケーションによる組織能力形成を組み込んでいます[8]。この調査研究の結果から組織外部とのコミュニケーションが「IT経営力」に大きく効いていることが明らかになっており、これが臨機応変に内外の環境変化に適応する「モジュール化度」を高め、「グローバルフレキシビリティ」に繋がるものと考えました。
 百年アーキテクチャをステージごとに整備していく時系列のSDモデルを作成しグローバル&ローカルフレキシビリティの定性イメージをフィッティング参照モデルとして、これに合致するようにパラメータ推定を行う最適化計算を行うことにしました。

成熟度ステージのIT投資率[7]
図 4 成熟度ステージのIT投資率[7]

5.2 ダイナミクス仮説の構築

(1)因果ループ図
 前項の主要変数を組み込んだ、アーキテクチャ成熟度ステージの全体構造を示す因果ループを図5のように考えました。「個別システム投資」が過ぎると「業務・システムの複雑度」が増大して、「ローカルフレキシビリティ」が高まり、「顧客数」を増やしますが、「ITコスト」の増加が過大となります。「ITコスト」は、「業務・システムの複雑度」が大きいと指数的に増加しますが、インフラ標準化やモジュール化によって減少します。
 顧客数がアーキテクチャ成熟度ステージの第二ステージに遷移するきっかけとしてEAAS[4]には経営トップがIT投資額の多さに疑問を持ち、重複などの無駄がないか確認するよう指示することが多いとありました。そこで「ITコスト増加危機意識」からIT部門からインフラ重複を避けるための「組織内コミュニケーション」が開始されるものとしました。
 実は、この因果ループを可視化して全体の合意を取ることが最も重要な活動です。MITスローンスクールでは毎年、ビジネス・ダイナミクスという1週間のコースが開催されます。筆者も2008年6月に参加しました。そこでは22カ国68名の参加者が数グループに分かれて議論して変数と因果関係のループを作成し、グループごとの結果を持ち寄って大教室に戻り、全体の統一見解をまとめていきました。国や言語の違いによって主要変数の意味の理解が難しく、その定義から始める必要がありました。
 実際の問題では、対象とする問題の多岐に渡るステークホルダーの主張が対立して紛糾することがあります。これらの主張は利害関係の対立ですが、必ずしも全体の構造を議論することはありません。しかも利害に直結する一部分に固執するものです。その主張を取り込んだ問題の全体構造を可視化する因果ループ図は強力な合意ツールとなります。
 図5はEAAS に倣った百年アーキテクチャ整備プロセスを進める構造モデルになっており、4つのIT投資を進めながら組織内と外部のコミュニケーションを図ることによって顧客価値とも言えるローカルとグローバルのフレキシビリティが顧客数増加に貢献するものと想定しました。

百年アーキテクチャ因果ループ図
図 5 ビジネスニーズに関連するデータ[2]

 ここには、全体構造を特徴づける以下の4つのループが構成されています。
1)「個別投資複雑度増加」ループ(L1)
 個別システム投資によって業務とシステムがバラバラに開発されて、複雑になり重複度も増えます。業務とシステムの複雑度が高いまま、追加の開発を行うと既存の業務やシステムへの影響が大きいためにITコストが大きくなり、さらに個別システム投資が増えていくという悪循環のループです。このような状態では企業の業務やシステムは商品別、販売チャネル別、組織別に重複したものとなっています。全体構造がわからずに追加開発していくので最初のシステムにどんどんコブが積み重なって構造劣化していくのです。
2)「個別投資ローカルフレキシビリティ増加」ループ(L2)
 個別システム投資によってローカルフレキシビリティが高くなると、スピーディな顧客対応が可能なので顧客満足度が高く、顧客も増加していきます。ただしローカルフレキシビリティだけを追求する個別対応ではITコストがどんどん増加していくので個別投資がさらに必要になる悪循環ループです。IT投資が潤沢に続けられる右肩上がりの成長を続けているならば問題にならないかもしれません。急成長したベンチャー企業などは当初、個別パッケージや、必要の都度サーバーを立ててシステム開発を繰り返してきた場合、このループに入っていることが多いでしょう。
3)「IT標準化コストダウン」ループ(L3)
 前述の悪循環ループを脱却するために「ITコスト増加危機意識」によってIT部門と事業部門の話し合いといった組織内コミュニケーションがはじまりIT標準化が進むループです。売上成長率の鈍化や利益率の悪化などの経営環境変化によって経営層からIT投資に疑問が投げかけられたり、同業他社と比べたIT費用が突出していたりする場合に、このループに移行します。事業部門が個別に調達していた部門専用システムをIT部門が全社的に調べて、IT標準に沿った「インフラ標準化」「プロセスの標準化」「データの標準化」を行って業務・システムの複雑度を下げてITコストダウンを図るのです。
4)「グローバル&ローカルフレキシビリティ両立好循環」ループ(L4)
 組織内コミュニケーションが広がってITコストダウンが達成されると、戦略的IT投資が可能となり顧客数が増え、業界リーダーとして外部コミュニケーションが増えます。顧客コミュニティや取引先とのコラボレーションといった多様な外部対応のためにIT標準を守りながら多様性を追求するのでモジュール化度が高まっていきます。
 これによってグローバルフレキシビリティとローカルフレキシビリティがともに増えていく好循環のループです。
(2)ストック&フロー図
 図6がストック&フロー図です。図5の変数のうち時間停止の思考実験をやってみてレベルとして残るものをストックとします。例えば、「組織内コミュニケーション」や「外部コミュニケーション」といった変数は時間を止めても残る組織能力とでも言うべきレベル(ストック)を表しています。また、ローカルフレキシビリティとグローバルフレキシビリティも柔軟度といった意味合いを持つことからレベルになります。図3(前回)のローカルフレキシビリティは一旦減少して増加していることから自由度の喪失と獲得のふたつの要素に分けて分かりやすく記述しました。

5.3 シミュレーションモデルの構築

 図6のストック&フロー図をSDツールでシミュレーション実行できるように定数や補助変数、初期値、計算式などを決めていきます。シミュレーションモデルとしては、参照モデルとしてのフレキシビリティが定性量であることから、全体としては傾向を見る無単位の定性モデルとし、時定数や重みを除き0~100の範囲の変数としました。シミュレーションの実行条件と変数は以下のとおり。

(1)シミュレーションの実行条件

  • シミュレーション期間はEAASの各ステージが平均5年とあったので20年分とする
  • ローカルフレキシビリティとグローバルフレキシビリティは図3(前回)のイメージカーブが提示されており、これにもっともフィッティングする図8のパラメータを変動させて、全体として最も図3に一致するフレキシビリティを達成する変数を推定する

(2)変数の説明

  • IT投資率テーブルはEAASの調査結果として出されているステージごとの個別アプリケーション、全社システム、共通インフラ、共通データに関する全体のIT投資金額に対する割合をテーブル登録したもの
  • ローカルフレキシビリティは個別システム投資とモジュール化で獲得され、インフラ標準とコアプロセスの確立によって減少するが、モジュール化で再び増加する
  • グローバルフレキシビリティはインフラ整備、コアプロセス確立、共通データ整備とモジュール化度によって獲得される
  • 時間遅れ(TD1~TD14)はインフロー、アウトフローの時定数で0.1から20(年)までの定数
  • 主効果比は各ストック変数へのインフロー(流入)、アウトフロー(流出)に影響を与える変数の重み係数(0~1)
  • 業務・システムの複雑度は個別システム投資で複雑化し、インフラ標準化、コアプロセス確立、共通データ整備でシンプル化される
  • 顧客数は初期値50でローカルフレキシビリティとグローバルフレキシビリティによる顧客価値によって増える
  • ITコストは初期値50で業務・システムの複雑度と顧客数によって増える
  • ITコスト増加危機意識は業務・システムの複雑度が高いときに顧客数あたりのITコストが危機コストレベル以上に高いと内部連携を高めて組織内コミュニケーションを図りIT標準化、コアプロセス確立、共通データ整備が進む
  • 組織内コミュニケーションは事業部門とIT部門との間でIT標準やコアプロセス確立、共通データ整備を進めるための内部連携
  • 外部コミュニケーションは、顧客数が業界リーダーレベル以上になれば顧客や取引先との関係も多岐に渡るので、外部連携に乗り出して(「業界リード意識」とした)顧客コミュニティや取引先との連携でモジュール化度を進める

 

百年アーキテクチャストック&フロー図
図 6 百年アーキテクチャストック&フロー図

 今回は、前回ご紹介した「百年アーキテクチャ」をどのように整備していけばよいのか、EAASのアーキテクチャ成熟度ステージに沿って整備する仮説をSDモデルを使って構築しました。次回は、SDモデルのシミュレーション実行によって仮説を検証していきます。

(参考文献)
[1] 宗平、明神他: 百年アーキテクチャ―持続可能な情報システムの条件 , 日経BP社,2010
[2] 平野雅章:「IT投資で伸びる会社、沈む会社」,日本経済新聞社,2007
[3] エリック・ブリンニョルフソン:インタンジブル・アセット,2002
[4] Jeanne W Ross, Peter Weill, David Robertson:Enterprise Architecture as Strategy, Harvard Business School Pr,2006
[5]システム・ダイナミックス学会日本支部
[6] 東浩紀,北田暁大 編:NHKブックス別巻思想地図 vol.3 特集・アーキテクチャ,2009
[7]Jeanne W. Ross:Gaining Competitive Advantage Through Enterprise Architecture,Case Western Reserve Executive Seminar, February 18, 2011
[8]日本情報処理開発協会:IT 経営力の総合評価に関する調査研究報告書―情報・組織・環境の総合マネジメントに向けた評価と指針―,2009
[9]明神:モデルベースIT投資マネジメントによる百年アーキテクチャ構築~システムダイナミックスによるIT投資マネジメント構造分析~、JSD学会誌 システムダイナミックスNo.9 2010

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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