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「百年アーキテクチャへのシステム科学アプローチ(その3)」
株式会社オージス総研

2012年02月号
  • 「百年アーキテクチャへのシステム科学アプローチ(その3)」
株式会社オージス総研   明神 知

 前回「百年アーキテクチャ」の構築プロセスの仮説について、システム・ダイナミクス(SD)モデリングを行いました。そのモデルはEAAS[4] に倣って百年アーキテクチャ整備プロセスを進める構造モデルとしました。そこでは4つのIT投資を進めながら組織内と外部のコミュニケーションを図ることによって顧客価値とも言えるローカルとグローバルのフレキシビリティが顧客数増加に貢献するものと想定しました。今回はそのモデルの検証を行ないます。

5.4 検証

(1)パラメータフィッティング結果
 前回の図6のSDモデルに対して図7のグローバルフレキシビリティ:Target(ライン1)とローカルフレキシビリティ:Target(ライン3)の二つの近似対象(ターゲット)のフレキシビリティへの最小二乗誤差を最小化する最適化計算を適用して得たフィッティング結果が図7のライン2と4です。これら二つのフレキシビリティは初回の図3で説明したもので、ローカルは個別の、グローバルは全体の柔軟性でした。図7の縦軸は、その柔軟性を無単位の0-100としています。グローバルフレキシビリティ(ターゲットがライン1で結果がライン2)はよく一致しており、ローカルフレキシビリティ(ターゲットがライン3で結果がライン4)は増減の傾向がつかめています。

フレキシビリティ・キャリブレーション(最適化)結果
図 7 フレキシビリティ・キャリブレーション(最適化)結果

 図8が、この最適化計算で得られたパラメータ・キャリブレーション(最適化)結果です。ここで主効果比とは複数の影響変数があるときの重み係数で、例えば主効果比1が0となっています。これはEAASの共通インフラ投資費用率は各ステージごとにあまり大きな差はなく33~35%となっており、主効果比1からインフラ標準レベルに対する感度分析の結果でも影響の少ない変数でした。
 IT投資比率のテーブルのなかで大きく変化しているのは個別システム投資です。これはステージ1から4にかけて36%から15%に半減以下になっています。
 このテーブルは主効果比を介さず業務・システムの複雑度を上げ、ローカルフレキシビリティを上げています。

(2) 支配ループの変化
 初回の図3の2つのフレキシビリティカーブにフィットするために、前回の図5の因果ループにある4つのループのうちどれが支配的で、どのようにシフトしなければならないのでしょうか?
 まずステージ1の「サイロ型IT」ではグローバルフレキシビリティはほとんど無くて、ローカルフレキシビリティが十分高い状態です。このときの支配ループは個別投資複雑度増加(L1)と個別投資ローカルフレキシビリティ増加(L2)です。個別投資が繰り返されて個別の柔軟性が上がりますが、複雑度が増して、さらに個別投資が増えるという悪循環ループでした。
 次に、ステージ2の「ITの標準化」では、事業部門はIT標準準拠のために技術選択の自由度が減り、ローカルフレキシビリティが下がります。一方、IT標準によって技術的な複雑度が下がり、導入期間の短縮につながるのでグローバルフレキシビリティは徐々に上っていきます。ここで支配的なループはIT標準化コストダウン(L3)です。
 ステージ3のビジネスプロセスの標準化では個別投資が抑制されて全体投資がほとんどですので、図7のライン3、4ともにローカルフレキシビリティが最低レベルに落ち込んでいます。次のステージ4のビジネスのモジュール化ではグローバルフレキシビリティが最大化するとともにモジュール化度が上ったために個別ニーズにも対応可能となってローカルフレキシビリティも上っています。ここではグローバル&ローカルフレキシビリティ両立好循環ループ(L4)が支配的です。このように支配的な因果ループのダイナミックなシフトはどのようなパラメータによって切り替えられたのでしょうか?
1) L1、L2からL3へ(個別投資からIT標準へ)
 このループシフトは「ITコスト増加危機意識」によって生まれます。「ITコスト増加危機意識」は顧客当りのITコストが危機コストレベル以上なら100、危機コストレベル以下なら0、ただし業務システム複雑度が50以上ならITコストの重みを3倍にするというロジックにしています。図8にあるように当初の危機コストレベルは40でしたがフィッティング結果は0.3となっています。
 これによって図5の左上にある「ITコスト増加危機意識」はステージ1から3にかけて100になっています。これによってステージ1の段階から組織内コミュニケーションを図りIT標準化を進め、業務・システムの複雑度を下げて、顧客数が増えてもITコストを上げないようにしています。IT標準化の時間遅れであるTD2、TD3、TD4は初期値0.l年ですが、フィッティング結果は4.6年から8.6年というように大きくすることによってグローバルフレキシビリティのカーブに合わせています。
2)L3からL4へ(IT標準・プロセス標準からモジュール化へ)
 このカーブフィッティングで特徴的なのはローカルフレキシビリティが一旦落ちて15年以降に立ち上がっていることです。これを実現させるために顧客数が増えて業界リーダーレベルに達したときに多様な外部対応が生まれ外部コミュニケーションに注力するために業務のモジュール化を進めます。それでグローバルもローカルもともにフレキシビリティが高まるとしました。組織内コミュニケーションが高まってコミュニケーションスイッチの閾値に達することとTD14の調整でローカルフレキシビリティの立ち上がりタイミングを合わせています。図8は、図7の最適化を達成するためにパラメータがどのように変化したかを示すものです。ここで、「コミュニケーションスイッチ」は当初40としていたが、フィッティング結果は93.8となっています。ステージ4で「モジュール化度」がローカルフレキシビリティを上げる要因となりますが、外部コミュニケーション、部品化を順に進めることによって「モジュール化度」が上がっていきます。

キャリブレーション(最適化)結果
図 8 キャリブレーション(最適化)結果

(3)IT投資マネジメントのシステム構造ダイナミズム
 図9は主要な変数の挙動である。ITコストも業務・システム複雑度もステージ1の個別システム投資とIT標準化の遅れで一度増えているが、その後のIT標準化やビジネスプロセス標準化で複雑度とコストを下げています。15年目からのステージ4に向けて外部コミュニケーションによってモジュール化度が高まりこの結果一旦落ち込んだローカルフレキシビリティが再度増加しています。
 このようにEAASで提唱されたアーキテクチャ成熟度モデルの各ステージを登っていく過程の図3のフレキシビリティを説明できるSDモデルになっているといえます。。

百年アーキテクチャ主要変数の挙動
図 9 百年アーキテクチャ主要変数の挙動

5.5 施策(ポリシー)の策定、評価

 図9から、次のようなIT投資マネジメントのシステム構造ダイナミズムが明らかになります。このダイナミズムに従ってアーキテクチャ成熟度ステージアップシナリオとすればよいでしょう((番号)は図9のグラフ番号)。

  1. 個別システム投資によって業務・システムの複雑度(6)が高まりITコスト(9)が増加していく
  2. ITコストの増加に対して危機意識が高まり組織内コミュニケーション(7)を開始してインフラ標準レベル(1)を高め、コアプロセス確立(2)を進め、共通データ整備(4)を始める、この結果ローカルフレキシビリティが下がる
  3. インフラ標準レベル(1)、コアプロセス確立(2)、共通データ整備(4)が業務・システムの複雑度(6)を抑制してITコスト(9)の上昇に歯止めがかかる
  4. 顧客数(8)が一定レベル以上になると多様な業界対応が生まれて組織内コミュニケーションだけでなく、外部コミュニケーション(5)を始める
  5. 外部コミュニケーション(5)でプロセスの部品化、モジュール化(3)が進みグローバルフレキシビリティが高まる
  6. モジュール化(3)が高まるとローカルフレキシビリティも高まる

6.考察

 EAAS[4]は多くの企業の調査から全体最適に向けたアーキテクチャ成熟度モデルを提唱しているが、具体的にアーキテクチャを整備する時のアクション指標(KPI)の因果関係が明確ではありません。そこでローカルフレキシビリティとグローバルフレキシビリティ等を百年アーキテクチャ指標とした場合のKPIとの関係を記述するSDモデルを構築し、ステージ毎のアーキテクチャ整備アクションによってKPIを順次達成する時間遷移がEAASの事例研究概念と合致することができました。この具体的アクションによって企業アーキテクチャのステージアップが可能であることを示しました。
 EAASではさらに第5ステージについて述べられています。ダイナミック・ベンチャーと呼ばれる、このステージではビジネスプロセスが最適化されてモジュール化による再利用可能な段階からベンチャー企業のようにダイナミックに変態していくことをいいます。日本企業でも日本郵船が日本の海運会社から世界の物流会社へと変革したり、コニカミノルタがカメラフィルムメーカーから事務機メーカーに変貌したりしたように100年持つ老舗企業は伝統を守りながらも外部環境の変化に伴って変革を繰り返しています。SDモデルによるEAASのIT投資マネジメントのシステム構造分析では1つのステージあたり5年と想定して20年でのステージアップを説明しました。このあと100年アーキテクチャにしていくには第5ステージのダイナミック・ベンチャーという変態のステージから図1の右側に示した柔軟性を獲得するので、次のステップのIT標準化を図るスパイラルアップの進化をたどるものと考えられます。
 今回は、初回ご紹介した「百年アーキテクチャ」をどのように整備していけばよいのか、EAASのアーキテクチャ成熟度ステージに沿って整備する前回の仮説をSDモデルを使って検証しました。次回は、SDモデルの構築プロセスについて、留意点などを含めて解説します。

(参考文献)
[1] 宗平、明神他: 百年アーキテクチャ―持続可能な情報システムの条件 , 日経BP社,2010
[2] 平野雅章:「IT投資で伸びる会社、沈む会社」,日本経済新聞社,2007
[3] エリック・ブリンニョルフソン:インタンジブル・アセット,2002
[4] Jeanne W Ross, Peter Weill, David Robertson:Enterprise Architecture as Strategy, Harvard Business School Pr,2006
[5]システム・ダイナミックス学会日本支部
[6] 東浩紀,北田暁大 編:NHKブックス別巻思想地図 vol.3 特集・アーキテクチャ,2009
[7]Jeanne W. Ross:Gaining Competitive Advantage Through Enterprise Architecture,Case Western Reserve Executive Seminar, February 18, 2011
[8]日本情報処理開発協会:IT 経営力の総合評価に関する調査研究報告書―情報・組織・環境の総合マネジメントに向けた評価と指針―,2009
[9]明神:モデルベースIT投資マネジメントによる百年アーキテクチャ構築~システムダイナミックスによるIT投資マネジメント構造分析~、JSD学会誌 システムダイナミックスNo.9 2010

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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