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「CVE(Corporate Value Engineering)序説 その2  CFOとCIOのコラボレーション」

2012.08.20 さくら情報システム株式会社  遠山 英輔

 オージス総研ビジネスイノベーションセンターのファイナンス・ドメインでは、ITと広義のファイナンスのかかわりについて、様々な議論を行いながらお客様の価値創造につなげるビジネスを目指しています。CVE(Corporate Value Engineering)はこうした議論のキーコンセプトとして考えた筆者の造語になります。これは突き詰めれば企業価値向上のモデルベースの工学化ということであり、エンジニアとしてのCFO(Chief Finance Officer)とCIO(Chief Information Officer)の役割の議論と、そのコラボレーションのあり方、というところに行き着きます。前回に続き、今回はFinancial Engineeringにまつわる論点を整理してみたいと思います。

シリーズ目次

II.Financial Engineeringの視点

 今回はCVEコンセプトの2つの中核のうちのFinancial Engineeringについて詳しく見てゆきます。これは、CVEが実現すべきビジョンや方法論をまとめると同時に、CIOが理解しておくべきCFOの役割と、その仕事の本質という視点からの整理になります。

(1)CVEコンセプトから見るCFOの役割

 まず、改めてCFO(Chief Financial Officer)の役割から見直してみましょう。CFOが担う役割の定義やその範囲は諸説ありますが、例えば「CFOの実務 第2版」(あずさ監査法人/KPMG編著 東洋経済新報社 2012年)においては、「企業価値向上のためにCEO(Chief Executive Officer:最高経営責任者)の経営戦略策定および執行を、主に財務面から支える最高責任者」(P.2)と定義づけています。また同書においては、「CFOは、まさに会社の要であり、情報マネジメントを担うべきポジションなのである。~(中略)~CFOは経営戦略策定にも大いに貢献することが出来るといえる。」(P.3)とされています。
 CVEが想定するCFOの位置づけと役割もこの見方に近いものと位置づけることが可能です。前号では、CVEのコンセプト自体を「CEOとCOOの下で、すなわち戦略とオペレーションを言わば与件として、Valuation と Risk Managementをつかさどる方法論・プロセス」と述べました。その全体的な概念は図1(前号の再掲)に示しましたが、ここでCVEが想定する直接的なCFOの役割分掌は中段の赤枠で囲った"REPORTING"、"CORPORATE FINANCE"、"ERM(Enterprise Risk Management)"の3つになります。

Corporate Value Engineering
図 1 Corporate Value Engineering(再掲)

<REPORTING>

 REPORTINGは、基本的には対外的(External)に企業の経営情報を開示するという意味での財務会計に相当する部分と、内部向けに(Internal)経営管理(Controllership)に必要な情報を整理する管理会計に相当する部分に分かれます。この機能は、従来の経理部長と経営管理部長などの機能に相当するものと考えても大差ないかもしれません。
 同時に、ここで指し示すREPORTINGはIFRSを強く意識したものになっています。IFRSの考え方の中においてCVEの観点から注目すべきポイントとしては、
 (1) キャッシュフロー生成能力重視の資産負債アプローチと包括利益概念
 (2) 財管一致を前提としたマネジメントアプローチ(管理会計の切り口での開示)
が特に指摘できます。
 こうしたポイントは、REPORTINGにおいて、会社の資産や、それぞれの経営単位(例えば事業、商品、地域、などのセグメント)におけるキャッシュフロー生成能力の評価にまで踏み込んだ情報を適時のタイミングでそろえていくことにつながってきます。すなわち、CFOは単なる会計情報ではなく、経営情報そのものの集大成としての、会社全体と各セグメント毎におけるValuation(事業評価)の情報をつかさどるという視点が重要になってきます。
 尚、後述するERMとも関係しますが、リスクマネジメントに関する詳細な情報も詳細に開示することが必要であり、とりわけIFRSではこの点は大幅に強化することが求められています。

<CORPORATE FINANCE>

 CFOは、財務オペレーションの責任者でもあります。そのオペレーションは、企業価値最大化のために最適な財務オペレーションと整理することが必要になります。これは結果としてIFRSでいう包括利益の最大化に非常に近い考え方でもあります。(包括利益は、会計期間内における企業価値の増分(資産と負債の差額の変動)に見合う利益概念です)
 純粋な経済理論(モジリアーニ・ミラーの定理)では、資本と負債の構成は企業価値に影響を与えないなどという命題もありますが、実際には様々な要素を勘案して最適な資本政策、負債政策を企画実施してゆくことが必要になります。ここで言う企画自体は経営判断ということになり、取締役会やCEOとCOO、銀行であればALM委員会などが担うところであります。少なくともCFOはその事務局機能は担うと同時に、ファイナンスにかかる部分の執行役がミッションとなります。まさに財務部長の機能ということになります。
 また、資本政策そのものは、企業が直面する様々なリスクに対する備えという意味合いがありますが、これはまさに次に述べるERMに直結するリスク資本制度につながるものです。また、保険(これは自己資本を積む代わりに保険料というコストを払ってリスクに備えるという意味で資本政策と表裏の関係にあります)、財務的なヘッジないしリスクテイク、資金繰りや財務面でのBCP(事業継続計画の策定実施)などもCFOが直接手がけるオペレーションにほかなりません。

<ERM:Enterprise Risk Management>

 会社が利益を目的として業務を行ってゆくに当たっては、多岐に亘るリスクを取ることが要求されます。リスクは、往々にしてなくすべきもの、ゼロにすべきものというコンテクストで語られることが多いものですが、本質的には利益を生み出す源泉として、「意図的に取ってコントロールするもの」、すなわちリスクリターンの考え方が必要になります。
 例えば、自動車を製造するのにリスクの少ない国内で製造すればいまや国際競争には勝てません。そこで、海外製造の様々なリスク、例えば為替相場、文化の違い、自然災害(タイの洪水が最近の例ですね)、物流、など様々なリスクを取って低い生産コストというリターンを追求することになります。これらの点から考えると、こうしたリスクを「取って」しかも「コントロールすること」自体が、企業の存在意義と競争優位を規定するものといって過言ではありません。自動車メーカーのコアコンピタンスは、もはや良い車を作る技術だけではないのです。
 リスク管理の用語で言えば、競争優位につながるどのようなリスクを取って会社を経営しようとするか、すなわち経営の意思としてのリスクアピタイト(リスク選好度)がERMのベースとなります。CFOの役割は単なるリスク管理の総元締めという位置づけ、言ってみればリスク管理部長としてのリスク・インテリジェンスを超えて、昨今注目を集めつつあるコンペティティブ・インテリジェンスにまで拡大してゆきます。こうした視点をあえてひとつに集約するとすれば、現在広く使われているRAROC(リスク修正後資本収益率:リスクに見合った利益を事業セグメントが上げているかを示す)は、コンペティティブ・インテリジェンスにまで適用可能な、大変有力な指標の一つになります。
 もうひとつのCFOの役割は、リスクトレランス(リスク許容度)にかかるポイントになります。リスクは無尽蔵に取れるわけではなく、その企業の体力に見合った範囲でということが大前提になります。例えば、リスクを過少に見積もり適切な対策を講じないまま原子力発電を行ったがために事故が起こって大幅な赤字となり増資を迫られたという東電国有化の図式は、重要な反面教師です。こうしたことに対する財務面からの備えの基礎となるのがリスクトレランスの考え方ということになります。CFOは、自社のリスク量が自分の会社の体力の範囲内で何とかこなせるか(端的には自己資本が十分か)ということをモニタリングし、必要があれば、リスクを削る(場合によっては事業の縮小撤退)か、自己資本を厚くする(増資)といった戦略、すなわちリスク資本戦略を立案しコントロールすることが求められます。その意味では、CFOの仕事はCEOとCOOの戦略のもとで事業ポートフォリオにまで踏み込むことを求められる訳です。
 ERMは、後ろ向きのリスク管理だけではなく前向きな経営管理の要素をもった包括的なフレームワークとして理解することができます。その際に、こうしたリスクアピタイト(リスク選好度)とリスクトレランス(リスク許容度)の視点を併せ持つことで、その本質がより浮かび上がります。同時にCVEはこうしたERMを実現する技術的なフレームワークと位置づけられるのです。

(2)CFOの仕事を整理すると    "Valuation と Risk Management"

 CFOの役割は前節に述べた3つのポイントに集約されますが、これを行うためには本質的にどのようなことが求められるのでしょうか?どのような手法、考え方を適用すれば良いのでしょうか?CVEではこれを"Valuation"と"Risk Management"の二つと捉えています。
 まず、すべての基本はキャッシュフロー生成能力を評価するValuation手法になります。経営戦略上必要なのは、その事業なりセグメントがどれだけのキャッシュを生み出せるかという見込みであり、それを他の条件と見比べて経営判断を下してゆくことになります。IFRSにおける考え方が端的でわかりやすいものになりますが、「資産は将来の経済的便益が当該企業に流入すると期待される資源」という捉え方は、ERMのフレームワークに直結するものと言えましょう。
 技術的には、ValuationはPresent Value、すなわち現在割引価値法を利用します。本稿では詳説は省きますが、将来流入が期待される収入を利子率やリスクで割り引いて「現在のキャッシュ」に引き直したらどれくらいになるか?を算出する手法になります。例えば将来的に毎年○○円の収益を生む事業を買収するとしたらその価格はいくら?ということを、市場の金利や事業のリスクで割り引いて計算することになります。
 では、リスクはどのように捉えるか?ということになれば、そこで算出した価値がどの程度確からしいか、どの程度のブレ幅があるのか?を見て行けばよいわけです。つまり、ValueのブレとしてRiskを捉えてマネジメントすることが、ERMひいては経営戦略そのものとなるわけです。 (続く)

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