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「IT分野における行動観察の適用 ~その1~」
株式会社オージス総研

2013年02月号
  • 「IT分野における行動観察の適用 ~その1~」
株式会社オージス総研   鈴村 一美

1.はじめに

 ビジネス分野では、多くの企業が、どうしたら現場の生産性をより一層高めることができるのか、どうしたら顧客のニーズを発見しイノベーションを起こすことができるのか、またサービスのノウハウを如何にして抽出したらよいのか、といった課題に直面しています。
 こうした中、「行動観察」がビジネス雑誌はもとより、複数のテレビ番組でも取り上げられるなど、マスコミにも採り上げられるようになり注目を集めています。
 本稿では、「行動観察」がIT分野にどのように活用できるのかを2回に分けて考察します。今回は、行動観察とその事例紹介とともに、IT分野への適用可能性について解説します。

2.行動観察の概要

2-1 行動観察とは

 「行動観察」とは、アンケートやインタビューなど、従来のリサーチ手法では引き出しきれない潜在ニーズや潜在的なノウハウなどを、人間の行動を観察することで解き明かす「手法」です。
 ニーズやノウハウなどは、経済的なものと潜在的なものがあります。前者は、顕在ニーズ、顕在化リスクなどであり、深い思考を促すことなく比較的容易に引き出すことができます。後者は、潜在ニーズ、潜在化リスクなどで、それは本人も無意識のため言葉としては聞き出すことは困難ですが、行動を科学的に分析することにより把握が可能となります。

行動観察の領域
図1 「行動観察の領域」

2-2 サービスサイエンスと行動観察

 行動観察は、「サービスサイエンス」のアプローチ手法の基礎となるものです。
 「サービス」は、その生産と消費が同時に行われ、形として残らないために、これまで科学的アプローチの難しい分野とされていました。
 そのため、従来は「勘と経験」の積み重ねによってノウハウが培われてきましたが、「サービスサイエンス」はこの領域に科学的アプローチを適用することで、生産性の向上、イノベーションを促進しようという考え方です。
 「サービスサイエンス」という言葉自体は、米IBMのアルマデン研究所が2002年ごろ提唱したもので、本来の概念は、 "Service Sciences, Management and Engineering"であり、コンピュータ科学、OR、人間工学、心理学など多岐にわたる科学の学際的分野として成立しています。

2-3 行動観察のアプローチ

 「行動観察」は、(1)観察 (2)分析 (3)ソリューションの3ステップで進めます。
 ステップ(1)では、調査対象(人)の行動をフィールドワークなどの現場観察を通じて事実データを収集します。
 ステップ(2)では、収集した事実データを人間工学、環境心理学、社会心理学、エスノグラフィーなどの科学的観点から様々な分析を行います。
 ステップ(3)では、分析結果をもとにソリューション案を導き出し、実践そして検証していきます。
 その結果、調査対象者自身も気付いていないような潜在ニーズやリスク、暗黙知を導き出し、現場の課題や新たな顧客提供価値を発見することができます。

「行動観察のアプローチ」
図2 「行動観察のアプローチ」

2-4 行動観察の特徴と優位性

 「行動観察」は、事実と科学的分析の結果に基づくことで、より実効的な解決策を創出することが可能となります。言い換えると、「行動観察」は、仮説生成、課題発見型アプローチであるため、まだ無いものを探しだすことができます。
 そして、この「行動観察」の従来のマーケティング手法に対する優位性は、(1)言語化されていないニーズやリスクを抽出できる、(2)社会的正義によるバイアスを排除できる、の2点に集約できます。
 (1)においてですが、人間は自分自身の行動をすべて把握しているわけではなく、何気ない無意識の行動については『そんな事しましたか?』と、まったく認識していないことが多々あります。また、自身の困りごとについても構造的に解釈していないことも多く、ただ聞くだけでは『言われてみればなんとなく・・・・』程度の返答になることがあります。まず行動を観察し、その行動について「聞く」ことによって、言語化されていないニーズやリスク要因を抽出することが出来ます。
 次に(2)の内容ですが、人間は自分自身が日常的に行っている行動をあらいざらい語ってはくれません。「社会的に正しい」とされることに反した行動については、事実を歪曲したり、正当化して話してしまいがちです。例えば、トイレ後の手洗いに関するグループインタビューを実施したところ、多くの方が手を洗っていると回答しましたが、実際にトイレでの行動観察をすると、80%程度の人しか手を洗っていなかった、という実験事実がありました。
 人間の行動実態を観察することによって「事実情報」を収集することで、このようなバイアスの多くを排除することが可能になります。

2-5 行動観察の分析手法

 「行動観察」の分析は「定性分析」が中心となります。「定性分析」は、主として下記の6つの科学的視点、さらに目的や対象に応じて 下記以外の科学的アプローチ(定量分析含む)も組み合わせることによって、多彩な学術的視点から行います。

3.行動観察の事例

3-1 事例(1)

 行動観察の事例を紹介します。あるドラッグストアでは、平日は高級シャンプーがよく売れますが、土日祝日は安い普及品が良く売れるそうです。平日と土日祝日では購買層が異なるのか?性別・年齢が異なるのか?
 その理由をPOSデータなどから分析しましたが、購買層は同じ地域の30歳代女性でした。結局その理由はわかりませんでした。
 そこで行動観察です。このドラッグストアの状況を、平日、土日祝日を観察してみました。POSデータの分析では同じ購買層ですが、観察すると明らかな違いがわかりました。
 平日、主婦は一人で来店し高級品であっても自分の好みにあったシャンプーを買っていきました。しかし、土日祝日は、夫や家族と一緒に来店し、安い普及品を買っていきました。その理由は、「夫と買い物に来ると、シャンプーを買うにしても、二人の合意が必要になる。そうなると、高級品は購入しにくい」という点にあることがわかりました。
 行動観察は、人が言葉にできない潜在的な行動や意識を発見できます。そこから過去のフレームワークを超えた発想のソリューションが生まれ、新しいサービスにつながります。

3-2 事例(2)

 次の事例はスーパー銭湯です。
 スーパー銭湯は、近年は過当競争が激しく如何にしてリピーターを増やすかだけではなく、来館者の3割程度が飲食を伴うことから、如何にして利用者の単価を上げるかも大きな課題でした。
 そこで行動観察調査を行いました。新たなアイデアはもうないだろう、という中で、朝10時から夜中の1時まで、駐車場、受付、脱衣所、風呂、飲食施設・・・・、2日間観察しました。その結果、気づきは約100個。
 気づきの一つに「生ビールのポスターの位置」がありました。貼ってあった場所は、飲食のカウンターの横、普通はその位置が多いですが、実際にはあまり見られていませんでした。
 そこで、もっと見てもらえる場所に貼ろうということなりましたが、単純に目立つ場所(よく見てもらえる場所)に貼るだけでは十分ではありません。大事なのは「最適なタイミングで見てもらう」ことが重要です。つまりポスターを見てもらう文脈が大切です。
 さて、どこに貼ったのでしょうか。答えは、サウナの中のテレビの下です。
 サウナでは、利用者が正面のテレビを見つめることが多く、よく見てもらえる場所です。また、利用者の最もビールを飲みたいという心理状態を考えた場所でもあります。ポスターの場所を変えただけですが、ビールの売上は59%アップしました。
 つまり、行動パターンを把握して売れるストーリーを考えることが重要なのです。

4.行動観察のIT分野での活用

 前項では、行動観察そのものの概要と事例を紹介してきましたが、本項では、行動観察手法をIT分野(特にシステム開発)に如何にして適用できるかを考察します。

4-1 行動観察の適用フェーズ

 広義のシステム開発は、企業としての経営戦略や事業戦略に基づき情報化企画を経てシステムの基本設計・詳細設計、開発・テスト、そしてリリース、運用の流れとなります。
この流れの中では、以下のフェーズに行動観察の活用が考えられます。

(1) 業務要件定義フェーズ
 業務要件を抽出する際に、関係者へのインタビューだけでなく、実際の業務の動きを観察し要件定義をサポートします。(システム改修含む)
(2) 運用評価フェーズ
 既存システムが要求どおりに使われているかを検証するために、当該システム運用を含めた業務全般(人が介在する業務や行動)を観察し当初の業務要求(成果目標など)が達成されているかを検証します。
(3) プロジェクト運営
 要求仕様作成に行動観察を活用するのではなく、システム構築全体(特に顧客との接点を中心に)のプロジェクト運営を観察しPMを支援します。
「行動観察のシステム開発への適用フェーズ」
図3 「行動観察のシステム開発への適用フェーズ」

4-2 行動観察の実施イメージ

 ここでは、上記の(1)業務要件定義フェーズ(現場の業務実態把握)における行動観察実施イメージを示します。
 通常の業務要件定義の中での現行業務の把握にあたっては、既存資料とヒアリングを中心に業務の棚卸しを行い、業務プロセスを明確にしていきますが、プロセスの形骸化や当初計画から乖離している場合は、プロセス自体を改善し業務要件に反映する必要があります。
 また、既存資料をベースにするにしても、ヒアリングだけでは聞いたことが全てとは限らず、潜在的なニーズを把握することはできません。更に、実際に実施していることではなく、すべきことを答えるなど、社会的正義によるバイアスもかかります。
 そこで、これらの既存業務を見える化を補完する手法として行動観察が有効となります。
 具体的には、通常調査はそのまま実施することとし、別途調査として行動観察により現場の実態から気づきを見出し、その結果を調査とりまとめのプロジェクトへのインプット情報とします。
 プロジェクトは、高度観察からの結果を考慮して、要件定義書や改修仕様書などを作成します。

「行動観察の実施イメージ」
図4 「行動観察の実施イメージ」

4-3 行動観察適用のメリット

 業務要件定義フェーズ(現場の業務実態把握)に行動観察を取り入れるメリットは、新たな業務要件の抽出と不必要な業務要件の特定が挙げられます。
 新たな業務要件抽出は、潜在化していた要件が明確になるとともに要件に曖昧さがなくなります。言い換えると、必要な機能を最初にもれなく定義できるので、その後の追加開発や手直しの削減につながります。また、行動を観察することで業務品質を更に高めるための要件を抽出できます。
 一方、不必要な業務要件は不要な開発をしないですみますので、結果として開発コスト、運用コストや委託側の手間も少なくなり、コスト削減につながります。

「行動観察適用のメリット」
図5 「行動観察適用のメリット」

5.おわりに

 今回は、行動観察そのものの紹介と事例、そしてIT分野への適用可能性について解説しましたが、次回は、IT分野での事例を紹介することで、今後の可能性について言及します。

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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