前回、デザイン思考はイノベーションを起こすプロセスであると説明しました。今回は、イノベーションから見たデザイン思考の位置づけについて見ていきます。
イノベーションという言葉を世に広めたのは、オーストリアの経済学者シュンペーター(Joseph A. Schumpeter 1883年-1950年)だと言われています。シュンペーターは、『経済発展の理論』※1(1929年)の中でイノベーションを新結合(New Combination)と呼び、次の5類型を提示しました。
(1) | 消費者の間でまだ知られていない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産 |
(2) | 新しい生産方法の導入 |
(3) | 新しい販路・市場の開拓 |
(4) | 原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得 |
(5) | 独占的地位の形成あるいは独占の打破(新しい組織の実現) |
同志社大学教授 山口栄一氏によると、シュンペーターのイノベーションの5類型は、大きく技術イノベーション((1),(2))と経営イノベーション((3),(4),(5))の2つに分類できますが、そのどちらにも属さない、第3のイノベーションとして、感性イノベーション(Aisthesis innovation)を提示しています。「感性イノベーションは、ブランドや信頼感、またはクオリティ・オブ・ライフといった広い意味での美を追究する変革である」と定義しています。※2
そして現在的なイノベーションは、この3つの類型を軸として、考えるべきであるということです。(図1)
図1 イノベーションの3つの軸
出典http://enterprisezine.jp/bizgene/detail/4981
第2回でIDEOのイノベーション要素として、Feasibility(Technical)、Viability(Business)、Desirability(Human)、の3つがあると紹介しましたが、それと山口氏の3つのイノベーションの軸との対応づけを試みてみましょう。
技術イノベーション≒Feasibility(Technical) |
経営イノベーション≒Viability(Business) |
感性イノベーション≒Desirability(Human) |
と考えることができます。
感性イノベーションは美の追求、Desirability(Human)は人々が本当に望んでいるもの(インサイト)で少し表現は異なりますが、真の要望という意味では共通点があるのではないかと思います。
図2 IDEOのイノベーションの要素
引用http://www.ideo.com/about/
また山口氏は、どんなイノベーションにも、必ず、ブレークスルーが存在し、イノベーションダイアグラムを用いることで、ブレークスルーを「タイプ0」、「タイプ1」、「タイプ2」、「タイプ3」として表現しています。(図3)ブレークスルーは、今までの常識や壁を打開し、既存のパラダイムから抜け出すことです。
「タイプ0」は、現在の延長線上のもので、パラダイム持続型イノベーションと呼ばれます。 (A→A')
「タイプ1」は、一度知の土壌に潜り、新たな知の創造(創発的思考)をすることで「既存のパラダイムを破壊するイノベーション」を実現します。(A→S→P→A*)
「タイプ2」は、同じ技術でも「回遊」することで、新たな意味を付け変えて「破壊的イノベーション」となります。(A→B→B')
「タイプ3」は、「タイプ1」と「タイプ2」を組み合わせたもので、回遊的創発を行うことで、「最もインパクトのあるイノベーション」となります。(A→S→P→P2→A2*)
図3 山口氏のブレークスルーの3つの型
出典http://enterprisezine.jp/bizgene/detail/4981?p=2
「タイプ2」の例としては、半導体の製造のベンチャー企業ARM社が、高速化、高性能化など「タイプ0」の方向を目指すのではなく、あえて速度・機能を落として低消費電力化をはかり、携帯電話に特化するという、イノベーションを起こしました。これが「回遊」の例です。クレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』※3に登場するハードディスクの小型化による破壊的イノベーションの例も、この「タイプ2」に分類できるのではないかとのことです。
この「回遊」には「感性イノベーション」を意識することが重要であり、業界や技術分野を飛び越えることが必要です。
この飛び越えには、演繹や帰納を使った思考方法は不向きで、アブダクション的な思考方法を用いる必要があります。
アブダクション的な思考方法は思考途中に飛躍があり、意識して用いることはなかなか困難です。そこでアブダクション的思考の実現手段として、デザイン思考のプロセスを用いることが考えられます。デザイン思考を用いることで、「回遊」を行い、その結果イノベーションの実現可能性も高くなるのではないかと思います。
革新的な「イノベーション」を起こそうと思えば思うほどそれに伴って、不確実性が増加します。不確実性が増加すると、統計データなどをもとに分析的に予測することが困難になります。そのため、この不確実を少しでも減らし、予見可能になるように、多様な仮説を設定して、試してみる事が重要になってきます。
図4 不確実性とイノベーションの関係
※1 | 『経済発展の理論』 J.A. シュムペーター (著) |
※2 | ビズジェネ 「回遊と創発」-イノベーションの2つの鍵 |
http://enterprisezine.jp/bizgene/detail/4981 | |
※3 | 『イノベーションのジレンマ』 クレイトン・クリステンセン (著) 翔泳社 |
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