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「行動観察とビッグデータ」
株式会社オージス総研

2013年09月号
  • 「行動観察とビッグデータ」
株式会社オージス総研   鈴村 一美

1.はじめに

 「行動観察」が、現場の生産性向上や新たな顧客ニーズを発見し、イノベーションに寄与できることが注目されており、ビジネス雑誌での紹介やテレビで特別番組が放送されています。
 また、ICT分野では「ビッグデータ」の注目度が爆発的に高まっています。これは技術の進歩などによりユビキタスネット社会が進み、より詳細で、多様な、高頻度で生成されるリアルタイム性のある大量のデータが利用可能になったため、これまでは蓄積するだけで活用されずに持て余していた多様のデータを、ビジネスの側面から活用していこう、という取り組みが進んできたためです。
 「ビッグデータ」は事象を定量的なデータ分析から、「行動観察」は事象を観察やインタビューといった定性的な分析から課題やソリューションを導き出します。両者ともにアプローチは異なりますが、社会的課題を克服し、イノベーションを目指す方向は同様と考えます。
 本稿では、「行動観察」と「ビッグデータ」との連携可能性について考察します。

2.行動観察とビッグデータの接点

 ビジネスシーンにおけるビッグデータの活用は、レコメンデーションに代表される個別最適化事例やパターンの発見による機器の異常検出や故障予測の事例、購買履歴や位置情報を活用したマーケティングの事例など様々な分野で活用されています。
 ビッグデータ活用の具体的な事例は他に譲るとして、本稿では、まず行動観察との接点を示す事例を紹介します。

2-1 潜在的な顧客ニーズをつかむ

 この事例は、当該Webマガジンの『IT分野における行動観察の適用~その1~』でも紹介しましたが、「データだけではわからない潜在的な顧客ニーズをつかむにはどうしたらいいのか」という活用事例で、大阪ガス行動観察研究所が関与し、ビジネス雑誌〔1〕に紹介されたものです。
 あるドラッグストアでは、平日は高級シャンプーがよく売れますが、土日祝日は安い普及品が良く売れるそうです。平日と土日祝日では購買層が異なるのか?性別・年齢が異なるのか?その理由をPOSデータなどから分析しましたが、購買層は同じ地域の30歳代女性でした。
 しかしその理由はわかりませんでした。
 そこで行動観察を実施しました。このドラッグストアの状況を、平日、土日祝日を観察したところ、POSデータの分析では同じ購買層ですが、観察すると明らかな違いがわかりました。
 平日、主婦は一人で来店し高級品であっても自分の好みにあったシャンプーを買っていきました。しかし、土日祝日は、夫や家族と一緒に来店し、安い普及品を買っていきました。その理由は、「夫と買い物に来ると、シャンプーを買うにしても、二人の合意が必要になる。そうなると、高級品は購入しにくい」という点にあることがわかりました。
 この事例のように、ビッグデータでは、現状の詳細(When、Where、Who、What)がわかりますが、その理由や文脈はなかなかわかりません。行動観察を活用することで、理由(Why)が明らかになります。ここに、「行動観察」と「ビッグデータ」の接点があると考えます。

2-2 センサー端末で行動観察

 この事例は、「変化の予兆を察知するには、ビッグデータを自ら生み出しそれを分析する」というビッグデータ事例としてビジネス雑誌〔2〕に紹介されました。雑誌では、データ収集のしくみとして「行動観察」という言葉を使っていますが、ここでの「行動観察」は、「人の行動を、ITを用いて計測する」という「行動計測」であると考えます。
 大手の和食チェーン(がんこフードサービス(株))では、「飲食店の現場では様々な事象が同時多発的に起きている。それらをデジタルデータとして見える化し、会計データや顧客アンケートなどと組み合わせて分析できれば、いち早く改善の手を打てる」という認識のもと、様々な手法を用いてデータ収集を行っています。
 その中の一つに、飲食店ホールの従業員(仲居)の行動計測実験があります。仲居が着ている和服の帯に、加速度センサーやジャイロセンサーを内蔵した端末を装着し、店内でどのような行動を取ったかを追跡しました。単に所在を把握するだけでなく、歩くスピードや滞在時間、腰の上下から「立つ」、「座る」といった動作まで把握し、三次元店内画像と組み合わせて見える化しました。
 その結果、接客のプロである仲居が、レジ打ちや備品の片付けなど、本来は別の人に任せるべき業務に忙殺されていました。更にPOSデータと組み合わせて分析すると、顧客が増えて注文が殺到する時間帯に、ムダな作業が多く発生することが判明しました。そこで、可能な限り仲居が接客に集中できるように業務プロセスの見直しをはじめました。
 この事例は、人の行動をデータとして収集・蓄積して現状を把握し、その結果から対応策(ソリューション)を実践していった事例ですが、単なる事実への対処療法ではなく、事実の収集から気づきとインサイト(洞察)を経て、ソリューションを導き出すことが重要となります。そして、気づきとインサイトを得るためには、データからの発見だけでなく、その事象の文脈(How)が重要となり、ここにも「行動観察」と「ビッグデータ」の接点があると考えます。

2-3 電鉄系ICカードの利用促進

 三つ目の事例は、行動観察やインタビューによる定性的な結果に、定量的な結果(商品の購入点数と決済手段)を加味して分析した事例です。この内容は、テクニカルレビュー〔3〕として自社の特集論文に投稿した内容で、駅コンビニでの電鉄系ICカード(Suica)の利用促進案を検討したものです。また、Webの総合情報サイト〔4〕でも紹介されています。
 JR東日本は、グループを挙げて駅改札以外でのSuica利用を促進しています。その理由の一つとして、エキナカや改札近くのコンビニでは、朝晩のラッシュ時などは店内で身動きがとれないほど大混雑になり有人レジに長蛇の列ができるため、その解消のためにSuica対応セルフレジを設置し、レジ待ちを少しでも解消しようとしています。
 行動観察では、まず決済の所要時間を測定しました。購入点数にもよりますが、お釣りのやり取りがないSuica決済の場合の決済時間は、現金決済時間の約65%でした。
 次に、購入点数と決済手段の関連性を調査したところ、購入点数が多くなるほど、現金決済率が高いことがわかりました。また、購入点数が多いお客様の購入行動は、空いているセルフレジを通り過ぎて、有人レジに並ぶ人が多いこともわかりました。
 これは、Suicaで決済した場合、万一残額が不足していて、操作がやり直しになることを回避したいという心理からだと考えられました。事前のグループインタビューでも、チャージ残高が足りなくなりそうなときは、最初から現金で支払いをするという意見が見受けられました。また、セルフレジ周辺には、商品や手荷物を仮置きするスペースがないため、商品点数が多なるとセルフレジが利用しにくくなるため、結果的に有人レジに並ぶのでは、とも考えられました。
 分析において、POSデータ活用の実態は定かではありませんが、行動観察による定性データ分析とPOSデータ等のビッグデータ分析の相互補完により、お客様の潜在的な要求を引き出すことが可能になると考えます。

3.行動観察とビッグデータの相互補完

3-1 行動観察実施ステップとビッグデータ活用ステップ

 行動観察は、人が言葉にできない潜在的な行動やニーズを発見できます。そこから過去のフレームワークを超えた発想のソリューションが生まれ、新しいサービスにつながります。
 「大阪ガス行動観察研究所」における具体的な行動観察〔5〕〔6〕は、「観察」、「分析」、「ソリューション」のステップを踏んで行います。
 「観察」ではフィールド観察やインタビューにより事実を把握し、「分析」では観察の気づきから事実の解釈、加えて、心理学や人間工学などのアカデミックな知見を踏まえて構造的な解釈を試み、その解釈からアイデア出しを行います。そして「ソリューション」では、インサイトに基づいたソリューション(案)を出し、それを簡易に実施して効果を見ながら有効性を確認していきます。

行動観察実施ステップ
図1 「行動観察実施ステップ」

 一方、ビッグデータの活用ステップ〔6〕は、過去/現状の把握、パターンの発見、予測、最適化の4つのレベルがありますが、最終ゴールは必ずしも最適化ではなく、予測で終わる場合もあります。
 ビッグデータの活用はデータ収集から始まり、データを蓄積して事実の確認に努めることが最初のステップとなります。大量のデータを蓄積した後は、データマイニングや機械学習などの技術を使い、膨大なデータから社会やビジネスに影響のある意味のあるパターン(成功パターン、失敗パターン)を見つけ出す必要があります。こうしたパターンの発見は、機械的に発見(相関関係を示すなど)できる場合もあれば、人間が介在する場合もありますが、予測を行うためには不可欠なステップです。成功するパターンや失敗するパターンが発見できれば、インプットとなるデータをこのパターンに当てはめて予測を行うことになります。予測の結果、最適化を行う具体的な実装はアイデア次第であり、他社との差別化につながるアイデアを見つけ出せるかが重要となります。

ビッグデータの活用ステップ
図2 「ビッグデータの活用ステップ」

3-2 行動観察の留意事項とビッグデータ分析の補完

 行動観察とビッグデータの実施ステップは、前述のように概ね同様のステップを踏んで行われます。こうした中、双方ともに得意不得意があり、相互補完の可能性があります。
 「2.行動観察とビッグデータの接点」の事例に示したように、ビッグデータの分析だけではその結果の理由がなかなか分からない場合があり、行動観察が有効であることは既述しましたが、人の潜在ニーズや課題などを抽出できる行動観察にも留意事項はあります。この留意事項を以下にいくつか示しますが、これはビッグデータ分析が得意とするところでもあり、お互いに補完することができます。

◆データ数

 行動観察では、通常は仮設抽出のために数人~10人程度を深く観察します。データ数(被験者数)を増やして観察(大量データの収集)することは可能ですが、現実的には時間的、費用的に困難です。行動観察はあくまでも仮説抽出のためであり、検証はアンケートやデータカウント等で実施したほうが有効となります。
 一方、ビッグデータ分析は、大量のデータを扱うことを得意としており、仮説設定後の検証には非常に有効と考えます。

◆量的計測

 量的計測を行う場合は、データ数にもよりますが、行動観察での観察員の「目」以外に、別途、計測装置が必要となります。例えば、消費者が何を見ているかなどを把握する場合は、センサー等を取り付けるなどして計測する必要がありますが、行動観察では対象者にセンサー等を取り付けることなく実施しますので、厳密な物理計測のためには別途対応が必要となります。
 こうした量的計測は、人の行動を、ITを用いて観察する、把握するということなので、「行動計測」でありビッグデータの活用となります。

◆推論

 人の行動を解釈して、インサイトを得るというプロセスにおいては、心理学や人間工学などの知見を駆使しながら、最終的には推論することになります。「なぜそういう行動をとったのか?」、「そのときの気持ちは?」といったことを知るためには、その人にインタビューを行うときもありますが、本人が「なぜそうしたのか?」を説明できないことが多々あります。
 そのため「推論」という部分がどうしてもありますが、その行動に関わる様々なビッグデータを用いて検証することで、精度の高い推論になります。

3-3 行動観察とビッグデータの相互補完パターン

 行動観察は事実の定性分析から、ビッグデータは多くの定量データの分析から事象を捉え、仮説を設定したりソリューションを提案し検証していきますが、本稿のまとめとして、行動観察とビッグデータの相互に活用するパターンについて考察します。
 ソリューションの実施ステップは、両者ともに「データ収集」、「分析とインサイト取得」、「ソリューションの方向性検討」、「ソリューションの具体化」、「検証」のステップに集約できます。そして、相互補完パターンは以下のようなものが考えられ、行動観察とビッグデータは、お互いの長所を活かしながら連携し、事象を的確に把握し分析していくことで、業務や社会のイノベーションを起こすことが可能となり、企業の業績向上や社会生活の充実に大きく寄与できると考えます。

 【Aパターン】
 行動観察によりインサイトを導出し、それに基づいたソリューションを提案します。そして、そのソリューションの有効性をビッグデータにて検証します。
 このパターンで考えられるのは、例えば、飲食店における来店客数を増やすためのソリューションを行動観察から提案し、その施策を実行した場合、売上などのデータを検証することで、売上アップのソリューションの有効性を検証することができます。
 【Bパターン】
 このパターンは、Aパターンとは逆に、ビッグデータ分析からソリューション提案を行い、その内容が本当にデータからの仮説に適合しているかを行動観察にて検証します。
 例えば、訪問販売の優秀営業マンの行動ルートや活用時間などのデータを分析し、その活動パターンからソリューション提案(例:マニュアル等の作成)をします。そのマニュアル等の有効性は、利用者の使い方や意見などを行動観察により検証します。
 【Cパターン】
 ビッグデータ分析によって何らかの事象の相関関係が明らかになった場合に、その事象の因果関係を行動観察の結果から解釈し、仮説を設定しソリューション提案につなげます。
 このパターンは、前述のドラッグストアのシャンプー購買事例に示したように、曜日により購入される商品が異なるというデータからの相関関係に加えて、購買層の行動パターンや購買意識から因果関係が明らかになるパターンです。
 【Dパターン】
 ビッグデータ分析において、どのようなデータを収集すれば良いのか、あるいはどういう観点で分析すればよいのか、といった分析の切り口が明確になっていない場合に、事前に行動観察で解釈した事象を参考にしてデータ収集、分析を行います。
 例えば、機器の改善検討において、利用者の多様な利用状況をデータ分析したい場合に、想定される利用状況だけでなく、エクストリームユーザーの利用実態などを行動観察により抽出し、その実態から分析のための収集データを検討するパターンです。
 【Eパターン】
 このパターンは、Dパターンとは逆で、行動観察する観点を決定するために、ビッグデータ分析から抽出します。
 例えば、災害時のボランティア活動の実態調査にあたって、ツイッター等のつぶやきから支援活動のキーワードを抽出し、そのキーワードから実態観察の観点の参考にして調査設計を行います。
 【Fパターン】
 事実の発見のために、行動観察の人の目によるデータ収集と、カメラやセンサーなどからのデータ収集を同時に行い、データそのものを補強します。
 前述事例の和食チェーン店では、センサーデータのみからの行動計測ですが、これに、行動観察による事象の文脈を加えることで、よりデータの信頼性が向上します。また、エキナカのコンビニでのICカード利用促進の事例においても、行動観察からの結果にPOSデータの分析を加えることで、分析結果の信頼性が向上します。
行動観察・ビッグデータの相互補完
図3 「行動観察・ビッグデータの相互補完」

4.おわりに

 今回、行動観察とビッグデータの相互補完について言及してきましたが、実際に行動観察調査の実施にあたっては、クライアントから事前にどのようなアウトプットや成果が出せるのかを問われることが多々あります。行動観察は、現場により、また同じ現場であっても関与する人々が異なれば、気づきは多岐にわたり、そこからどんなアウトプットが出てくるかは、分析のアプローチを丁寧に説明しつつ、これまでの経験などから、想定の範囲でお客様に紹介して調査を進めています。
 ビッグデータ分析についても、事前にどのような結果が得られるのかは明確ではなく、分析を進めるにしたがって結果が変わっていくこともあります。その結果は、クライアントが当初から想定していた内容に即したものであれば納得していただけますが、全く逆の内容になることもあります。その場合は、分析へのクライアントの評価が変わることもありますが、「目から鱗」の分析結果が出た場合には非常に評価が高まります。
 そのため、両者ともに、クライアントに対して手法そのものの理解と、その分析業務への参画意識を高めてもらうことが重要となります。
 特に行動観察については、漠然としたイメージは抱きつつも、明確なソリューションとしての理解がまだまだ不十分です。そのためにも、まずは行動観察そのものをSEやコンサルタントに体験していただき、自分自身が理解を深めた上でクライアントに提案していくことが必要です。

(参考文献)

〔1〕 週刊ダイヤモンド(2012/09/15)
〔2〕 日経コンピュータ(2012/02/02)
〔3〕 JR EAST Technical Review-No.41
http://www.jreast.co.jp/development/tech/pdf_41/Tech-41-33-36.pdf
〔4〕 ITpro(2013/03/26)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20130326/466161/
〔5〕 大阪ガス行動観察研究所ホームページを参考
http://www.kansatsu.jp/observation/
〔6〕 ビジネスマンのための「行動観察」入門(松波晴人 講談社現代新書)を参考
〔7〕 ビッグデータの衝撃(城田真琴 東洋経済新報社)を参考

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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