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「なぜマーケティングが重要なのか?(2)― マーケティング・コンセプトの変遷 ―」
株式会社オージス総研

2013年10月号
  • 「なぜマーケティングが重要なのか?(2)― マーケティング・コンセプトの変遷 ―」
株式会社オージス総研   水間 丈博

◆マーケティング・コンセプトの変遷

 マーケティング・コンセプトとは、マーケティングの基本的な理念を示したもので、時代と共に変遷しているとされています。マーケティングの教科書には【図3】のように推移していることが説明されています。ただし、"いつからいつまで"と明確に区切られるわけではなく、それぞれの時代背景とともにいくつかの概念が織り交ざり発展して今日にいたっています。現在と将来のマーケティングを展望するために、マーケティング・コンセプトがどのような道筋を経てきたのか概観します。

マーケティング・コンセプトの変遷(概念)
図3 マーケティング・コンセプトの変遷(概念)*1

*注1:マーケティング・コンセプトを論述した文献は数多くあるが、このように日本と米国を対比して年代を明記した著作が見当たらないため、独自に目安として作成した。

(1)「生産志向」

 資本主義が定着して以後、生産財の製造や産業基盤の成立と並行して発展し、「T型フォード」がその代表的なモノとして挙げられます。消費者にとっては"選択肢"がほとんど存在しないか、極めて限られたものしかありませんでした。ただ、技術革新とともに新しいモノが世の中に普及し始め、その利便性を人々が享受した時代でした。購買する側の「顧客」といった概念は乏しく、"作れば売れる"良き時代だったといえます。

(2)「製品志向」

 米国では20世紀に入ってから裕福な中流階級層が拡大し、多様な製品が生み出されました。生産志向から進歩したことは、"高品質で優れたモノを作った方が好ましい"という要素が加えられたことです。"良いモノを作れば顧客は大挙して買いに来てくれる"という考え方です。しかし第二次世界大戦頃には早くも市場の拡大が飽和状態となり、市場における競合の争いも熾烈となっていました。
 日本では製品思考はかなり遅れて1960年前後に始まり、いわゆる所得倍増計画や岩戸景気*2に乗って企業設備投資が活発化し、所得も目論見通り増加して中産階級が拡大しながら製品志向が長期間展開されることになります。

*注2:1960年(昭和35年)の日本の実質経済成長率は12.1%と2年続けて2桁成長、国民総生産(GNP)も前年比14.0%増を記録した。

(3)「販売志向」

 大戦後は"単に良いモノを作る"だけでなく"販売努力も必要"との認識から、「販売志向」の時代となります。これは、"売上を拡大するためには、良いモノを作るだけではなくいろいろな販売促進策や効果的な広告宣伝で顧客にアピールするべき"という考え方です。50年代以降はテレビ等のメディアの成長と軌を一つにできたことや、世界的な好景気とも重なって効果をあげました。1960年にはE.J.マッカーシーというマーケティング学者が、有名な「4P(製品・価格・販路・販促)」*3を提唱し、販売コストや流通経路にも研究対象が拡がり、いかに効果的に顧客へ製品を供給するかがマーケティングの主題となりました。供給者側の努力は、良いモノを作ることからモノを売るための工夫に重点が移っていきました。一方で、人的営業力に大きく依存したり、工場で大量生産された製品を販売促進で多少強引にでも顧客に売り込もうとする傾向が強まりました。

*注3:4Pは次回以降に詳述します。

「顧客志向」

 70年代初頭になるとハーバード大学のセオドーア・レビットなどの学者が"販売志向は時代遅れである"と論評を始めました。レビットは『マーケティング近視眼』で著名な学者*4です。その後"顧客が望むものを知り、そこから製品を作るべきである"とする考え方が主流になります。ここで初めて「顧客」に焦点が当たったマーケティングが登場します。元々はGEが1952年に"顧客志向理念"を発表したのが最初と言われています。「顧客志向」は競合企業がひしめく中で少しでも優位を確立しようとする企業戦略やITの進展に伴って、データベースマーケティングやダイレクトマーケティング、One To One Marketing、顧客満足度(CS)、CRMなどを生み出し、現在でも工夫と改善が続けられています。

*注4:当時自動車や航空機などの進展により衰退した米国の鉄道会社は、人や物資を目的地に運ぶサービス事業であると捉えず、単に車両をレールの上で動かすことが自らの使命と定義したことがそもそもの衰退の原因である、とした。

◆「マーケティング戦略」の登場

 企業は、「市場の中でいかに顧客を獲得するか」という命題に対し、自社と競合とを対比しながら自社が抜きんでるための経営の技を磨こうとします。1980年以後、軍事戦略を企業戦略に活かそうとする研究が進み、マイケル・ポーターの「競争の戦略」が脚光を浴びます。ボストンコンサルティンググループの「ポートフォリオ戦略」やアンゾフの「成長機会戦略」など、様々な市場戦略論が80年前後に登場し、世界の企業経営者やマーケティング責任者に大きな影響を与えました。80年代に数々の経営戦略論が出現した背景には、実は、当時日本の自動車を主因とする日本の経済力の拡大に対抗するため米国内での研究が進んだことが一つの要因であるといわれています。

◆日本のマーケティング

 日本では米国から本格的にマーケティングが輸入されたのが1950年代末でした。日本マーケティング協会が設立されたのが1957年。60年代~70年代にかけてはマーケティングの勉強会や著名企業の宣伝広報担当者の講演、著名海外研究者を招いた勉強会などが中心でした。少なくとも1970年代半ばのオイルショックまでは様々な分野で生産の合理化と技術向上が進み、国内はもちろん海外でも評価される高性能・高品質・低価格の製品を日本は作り続けていたため、実はそれほど販売に苦労することは無かったのかもしれません。日本が業界を問わず、「製品志向」・「販売志向」が今日でも優勢な理由は、優秀な技術者の努力とともに数々の技術的イノベーションを製品に織り込み、世界でダントツの製品を提供してきた成功体験が大きかったと考えます。

 次回は、このような変遷を経たマーケティングの全体像を概観し、その中で特に重要な概念を掘り下げていきます。

参考
『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2008年11月号、ダイヤモンド社
『競争の戦略』M.E.Porter ダイヤモンド社1985
『戦後日本経済史』野口悠紀雄 新潮選書 2008年
『入門 マーケティング』 江尻 弘 日本実業出版社 1995年
『日本マーケティング協会50年史 半世紀のあゆみ』社団法人日本マーケティング協会 2007年
『経営戦略論』Wikipedia日本版
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E5%96%B6%E6%88%A6%E7%95%A5%E8%AB%96

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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