Webマガジン
「なぜマーケティングが重要なのか?(9)― 現在のマーケティング(下)―」
株式会社オージス総研

2014年05月号
  • 「なぜマーケティングが重要なのか?(9)― 現在のマーケティング(下)―」
株式会社オージス総研   水間 丈博

今回は、本連載第5回「マーケティングが求められる背景」で提示した現在のマーケティングトレンド

  • 新規顧客開拓のための伝統的ファネルマーケティング
  • 国内の顧客維持競争に勝ち残るための競合優位追求型マーケティング
  • グローバル市場で新たな顧客獲得競争に勝ち残るためのグローバルマーケティング
  • 企業独自の魅力を発信し顧客を惹きつけるためのブランドマーケティング
  • 顧客の潜在意識、購買動機などを徹底的に追及する顧客経験価値マーケティング

のうち、「現在のマーケティング(下)」として『顧客経験価値マーケティング』を取り上げます。
今回の『顧客経験価値マーケティング』では"顧客経験価値"とは何であり、最低限何を実現すべきなのかを考えます。

◆顧客経験価値マーケティング

(1)顧客経験価値とは何か?

顧客経験価値マーケティングに入る前に、"顧客経験価値"とは何か、を考えてみましょう。
顧客経験価値とは、「商品・サービスの価値の中で、品質や機能といった直接的なものでなく、購入前や使用時に顧客が経験する気分や雰囲気、香りといった感覚的で付加的な価値のこと」*1と説明されます。従来、顧客が購買するモノやサービスは、「製品自体の機能や性能、顧客が期待する利便性に対する価格(価値)」と長い間考えられてきました。しかし、良く引合いに出される"東京ディズニーランド"、"旭山動物園"、"スターバックス"*2などの事例で説明される「心地良さや製品・サービスを通じて得られる"経験的ベネフィット"を含めた価値こそが"トータルな価値"であり、競合から選ばれる理由である」、とする考え方が今や常識になりました。

顧客経験価値の考え方を広めたのは、米国の経営学者B.シュミットが1999年に著した"Experiential Marketing: How to Get Customers to Sense, Feel, Think, Act, and Relate to Your Company and Brands"(邦訳版:『顧客経験価値マーケティング』)が最初と言われています。
ここでシュミットは"5つの経験領域"(後述)を定義し、これ以後"顧客経験価値と顧客経験価値マーケティング"が一般的に広まることになりました。シュミットはこの考え方をさらに推し進め、2003年に"Customer Experience Management: A Revolutionary Approach to Connecting with Your Customers (2003)"(邦訳版:『経験価値マネジメント』)において、顧客経験管理(CEM:Customer Experience Management)という理論に集大成しました。*3

参考:「顧客経験価値」については当Webマガジン宗平順己氏の以下の掲載もご参照のこと。
「UXを考える その1」
「UXを考える その2 経験価値からUXを考える」
「UXを考える その3 顧客経験価値を実装する」
*注1:日経ITPRO「知っておきたいIT経営用語」による
*注2:『デジタル戦略によって実現される、顧客経験価値の創造【1】事例(スターバックスコーヒー)から読み取る進化型エクスペリエンスデザインとは?』<
代表的な例として「スターバックス」の顧客エクスペリエンスデザインが語られる
*注3:「経験価値マネジメント」における顧客経験管理(CEM)については以下の解説が詳しい。「OUTLOGIC」

(2)顧客経験価値とIT

2000年以降は、いわゆる"WEBマーケティング"(企業WEBサイトにおける訪問者の印象を良くし、コンバージョンと言われる顧客化を促進するための工夫)が活況を呈し、"UX(ユーザーエクスペリエンス)"と呼ばれ始めたために、IT企業のバズワードと化した印象があります。同時にそれまで存在しなかった"ITによるマーケティング支援"が研究され、様々なIT製品が発売されるようになりました。

顧客経験価値の源流は、1980年代に登場した顧客とのインタラクションに着目した"リレーションシップ・マーケティング"と、これをITで支援しようとした"CRM(顧客関係管理)"にあります。1990年代に米国でCRMが登場し、当時"One to One マーケティング"が全盛だったことを受けて、これをIT支援することを主眼に米国を中心に導入が進みました*4。ただ、今考えれば"前世代のCRM"ともいうべき当初のCRMは、マーケティング支援では無く顧客情報管理の延長上にあったために"CS(顧客満足度)"の追求に主眼が置かれていました。それが"ダイレクトコール(電話勧誘)"、"ダイレクトメール"など「個々の顧客に到達し販売機会を増やすこと」が顧客の囲い込みを実現し、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を高める、といった販売側の独善的姿勢に繋がったことが課題として明らかになっていきました。その後"顧客向け電子メール"を中心としたe-CRMを経てベンダーの統廃合*5や改善が進み、現在に至っています*6。シュミットの『経験価値マネジメント』は、従来のCRMからの脱皮がテーマだったのです。

*注4:出典:「顧客の経験価値とはいったい何?」ITmedia エグゼクティブ
*注5:その象徴として、米国最大のCRMベンダーだった'Siebel Systems'は2005年9月、58億ドルでオラクルに買収された。
*注6:最新のCRMパッケージは、SNSデータを取り込んで分析する機能や販売後のサポート支援機能などが強化され、顧客経験価値を意識した機能充実が図られている。
参考:「ビッグデータ時代のCRM~顧客経験マネジメントの重要性~」(ダイヤモンド ハーバード・ビジネス・レビュー 2013)

(3)CRMから顧客経験価値マーケティングへ

従来型のCRMと顧客経験価値マーケティング(CXMとします)の違いは

  • CRM:顧客に売るまでのマーケティング
  • CXM:顧客に最上の経験をしてもらうためのマーケティング

と言って良いでしょう。

では、"最上の経験"とは何でしょうか?

それには、以下の質問に答えてもらえば分かると思います。

[質問1] 貴方(貴女)の今までの人生で最も感動した買い物/サービス体験は何でしょうか?
それを思い出し(1)買うまで、と(2)買った後、に分けてその理由を考えてください。
[質問2] (1):貴方(貴女)はまたその買物/サービス体験をしたいと思いますか?
(2):(1)の答えがYES/NOに関わらず、その理由を考えてください。
例:初めて東京ディズニーランドに行った時の感動
例:BMWのオーナーとなった時の感動
例:日本一美味しいソフトクリームの体験
例:和倉温泉の加賀屋に宿泊

この思考実験をするだけで、顧客経験価値の重要性を疑似体験できると思います。質問2の(2)の回答がNOなら、よりよい経験をするために今準備をされているのかもしれません。

<例>「最高の体験」ホテルリージェンシー(イタリア フィレンツェ)
<例>「Beatiful Scenery Japan 日本の風景 それでも美しい」

さて、顧客経験価値マーケティングとは何か?ですが、日本だけでなく、海外でもシュミットの著作の他には定義が存在しません。ただ海外では様々な解釈が存在し、"Customer Experienceの意味に包含されている"という考え方や、"4Pに追加すべき重要な要素となった(exPerience)"といった意見もあります。米国では"顧客経験価値マーケティング"を単独で切り出すのではなく、"Customer Experience Managementの一環としてのマーケティング"として語られることが多いようです。*7

ここでは"顧客に最上の経験をしてもらうための企業マネジメント"としておきましょう。
国内でも様々な思考がなされ、経験価値マーケティングを地域活性化に活かす試みや、"デザイン"、"ブランディング"と共に研究する例が目立ちます*8

 

*注7:参考例
The Many Definitions of Experiential Marketing (and Does It Matter There Is Not One Universally Understood Definition?)
Customer Experience Is Now The 5th Marketing 'P' ... And Other Top CMO Insights
このほか、"顧客は操作されることを嫌う。企業は顧客経験をマネジメント可能か?"といった根源的な指摘もある。
*注8:例えば2012年以降では以下のような研究論文が公表されている。
・『持続可能な地域社会創造の取組み:徳島県勝浦郡上勝町における「彩」事業を中心として』(石川和夫 専修大学社会科学研究所月報103)
・『新規ブランド構築における消費者の感情の役割』(杉本陽子 上智経済論集第58巻第1・2号)
・『地域ブランド構築における戦略的ゾーニングの可能性』(第193回産業セミナー:関西大学 徳山美津恵)
・『地域ブランド構築のための経験価値マーケティング』(城西短期大学紀要 早川幸雄)

 

(4)5つの経験領域を考える

それではシュミットの5つの「経験価値マーケティング領域」を簡単に考察してみることにします。
("事例"は該当しそうな国内事例から選んでみました。)

  • SENSE(感覚的経験価値) 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を通じた経験
    意味: 「美しい、良い外観、良い音(音楽)、良い手触り、美味しい、良い匂い、かっこいい、凄い、センスが良い・・」
    考察: 良く考え、お金を掛け、工夫すれば実現する可能性はある(と想像できる)。
    <事例>: サントリーホール、新横浜ラーメン博物館、等身大ガンダム
  • FEEL(情緒的経験価値) 顧客の感情に訴えかける経験
    意味: 「自分に相応しい、"これ好き!"、"COOL"、見たことがない、美しい、素晴らしい、見事!、楽しい、魅力的、魅惑される、高級!、熱狂、夢・・」
    考察: "経験価値プロバイダー"等を通じて顧客が価値共感を得られるように進める、ということで対面販売やBtoBのセールスが介在する商品に向くとされる。しかし、これはコントロールできない。絞り込みが必要・時間を掛ける必要・作り込む必要があるか。サーバント(提供する側)が心から共感していることが求められよう。
    <事例>: ディズニーランド、AKB48劇場、エルメス銀座
  • THINK(創造的・認知的経験価値) 顧客の知性や好奇心に訴えかける経験
    意味: 「興味がある(あった)、面白い!、タメになる、勉強になる、知識欲を刺激される、"へ~っ!"、見たことない、独創的、私もやりたい・やってみたい、楽しそう、ワクワクする、良くできている、精巧で緻密、バランスが良い、統一感がある・・」
    考察: 受け手の知的好奇心やクリエーティブ性を喚起するように仕掛ける。しかし、これもコントロールはできない。絞り込みが必要。時間と知識と経験とノウハウが必要。蓄積が必要。圧倒的な量と質が必要かもしれない。
    <事例>: 旭山動物園、江戸東京博物館、沖縄ちゅら海水族館、LEGO
  • ACT(肉体的経験価値とライフスタイル全般) 新たなライフスタイルなどの発見
    意味: 「想像できる、憧れる、いつかは・・手に入れたい/行ってみたい/経験してみたい、体験したい/したことがある、思い出、古き佳き日々、あるある・・」
    考察: 構築が難しい。体験させること、または顧客の想像を喚起させるに足る設備やストーリー、品揃えが必須となるだろう。
    <事例>: 東京スカイツリー、日光江戸村、アフタヌーンティー、富士急ハイランド
  • RELATE(準拠集団や文化との関連づけ) 特定の文化やグループの一員であるという感覚
    意味: 「あの人が言っていたモノ、あの人が使っている!、同じものが欲しい、憧れ、メンバーシップ、ステイタス、仲間になれる、会員、オタク、FB仲間、TWフォローワ、同期会、同僚、クラスメート、家族、友人・・」
    考察: 既に各業界で試行/実践されてはいる。ゴールドカード、プレミアム会員、ファンクラブなど、特典や割引が得られる資格を持つことによる安心感や達成感、高揚感、ステイタスを得た喜びなど。
    <事例>: AMEXブラックカード、キティちゃん、H.O.G(ハーレーオーナーズグループ)

上記例の中には、複数の経験価値を同時に満たしていると考えられるものもあります。
(沖縄ちゅら海水族館は、THINK(創造的・認知的経験価値)とFEEL(情緒的経験価値)をも提供している、と見られるかもしれません。)

こうして見ると、"顧客経験マーケティングを実現することは簡単ではない"ことがわかります。例えば"肉体的経験価値"を提供しようとすると、強固なストーリーを土台とした経験を演出する設備や空間が欲しくなります。長い時間を掛けなければ成立しそうもないモノもあります。また、それには相当な資金が必要になるモノもあります。五感の一つに焦点を絞った"集中化マーケティングストーリー"を創成する、など知恵を絞る必要がありそうです。

シュミットの原書は1999年の出版ですので、今日一般的になっているSNSの影響やCSRなどの考え方が存在せず、販売志向から脱しきれていない部分もありますが、論点は今でも古さを感じさせません。マーケター(マーケティング専門家)は数多くの試行錯誤を重ねながらこれを追求してきたわけですが、特にコンシューマの世界ではここで提示されていることが現在でも課題になっています。

SNSが全盛の現在は個人の感覚が伝搬するスピードが飛躍的に速くなったため疑似経験・疑似体験の伝搬力もすさまじいものがあります。形あるもので、インターネットで見られないものはありません。今は顧客自身が自覚していない潜在ニーズまで探ろうと試みられています。

しかし、では何を提案するべきなのか?どこまで潜在顧客に寄り添い、どこで潜在顧客を突き放すべきなのか?あるいは決して顧客を突き放すべきではないのか?*9この根源的な疑問にはまだ答えられていないと考えます。やはりその回答は我々自身が考え見出していくしかないのでしょう。

*注9:
"顧客へ最上の経験を提供する"の延長上には、それぞれ異なる個客(個別の顧客)の感覚に合わせた商品やサービスを提供しなければならいないのか、という課題がある。これには究極の"OneToOneマーケティング"が求められるのだろうか。それでは企業存続の経済合理性から見て適切性が保てなく恐れがある。つまり、どこか一点で顧客像を一般化(モデル化)した製品やサービスに留める必要が生じる。それ以上は応えられないという臨界点とも言うべきものである。これから先は、換言すると"顧客を突き放す"ことになるのかもしれない。
一方で、星野リゾート社長の星野佳路(ほしのよしはる)氏は次のように述べている。
「"顧客の要望にできるだけ応える"という発想は西洋の発想で、日本の"おもてなし"は要望に無いモノを提供する。世界のホテル業界では90年代にかけてスタンダード(標準)化が進み、マーケティングで顧客要望を吸い上げた結果、サービスや部屋の広さや設備がみな同じになってしまった。旅慣れた世界の旅行者に地域の習慣や祭りを紹介して感動してもらってきたのは日本旅館である。どこまでをグローバルスタンダードに合わせ、どこを合わせないかの判断は、結局"文化"に立脚するしかない。」(朝日新聞 2014.4.2)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11062417.html

(5)顧客経験価値マーケティングの実践

それでは、前節で掲げた「事例」から、"顧客経験価値"(実際は標榜していないですが)を実践したと考えられる事例を幾つか取り上げます。

<事例1>新横浜ラーメン博物館
2014年3月、新横浜のラーメン博物館が20周年を迎えた。構想と準備に4年、館長岩岡洋志氏は不動産業を営む父親から280坪の土地を託されたが、確実に収益が上がるオフィスビルにはせず、新横浜に賑わう場所を創りたい、という強い信念によってオープンに漕ぎつけた。昭和33年のレトロな内装にした。しかし、こだわりの店舗誘致は困難を極めた。幸い多くのマスコミに取り上げられ、開業初年度は来場者155万人を記録、大成功となってその後流行する「フードテーマパーク」のモデルとなった。
【解説】SENSE:文字通り"5感に訴えるテーマパーク創り"の代表例である。全国1000店以上のラーメン店から選りすぐりの名店を誘致、今まで40店以上を入れ替えてリピーターを飽きさせない。館内の広場で大道芸を繰り広げるほか「ラーメン登竜門」、「ご当地ラーメン創生計画」などのイベントに注力、広報戦術も巧みで大手テレビ局特番にも度々取り上げられている。
出典:「フードテーマパーク産業の生成と発展における新横浜ラーメン博物館の役割」
(大阪観光大学『観光研究論集』第10号
参考:新横浜ラーメン博物館公式サイト
参考:新横浜ラーメン博物館 6日で開館20周年 欧州進出も視野 岩岡館長「新横浜の付加価値高めたい」
msn産経ニュース
<事例2>旭山動物園
1996年、年間入場者数が26万人に落ち込み、集客の目玉になる動物も一切いない旭川市旭山動物園は、廃園も噂される危機にあった。ジェットコースターを導入する話もあったが、「そんな小手先の集客策はすぐ飽きられる」と断った。1997年、それまで動物園の常識だった「形態展示」を「行動展示」に転換、自然のままの動物の生態が見られるように知恵を絞り続けた。巨大な鳥籠の中を鳥が飛び回る「ととりの村」を手始めに、「もうじゅう館」、「さる山」、「ぺんぎん館」、円注水槽を上下に泳ぐ「あざらし館」など新たなコンセプトの施設を少しずつ拡充、動物の食事が見られる「もぐもぐタイム」や「ペンギンの氷上散歩」など"魅せる工夫"も加えて来場数が増加、2007年には年間300万人を突破して国内有数の動物園に躍進した。危機的状況から大躍進を遂げたその軌跡は『プロジェクトX』にも取り上げられた。
【解説】THINK:今は誰もが知る有名動物園となった旭川市旭山動物園。それまで狭い檻に入れられ、外から動きの少ない動物を観察するだけだった動物園の印象を根本から覆した。認知的経験価値を極めた事例と考えられる。初代園長小菅正夫氏は「なぜ動物園は面白くないのか?」という自己への問い掛けから始めたと語る。悩んだ末に設定した理念は「動物の命を伝えること」だった。飼育員による「ワンポイントガイド」や手作りの機関誌『モユク・カムイ』(アイヌ語のエゾタヌキ)を出版するなど地道な努力が陰にあった(当初は紙の購入予算が無く、地域のPTAの支援を受けた)。顧客が求めていたのは"生身の動物が自然に躍動する姿"だったのだ。
参考:北海道を代表する動物園となった旭山動物園
参考:「旭山動物園の奇跡はすべて七帝柔道から学んだ」完全版 小菅正夫(旭山動物園名誉園長)インタビュー記事
参考:旭山動物園チャネル
<事例3>H.O.G.(ハーレーオーナーズグループ)
ハーレーダビッドソンは1903年に米国ミルウォーキーで誕生したオートバイメーカー。大排気量で独特の鼓動感と外観が特徴。戦前日本の陸軍で採用されたこともある。かつては小型バイクも製造していたが、日本メーカーにシェアを奪われ、「アメリカのハイウェイを長く走る」コンセプトに転換、大型バイクに集中化して成功した。なんと言ってもオーナー倶楽部とも言うべき「H.O.G.」の存在が大きく、日本では1989年に日本支社を設立、ほぼ同時にトヨタから転じた奥井俊史社長(当時)が日本でのブランド創造を手掛けた。現在日本のH.O.G.会員は3万5千名。数多くのイベント(ツーリングやチャリティイベントなど)を通じてオーナー同士の絆を深めている。"親の代から"・"試乗して虜になり"といった理由でファンからオーナーになった顧客が多い。二輪車離れが進んで久しいが、ハーレーは国内401cc以上のクラスで2003年以降販売シェア第1位を維持している。30代以上のオーナーが70%を占めることも特徴。
【解説】RELATE:燃費が悪くスピードも出ない大型バイクであるが、ハーレーは所有することの喜びと乗ることの喜び、さらにメンバーシップ組織の会員になる喜びも大きいようだ(ただし、1万円の年会費は概ね不評である)。高価なバイクだが、H.O.G.会員には様々な特典が用意され、全国のショップを網羅した「ツーリングハンドブック」や「メンバーシップマニュアル」が提供される。また「チャプター」と呼ばれるローカル会員組織が全国に点在し、地域のコミュニティを形成する。ハンドブックには全国の認定された整備士が顔写真入りで掲載され、オーナーには安心感と信頼を、店舗の整備士には責任感とプライドを植え付けることに成功している。
参考:H.O.G.日本公式サイト
参考:「ハーレーダビッドソンの世界」 打田稔 平凡社(2009)
参考:「ブランドのDNA」片平秀貴 森 摂 日経BP出版 (2005)

(6)顧客経験価値マーケティングの課題

B.シュミットは『経験価値マネジメント』の中で、顧客経験価値を体系的に分析し、マネジメントすることに挑みました(これを略してCEMと呼んでいます)。そして「3つの間違ったアプローチ」として「マーケティング・コンセプト」、「顧客満足」、「CRM」を挙げています。それぞれ、「顧客指向と言いながら製品中心の見方から脱しきれていない」こと、「消費者の製品やサービスにまつわるすべての経験まで考慮されていない」こと、「取引に焦点があてられており顧客との情緒的つながりが無視されている」こと、を誤りの理由としています。これまでのマーケティング・マネジメントの主流ともいうべきP.コトラーの「マーケティング・マネジメント論」に、ある意味反旗を翻したともとれる主張でした。
CEMにはフレームワークがあり、

  1. 顧客の経験価値世界を分析する
  2. 経験価値プラットフォームを構築する
  3. ブランド経験価値をデザインする
  4. 顧客インターフェースを構築する
  5. 継続的なイノベーションに取り組む

の5つの段階を経る必要がある、としています。*10

しかしこれをマネジメントするためには特別の訓練と専門知識が前提となる上に、内外の広告やデザインなどのクリエーティブなプロフェッショナルが必須で、芸術や文学などのMBAも含まれるだろう、としています。彼の論説はそれまでの実務現場での経験(ブランド戦略立案に外部のコンサルタントやエキスパートを導入してもなかなか上手くいかなかった)に深く基づいているのですが、これには賛否両論があり、"顧客経験を果たしてマネジメントできるか?"・"顧客経験はマネジメントの対象となり得るのか?"と言う問いに対して結論が出ていない、という段階にあると考えられます。

これに対する一つの解決の可能性は"デザイン思考"ではないか、と考えています。
それはデザイン思考が"ユーザーの生活に関心を持ち深い理解からスタートする"というコンセプトであることによります。*11今までのマーケティングが、「ユーザーの購買→ユーザーの感覚→ユーザーの経験」といった推移をしてきた焦点の当て方から一歩進み、深く「ユーザーの生活」にまで踏み出したことに意味があります。デザイン思考は、"「社会を良くするアイディア」を体系的に生み出し、イノベーションを起こすための1つのアプローチ方法"と説明されており、社会性が重視されるようになってきた現在のマーケティングの方向性に合致しています。

*注10:
CEMと並ぶキーワードに、「コ・クリエーション」がある。これは米ミシガン大学ビジネススクール教授C.K.プラハラード、ベンカト・ラマスワミ両氏の共著「価値共創の未来へ―顧客と企業のCo‐Creation」で唱えられたもの。「顧客とともに経験をつくる」というコンセプトで、企業主体の価値創造から顧客中心の「価値共創」を目指す新しいパラダイムを示す言葉として使われている。
出典:顧客の経験価値とはいったい何?(ITmediaエグゼクティブ)
*注11:デザイン思考の最初のステップは「共感(Empathize)」
一般社団法人デザイン思考研究所
参考:「デザイン思考」については当Webマガジン竹政昭利氏の以下の連載もご参照のこと。
「デザイン思考 その1」以下(連載中)
参考:「カスタマーエクスペリエンス 企業の8割が優れた顧客体験を提供していると思っているのに、
顧客の1割もそうは感じていない」
(The Digital Marketing Journal アンダーワークス)
参考:「顧客経験価値とは?その定義と収益拡大との因果関係」(Insight now! 渡部弘毅)
【補足】経営レベルから語り、顧客経験価値をネットで検索し分類する。NPS(Net Promoter Score)に言及。顧客経験価値を「心の満足」と「頭の満足」に分解できるとする優れた解説。最終的に以下の因果関係が成り立つ、とする。
「顧客経験価値の向上」→「心で満足する顧客の増加」→「推奨者の増加(NPSの向上)」→「企業の安定的な収益の確保」 の論理展開は分かりやすい。(もう一つ「潜在顧客の継続的な増加」を間に入れても良いかもしれない。)

 

(7)まとめ

これまで見てきたように、"顧客経験価値マーケティング"はいまだ発展途上にあり、"経験価値・顧客経験を考えながら、今までのマーケティング施策の様々な局面に少しずつ試行錯誤しながら織り込んでいる"、といった段階であることがわかります。
ただ、企業側からすれば"基本的な製品・サービス・インフラの品質が整っていて、初めてその上に顧客経験価値を積み上げることができる"、という原則は変わらないでしょう。しかも、その少なくともどれか一つ、できればすべてが"卓越していること"が求められるでしょう。

以上(上)、(中)、(下)にわたって『現在のマーケティング』と題し、現在の商材やサービスのトレンドを5つの切り口で観てきました。
次回からは「Marketing3.0」をはじめとして、"現在~将来のマーケティング"を見ていきます。これまでの連載中に強調した点と重なる部分もあると思いますが、新たな考え方・新たなマーケティングの工夫などを取り上げます。

参考文献:

Schmitt, B. H. (1999). Experiential Marketing: How to Get Customers to Sense, Feel, Think, Act, and Relate to Your Company and Brands. New York: Free Press(バーンド・H・シュミット(嶋村和恵、広瀬盛一 訳)(2000)『経験価値マーケティング』ダイヤモンド社)
Schmitt, B.H. (2003). Customer Experience Management: A Revolutionary Approach to Connecting with Your Customers. Wiley. (バーンド・H・シュミット(嶋村和恵、広瀬盛一訳)(2004)『経験価値マネジメント』ダイヤモンド社)
Gerald Zaltman (2003). How Customers Think: Harvard Business School Press. (ジェラルド ザルツマン (藤川佳則、阿久津聡訳) (2005)『心脳マーケティング 顧客の無意識を解き明かす』ダイヤモンド社)
Stephen D. Rappaport(2011). Listen First!: Turning Social Media Conversations Into Business Advantage. Wiley:(スティーブン・D・ラパポート (電通ソーシャルメディアラボ訳)(2012) 『リッスン・ファースト! ソーシャルリスニングの教科書』翔泳社)
Aaron Shapiro (2011). Users, Not Customers: Who Really determines the Success of Your Business: (アーロン シャピロ(梶原健司、伊藤富雄訳 荻原雅之監訳) (2013)『USERS NOT CUSTOMERS 顧客主義の終焉と企業の命運を左右する7つの戦略』翔泳社)

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

水間 丈博  記事一覧



2014年05月号のコンテンツ



『Webマガジン』に関しては 弊社の「個人情報の取り扱いについて」に同意の上、
下記よりお気軽にお問い合わせください。

ページトップへ戻る