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「なぜマーケティングが重要なのか?(11)― 最新のマーケティング(2) ―」
株式会社オージス総研

2014年07月号
  • 「なぜマーケティングが重要なのか?(11)― 最新のマーケティング(2) ―」
株式会社オージス総研   水間 丈博

 前回から『現在~将来のマーケティング』に視点を移し、現在主流となっている(なりつつある)新しい考え方を紹介しています。今回は「オムニチャネル」です。

◆オムニチャネル

(1)オムニチャネル前夜=O2O

 オムニチャネルの源流はO2O(Online to Offline)にあります*1。O2Oという用語は米国発祥なのですが、実際は米国ではほとんど使われておらず、日本や中国で広まりました。
 O2Oをさらに遡ると、2000年頃のClick and Mortar(クリック・アンド・モルタル)に行きつきます。当初はオンライン店舗(以下EC店舗と呼びます)が成功した新興企業が実店舗をも持つことを示す言葉でした。
 その後、EC店舗と実店舗の協調を志向する意味となりましたが、具体的な筋道が示されることはありませんでした。2000年には国内PC普及率が50%を超え、携帯電話保有率も78.5%になっていました*2。ネットショップが勃興し、大型のECサイトも定着し始めて年々大幅な成長カーブを描くようになりました*3
 そこで問題となったのが、いわゆる「実店舗のショールーム化」です。実店舗で良い品物を見つけても、"自宅に帰ってネットでもっと安い店を探したいから買わずに済ませる"またはその場で"ネットで最安値の店を見つける"といった経験はどなたにもあるでしょう。実際に"店舗で欲しいモノを見つけたけれど、ネットでもチェックしたいので買わずに保留する"ことが「良くある人 24.3%」「時々ある人 50.3%」と言う調査結果もあります。実に4人のうち3人が店舗だけでなくネットでの検索や比較・情報収集(主に価格)を購入前のステップに置いているのです*4
 更にアマゾンなど、割安の価格で、しかも送料無料を謳う業者が現れ*5、賃料や人件費など様々な経費で運営される実店舗にとっては死活問題になり始めました*6
 日本国内における一般消費品のEC化率(ネットで購買される割合)は米国に比べるとまだ低く、3%程度*7ですが、毎年着実に増加傾向にあり、店舗経営者の危機感を醸成することとなりました。

 そこで登場したのが「O2O」です。O2Oは文字通り"ネットの顧客を実店舗に誘導すること"が目的です。様々な仕掛けが生み出されました。

  • ネットで「クーポン」や「割引券」を発行し店舗に誘導
  • 携帯電話のGPS機能を利用し、最寄りの店舗に近い人に「クーポン」や「お得情報」を発信して誘導
  • ネットで「前売券」や「割引購入券(権利)」を販売し、店舗やリアルの場へ誘導(Facebookチェクインクーポン・グル―ポン・AKBグループ握手券など)
  • ECで販売した商品を店舗で受け取れるサービスを提供(三省堂・米ウォルマートほか)
  • 店舗の在庫がネットで確認できるサービスを提供して誘導(東急ハンズ・ユナイテッドアローズほか)
  • ネットで試用(試着)を予約できるサービスを提供して誘導(洋服の青山)
  • ネットでタクシーを呼び出せるサービスを提供(日本交通)
  • PUSH配信で情報伝達し来店を誘導(映画の残席通知・タイムセール通知など)
  • 店舗で視聴が可能なサービスを提供し来店を促進(TSUTAYA)
  出典:「O2O型サービス・プロモーションキャンペーン事例まとめ51選」
  http://ec-cube.ec-orange.jp/blogs/?p=3809

 これらの施策は、Wi-Fi、GPS、NFC(Near Field Communication)、QRコード、AR(仮想現実:Augmented Reality)、SNSなど最新の技術やサービスを駆使しています。スマホだけを前提にしたサービスも増えました*8
 O2Oは顧客に店舗へ来店してもらうためにマーケティング担当者のあらゆる知恵を振り絞ったアイディアが具体化され、あるものは継続的に、あるものは定常的施策として現在でも工夫が続けられています。最近ではO2O2O(Online to Offline to Online)という言葉も現われました。最後のOnlineは"購買体験の共有と拡散"を示し、SNS時代の到来が消費行動に及ぼす影響が大きくなったことがわかります。
 これらのO2O施策の中には大変大きな効果を上げたものも存在する一方、O2O施策の多くが"顧客に店舗に足を運ばせるに足るベネフィット(割引やクーポンなど)を特別に提供するもの"といた傾向が強かったこと、ネットに拡散させることが第一義になりがちだったこと、などの理由から

(1) 売上が上ったとしても店舗の利益に貢献しているのか*9
(2) 一過性の効果しかないのではないか
(3) 個人に紐付く可能性のあるデータ(パーソナル情報)をどこまで利用できるのか
(4) 売上はネットのモノなのか店舗のモノなのか判別できるのか
(5) ステルスマーケティング問題(口コミや比較サイトでのやらせ問題)
(6) ネットを利用した"顧客への到達技術"偏重になっていないか

 などの問題点や疑問点が浮き彫りになりました。

 どれも簡単には解決できない課題で、現在でも解消されたわけではないのですが、意外に大きな問題だったのが(4)の「貢献度判定問題」でした。特にECと実店舗の両方を保持する事業者にとっては、組織機構と実績評価に関連する課題です。
 一般的にEC事業と店舗事業は別部門で運営されることがほとんどです。EC事業を別会社にする例や、実店舗も直営店とフランチャイズなどの委託店舗の両形態であるケースも多く、さらにEC事業は通販などと共に一般的なIT部門とは別にWEB技術の専門組織が設置されていることが大半です。従来からPOSデータ管理などを通じて在庫管理や財務経理を担うIT部門とは役割分担されているケースが多かったのです。さらに予算管理上の問題や経費配賦の問題などが絡み、管理会計や業績評価の仕組みにも影響することになりました。販促キャンペーンが別々に実施されたり、EC店舗の購入ポイントが実店舗で直ぐに使えなかったり、店舗とネットで価格が異なっていたり、最悪のケースでは、店舗とECが敵対して顧客を奪い合うこと(カニバリ)も起こりました。

 こうした経緯を経て、
  • 本来、顧客のために何をするべきなのか
  • 魅力ある商品をもっと拡充すべきではないか
  • 店舗そのものの魅力を更に追求すべきではないか
  • 店舗の接客スタッフのスキル向上や育成にもっと注力するべきではないか
といった基本的な問題に立ち返ることになりました。

 そこで誕生したのがオムニチャネルの考え方です。

*注1:
2000年代初頭に、BtoBやBtoCなど伝統的な企業と顧客(取引先を含む)の繋がりを超えた商形態がICTの進化と共に模索され始めた時期にこうした新語が誕生した。
この流れをくみ、O2Oも2010年ごろから使われ始めたと言われている。現在はオムニチャネルに包含された概念と考えられている。
http://www.sophia-it.com/content/O2O
*注2:
総務省情報通信白書「平成25年版」
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h25/html/nc243110.html
*注3:
例えば「楽天市場」流通総額は2000年度178億円に過ぎなかったが、2005年には3000億円を超え、2011年には1兆円を超えるに至った。
http://corp.rakuten.co.jp/investors/documents/
*注4:
従来の顧客購買動態変化を著す「AIDMA」に加えて、「AISAS」という理論も現れた。真中の"S"は"Search=検索"を指す。ECモデルとも言われている。なお、「AISAS」は電通の登録商標。
http://www.sophia-it.com/content/AISAS%E7%90%86%E8%AB%96
*注5:
先日(2014年6月)フランスで「反アマゾン法」が成立した。これはアマゾンの送料無料を禁止し、小規模書店の売上減少を緩和する措置。ただし5%までの割引は従来通り認められることとなった。
http://heavy-music.doorblog.jp/archives/38899807.html
*注6:
「O2Oが及ぼす企業活動の変化に関する調査研究」(平成25年度 総務省情報通信国際戦略局情報通信経済室)
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/h25_07_houkoku.pdf
*注7:
「平成24年度我が国情報経済社会における基盤整備」(電子商取引に関する市場調査)経済産業省(平成25年9月27日)
http://www.meti.go.jp/press/2013/09/20130927007/20130927007-2.pdf
*注8:
(参考)店舗におけるモバイルユーザー行動と傾向については、Googleが2013年に実施した調査が参考になる。"ショッピングで週1回以上スマートフォンを利用する人は、それより使用頻度が低い人に比べて店頭での購入金額が25%高い"などの傾向があるとする。
http://ssl.gstatic.com/think/docs/mobile-in-store_research-studies.pdf
*注9:
(1)の問題点については、例えば"すかいらーく"では「割引クーポンを配らなくても来るべき顧客は来店するのではないか?」との疑問から調査した結果、"割引してもしなくても購買単価は変わらなかった"とのこと。このことから、単純な割引だけでは店舗の利益率を下げるだけだが、購買促進効果は認められるという評価であった。
Salesforce1 World Tour Tokyo(2014年6月10日)「データから購買の未来を予測するオムニチャネル戦略」

(2)オムニチャネルとは

 初めに「チャネルとは何か」から考えます。kotobank(出典:グロービスMBA経営辞書)による説明では、"販売経路。企業が効率的に製品を届けるために、流通チャネルが重要な役割を果たす。流通チャネルは製品と顧客の間にあるギャップを埋めるために、3つのフロー(物流、商流、情報流)に関わっている。"とあります。本連載の第4回「なぜマーケティングが重要なのか?(4)」で示した4Pの一つが「流通/チャネル(Place)」だったことを思い出して頂きましょう。チャネルとは企業から顧客へサービスや製品を届ける物理的な経路でした。それは、以前に述べましたが、「供給者側の論理で構築された経路」でもありました。そこをいかに"早く・効率的に・低コストで構築するか"が「物流戦略」でした。

 しかしオムニチャネルのチャネルは意味がまったく異なります。言わば"顧客が企業(企業が市場に提示した広告や製品やサービスなど何らかのモノ・コトすべて)へコンタクトするルート・道筋・接点"のすべてを指すのです。TV通販・新聞広告・雑誌広告・ラジオ広告・メルマガ・カタログ・DM・折込みチラシ・自社WEB・一般WEBサイト・スマホサイト・ECサイト・店舗・セールスマン/セールスレディ・コールセンター・お客様相談室・SNS・サーチエンジン・イベント・・・現在は実に多様な接点があることに気が付きます。物理的経路だけでなく、ネットを介して"繋がる"すべての可能性が含まれるのです。

 オムニ(Omni)とは"すべての"とう意味です。つまりオムニチャネルとは、"あらゆる顧客接点を通じて共通の体験を顧客に約束する仕組み"と言えるのです。今までのチャネル戦略が"企業側の都合"で成立していた姿であった一方、オムニチャネルでは"顧客"を中心に考えます。ここで初めてリアル(実店舗)とネット(EC)を含めて"顧客を中心とする統合されたマーケティング環境の概念"が確立しました。これは画期的ともいえることでした。消費者が多様なメディアに対して多様なツールを駆使して接触できるようになった現代では、膨大な情報量に埋もれることにもなりました。企業側にとっては、個別の潜在顧客に到達することがますます困難になってきた時代とも言えます。その状況下で、あらゆるチャネルやメディアに顧客接点のチャンスを張り巡らし、一瞬の接触を見逃さずに販売機会に繋げる必要が出てきました。これが、オムニチャネルが叫ばれる理由なのです。

 オムニチャネルへの変遷を、シングル(単一)チャネル、マルチ(複数)チャネル、クロス(交差)チャネルと段階を追って説明したものが図19「オムニチャネルへの変遷」です。(NRF Mobile Retail INITIATIVE「Mobile Retailing Blueprint V2.0.0」を参考に編集)

「オムニチャネルへの変遷」
図19 「オムニチャネルへの変遷」
  • シングルチャネル:文字通り、店舗(チェーン含む)だけ、または無店舗でECだけのネットショップなど、顧客と供給者との接点が1つしかないケースです。経路は一本だけで、しかも多くの場合一方通行でした。
  • マルチチャネル:顧客と供給者との接点が複数設定されているケースです。大きく2つのパターンがあり、(1)接触メディアが複数用意されている場合(店舗、WEB、EC、カタログ販売、TV通販など)と、(2)店舗などのチャネルが複数用意されている場合(例:すかいらーくグループ:ガスト、夢庵、ジョナサン、藍屋など/ フォルクスワーゲングループ:VW、アウディ、ポルシェ、ランボルギーニ、ベントレーなど)のいわゆるマルチブランドを示す場合があります。
  • クロスチャネル:例えばWEBで買物をすると店舗で景品がもらえるキャンペーンや、WEBで注文した商品を店舗で受け取れるサービスの導入など、顧客の利便性を考慮しつつ複数チャネルを協調させて顧客化を促進する動きを言います。チャネル間で協調はしていますが、データ連携は不十分のままでした*10。また、ソリューションカタログをWEBで閲覧していると、ライブチャットのポップアップが現れ、すぐに質問できるように案内する、などもクロスチャネルの一例と言えるでしょう(例:日本IBMサイト)。
  • オムニチャネル:オムニチャネルは顧客と接点を持つすべての販売チャネルを統合し、顧客に同一の購買経験を提供します。購買時点だけでなく、認知状態から購買、ファン化、友人への情報拡散までの一連の行動を様々なメディアやサービスで包み込むイメージです。

 オムニチャネルが米国で脚光を浴びるきっかけになったのは、2011年の全米小売業協会の標準化団体が「Mobile Retaling Blueprint v2.0」を発表してからだそうです。「クロスチャネルまではどちらかと言うと顧客の為では無く物流を統合し、結果的に顧客にもメリットをもたらす、と言う考え方だった」とのことでした。オムニチャネルで一番重要な点は、"どのチャネルでも顧客にできるだけ同一の体験をしてもらうこと"にあります。これはブランド体験そのものとなります。

<事例>米国大手百貨店Macy's
 オムニチャネルを最初に小売業界で実現したのが大手百貨店のメイシーズ(Macy's)といわれている。メイシーズは長い経営不振から脱するために経営改革に取り組んでいたが、最も成果が高かったのは「オムニチャネル」だった。メイシーズのCEO テリー・ラングレンは「オムニチャネル・リテイラーを目指して、顧客とのつながりを深め、顧客がいつでも、どのようなやり方でもメイシーズにアクセスできるようにする」ことを理念に掲げた。
手掛けたことは
  • 店舗とECの区別をなくし、顧客情報と在庫情報を一元化した
  • 店員にモバイル端末を持たせ、顧客の前で在庫確認や注文を入れられるようにした
  • 店舗在庫が無くても注文を受けてEC倉庫から客宅へ直送できるようにした
  • 部門間の縄張り意識を打破するために、すべてのチャネルをマーケティング部門の傘下に置き、すべての施策をコントロールさせた
  • RFIDタグを商品に添付しバックヤードを拡大して物流機能を一新した
などの施策だった。
 こうした努力の結果、2010年度から2011年度にかけてオンライン売上が40%増え、2012年には累計で40.4%増えたと言う。
出典:「オムニチャネルの先駆者に学ぶ!米国百貨店メイシーズの戦略」EC-Orange
http://ec-cube.ec-orange.jp/blogs/?p=2968
*注10:
O2Oはまさしくクロスチャネルの試みと言える。O2Oはネットとリアルを繋ぐ最初の試みでもあった。O2O化が進展した背景には、"ネットとリアルの併買顧客は店舗だけで買う顧客より2倍以上客単価が高い"といった経験則があった。
参考:
「O2O市場を2015年まで予測、オンラインとオフラインの併売顧客は客単価2倍のケースも」ビジネス+IT
http://www.sbbit.jp/article/cont1/25777

(3)オムニチャネルのメリット

 オムニチャネルを導入することによってどのような利点があるのでしょうか。巷間様々なメリットが説明されていますが*11、主な要点を総括すれば以下の3つになると考えます。

◆新たな戦略基盤の獲得
オムニチャネルの導入は企業の基幹業務を一新させることになります。業務プロセス、ITが変わります。厳しい競合環境で生き残りをはかるには必然なのです。それはかつてのシングルチャネルからクロスチャネルまでの間に存在したすべての問題点を解決することにもなります。オムニチャネルは将来に対する戦略基盤の構築そのものになります。
◆ブランド戦略のプラットフォーム
"すべてはお客様のために"が名実ともに実現できます。すべてのタッチポイントで同一のブランド体験が用意され、顧客を楽しませ、満足させる施策が組み込めるようになります。現代は消費者を取り巻く情報量の増大に伴って、消費者心理がますます移ろい易くなっています。クリエーション(顧客の目に見える制作物)がどれほど素晴らしくても、チャネルの違いに起因する違和感や顧客ベネフィットへの僅かな不満はブランドへの信頼感醸成を阻害します。
◆販売量拡大
チャンスロスを徹底的に排除することが可能になります。Macy's復活の主因は正しくここにありました。多様なチャネルやメディアを駆使した多面的なタッチポイントの設計により、効率的に購買意欲のある顧客を取り組むことが可能になるのです。
注11:「参考情報」
「オムニチャネル戦略はなぜ必要なのか?」
https://orangeretail.jp/blog/omnichannel/1641
「オムニチャネル戦略の5つのステップ」(ITmedia マーケター道場)
http://blog.marketing.itmedia.co.jp/taku1978/entry/607.html
「オムニチャネル時代到来(2012/7/26記事)」ダイヤモンド社
http://diamond.jp/articles/-/21995
「業務改革のススメ ~ 顧客志向の会社が強くなる ~」ネットイヤーグループ 代表取締役社長兼CEO石黒不二代(Salesforce.com 「トレンドイノベーション」)
http://www.salesforce.com/jp/socialenterprise/innovation/vol2-omni-channel.jsp

(4)オムニチャネルを導入するには

 さて、オムニチャネルの考え方は理解できましたが、これを導入するにはどうすれば良いでしょうか。
戦略や理念を掲げて組織全体の意識共有を図ることは必須とすれば、導入のポイントは以下の3点です。
  1. 組織機能の見直し
  2. 顧客情報の統合
  3. 商品在庫情報の統合
 これはかなり難しいことがわかります。なぜなら、今までの組織機能と基幹業務システムと言われるITの仕組みの両方を根本的に見直す必要があるためです。以下順に見て行きましょう。
◆組織機能の見直し
 従来は機能別組織が定常的な業務プロセスに沿って協働することが主体でした。しかし、"顧客に共通のブランド体験を提供すること"は簡単ではありません。さらに"販売すること"だけが目的では無くなりました。以下のような顧客ライフサイクルに沿った顧客経験に対応するための業務設計が必要になります。()は考察の焦点といった意味です。
  • 顧客はどのようなチャネルで接するか(タッチポイント)
  • 顧客はどのようなキャンペーンに魅力を感じるか(販促策)
  • どのように製品やサービスを理解するか(WEB・比較サイト・カタログなど)
  • 何が購入意欲を高めるか(口コミサイト・SNSなど)
  • 顧客インセンティブをどのように設定するか(ポイント・クーポンなど)
  • 顧客はどのように購入できるか(コンバージョンの位置)
  • どのように決済するか (クレカ・振り込み・コンビニ・電子決済・代引)
  • どのような納品を希望するか(配送・CVS受取・店舗)
  • どのように利用するか(利用シーン・ライフスタイル)
  • 使用開始後の疑問、相談、返品、クレームはどうするか?(コールセンター・お客様相談室・SNS)
  • どのように買い換えるか?(リコメンド・SNS・キャンペーン・下取りなど)
 以上の課題に応えるためには、今までの機能別組織では難しいでしょう。"個別組織の全体最適"では無く、今こそ"顧客志向の全体最適"が求められているといえます。商品企画・仕入/購買・物流/出荷・WEB・EC・営業・販促・マーケティング・店舗・業務(経理)・顧客サービス・カスタマーセンター・・それぞれの専門スタッフの高いスキルと経験が必要になるでしょう。メイシーズ事例のように強力な権限を持たせた新たな組織機構の下で統制するか、部門横断的組織(またはプロジェクト)のどちらかが必要になります。以下に"オムニチャネルを実現する組織モデル"を例示します*12
オムニチャネルを実現する組織(初動イメージ)
図20 オムニチャネルを実現する組織(初動イメージ)
◆顧客情報の統合
この「顧客情報」は、従来の顧客情報(顧客ID・住所・氏名・年齢などの属性値群)とはまったく異なり、潜在顧客から既存顧客までを一括して管理する"統合型顧客情報プラットフォーム"と言うべきものです。未購買顧客であれば、WEB回遊履歴・WEB滞在時間・Cookie情報・キャンペーンへの反応履歴など、既存顧客であれば、加えて会員ID・店舗購買履歴・NET購買履歴・累計購買金額などの情報が必要です。さらに現在は、SNS情報を外部から導入して手持ちの情報とマッチングさせ、顧客セグメント情報として保持することができます。この領域は現在"ビッグデータ"として注目を集めているところです。こうした情報をタイミングとコンテンツ内容を吟味した上で顧客向けの情報発信やWEB広告などに活用するのです。
◆商品在庫情報の統合
実店舗があり、ECにも進出している事業者は多いですが、実際は実店舗在庫とEC向け商品在庫を一元化できている例は稀です。それはビジネスの仕組みが別々になっているためです。その場合個別に在庫情報を管理する必要があります。特にモール型ECサイトに出店している事業者は一元化ができていません。これはEC側の事情によります。私たちがECモールで買物をしても、その情報がリアルタイムで出店事業者の在庫引当がされるわけではないのです。(更新には最速でも数分の遅延が発生しますが、現在これを解消する努力が進められています。)自店舗に在庫が豊富にあっても、EC向け倉庫(委託倉庫のケースも)に在庫が無く発送できないことがあります。しかし、別々に管理されていても、EC店舗で売れた商品を在庫に余裕のある店舗から出荷することができれば、この問題を解消しチャンスロスを防ぐことができます。ただし、多数のチャネルを維持する場合、即時引当て、即時出荷指示、24H対応、即時決済、店舗間相互送客(別業態店舗のクーポンなどで相互に顧客来店を誘導する)の仕組みなども必須となります。

 以上のように、オムニチャネルを実現するには組織機能の見直しのほかに抜本的なIT支援内容の見直しが避けられないことが分かります。大変な難題ですが、こうした課題に取り組まなければならなくなった背景には、顧客環境の急激な変化があります。前述のように、かつてはシングルチャネルまたはマルチチャネルの世界で、消費者は店舗に足を運ぶか自宅で通販カタログを見て商品を注文するか、PCからネットで注文する程度の行動しか採れませんでした。今はモバイル機器の急激な普及で、いつでもどこでも情報を得て行動できるようになりました。"オムニチャネルに取り組まない選択肢はない"とする専門家もいます*13
 通勤電車の中でもスマートフォンで買い物ができるという消費者環境の進化はかつて考えられなかったことです。供給者側にも"かつて無い対応が求められている"と言えるのです。

<事例>7&Iホールディングス
 2014年3月、セブン&アイ・ホールディングスのオムニチャネル戦略が明らかとなった。セブン-イレブン、イトーヨーカ堂、デニーズから、そごう・西武、フランフラン(バルス)、赤ちゃん本舗、ニッセンまで、全国に約1万8000店舗を擁するセブン&アイグループ。これらの店舗をすべて繋げて"ネットとリアルの融合"を実現する。
 きっかけは、グループの幹部50人が米国のオムニチャネル実践の現場を見て回ったと言う米国視察。数々の先進事例とその効果に驚愕したようだ。
 今後もリアル店舗の販売シェアは低下する一方だが、片やECの売上は右肩上がり。日本は米国より遅れている。だからこれをチャンスと捉えた。ただし、当分の間はリアル店舗主体であることは変わらない。だから実店舗の差別化と商品の差別化を磨き続けながら顧客との信頼関係と顧客に接近することが鍵になる。
 セブン&アイHDを設立したのが2005年。当時はグループ価値最大化が課題だったが、前身のイトーヨーカ堂が1972年に上場した時から持ち続けた理念は「変化への対応」・「付加価値の高い、独自商品をつくる」だった。創業以来、40年間休まず挑戦してきた。コンビニ弁当、チルド3便制、セブンプレミアム、セブンカフェ。数々のヒット商品を生み出してきた。
 オムニチャネルは「チャレンジしなければいけない宿命」と村田社長は語る。さらに「オムニチャネルを構築するには"改革の質"がベースにないと難しい」とも。
 具体的にはどうするのか?
 オムニとは、"いつでも・どこでも・シームレスに買い物できる仕組みつくりの追求"である。先ずは全国に約1万6000店ある、セブン-イレブンの店舗での商品受け取り。これを拡大し、そごうや西武百貨店で販売されている銘菓をセブン-イレブンの店頭で受け取ること、eデパート(そごう西武)の商品をセブン-イレブンの店頭で受け取ること、イトーヨーカドーの店頭でネット商品の受け取り、デニーズの実験店でネット座席予約の開始などを進めていく。これらを1年後には実現するという。
 O2Oでも先行している7&Iグループ。例えば女性向けの「そごう・西武キレイステーション」。専門機器を使って肌状態のチェック、対人カウンセリングとセルフカウンセリングを実施。さらに化粧品の旬の情報を発信、オペレーションはそごう・西武の社員が行うようにした。すると週末は瞬く間に1カ月先まで予約が埋まってしまった。そのうち、ネットでの予約が6割を超えたという。また、「eデパート(そごう西武)」のリピート率は5割を超えるのだとか。そのうち65%がセブン-イレブンの店頭で受け取りをしていた。リアルでなければ難しいカウンセリングと、ネットの簡便性の組合せが奏功した。多くのチャネルを用意したことで、潜在ニーズを掘り起こせたという。しかも、ネットとリアルを行き来する顧客の動きもわかった。「大切なのは一般的なカウンセリングではなく、カスタマイズされたカウンセリングだった」(村田社長)。
 こうした取り組みを推進するのが「チームオムニ」と呼ばれる社内のネット担当者約100人で7つの検討領域にわたり実行計画を検討していく組織。個々には社外の複数の専門家集団が加わっている。
 7つの検討領域とは、(1)会員(コールセンター、セキュリティ、共通決済、会員データベース)、(2)サイト(検索や買い物かごの共通化)、(3)店舗(接客、タブレット端末の開発、店頭受け渡し)、(4)商品(商品管理コードの共通化、新商品の開発)、(5)物流(各企業の物流の統合、宅配)、(6)メディア(販促手法の検討、各社ホームページの課題整理)、(7)ビッグデータ(システム構築やデータ分析)。
 狙いとするオムニチャネルの全貌が示されている。
  • 「STEP1」:2015年度までにグループすべての商品をすべての店舗で受取り可能にする。
  • 「STEP2」:2016年度までにネットを活用して店舗で便利な買い物ができるようにする。
  • 「STEP3」:2017年までに店舗をメディア化し、売り場を楽しい空間にする。
 これだけの計画を実現するために参画するベンダーは、日立・富士通・野村総研・NEC・三井情報のITベンダー5社と、博報堂・電通・英国ダンハンビーの大手広告代理店3社。今回は大型システム構築能力とビッグデータ分析能力のほか、「マーケティング機能を持つこと」が入札の条件とされた。これは「異例の条件」だったと言われている。いよいよシステムエンジニアにも「マーケティング知識と能力」が求められる時代が来たのだ。
 投資総額は1000億円規模と推定されている。
出典:
「セブン村田社長、「オムニ挑戦は宿命だ」」東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/articles/-/36412
「「オムニチャネル」が流通サービスを一変させる」セブン&アイHLDGS.会社情報
https://www.7andi.com/company/challenge/1312/1.html
「オムニチャネル時代のセブン&アイネット戦略」日経ITpro経営
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20130924/506388/
参考:
「オムニチャネル・リテイラー」宣言 セブン&アイ・ネットメディア会社情報
http://www.7andinm.co.jp/ecbusi.html
「セブンの1000億円オムニチャネル計画、電通など参加」日本経済新聞電子版2014年3月11日
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2803L_Y4A220C1000000/
「オムニチャネル戦略を打ち出したセブン&アイ、張り巡らされた顧客接点と"ひとつのID"を巡る戦い」Markezine 新田剛史
http://markezine.jp/article/detail/19153
*注12:
 この例は、オムニチャネルに挑む企業の初動イメージである。顧客向けの製品やサービスに関連するすべての組織(全部門でも良い)から有能なスタッフを選抜し、部門横断的組織としてオムニチャネル実現のための組織を創る(プロジェクトまたは定常的な組織)。そしてCEOまたはCMOがこの組織を直轄する。オムニチャネル組織は、本稿「◆組織機能の見直し」で掲げた多くの疑問点に対して"顧客視点"に立ち改革案を構想する。CEOまたはCMOは、全社戦略と顧客重視の視点から、構想案と各部門の利害を調整し意思決定することが役割となる。
*注13:
「イオンやセブンなど大手小売が連呼する「オムニチャネル」とは何なのか?」東京IT新聞(2014年1月8日)
http://itnp.net/story/536

(5)カスタマー・ジャーニー・マップ

 最後にオムニチャネルを推進するためのヒントとして「カスタマー・ジャーニー・マップ」をご紹介します(以下CJMとします)。
 CJMは「顧客経験価値」や「デザイン思考」の実践から派生したツールで、表に現れない顧客のインサイトと呼ばれる「深層心理」を明らかにして、イノベーションのアイディアを促進するものです*14
 書き方のルールは定められていませんが、顧客経験の時間推移(風邪で熱がでて病院に行き、薬をもらって帰るまで、など)に従って、外部との接触点(インターラクティブやシーンと呼ばれることもあります)でどのような接触によってどう感じたか、を図解していきます。例えば、病院に行って長時間待たされたら感情のテンションは当然下がるでしょう。しかし医師が優しく接してくれて、的確なアドバイスも得られたなら安堵することでしょう。これを感情の起伏(+/-)として表し、改善ポイントとして焦点をあてる方法があります。

 図21に購買経験の一例を示しました。消費者は購買行動の推移の中、様々なタッチポイントで情報を得て判断します。オムニチャネルは、こうしたタッチポイントに網を張り巡らせて潜在顧客に迷いや不安を与えることなく購買(さらにロイヤルカスタマー)へと経験を深めてもらう仕掛けです。ですからCJMが応用できます。
 もしSNSでネガティブな評判を目にするようなら、その先には進んでくれないでしょう。しかし購買前後でWEBサイトのQ&Aコーナーを訪れ、すっきり疑問が解決されたなら安心してリピーターになってくれるかもしれません。

カスタマー・ジャーニー・マップの例
図21 カスタマー・ジャーニー・マップの例

 消費者の入口や経路は様々ですから、数々のパターンを検証しなければなりません。しかし消費者のタッチポイントにおける経験を満ち足りたものにできるかどうか、がビジネスの命運を分けることになります。
 消費者に直接会って話を聞くか、消費者自身の深層心理を行動観察などのリサーチによって解明することが本来望ましいのですが、常にできるとは限りません。内部で研究する場合であっても、供給者側の論理を一切排除して"消費者視点"からさらに一歩進み、"消費者自身"になりきって体験をシミュレーションできることにCJMの価値があります。

*注14:
CJMについては、本ウエブマガジンの姉妹連載「デザイン思考(6)問題定義」が参考になる。

(6)まとめ

 今回は小売業界(リテール)を中心に注目を集めている「オムニチャネル」を取り上げ、初歩的な解説を中心に幾つかの事例と提言を加えました。本文でも述べたように、オムニチャネルは「顧客情報」と「商品情報」を統合する必要がある上に、様々な組織と業務機能が密接に関連するため、どのようにIT支援を実現するか確立されていません。先行しているWEB系の"アド・テクノロジー"とも連携させる必要があります。当分の間試行錯誤が予想されますが、早期に着手した企業が将来有利になることは間違いないでしょう。またオムニチャネルが小売業から他の業界に拡散するのも必然ではないかと考えます。マーケティングに取り組むにはITが必須になりました。
 次回からは「マーケティング・テクノロジー」に焦点を当てていく予定です。

参考文献:

『セブン&アイHLDGS. 9兆円企業の秘密―世界最強オムニチャネルへの挑戦』朝永 久見雄 (著)
日本経済新聞社
『O2O、ビッグデータでお客を呼び込め! :ネットとリアル店舗連携の最前線』 (平凡社新書)
松浦由美子 (著)
『オムニチャネル早分かり [Kindle版]』谷井 成吉 (著)

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

水間 丈博  記事一覧



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