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2010年10月18日(月)

行動観察と社会心理学

第9回 チームワークと行動観察-"こころがひとつになる"と何が違ってくるのか-

 前回 からの流れを引き続き論じよう。集団にこころを想定することは錯誤だと言われても、どうしても我々は集団にもこころがあるように感じてしまう心理的傾向を持っている。ギリシャの哲人プラトンが好んだ汎心論を源流として、20世紀初頭の有力な心理学者達も、そうした考え方をしていたことは前回紹介したとおりである。もっとも、オルポートの「集団錯誤」の批判は、集団にこころがあるように感じてしまうことでなく、集団レベルで観察される行動や現象、結果や成果の原因を、集団心によって説明することが不適切であるという主張である。なぜ我々は集団にこころがあるように感じてしまうのか、という問題は、今一度、科学的に検討してみる価値のあるテーマであると思われる。

 そもそも、集団活動のどんなところを見て、我々は集団にもこころがあると感じているのだろうか。集団で良い成果をあげたときに、しばしば「みんなこころをひとつにしてがんばった」という表現がよく使われる。この表現は何も思いつきで出てくるものではなく、何かしら集団の活動のようすを観察していて、我々が感じ取るところから湧いてくる表現といえそうだ。我々は一体、集団活動のどんなところを見て「こころがひとつになっているなぁ」と感じるのだろうか。

 社会心理学の研究をひもとくと、集団のまとまりの良さとして定義される「集団凝集性(group cohesiveness)」や、集団として意味のあるまとまりを持っていると認知される程度を意味する「集団実体性(group entitativity)」といった概念が提示されており、多くの研究者が集団としてのまとまりの良さに注目してきたことがわかる。そして、メンバー一人ひとりが抱く心理特性として、自分は仲間と一緒にいるのだと感じ始める「われわれ意識(we-ness)」や、自分自身を集団の一員として定義する「集団同一性(group identity)」がとりあげられてきた。

 そんな中で、目に見える集団行動を取り上げているのがチームワーク行動の研究である。チームワークという概念は、広く一般的に身近に使われているがゆえに、実に多様なとらえかたがなされている。念のため、ここでは下の図で説明しておきたい。

 集団で課題や職務を遂行するとき、我々が取り組み仕事は大きく2種類に分けられる。ひとつは、自分ひとりで完結させることのできる「タスクワーク」であり、もうひとつが他のメンバーとの協力なしには完結させることのできない「チームワーク」である。実際に、会社や役所、病院などの組織で働く場面を考えてみると、各自が自分ひとりだけで最初から終わりまで完結させることのできる仕事はごくわずかである。自分の役割としてなすべき仕事が完結したとしても、それだけでは意味がなく、他のメンバーの仕事と組合わされ統合されて最終的な完成に至る仕組みにデザインされていることがほとんどである。こうした連携や協力を実践する行動がチームワーク行動である。コミュニケーションを取りあって、必要に応じて注意をしたり、教えあったり、うまく仕事が進んでいない仲間をサポートしたり、様々なチームワーク行動が存在する。yamaguchi9.jpgのサムネール画像

 我々は、こうしたチームワーク行動が盛んに行われるようすを観察して、それらの行動の背景に、集団の目標の達成に向けてメンバーのこころがひとつになっていると感じ取るのだと考えられる。本コラムの第1回でも紹介したように、我々は、自分が観察した事象に対して「なぜ、そんなことが起こるのか」とか「この人はなぜあんなことをしたのか」と原因を推察して、自分なりに納得してしまう「原因帰属(対応推論)」を知らず知らずのうちに行ってしまう素朴な心理傾向を持っている。チームワーク行動の背景には、メンバーがひとつにまとまることを可能にする心理的な特性が存在することを、我々は素朴に感じ取るのである。

 昨今、優れたチームワークを支える心理的要素として、「共有メンタルモデル(shared mental model)」が注目を集めている。集団で課題を遂行する場面でいかに行動すればよいと感じるかを判断するときに思い浮かべることがら(=メンタルモデル)が、メンバーどうしでどのくらい共通しているか(共有されているか)を示す概念である。優れたチームワークは、単に仲がよいだけでなく、集団の目標達成を追求する力強さをも必要とする。我々が「このチームはこころがひとつになっているなぁ」と感じるとき、単にチームワーク行動がスムーズになされるだけでなく、その背後に、メンバーどうしの広い視野に立った判断や信頼関係を推察しているのである。そのとき、集団のこころと感じているものは、「こころ」と表現するのではなく、もっと他の表現にした方が、誤解がなくてよい。こころは個人の中にあるものというのが心理学の基本姿勢だからである。規範や文化、風土、そして共有メンタルモデル等のことばが、それにふさわしいだろう。そして、こころがひとつになったからチームワー行動が活発にスムーズに行われるというよりも、円滑に積極的にチームワーク行動が行われるようすを観察したときに、我々はこころがひとつになっていると推察している、という理解しておくべきだろう。

 ところで、どうすればチームワークはよいものになっていくのだろうか。この問題について、次回論じることにしたい。 

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