第13回 何気ない行動から人間の社会性と心理を解明する取り組み(1)-S. Milgramのロストレター・テクニック-

2011.02.18 山口 裕幸 先生

 我々が、日常、何気なくとっている行動の中に、その人の「本音」が表れることがある。今回は、行動の観察から人々の本音を探り当てる研究方法について紹介しよう。

 我々は、面と向かって質問されれば、社会的に望ましい意見は何かを考えたり、よりよい印象を周囲に与えるにはどのように答えるといいのかを考えたりして、本音ではない意見を答えたりすることも多い。「家事や育児に関する男女の役割分担について、どのようにお考えですか?」とか「同性愛者の結婚について、どのようにお考えですか?」とか「外国からの移民を国内の労働者として採用することについて、どのようにお考えですか?」など、慎重に考えて答えるべきことがらは世の中に多い。

 ところが、我々は常に注意を集中して生活を送っているわけではない。一日中、注意を集中し続けなければならないとしたら、疲れ果ててしまうだろう。我々は、自分の周囲で起こる出来事の認知にしても、見たり聞いたりしただけで即座に判断を下せるような自動的な情報処理システムを身につけている。細かく注意を払わなくても無難に生活を送れるような情報処理のエコ運転を行っているわけである。このエコ運転の最中は、ついつい自分の本音にしたがって行動をとってしまうことが多くなる。潜在的な意識が行動となって顕在化してしまいやすいときなのである。

 人間の本音が行動に表れる場面をとらえて測定する方法yama1-2.JPGとして、社会心理学の研究で注目されてきたのが、S. Milgram(写真)が行ったロストレター・テクニックである。1965年に"Public Opinion Quarterly"に発表された論文はわずか2ページの短いものであるが、アイヒマン実験やスモールワールド研究で学界に刺激を与え続けた彼にふさわしいインパクトの強い内容であった。

 彼は、コネチカット州ニューヘブンの街で、宛名が書かれ切手も貼られた手紙を街角にわざと落としておき、それを拾った人が、落とした人にかわって郵便ポストに投函するか否かを測定したのである。そのとき、手紙の宛先を次の4種類準備した。

  (1)医療研究協会
  (2)ワルター・カーナップ様(個人名)
  (3)共産主義支援組織
  (4)ナチズム支援組織

それぞれ100通ずつを準備して、

  (a) 商店内
  (b) 自動車のフロントグラスのワイパーに挟む(鉛筆で"自動車の近くで拾った"と書いておく)
  (c) 舗道の上
  (d) 公衆電話ボックス内

の4つのタイプの場所に25通ずつ配置した(落とした)。なお、宛先の名称は上記のように4種類準備したが、住所はどれも同じもの(私書箱)であった。宛名は違っても同じ私書箱に届くようにしたのである。したがって、この私書箱に届く手紙を数えれば、拾った人が投函してくれた手紙の数を知ることができたわけである。

 届いた手紙を数えてみると、表1の通りであった。この結果は、宛名が共産主義支援組織やナチズム支援組織になっていた手紙は、拾われても投函されなかった可能性が高いことを示している。いずれの場所においても、同じ数だけ配置されたのに、医療研究協会あるいは個人名が宛先の手紙に比べて、共産主義支援組織およびナチズム支援組織が宛先の手紙の投函数、投函率は明らかに低い。

yamaguchi13-2.jpg

 Milgramは、この結果を受けて、目新しい事実を明らかにしたわけではないが、コミュニティーが、ある社会集団に対して抱いている集合的な態度(community orientation)を測定する有効な手法として、ロストレター・テクニックは使えると述べている。実際、この手法は多くの注目を集め、多様な実証研究の実践を刺激した。インターネット環境が整ってからは、lost e-mail method (Stern & Faber, 1997)へと応用されたりもしている。

 この手法では、行動観察は行っていない。したがって、4種類の場所で、実際に何通の手紙が拾われたのかが明確ではない。場所によっては落ちていても見つけてもらいにくかったりしたかもしれないし、ある特定の性格特性を持った人々が多く通りかかった可能性も残されている。
 手紙を置いた場所はわかっているのであるから、現場を遠くから観察して、その手紙が拾われたか、どんな人が拾ったか、拾った人は宛名を見たか、どのような表情や仕草を示したか、拾ってから投函するまでに何秒時間がかかったか、等を測定することで、さらに結果の的確な解釈が可能になるだろう。

 行動観察の利点はそこにもある。ただし、取り組みによっては、人間性のネガティブな側面を明らかにすることになる場合もあるので、いたずらに人を傷つけることがないように、倫理的なガイドラインを遵守するように十分に配慮することが大事である。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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