第18回 何気ない行動から人間の社会性と心理を解明する取り組み(6)-社会的影響力と説得的コミュニケーションの視点から-

2011.08.11 山口 裕幸 先生

 前回までは対人コミュニケーションをテーマに、何気ないしぐさや表情に、その人の心のありようを読み取ることができることについて考えてきた。今回は、どのようにすれば相手が自分の考えを理解してくれるのか、特に説得的コミュニケーションの場面に焦点をあてて、どんなコミュニケーションが相手の気持ちを動かすのに効果的なのか考えてみたい。

 まず基本に立ち返ろう。他者に自分の考えを受け入れてもらおうとするときに必要になるのが影響力である。自分に対して強い影響力を持っている人から説得を受けると、それを拒否するのはなかなか難しい。もちろん、説得される内容によって、心から受け入れる場合と、嫌々受け入れる場合とがある。しかし、いずれにしても、影響力の強さは、他者に自分の考えを受け入れてもらえるか否かを決める最も重要な要素の一つである。

yamaguchi18-1.jpgのサムネール画像 社会的インパクト理論(Social Impact Theory)を提唱した社会心理学者のラタネ(Latan?, 1981)は、影響力の強さがどのように決まるのかについて、図1のように定式化している。この理論に基づけば、説得される個人が受ける影響の強さは、「説得する人の強度」(S:地位や社会的勢力等)と、「説得する人との空間的、時間的な接近度(I)」と、「説得する人の数(N)」の3要素をかけ合わせたものになる。我々が、身近で多くの人々がとる態度や行動から強い影響を受けることを考えると、この理論の妥当性を理解することができるだろう。また、この理論は、法王や大統領のように、それだけで強い影響力を持っていると思われる人からの説得であっても、異なる信仰を持つ人々や遠く離れた異国の人々にとっては、それほど強いインパクトは持たず、説得はうまくいかないこともあり得ることも示唆している。

 説得の成否は、説得される側の情報処理プロセスにも重要な要素が潜んでいる。ペティとカシオッポ(Petty and Cacioppo, 1986)が精査可能性モデル(Elaboration Likelihood Model: ELM)の中で示した「中心ルート」と「周辺ルート」の存在がそれである。チェイキン(Chaikin, 1980)も類似したモデルを提唱しており、両者を併せて二過程モデルと呼ぶことが多い。これらのモデルによると、我々は他者から説得的なコミュニケーションを受けた場合、そこで示される情報について、認知的エネルギーを投入して内容をよく精査しながら判断する「中心ルート」を介して処理する場合と、丁寧に吟味するエネルギーを節約して周辺的な手がかり(例えば、説得する人の好感度や専門性等)に基づいて判断する「周辺ルート」を介して処理する場合があるという。自分がよく知っていることや関心を持っていることは中心ルートで処理されやすく、よく知らないことや無関心なことは周辺ルートで処理されやすいこともわかってきている。

yamaguchi18-2.jpgのサムネール画像

 説得する側にしてみれば、相手がよく知っていることや関心を持っていることであれば、丁寧に詳細な情報を提供することが大事になってくる。このとき、自分に都合の良い情報ばかりを提供して、不都合な情報を伏せておくことは逆効果になるので注意したい。よく知っていてこだわりがあればあるほど、人は、細かいことでも間違いに気づきやすい。社会的影響力の基盤として信頼は最も強力なものである。都合の良い情報だけを一面的に提示するよりも、不都合な情報も併せて多面的に提示する方が、信頼を得やすく、説得的コミュニケーションも受け入れられやすくなる。

 どのように話しかけ、働きかけることが、相手に自分の思い通りに動いてもらいやすくなるのか、社会心理学では、まだたくさんの研究が行われ、効果的な方法についても実証的検討が行われてきている。そうした研究知見を参考にしながら、次回も効果的な説得的コミュニケーションのあり方について考えていくことにしたい。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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