第19回 効果的な説得的コミュニケーションのあり方をめぐって(1)-依頼や要請の効果的方略の研究を参考に①-

2011.09.09 山口 裕幸 先生

 前回は、人間が説得的なコミュニケーションを受けるときに感じる影響力の強さの決まり方や、情報処理のなされ方について見てきた。今回は、説得的なコミュニケーションを行う側の視点に立って、特に他者にある行動をとることを依頼する場面を取り上げて、どうすれば依頼を受け入れてもらえるのか、効果的な方略について、社会心理学の研究知見に基づいて考えていこう。

 説得と同様に、依頼や要請もコミュニケーションの取り方が成否の鍵を握っている。依頼や要請を成功させる方略については、かなり以前から多くの研究が行われてきた。古典的で有名な手法として、しばしば紹介されるものに「フット・イン・ザ・ドア( foot-in-the-door technique)」がある。これは、最初は相手が容易に無理なく受け入れられる依頼を行い、それが受け入れられたら、次に本来考えていた依頼(いきなり頼まれても躊躇する可能性が高いような依頼)を行う手法である。

 この手法の効果性を確認する目的で、フリードマンとフレイザー(Freedman & Frazer, 1966)は、次のような実験を行った。彼らが行った最終的に受け入れて欲しい依頼は、安全運転を呼びかける看板(下手くそな字で書かれたあまりかっこよくない看板)を家の庭先に立てさせて欲しいというものだった。ただし、依頼の仕方として、あらかじめその家を訪問し、受け入れられやすい依頼をした。その小さな依頼内容は、図のような4種類が設定されていた。このようにあらかじめ小さな依頼をする条件に加えて、いきなり本題の依頼をする条件も設定して、依頼を受け入れてもらえる割合を比較した。

yamaguchi19.jpgのサムネール画像

 結果は、いきなり本題の依頼をした条件(応諾率16.7%)に比べて、あらかじめ小さな依頼をして受け入れてもらっていた方が本題の依頼を受け入れてもらう割合は高く(応諾率47.4%)、特に初回も次の時も、交通安全推進に関する連続性のある依頼、そして類似した行為の依頼(ステッカーを貼ることと立て看板を立てること)の場合の応諾率がひときわ高かった(応諾率76.0%)。

 なぜ事前に小さな受け入れやすい依頼をしておくことが効果的なのだろうか。ひとつには、人間は、自分の態度は変わることなく一貫させたいと願う欲求(態度の一貫性欲求)を持っていることがあげられる。この前は依頼を受け入れたのに、類似した内容の依頼を今度は断るということになると、態度が変わったことになる。それは自分自身も嫌であり、またそんな変節の人と見られてしまうのを恐れてしまうのである。一貫性欲求は、多様な側面で、我々の行動や心理に強く影響を及ぼしている。政治家を非難するとき「態度がぶれている」という言葉がよく使われることを考えても、そのことはわかるだろう。

 また、最初の依頼を受け入れることで、自分が交通安全推進を支持する人間であると自己規定してしまう心理が働くことも指摘されている。自分のとった言動を後から客観的に知覚して、自己の情動状態や態度の特性を認識することを、ベム(Bem, 1972)は自己知覚と呼んでいる。我々は、自分の考えがどのようなものかいちいち詳細に確認しているわけではなく、自分の言動を振り返ってみて、自分の情動状態や態度に気づくことも多いというのである。たとえ些細なものでも安全運転推進への協力の依頼を受け入れた以上、自分は安全運転を推進しようとする態度を持っているのだと自己規定してしまうのである。もちろん、受け入れた要請が社会的な規範に沿った、価値の高い内容のものであることも大切なポイントである。

 ただ、フット・イン・ザ・ドアの方略にも、気をつけるべき点がある。ひとつは、最初の小さな依頼をする段階、間違っても「この依頼を受け入れる人はほとんどいない」と言ってしまわないことである。実際にこの一言を入れて実験を行った結果、応諾率は一気に下がってしまった。他の人たちがほとんど受け入れないものを自分が受け入れる必要はないと考えてしまうのである。最初の小さな依頼が受け入れられなければ、当然、後からの本来の依頼も受け入れられにくくなる。

 また、最初の依頼を受け入れてもらったことに対して、金銭などの謝礼を支払うと、逆効果で、次の本来の依頼を受け入れてもらいにくくなることもわかっている。不思議な感じがするかもしれないが、我々は、自分のとった行動の理由を考えるものであり、依頼を受け入れたのはなぜかと考えたときに、謝礼をもらったからという理由づけができてしまうと、自分が交通安全を推進する態度の持ち主であるという自己規定はどこかへ消えてしまって、次の段階でなされる本来の依頼に対して、初めて依頼を受けるようなリセット状態で臨むことになってしまうのである。

 フット・イン・ザ・ドアの他にも多様な依頼方略が検討されてきていて、実のところ、我々の日常生活のあちこちで活用されている。大切なのは、自分の態度だからといって、我々は全てを把握しているわけではなく、実際に自分が行動した結果を見て、自分の持っている態度を確認したり、そんな態度を自分が持っていると思い込んだりすることも多いと言うことである。そして、一度、確認した自分の態度は、できることならば変えないで一貫させたいと願って、これからの行動を決定するという点である。デパートの食品売り場の試食や試飲で「うまい!」と一言つぶやかせることは、単にそのときだけでなく、先々の商品選択にこそ影響をもたらす側面が大きいのかもしれない。

【引用文献】
Bem, D. J. (1972). Self-perception theory. In L. Berkowitz (Ed.), Advances in experimental social psychology, vol.6, pp. 63-108, New York: Academic Press.
Freedman, J. L., & Frazer, S. C. (1966). Compliance without pressure: The foot-in-the door technique. Journal of Personality and Social Psychology, 4, 195-202.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

関連記事一覧