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2014年1月14日(火)

行動観察と社会心理学

第42回 「なんとなく」な意思決定の背後にある心理(5)-交渉場面を題材に③-

 今回は、交渉場面で、ときとして無自覚のうちに直観的に働いて、我々の意思決定や言動を不合理な方向に導く心理的変数の代表として、交渉相手に対する「信頼」について考えてみたい。

 初対面でまだまだ信頼関係のできあがっていない相手との交渉場面では、些末なことでも注意しながら話を聞き、合意内容を詳細に確認しなければならない。しかし、信頼関係のできあがっている相手であれば、そうした気苦労は必要がなく、安心して交渉を進められる。ただし、この「安心」が交渉場面では落とし穴になってしまうことが多い。「オレオレ詐欺」を行う人間や集団が、上手に相手の「安心」を利用していることを考えれば、安心が落とし穴と指摘する意味はわかってもらえるだろう。

 なぜ「信頼できる相手だ」と感じると安心してしまうのだろうか。当たり前過ぎて、即座に答えが出てきにくい疑問であるが、この問題については社会心理学者・山岸俊男(1998, 1999)が実証的研究に基づいて非常に優れた興味深い論考を行っている。彼の論考は、協同行動に関する日米比較の実験研究の結果に基づくものである。彼は、アメリカ人は最初にしっかりと相手の話を聞き、その話が根拠に基づく論理的なものであれば、「ひとまず」信頼するが、関係が継続する中で、常に相手の言動に注意を払い続ける傾向を持つことを明らかにしている。他方、日本人は相手が信頼できる人物であるか見極めるまでにじっくりと時間と手間をかける一方、一度信頼できると判断すると、それ以後は「盲目的に」信頼してしまう傾向を持つことを明らかにしている。

 この違いが如実に表れる例を紹介しよう。アメリカでは、たとえ大学生であろうと、起業しようと銀行に融資を求めて交渉に訪れた場合、銀行はそのビジネスの企画書を検討し、説明を聞いて、成功の見込みがあると判断すれば、融資を行うことがあるのは普通のことだという。Apple創業者のスイテーブ・ジョブズ、Microsoft創業者のビル・ゲイツ、Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグなど、20代で華々しく活躍するビジネスマンが続出する背景には、初対面の相手でもちゃんとチェックしたうえで、ひとまず信頼してみるそうした社会規範が一役買っている可能性は高い。

 他方、日本ではどうだろうか。大学生が企画書を携えて融資を求めてきたとして、その要請に応じるだろうか。いや、その前にきちんと話を聞こうとするだろうか。多くの場合、「まずはコツコツと実績をあげてから来なさい。実績を見てから判断しましょう。」といった対応になるのではないだろうか。ソフトバンク創業者の孫正義氏は、こうした社会の見えない壁を乗り越えるところから勝負をしていかなければならず、創業時の苦労は一方ならぬものがあったという。

 ここであえて信頼をアメリカ型と日本型と呼んで区別してみよう。アメリカ型の信頼は、相手の考え方の論理性や言動の的確性を評価することに重きをおいて交渉を始めようとするものだといえるだろう。社会的地位や実績にとらわれずに、交渉相手を広く求めることができて、お互いにチャンスが広がりやすいが、相手を良く観察していないと、より条件の良い相手と交渉してしまうかもしれず、安心はできない。日本型の場合、実績が伴わないと、交渉の場に立つことができないため、チャンスは限定的で、固定的な相手との関係に閉じこもりやすいが、固定的な相手だからこそ安心はできる。日本人の場合、信頼するまでに手間暇かけるだけに、一度信頼するとほぼ自動的に安心感が生じてしまう認知スタイルが身についてしまっている可能性が高い。

 派手な宣伝をうち、豪華なパンフレットを作成し、その中で、「長年の高い実績」が謳われていると、ついつい安心して、なけなしの貯金を投資詐欺に振り込んでしまう、といった事件が起こるのは、信頼即安心の認知スタイルがもたらすものだと考えられる。

 よく考えてみると信頼するという心理は、必ずしもひとつの状態を指している訳ではないことに気づく。日本では信頼もしくは信用と表現される概念は、英語ではtrust(本能的、絶対的信頼)、confidence(理由や証拠に基づく確信)、reliance(具体的な決定や行動を導く信頼)、faith(根拠のない一方的信頼)、assurance(絶対的確信や確実性)、credence(物事の真実性に対する信頼)等々、その性質によって多様に表現されている。

 かつてNHKの番組「プロフェッショナル-仕事の流儀」で紹介された東京消防庁のハイパーレスキュー部隊長が、「一緒に訓練してきた部下だから『信用』している。しかし、人間である以上、ミスやエラーを犯してしまうこともあるので100%『信頼』はしない。万が一のことはありうると覚悟を決めたうえで、部下の行動から目を離さず見守る」という主旨の発言をしていた。命を賭けた活動に取り組む覚悟が、信頼の意味をより深く考えさせるのだろう。

 交渉場面で相手を信頼できれば、互いにとって最善の結論(すなわち統合的合意)に辿り着くことは可能であろう。しかし、現実はそれほど簡単ではない。いざとなると、かなり勇気を必要とすることになる。相手を信頼するために必要となる勇気とはどのようなものなのか、次回、話を進めることにしよう。

<引用文献>
山岸俊男(1998)『信頼の構造――こころと社会の進化ゲーム』(東京大学出版会)
山岸俊男(1999)『安心社会から信頼社会へ――日本型システムの行方』(中央公論新社・中公新書)

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