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2014年2月14日(金)

行動観察と社会心理学

第43回 「なんとなく」な意思決定の背後にある心理(6)-交渉場面を題材に④-

 前回、交渉の場面で相手を信頼するには勇気が必要となると述べた。この勇気を持つことができないばかりに、交渉は難しい局面に入ってしまうことも多いのである。どんな勇気が必要であるのか、以下のような場面を想定してもらいたい。少し現実離れした設定ではあるが、今回論じている「勇気」の特性を理解するのに役立つはずだ。

 ジョンは仕事を失い、これからどうして暮らしていこうかと案じながら、居酒屋のカウンターで安酒を飲んでいた。たまたま隣に座った客もさっきからため息ばかりついている。気になってどうしたのかと尋ねたら、ジョンと全く同じ境遇であることがわかった。愚痴をこぼしあううちに意気投合し、気も大きくなってきた。すると隣に座った客がグッと声をひそめて「実は、これまでの仕事の関係で、金庫のセキュリティが甘い郊外のショッピングセンターを知っている。俺はずっと作戦を練っていたんだが、やはり1人では難しい。でも2人で協力すれば間違いなくうまくいく。大金を狙うからいけないのさ。さりげなく落ち着いてやればすぐに気づかれることはない。さっとやってさっと逃げよう」と悪だくみを持ちかけてきた。意気投合して気を許していたこともあり、また当面のお金にも事欠いていたために、ジョンはその話に乗った。

 隣の客の作戦にしたがって、すぐに行動に移った2人は、まんまと2000万円を盗み出すことに成功した。そして、2人だけにしかわからない秘密の場所に盗んだ金を隠し、それまでと変わらぬ平静を装った生活を続けていた。しかし、警察の必死の捜査によって、とうとう逮捕されてしまった。

 警察では、それぞれ異なる取調室に連れて行かれ、別々に取り調べを受けることになった。警察としては、いかなる手口で盗み出したのか、盗んだお金はどこに隠してあるのかをどうしても聞き出したいが、2人も罪状を否認して黙秘している。そこで取り調べ官は、「もし一切を自白し、盗まれたお金が返ってくるのであれば、お前はこの取り調べに協力したことを斟酌して、起訴を見送り、釈放することにしよう」と提案してきた。気になったジョンは、接見に訪れた弁護士に、「もし2人とも自白したら、2人とも釈放してもらえるのですか?」と尋ねると、弁護士は「そうはいかないでしょう。2人とも自白するのなら、警察にとって自白のありがたみは減るうえに、証拠も盤石になるから、やはり10年くらいの懲役は覚悟した方が良いでしょうね」と答えた。ジョンは、「では2人とも黙秘を続けたらどうなるでしょうか?」と尋ねると、弁護士は、「それは警察も困るだろうね。なにしろ隠されたお金のありかを含め、証拠は完全ではないから、5年程度の懲役になるだろうね」と言う。最後にジョンは、「どっちか一方が自白して、もう一方が黙秘していたら、どんなことになるでしょうか?」と尋ねると、「その場合、黙秘していた方は悲惨だね。20年くらいの懲役になるだろう。しかも自白した方は釈放され自由の身になる。黙秘している方が一人で罰を背負わされることになる」と弁護士は答えた。

 この2人がおかれた状況を整理すると、図1のような関係になる。あなたがジョンだったとして考えてみて欲しい。互いに黙秘すれば比較的軽い刑で済むし、うまく立ち回れば隠したお金を手にすることもできるだろう。しかし、あなたが黙秘しても、相手が自白してしまえば、あなたは20年もの長期間を刑務所で過ごすことになる。しかも、相手は釈放され自由の身となる。逆に、あなたが自白して、相手が黙秘していてくれれば、あなたは釈放される。相手には気の毒だが、自白の選択に惹かれてしまうのは事実だ。もちろん、2人で話し合えるのであれば黙秘しようと約束することもできる。しかし、別々の部屋で取り調べを受けていて、相手が何を考えているのか、わからないのである。あなたなら、自白と黙秘のどちらを選ぶだろうか。

 説明が長くなったが、こうした状況設定は「囚人のディレンマ」と呼ばれるもので、ゲーム理論に基づく人間行動研究の定番である。互いに黙秘を選択することが、最も理にかなったものとなることは、冷静に論理的に考えれば明白である。しかし、「相手が自白してしまったら…」という不安が、黙秘をためらわせる。長年つきあい、信頼関係を築いてきた相手であればまだしも、短いつきあいしかない相手であれば、不安の方が勝って、つい「裏切られて馬鹿な目に遭うよりも、いっそのこと刑務所にみちづれだ」などという気持ちになってしまうこともあるだろう。囚人のディレンマゲームを用いた実験研究はたくさん行われているが、いざとなると自白を選択してしまう人の割合が圧倒的に多く、互いに黙秘を選択するためには信頼関係のような特別な条件が備わっている必要があることがわかっている。

 前回、アメリカ型の信頼と日本型の信頼という話をしたが、論理的に検討して問題がなければひとまず相手を信頼して関係を作っていこうとするアメリカ型の方が勇気を必要とするものだといえるだろう。日本型のように、時間をかけて、信頼できる相手であるか慎重に検討することは悪いことではないように思えるが、そこに拘泥していると、新しい関係を作っていくチャンスを失っていることにもなることに留意する必要がある。交渉場面でも、よく相手の話を聞いて論理的に検討したうえで、相手を信頼する勇気を持つことが、互いにとって有益な統合的合意に辿り着くためのキモだといえるだろう。その勇気を持つためにも、我々は相手の話を良く聞き、正確に理解する「聞く力」を身につける必要がある。ただし、その聞く力を高めようとするときに、人間が身につけている自動的な情報処理システムが何かと歪みのバイアスをかけてくる。次回は、この問題に戻ってさらに話を進めることにしよう。

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