第55回 会議の社会心理学(4)-話し合いは創造的アイディアを生み出すか-

2015.02.17 山口 裕幸 先生

 話し合いは、一人ひとりで考えていたのでは思いつかなかった創造的なアイディアを生み出すのに有効であるという期待は、広く社会に浸透していると思われる。「三人寄れば文殊の知恵」ということわざが伝承されてきたことからもわかるように、個人よりも集団の方が優れた判断や決定ができるという期待と直感は、暗黙のうちに我々の心の中に宿っているようである。しかし、そうした期待や直感は、果たしてどのくらい的を射ているのであろうか。

 集団創造性に関する科学的な検討は、オズボーン(Osborn, 1953)が提唱した「ブレイン・ストーミング法(brain storming method)」の研究と実践によって活発に行われてきた。この技法で話し合いを行うときは、メンバーは、各自が自由に発想して、できるだけたくさんのアイディアを生み出すように求められる。互いに他者のアイディアや意見を批判することは禁じられるが、他のメンバーのアイディアに工夫を加えたり、それを広げたり、まとめたりすることは推奨される。

 ブレイン・ストーミングの場では、アイディアは多いほど良く、しかも珍しくとっぴ(原文ではwild)なものほど良いという雰囲気を作り出すことが推奨される。そうした雰囲気によって、集団場面で働く"他者からの評価を気にする心理"や"同調への圧力"といったネガティブな影響をできるだけ排除できるとオズボーンは考えた。そして、併せて、相互にアイディアを刺激し合ったり、意見をサポートし合ったりする集団場面のポジティブな影響が生きてきて、一人で考えるよりも集団で考えた方が、より多くのアイディアを生み出せると彼は考えたのである。

 提唱者であるオズボーンは、ブレイン・ストーミング法を用いると、1人で作業するときの2倍のアイディアを生み出すことができると主張した。しかし、この主張は額面通りには受け取れない。次のような手続きで実験を行った研究で、明快にブレイン・ストーミング法の限界が示されているからである。

 まず1人状況でできる限り多くのアイディアを考えてもらう。その後、集団で話し合いをして、さらにアイディアを生み出してもらう、という2段階の手順を踏むのである。1人状況で思いついたアイディアのうちメンバー間で重複するものは1つとカウントして集計すると、話し合う前にメンバーが持っていたアイディアの数(=集団レベルでもともと保持していたアイディアの数)を把握することができる。そして、第2段階の集団での話し合いの過程で生まれてきたアイディアの数をカウントしてみれば、オズボーンが主張するところの、相互刺激や相互サポートといった集団のポジティブな影響による創造性の促進効果を確かめることができる。

 こうした手順を踏んで実験を行った研究では、いずれもブレイン・ストーミングの効果は否定される結果が得られている(Taylor, Berry & Block, 1958他)。すなわち、メンバー各自が1人で生み出したアイディアとは異なる斬新なアイディアが話し合いによって生み出されることはほとんどなかったのである。

 その理由としては、他者の評価を気にする心理や同調の圧力といったオズボーンが憂慮したもの以外にも、集団場面には個人の思考を邪魔する心理的ダイナミズムが多様に働いていることが指摘されている。例えば、他のメンバーのがんばりについつい頼ってしまって全力を尽くさなくなってしまう「社会的手抜き(social loafing)」の現象は、かなり起こりやすいものである。また、他者の意見やアイディアに耳を傾けている間は、何か思いついても、無節操に他者の発言を遮って話しをするわけにはいかず、思いついたアイディアを忘れないようにすることの方にエネルギーを使うことになる「発話のブロッキング効果」も存在する。そもそも、他のメンバーとコミュニケーションをとる行為は、かなり心理的エネルギーを投入する必要のあるものであり、アイディアを考えることに全力で集中することを難しくしてしまう。こうした集団の生産性を阻害する心理的要素は、総称してプロセス・ロスと呼ばれる。オズボーンが想定した以上に、プロセス・ロスを生み出す原因は多様で、その影響も強力であるために、ブレイン・ストーミング法の効果はかなり限定されたものになってしまうといえるだろう。

 ブレイン・ストーミング法は、個人よりも集団の方が優秀であるという我々の直感や期待にマッチする方法であるがゆえに、広く社会や組織に受け入れられ、現在でも活用されている。また、近年のノーベル賞の多くが、複数の研究者からなるグループに贈られていることを考えれば、1人で考えるよりも2人以上で話し合い協働した方が、独創的で質の高いアイディアを生み出す可能性が高まると期待することは、必ずしも間違ってはいないといえるだろう。

 ただ、だからといってブレイン・ストーミングを取り入れれば、創造的なアイディアが生み出されるという安易な期待は持たないようにすることが大切だ。むしろ、集団の創造性を引き出そうとするならば、プロセス・ロスの影響を超えるために、コミュニケーションに必要なエネルギーを小さくして「あうんの呼吸」を実現するメンバー間の親密さを高める工夫や、各自が明確な役割と責任を持って話し合いに臨み社会的手抜きの罠に落ちない工夫が必要となることを理解して、話し合いの手順を考えることが重要になると考えておく方が良い。

 話し合いの手順は、メンバーみんなの意見を集団決定に反映させるためにも重要な意味を持っている。次回は、この問題について考えることにしたい。

<引用文献>
Osborn, A. F. (1953). Applied imagination. Oxford, England: Scribner.
Taylor, D. W., Berry, P. C. & Block, C. H. (1958). Does group participation when using brainstorming facilitate or inhibit creative thinking. Administrative Science Quarterly, 3, 23-47.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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