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2015年11月16日(月)

行動観察と社会心理学

第64回 職場のチームワーク再考(1)-職場はチームになりうるのか-

 ラグビーのワールドカップにおける日本代表チームの活躍は、改めて、チームになって戦うことの醍醐味を教えてくれたように思う。体格の違いもあって個対個の戦いでは劣勢を強いられる中で、チーム対チームの戦いになれば、様々な戦術が可能になることを体現した日本代表チームの戦いであった。

 ただ、その戦術を実践するためには、技能と体力の強化に加えて、メンバー全員がひとつの目標の達成に向けて連携し、連動する強い「心の絆」が備わることも欠かせない。南アフリカ戦の試合終了間際に相手の反則で得た得点のチャンスの場面で、同点引き分けにつながるペナルティショットではなく、トライを狙う戦いを選択したことに、日本代表チームが「心の絆」をしっかりと育み備えていたことが表れていたように思う。

 あの場面で、ペナルティショットを選択すれば、確実に同点を狙えるとしても、キッカー個人に責任を委ねてしまうことになる。世界のラグビーの歴史を動かさんとする極限の場面で、個の技量に依存するペナルティショットではなく、あくまでも15人全員で力を合わせて勝ち取るトライを狙うと決断したことは、連携し、連動して、ボールをつなぎ、まとまって戦うことにこそ、自分たちの最大のストロングポイントがあるという確信の表れだろう。ほとんど躊躇なく判断が下されたことを考えると、その確信はいちいち意識することのないほどに高度に共有されたものになっていたと推察される。

 あの判断は、勝ち負けを超えた、自分たちのプライドを賭けた選択だったように思う。もし、トライがとれず敗戦となったとしても、その選択に悔いは残らなかったはずだ。メンバーの意思が共有され、的確な判断が行われたという点で、優れた集合知性が発揮された場面であったように思う。

 ラグビーに限らず、チームスポーツで重視されるチームワークは、一般の様々な職場でも同様に重視されている。確かに、自分の働く職場があのラグビーの日本代表チームのようなチームワークをもった集団であれば素晴らしいだろうな、と思ってしまうのは人情だろう。

 したがって、チームワークを育む組織マネジメントのあり方を、スポーツのチーム育成を参考にして検討しようとする試みが、これまでにも数多く行われてきている。アメリカにおけるチームワークの実証研究は、スポーツのみならず軍事チームを対象とするものも多い。そして、メンバーが実際にチームで活動する状況を前提にして得られた教訓を、メンバーが、個々に別々の職務課題を日々遂行している職場にも当てはめて、そのチームワークを高めようとすることも行われることがある。

 ここで疑問に感じるのは、自動車の販売会社のように、一人ひとりががんばって成果をあげ、その合計が全体の成果となる形態の職場でも、チームスポーツ型のチームワークは役に立つのか?という点である。医療・看護チーム、消防チームのように、チームの目標達成のためにメンバーがそれぞれに役割を分担し、協同し、連携して業務を遂行する職場であれば、実際の仕事は異なっても、職務遂行プロセスは類似した特性を備えているため、チームスポーツに学ぶことには直接的な効果が期待できる。

 しかし、一人ひとりが良い成績をあげれば、全体の業績も良くなる自動車販売会社のような業務形態の職場の場合、そもそもチームワークは必要なのであろうか。もし必要であるとしても、チームスポーツをお手本にして学ぶことはどれほど的を射たものとなるだろうか。

 問題にしている業務形態の職場は、スポーツで考えれば、柔道や水泳、陸上などの競技が当てはまるだろう。こうした個人競技であっても、オリンピックのように国代表で臨む場合は、チームとしての性質が強く求められるようである。サポートの選手や役員を含めて、日本水泳チーム、日本柔道チームと呼ばれ、そのチームワークの良さが、個々の選手の競技成績に反映されているように報道されることも多い。競技そのものは個人の戦いなのであるが、その戦いで実力を十分に発揮できる環境を整えることにおいて、チームワークの重要性が注目されるのである。

 チームワークといえば、どうしてもチームで課題遂行に当たる場面で働くものに焦点を絞りがちである。しかし、メンバー個別に業務遂行する職場でも、チームワークが求められるのが現実である。その求められているものは、本来、チームワークと呼ぶべきものなのだろうか。もし、そうだとしたら、職場を単なるメンバー個々の業務遂行の集合的な場としてだけでなく、チームとして育むマネジメントのあり方とはどのようなものになるだろうか。次回は、実証的な研究結果を踏まえつつ、集合知性の構築との関連性も視野に入れて、この問題について考えて行くことにしたい。

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