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2016年1月21日(木)

行動観察と社会心理学

第66回 行動観察を活かすための課題 - 観察した行動からその発生原因を正しく推測できるか -

 人間行動を丁寧に観察することを積み重ねると、特定の状況のもとで、人間がどのように行動しがちであるのかがわかってくる。ただ、この情報を得ようと思えば、行動観察ほど時間や手間をかけて測定することよりも、ビッグデータの解析を活用することの方がリーズナブルかもしれない。しかし、行動観察の強みの本質は、「どのように」というよりも、人間が「なぜ」そのように行動するのかを推察できるところにある。

 多くの場合、丁寧に観察していれば、人間がなぜそんな行動をとるのか、その発生原因を正確に推察することは難しくないように思える。しかし、果たしてそうだろうか。社会心理学の研究知見を参考にすると、正しく推察することは難しい場合も少なくないことがわかる。人助け行動を例に挙げて説明しよう。

 困っている人を助ける行動は、社会心理学の領域で援助行動(helping behaviors)の研究として開始されたのち、発達心理学や進化心理学の領域へと広がりを見せ、実にたくさんの研究が行われてきている。そこでの問いは、なぜ人間は他者を助けるのか(あるいは助けないのか)?という点に集約される。その答えは多様に考えられるため、援助行動の発生原因の推察は複雑な様相を呈することになる。具体的に、車椅子に乗った裕福そうな身なりをした老人男性が、道の端で苦しそうにうずくまっていたところに、通りかかった人が「どうされましたか?」と問いかけ、近くの病院まで車いすを押して送り届けた場面を取り上げて考えてみることにしよう。

 「そんなもの、困っている人がいたら助けるのは人として当然のことじゃないか」と感じる人も多いだろう。人として当然のことだから、という理由で他者を助けるとするのであれば、義務観や道徳観など社会的規範に適応しようとする心理が、援助行動の発生原因にあるとみなせるだろう。これは人間社会の規範に従った行動なので、向(順)社会的行動と分類される。

 これに対して、「いやいや、人間は義務感や道徳心というよりも、純粋に他者のことを気遣う心を持っているのだ」と思う人もいるだろう。人間にはもともと他者に幸福になってもらいたいと願う動機づけが備わっており、本能的愛他心が発生原因であると考える視点である。他者への援助がこうした純粋な他者への思いやりに根ざすとみなせる場合、愛他的行動と分類される。

 この視点と関連して、最近では、人間が集団を形成して、互いに助け合うことで厳しい自然環境を克服し進化してきたことに着目し、人を助けることは、いつかは自分が助けてもらうことにつながるという直感的な判断(ヒューリスティックス)が知らず知らずのうちに働くと考える見方も多くなってきている。「情けは人の為ならず」という言葉が受け継がれてきていることを考えれば、この視点にも頷けるところがある。

 さらには、少々下世話になるが、「裕福そうな身なりをしている老人だったから、お礼を期待して助けたんじゃないか」という推察も成り立ちうる。援助行動に伴う報酬と損失を見積もり、そこから利益を計算して、利益があるなら援助し、損の方が上回るなら援助しないという心理が発生原因にあるとみなす視点である。なんだか計算高く聞こえるが、こうした視点は、社会的交換理論として確立されおり、人間行動の原因を推察する際の中心的な視点となっている。困っているのが仲の良い友人ならば助けて、知らない人ならば助けない、ということはあってもおかしくない。友人との人間関係が自分にとって価値があるものだからこそ、援助することを選択したのであれば、この視点から説明できるのである。先述した「情けは人の為ならず」の視点も、根本は社会的交換理論を基盤とするものである。

 つまり、援助行動の原因には、大まかに分類しただけでも、①社会の規範・価値観に従おうとする心理、②純粋に他者の幸福を願う心理、③援助に伴う損得勘定を優先する心理、の3つが考えられ、多くの場合、複数の原因が複雑に絡まっている。親切な人助けのように見えながら、実のところ、本音のところではご褒美を期待していたり、相手をだまして信頼させようとしたりする下心が働いていることもある。もちろん、援助行動だけでなく、他にも同様に、行動の背後で多様な心理が複雑に働いて生まれてくる社会的行動はたくさんあって、行動観察も一筋縄ではいかない課題と対峙することになる。

 なぜ多くの人が傍観しないで援助行動を選択するのか、その原因を明らかにすることができれば、助け合いがもっともっと多くなる施策の工夫に役立つことになる。行動の原因を正確に見極めることは容易なことではないが、社会心理学をはじめとする行動科学の研究知見を参考にすることで、主観に基づく安易な推察は防ぐことが可能だ。「なぜ」を繰り返し自問しながら丁寧に観察していくことは、特定の人間行動の重要な発生原因に気づく王道であり、手間暇はかかっても、急がば回れの早道にすることができるだろう。

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