第78回 『振り込め詐欺』の被害はなぜなくならないか

2017.01.18 山口 裕幸 先生

 正月休みが明けて出勤してくると思い出すのが、もう14~15年も前のことになろうか、新年早々、架空請求のメールに悩まされたことだ。「あなたはアダルトサイトを閲覧したのに料金を支払っていない。今すぐ、未払い分の6万円(程度であったと記憶している)を振込で支払え」という内容のメールであった。非常に不愉快で、どのように対応したものか困惑したものだった。

 そのときは、教員仲間と新年の挨拶をしていたら、驚いたことに、全員に同じメールが届いていることがわかった。「なんだ!イタズラか!」と胸をなでおろしつつ、何とか支払えそうな金額設定といい、なかなか相談しづらいアダルトサイト閲覧をネタにするなど、なかなか知恵が働くものだなと皆で感心したものだった。

 しかし、感心などしていられないことに、架空請求だけでなく、「オレオレ詐欺」に代表されるなりすまし詐欺や、融資保証金詐欺や還付金詐欺など、「振り込め詐欺師」たちは、その後も、あの手この手で攻勢をかけ続けている。もちろん警察や消費者センターでは、対策を次々にとっているが、なかなか被害はなくならないのが実情である。

 報道されている事件の報告やテレビ報道などを見ていると、「なぜそんな見え透いた手口にひっかかっちゃうのだろうな」という疑問を感じる人も多いだろう。私もかつてはそのひとりだった。しかし、振り込め詐欺師たちをなめてはいけない。彼らの手口を見ると、実に巧みに、人を不安にさせ、詐欺師に依存させる方法を駆使しているのである。

 振り込め詐欺だけでなく、悪徳商法等の詳細な手口や被害の状況をはじめとする情報は、警視庁のウェブサイト全国銀行協会のホームページ消費者庁のホームページ等に公開されているので、是非、参照していただきたい。

 振り込め詐欺の電話がかかってきた当事者にしてみると、一度、不安や恐怖を感じてしまうと、なんとかそこから逃避したい、早く安心したいという動機づけが働いて、詐欺師の言いなりになって、大切なお金を振り込んだり、渡したりしてしまう。かかってきた電話の最初のところで、相手のことを信じ込まなければ、その次に来る不安や恐怖を感じる段階には進まないので、要は、最初に安易に相手のことを信じこまないことが、被害をなくしていく最大の鍵なのである。といっても、詐欺師の側も、ありとあらゆる知恵を絞って、演技をして、信じ込ませようとするのだから、「信じるな」というだけでは問題の打開は難しい。

 それにしても、なぜ相手を信じてしまうという第一関門を簡単に破られてしまうのだろうか。各種のメディアで詐欺の手口が頻繁に紹介され、銀行のATM(預貯金受払機)のコーナーにもたくさんの注意喚起のポスターが多種多様に貼られるようになった。その他にも警察や消費者庁、関連組織が共同して、詐欺犯罪の被害防止のキャンペーンを展開してきた。それにもかかわらず、振り込め詐欺の被害がなくならない。

 その理由を探ってみると、多くの人が「自分は大丈夫」、「自分はあんな詐欺にはひっかからない」という漠然とした自信を持っていることが重要な問題としてクローズアップされてくる。漠然とした自信は、安寧な日常生活を送る上で必要なものなのだが、それが詐欺への無防備な状態につながりやすいのである。

 普通に穏便に日々の生活を送っていれば、自分なりに関心やこだわりのあることがらやよく知っていることがらでなければ、ついつい十分な注意を払うことなく聞き流して(見送って)しまうのが、我々の情報処理の素朴なメカニズムである(このコラムの第18回で紹介した「説得の二過程モデル」も参照していただきたい)。

 「自分は大丈夫」、「自分はひっかからない」と思ってしまえば、自分には関心のないことであり、こだわりもないことなので、様々な情報が耳に入ってきても、聞き流してしまう。そして、詐欺の手口や特徴など、ほとんど知識を持たない状態で、生活を送ることになる。

 漠然とした自信は振り込め詐欺に対して無防備な状態を作り出してしまうのである。そして、いざ実際に「僕なんだけど、困ったことになっちゃって、誰にも相談できなくて、思いあまって電話したんだけどさ...」という電話がかかってくると、百戦錬磨の詐欺師の演技と誘導にまんまと乗せられてしまうことになるのである。

 むろん全ての人がひっかかるわけではない。しかし、だからといって、安心したのでは、やはり無防備な状態は続いてしまい、いつかは被害に遭ってしまうかもしれない。振り込め詐欺など理不尽な被害に遭わないようにするコツは、「自分は騙されやすいから、被害に遭うかもしれない」とか「詐欺師もさる者で侮りがたいので、自分も被害に遭うかもしれない」と、漠然とした自信を脱却して、理屈の通った不安を感じて用心することである。

 人間は信じやすい動物である。誰もが他者の善意を前提に物事を考えてしまいやすい。そういった意味で、誰もが騙されやすいのである。被害に遭ってからでは取り返しがつかない。二過程モデルの周辺ルートでの処理ではなく、中心ルートでの処理になるように、関心と情報量を高めていくことで、被害を防ぎたいものだ。「自分は騙されやすい」と思っておくことがそのための第一歩となる。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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