第79回 ロイヤルティ・プログラムの効果について:現金値引きよりもサービスポイントの方が魅力的なことがあるのだろうか?

2017.02.24 山口 裕幸 先生

 ドラッグストアで風邪薬を買うと、ほぼ間違いなく「ポイントカードはお持ちですか?」とレジで尋ねられる。コンビニエンス・ストアやスーパーマーケット、書店やコーヒーショップ、航空会社等々、多種多様な小売業やサービス業で、購買金額に応じてポイント制度を取り入れるところが増えている。多くの場合、1ポイント当たり特定の金額(例えば1円)に換算され、一定数のポイントが貯まると、貯まったポイントに応じた金額の値引きや特典サービスを受けられる仕組みになっている。これらはリピーターを獲得することを狙ったFSP(フリークエント・ショッパー・プログラム)と連動していて、ロイヤルティ・プログラムと呼ばれる。

 もう決して「新手の」とは言えないほど、社会に浸透しているロイヤルティ・プログラムであるが、この戦略は、本当のところ、どのくらい効果的なのだろうか。せっかく作ったポイントカードをどこかにやってしまい、持参せずに買い物をしてしまうことの多い筆者は、「単純に値引きしてもらった方が助かるんだけどなぁ」と思うことがしばしばある。

 経済的合理性からすれば、消費者にとって、現金値引きの方が遙かに魅力的なはずである。値引きしてもらった分は、現金なのだから、すぐに、どこでも、何にでも使うことができる。オールマイティである。ポイントの方は、一定の量まで貯まらなければ使えないし、値引きやサービスを受けられる場所も商品も限定されている。ところが、ロイヤルティ・プログラムは間違いなく有効な戦略となっている。先日もデパートに出かけたところ、いつもよりずいぶんとお客さんが多いと思ったら、ポイント3倍サービスの日だった。

 では、ロイヤルティ・プログラムのポイントが持つ魅力は、どんなところにあるのだろうか。このことを考えるときに参考になるのが、Thaler(1985)が提唱した心理的会計(メンタル・アカウンティング)の考え方である。これは、人間は、同じ金銭であっても、それを入手した方法や使い道に応じて、重要度を(時に無自覚のうちに)分類し、扱い方を変えてしまう、というものだ。同じ1万円でも、労せずしてお年玉でもらったものと、汗水たらして働いて手に入れた1万円では、いざ使うときに重要度が違ってくることをイメージしてもらうといいだろう。

 また、小嶋・濱(1982)が提唱した「心理的財布」の考え方も大変参考になる。こちらは、実際に所有している財布は1つでも、人間は心理的には複数に分類された財布を持っていて、同じ金額のものであっても、自分にとって重要なものであれば、財布のひもはゆるむが、重要でないものや関心のないものであれば、財布のひもは固くなるという考え方に立つ理論である。

 現金値引きの方が合理的と上述したが、心理的財布を持ち、心理的会計を行う我々人間には、その前提は通用しないのかもしれない。

 ポイントの場合は、設定された合計ポイントまで貯めてから使用することになるが、その設定ポイントまで近づくと、購買量が増えることが明らかになっている(Blattbergら, 2008)。これはポイント・プレッシャーと呼ばれる現象で、ロイヤルティ・プログラムは、設定されたゴールを達成したいという達成動機を刺激することを示している。最近では、設定ポイントを達成すると、ポイントに応じた値引きだけでなく、特別会員になって他では得られないオリジナルな特典を得ることができるプログラムも増えており、ロイヤルティ・プログラムは充実したものになってきている。

 中川(2015,2016)は、現金とポイントを比較して、その心理的会計のあり方の違いについて検討している。それによると、表1に示すように、額の大小がキーポイントを握っているらしい。現金の場合、得られる金額が小さい場合は、すぐに使ってしまえるものとして「当座勘定」に繰り入れられるのに対し、得られる金額が大きい場合は、ひとまず貯めておこうとする「貯蓄勘定」に繰り入れられる。ところが、ポイントの場合、それが小さければ、ひとまず貯めておこうとする「貯蓄勘定」に繰り入れられるのに、大きなポイントをゲットした場合、さあ何に使おうかなとすぐにも使ってしまおうとする「当座勘定」に繰り入れられるというのである。現金とポイントでは、その額の大小によって、心理的会計は反対の方向で行われる可能性があるという仮説である。

 この中川の仮説は、かなり説得力があると思われるが、様々な形で検証が進められており、もっと異なる変数の影響も考慮しなければならないことがわかってきている。例えば、単に値引き額や付与ポイントの大小という絶対値だけでなく、購買金額の何パーセントが値引き(あるいはポイント)になるのか、あるいは手元にどれだけの経済的余裕があるのか、といった変数によって、消費者の購買行動は大きく影響を受けることが指摘されている。行動経済学の発展によって、人間心理の複雑さ、面白さ、非合理性を取り込んだ理解が広まってくることに期待したい。

引用文献
Blattberg, R. C., Kim, B. D., Neslin, S. A., Blattberg, R. C., Kim, B. D., & Neslin, S. A. (2008). Why Database Marketing? (pp. 13-46). Springer New York.
小嶋外弘, & 濱保久. (1982). 心理的財布の展開. Japanese Psychological Research, 24(1), 29-38.
中川宏道. (2015). ポイントと値引きはどちらが得か?: ポイントに関するメンタル・アカウンティング理論の検証. 行動経済学, 8, 16-29.
中川宏道. (2016). ポイントと現金の支払いに関する知覚コスト: 消費者はどのようなときにポイントを使うのか?. 行動経済学, 9, 12-29.
Thaler, R. (1985). Mental accounting and consumer choice. Marketing science, 4(3), 199-214.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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