第3回 多数者意見の影響力は個人の行動をどのくらい束縛するか-同調行動に関する社会心理学の研究-

2009.10.01 山口 裕幸 先生

 我々は他者からの影響を敏感に受けやすい存在であることを述べてきた。そのことは、街角を歩いていても、新聞やテレビを見ていても、周囲の人々の動向に敏感に反応するようすを観察することで確認できる。顔見知りでもない人々たちからでさえ、敏感に影響を受けてしまう我々は、集団で生活する場面では、メンバーたちから、どれほどの強い影響を受けるのだろうか。

 集団の中で、自分ひとりを除いて他のメンバー皆が同じ意見を支持するとき、孤立した自分の意見を最後まで主張し続けるのはなかなか難しい。自分にとってさほど重要な問題でなかったり、自分の意見がそれほど定まっていない問題であったりすれば、ほとんどの人が、わざわざ孤立の悲哀を味わうまでもなく、多数者意見に賛同するだろう。

 しかし、明らかに多数者意見の方が間違っていて、どう考えても自分の意見が正しいときならば、どうだろうか。例えば、ナチスの「ユダヤ人は皆殺しにすべきだ」という意見や、第二次世界大戦中の日本軍による「お国のために潔く玉砕しよう」という意見が、社会を支配する多数意見になったとき、それとは異なる考えを持っていた少数派の人たちは、どのように考え、どのように行動したのだろうか。勤め先の会社が不法行為を働いていて、皆がその事実を隠ぺいすべきだと考えているとき、あなたならどうするだろうか。

yama3-1-2.JPG こうした問題について実験を行って人間行動の特性を明らかにしたのが、アッシュ( S. Asch;写真)である。彼が1951年に報告した研究は、次のようなものである。彼は心理学実験室に8人の実験参加者を呼んで、丸いテーブルの周りに一緒に着席させた(下段の写真参照:この写真では実験参加者は7人であるが、報告された研究では8人)。これから行うのは視覚に関する心理学の実験だと説明して、右図のような線分が引かれた2枚の図版を提示した。そして、「左側の図版に引かれている線分と同じ長さの線分は、右側の図版のA,B,Cの3本の線分のどれであるか?」と尋ね、時計回りに1番から8番まで各人に意見を答えさせていった。正解はCであることは、誰が見ても明々白々な質問である。ただし、このとき7番目に回答する人以外は、すべてアッシュの指導する大学院生たちで、わざと間違った答えであるAと回答した。

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 純粋に実験に参加してきた7番目の人は、他のメンバーが一致して間違った答えをするのに驚き、うろたえる表情やしぐさを見せながらも、最初はすまなさそうに正解のCを回答した。しかし、18種類の同様の課題について試行を繰り返し行っていくうちに、最後まで正解を答え続ける人は、50人中13人に過ぎず、残りの37人は、最低でも1回は多数者の間違った答えに同調する行動を示した。比較検討するために設定した多数者がバラバラの答えをした条件では、37人中35人が常に最後まで正解を答え続けており、多数者が一致してひとつの意見を支持するときの圧力の強力さを物語っていた。

 ただ、アッシュは他にもたくさんの実験を行っており、多数者の圧力は、全員の意見・態度が一致しているときには強力であるが、ひとりでも異なる意見を選択して一枚岩が崩れると、極端にその圧力は弱くなることもわかっている。

 これが、個人が自己の意見や権利を主張することが重んじられているアメリカで行われた実験の結果であることを考慮すれば、自己主張を善しとせず、周囲との調和こそを重んじる我が国では、少数者の立場に立ったとき、苦渋の選択をする人の割合はもっと多いかもしれない。このように、多数者意見の前では、我々が自分の本当の考えや気持ちとは反対の行動をとってしまうことがあるのは事実である。だとすれば、行動観察を行う際にも、対象となる人々が「なぜ、そんな行動をとるのか」について推察するときには、周囲の人々の影響や以前からのいきさつ、そして状況の流れなどをよく考慮して、広い視野に立った分析や解釈を心がける必要がある。同じように見える行動であっても、その背景には異なる心理過程が存在していることもある。そこが行動観察の難しさでもあり、面白さでもある。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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