第4回 部下のやる気と行動を引き出す管理職の働きかけとは-リーダーシップに関する社会心理学研究の視点から-

2009.11.04 山口 裕幸 先生

 このコラムでは、人間の行動を促進したり抑制したりする社会的影響力の特性を理解するのに、行動観察が役に立つことについて論じてきている。前回は、多数者が個人の行動に及ぼす束縛的な影響力の強さについて考えた。今回は、個人が他の個人に及ぼす影響過程について取り上げてみたい。多様な場面を取り上げることが可能であるが、中でも、長年にわたって関心を集め続けている"部下のやる気と行動を引き出す管理職の影響力"について、リーダーシップ研究の成果を参考に論じてみよう。

 社会心理学では、リーダーシップとは、集団の目標達成を促進するようにメンバーの行動を方向づける影響力のことを意味している。したがって、本来は、管理職やキャプテンだけでなく、ヒラ社員でも新入部員でも、だれでもが発揮できるのがリーダーシップである。とはいえ、やはり部下たちからみた上司やチームのまとめ役には、リーダーシップを発揮することが期待される場面が多いのが実情だ。

 リーダー行動の違いによって、部下のやる気や行動、集団の雰囲気が、劇的なまでに違ってくることは、ホワイト&リピット(R. K. White & R. Lippitt, 1960) が行った行動観察に基づく研究によって、ものの見事に実証されている。彼らは、夏休みに大学生が地域の小学生たちをサマーキャンプ(林間学校)に引率していく機会を利用して、引率する大学生3人に頼んで、意図的に異なるタイプのリーダー行動をとってもらった。Aさんには、何事もリーダーである大学生が決めて、指示し、命令に服従するように強制的に振る舞う「専制君主型」のリーダー行動をとってもらい、Bさんにはまったく何も指示しないし、相談にも応じない「放任型」のリーダー行動をとってもらった。そしてCさんには、小学生たちとよく相談して、その意見を良く聞きつつ、やるべきことについては明確に指示をだす「民主型」のリーダー行動をとってもらった。

 この3つの異なるタイプのリーダーのもとで、様々な林yama-4-2.JPG間学校の集団活動を行う子どもたちのようすを観察したところ、専制君主型リーダーのもとでは、子どもたちは陰日向(かげひなた)のある行動、すなわち、リーダーが居るところでは真面目に勤勉に活動を行うが、リーダーが居ないところでは、作業を怠け、頻繁にけんかを繰り返すような行動をとった。放任型リーダーのもとでは、子どもたちはやる気を見せず、だらだらと怠惰な行動が目立った。他方、民主型リーダーのもとでは、子どもたちは、生き生きと集団活動に参加し、活発なやる気を見せ、仲間たちとのコミュニケーションも穏和で建設的なものであった。念のために申し添えると、子どもたちは3つの集団に分けられており、どの集団も同じ日数ずつローテーションで3人の異なるリーダーのもとで生活を送った。つまり、子どもたちの特性がもともと違っていたのではなく、どの子ども集団でも、リーダー次第で、その行動に顕著な違いが見られるようになったのである。

 このようすは映像にも記録されており、私もその一部を見たことがあるが、「百聞は一見に如かず」、リーダー行動が集団活動に強い影響をもたらすことは、部下たちの行動や表情・しぐさを観察すれば、一目瞭然であった。ホワイトたちの設定した「民主型」リーダーの行動は、理想的なリーダーシップを実現するものとして注目を集めた。

 上述したような研究の影響を受けて、20世紀半ば以降、上司のどんな行動が、部下のやる気と積極的な職務行動を引き出す影響力を作り出すのか、という問題について、実にたくさんの実証研究が行われ、幾多の理論が提示されてきた。研究者によって、その提唱する理論には微妙な違いがあるものの、ほとんどの理論が共通して指摘していることは、部下のやる気と積極的な職務行動を引き出す優れたリーダーシップは、部下の気持ちや対人関係に配慮する「思いやり・優しさ」の側面と、仕事の目標達成に対して責任感を持たせ、時に叱咤激励する「仕事への厳しさ」の側面の両方を兼ね備えているということである。

 こうした視点に立った理論の中で代表的なものに、ブレーク&ムートンのマネジリアル・グリッド(Blake & Mouton, 1964)と、三隅二不二のPM理論(1984)がある(下図を参照)。どちらの理論も、人間的配慮(思いやり・優しさ)と職務目標達成(仕事への厳しさ)の両方の側面を高度に両立させる行動が、その人のリーダーシップを優れたものにすることを指摘している。また、いずれの理論についても、豊富な実証的検討が行われており、この理論の妥当性も検証されている。

yama4-1-2.JPG
a)マネジリアル・グリッド(Blake&Mouton,1964より)          b)PM型リーダーシップ類型(三隅,1984より)

            リーダーシップ2機能説の代表的理論

 ところで、なぜ、「優しさ・思いやり」と「厳しさ」の両面を高度に兼ね備えた上司の行動のもとでは、部下のやる気が高まり、指示に従った行動をとるようになるのだろうか。この問題を検討し始めると、実に多様な見解が提示されるようになる。そこでは、人間的魅力に基づく対人的影響過程の視点や、各自が潜在的に保持している「リーダーたる者、こうあるべきだ」というリーダー観(プロトタイプ)との適合性の視点など、より精密でデリケートな検討が求められており、まだまだ検討・議論は続いている。紙幅の都合もあるので、今回はここまでとして、改めてこの問題については論じることにしたい。

【引用文献】
Blake, R. R., & Mouton, J. S. (1964) The managerial grid. Houston: Gulf.(上野一郎訳〔1964〕『期待される管理者像』産業能率短期大学出版部)
三隅二不二(1984)『リーダーシップ行動の科学 改訂版』有斐閣
White, R. K., & Lippitt, R. (1960) Autocracy and democracy: An experimental inquiry. New York: Harper & Row.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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