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[技術情報]


エンタープライズモデリングへの誘い(いざない)
第1回 エンタープライズモデリングって何だろう?

(株)オージス総研
オブジェクトテクノロジーソリューション部
そして
事業模型倶楽部
山内 亨和

所信表明

Addison WesleyのObject Technology Seriesから"Enterprise Modeling with UML"(Chris Marshall著)という本が出版されています。書籍名からも想像できるように、この本では企業(エンタープライズ)をUMLを用いてモデリングする手法が解説されています。いわゆる、ビジネスモデリングに関する書籍です。今月から、この本に書かれているエンタープライズモデリングについて解説する連載記事、「エンタープライズモデリングへの誘い」を始めます。

せっかくなので、なぜエンタープライズモデリングなるものを記事として取り上げようと思ったか、説明します。上の署名に書いてありますが、私は事業模型倶楽部という団体(勉強会)に所属しています。事業模型倶楽部とは、名前が示すようにビジネスモデリングについて勉強したい人達が集まったコラボレーションユニットで、オブジェクトの広場読者の呼びかけを元に去年、発足されました。毎月、定例勉強会を繰り返しながら、たまに大会に出て勉強会の成果を発表しています。今年の5月にはObjectDay2001で、8月にはOOシンポジウム2001で発表しました。

我々、事業模型倶楽部ではObjectDay2001のワークショップ「ビジネスモデルってどう書くの?」で発表し、この中でビジネスモデルの内包する問題と、現在提案されている2つのUMLによるビジネスモデリング手法について解説しました。この手法の一つが"Enterprise Modeling with UML"だったわけで、私はこちらの調査を担当していました。(ちなみに、もう一つは"Business Modeling with UML"です)

この発表をする時は、"Enterprise Modeling with UML"は一般ウケしない手法と思っていました。しかし、発表後に"Enterprise Modeling with UML"の手法は面白そうと言う意見を幾人かから頂き、一般受けこそしないが興味をもつ人がいるということに気づきました。そこで今回、私自身が"Enterprise Modeling with UML"を見詰め直す機会も兼ねて、この連載を始めようと思ったわけです。

エンタープライズモデリングという非常にマニアックな内容になってしまいますが、がんばってわかりやすく、面白い記事にしていきますのでよろしくお願いします。

関連リンク
事業模型倶楽部
ObjectDay2001資料ダウンロード

ビジネスモデリングについて

エンタープライズモデリングについて語る前に、その親ともいうべきビジネスモデリングについてお話しましょう。

そもそもモデルとは

ビジネスモデルという言葉に出てくるモデルと言う言葉は何を意味するのでしょうか? モデルの定義として以下のようなものがあります。

「ある与えられたシステムに対する(形式的な)モデルとは、(形式的な)言語を用いて表現された別のシステムであり、モデル化の対象となっているシステムで注目している要素とその関係に対する表現から合成されるものである」(Greenberger)

つまり、モデル化対象としているシステムを、別のシステムに置き換えたときのその(別の)システムをモデルというのです。

またモデルは大きく下の3つに分類できます。

ビジネスモデルとビジネスモデル特許

一般的にビジネスモデルと言った時、2つの解釈があります。一つはビジネスモデルそのものであり、一つはビジネスモデル特許です。

上の定義を見るとビジネスモデルとビジネスモデル特許の差がわかると思います。この2つにおける重要な差とは特許を取る、取らないといった話ではありません。ビジネスモデルはモデルであることに対し、ビジネスモデル特許はモデルではないのです。特許を取る際にモデルを書く必要はあるかもしれませんが、それは特許をとるための手段としてモデルを書くのです。私はビジネスモデル特許と呼ぶよりもビジネス特許と呼ぶべきではないかと思っています。ビジネスモデルと言った時、ビジネスのモデルを書くこと自体にフォーカスが当たっています。モデルの定義でも書いたように、実際のビジネスという複雑系を、別のより単純化された系に落とし込まれたものがビジネスモデルなのです。

ビジネスモデリング手法

ビジネスモデリングの手法はビジネスよりのものからシステムよりのものまでたくさんあります。そのうちのいくつかを載せます。

ビジネスよりのアプローチ

システムよりのアプローチ(UML以外)

UMLを使用したアプローチ

今回、解説するエンタープライズモデリングはいくつもあるビジネスモデリング手法の一つなのです。

エンタープライズモデルの基本概念

さて、それではビジネスモデリングの解説はこのくらいにしまして、エンタープライズモデリングの解説に入りましょう。

"Enterprise Modeling with UML"の著者Chris Marshallは企業の戦略は4つの階層から成り立っていると言っています。

の4つです。

これらの概念を簡単に説明すると以下のようになります。

目的(Purpose)

組織の目的はその組織が存在する理由を定義します。この目的は組織が提供する価値の観点から定義することになります。
目的には階層が存在します。ビジョンミッションといった目的から、ゴール目標(Objective)のような目的へ関連付けがされています。
目的とその結果を測定し、定量化することで、計画、報告を可能にします。ビジョンやミッションのような抽象的な目的を測定することは難しいため、これらの目的に関連付けられたゴールや目標を用いて測定します。ゴールや目標は具体的な目標値や締切日が設定されています。

プロセス(Process)

ビジネスプロセスは組織がどのように目的を達成するかを定義します。プロセスが達成すべき目的は、主に目標として定義します。ビジネスプロセスは価値を生み出すように設計しなければなりません。
ビジネスプロセスはプロセスステップ(ProcessStep)と呼ばれるプロセスの原子単位から構成されています。このプロセスステップ同士は互いにワークフロールールによって関連付けられます。プロセスステップは特定の組織ロール(組織内の役割)と関連付けられます。この関連ロールを担う者、アクターだけがプロセスステップを実行することが出来ます。

エンティティ(Entity)

エンティティはビジネスプロセスによって生み出され、使用され、更新され、破棄されます。エンティティとは企業内に存在する有形、無形のモノです。
エンティティの属性にはロールバリューが存在します。ロールとはプロセス中でエンティティが演じる役割です。バリューはエンティティの状態を定義します。ロールはプロセス間で再利用可能で、バリューはエンティティと組織間で再利用可能です。

組織(Organization)

組織は企業を管理可能な組織ユニット(会社や部など)組織ロールに分割することで、複雑性を管理しています。ビジネスプロセスは組織内、組織間の両方で流れています。組織は目的、プロセス、エンティティをモデリングし、管理するためのフレームワークを提供しています。

ステレオタイプ

目的、プロセス、エンティティ、組織はUMLのステレオタイプを使ってクラスのサブタイプとして表現します。

UMLはステレオタイプを使ってモデル要素を拡張することができます。この際に、そのモデル要素のアイコンを変更することも許されています。エンタープライズモデルでは、ステレオタイプを用いて、目的、プロセス、エンティティ、組織をクラスのサブタイプとして表現しています。
目的のステレオタイプとして<<purpose>>を、プロセスのステレオタイプとして<<process>>を、エンティティのステレオタイプとして<<entity>>を、組織のステレオタイプとして<<organization>>を使用します。それぞれのアイコンは、三角形、円、四角形、六角形で代替表現可能です。

目的、プロセス、エンティティ、組織の関係

この目的、プロセス、エンティティ、組織は互いに関連しあっています。この関係を示したのが下の図です。

中央に位置する目的は予算や目標値を定めるため、また結果を測定するために用いられます。プロセスは目的を達成するように計画、準備、実施されます。つまり、目的からプロセスへと情報が流れていくわけです。また、プロセスが実施されるとその結果の情報は目的に更新されます。このように目的とプロセスには相互の依存関係が存在しています。図の<・…>が目的とプロセス間のデータのフローを表します。

プロセス間の順序関係は、ワークフローによって記述されます。通常の企業のプロセスのワークフローは図にかかれているより複雑になるはずです。図の---->がワークフローを表しています。

ビジネスプロセスはリソースを、つまりエンティティを使用、消費、廃棄します。同時に更新、追加、生成します。つまり、ビジネスプロセスは入力のリソースから出力のリソースへ変換しています。この際に付加価値や利益が生み出され、これこそが企業が提供する価値となるのです。プロセスとプロセスへの入力エンティティ、出力エンティティの関係を――>で表現します。この関係のことをバリューフロー、またはバリューチェーンと呼びます。

組織ユニットは定められた目的を達成するために必要な目的とプロセスとエンティティを包含しています。

さて、4概念の関係図と戦略の階層図を見比べて下さい。どこか形が似ていると思いませんか? どちらも真ん中から外へ目的、プロセス、エンティティ、組織の順に並んでいます。
実はエンタープライズモデルは、戦略の階層を上から眺めると、4概念の関係の図が見えるような構造になっているのです。

組織内で流れていたバリューフローは組織間でも存在します。組織間でバリューが行き来することで社会は構成されています。これをバリューネットワークと言います。

エンタープライズモデリングによって得られるかもしれないもの

Marshallはこの4概念に基づいたエンタープライズモデリングをすることで、何を達成しようとしているのでしょうか?
以下にいくつか気づいた点を上げます。

メンタルモデルの共有

"Enterprise Modeling with UML"の中でメンタルモデルと言う言葉が引用されています。メンタルモデルとはPeter Sengeの『Fifth Discipline(邦題:最強組織の法則)』で提案された概念です。

メンタルモデルとは人の心に固定化された概念やイメージのことであり人の行動に影響を与えます。当然、人はビジネスに対してもメンタルモデルを持っていて、それはビジネスに対して影響を与えます。もし、ビジネスに従事する人々が別々のメンタルモデルを持っている場合には、ビジネスは上手く機能しません。そのため、ビジネスに従事する人々はビジネスに対するメンタルモデルを共有するべきです。メンタルモデルを共有する手法としてエンタープライズモデリングは役立つでしょう。

モデル複雑性の管理

当たり前のことですが、企業の行っているビジネスは広範囲に及び、全てをモデルとして書くことは非常に困難な作業となります。また、ビジネスは1企業だけで成り立つものではなく複数の企業と協調して進められるものです。そう考えると、1企業のモデルを書くだけでは足りないのでしょうか? とすると、書かなければならないモデルの量は膨大になってしまいます。

エンタープライズモデリングではプロセスと組織によってこの問題を解決します。組織には組織ユニットと組織ロールと言う概念が存在します。組織ユニットによってエンタープライズモデルを適切な粒度に分割します。もしプロセスが複数の組織ユニットと組織ロールをまたがって定義されている場合には、このプロセスを組織ユニット、組織ロール毎に分割して、別々のサブプロセスとして定義することが出来ます。組織ユニット、組織ロールで切り離されたサブプロセス間をつなぐために契約メッセージと言う概念を用います。

学習プロセスの実践

Marshallはビジネスにはライフサイクルが存在すると言っています。
ビジネスのライフサイクルは創業者がビジョンを提示することから始まり、ビジョンを含む様々な目的を達成するようなプロセスを定義し、そのプロセスを実施してプロセスの結果を得ます。この結果から目的を進化させ、オペレーションを洗練し、結果を改善します。

このライフサイクルを通じて学習していける企業こそが成功します。Marshallはこの学習プロセスを支援するためのツールとしてエンタープライズモデリング生み出したように思えます。
実際に、目的のようなビジネスを評価する仕組みが定義されていますし、(いずれ説明しますが)エンティティはエンタープライズモデルがスムーズに進化していく仕組みを提供しています。

次号予告

次号(10月号とは限らない)から、エンタープライズモデリングの核心へと突入します!
目的(Purpose)とプロセス(Process)について解説する予定です。お楽しみに。


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