ObjectSquare [2007 年 10 月号]

[レポート]


未踏最終成果報告会 参加レポート

 先日 2007 年 9 月 7 日(金)に未踏最終報告会(正式名称:IPA 未踏ソフトウェア創造事業 2006 年度下期千葉 PM 採択プロジェクト最終成果報告会)が東京工業大学にて行われました。8 月号の予告編でも紹介しましたが、オブジェクトの広場も特別講演で参加しました。

未踏最終成果報告会とは

 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)では、2000 年度よりソフトウェア関連分野で優れた能力を持つ人材を発掘支援することを目的に「未踏ソフトウェア創造事業」を実施しています。本事業は、個人又は数名のグループを対象として、独創的なソフトウェア技術や事業アイディアを公募しその開発を支援する制度です。プロジェクトの実施に当たっては、IPA より任命された PM が、各自の判断に基づいて、提案内容の審査、開発内容に関する助言、開発成果の評価をおこなうというユニークな制度です。

 「未踏ソフトウェア創造事業」は国の予算で実施しているという性質から、採用されたプロジェクトの完了後には一般に向けた報告会を実施することを義務付けています。そのため、PM はプロジェクト期間(半年)の終了後に最終成果報告会を実施しています

 今回、参加した未踏最終成果報告会は千葉 PM が 2006 年度下期に採択した 4 プロジェクトの報告会です。

未踏最終成果報告会 聴講レポート

 未踏最終成果報告会が行われた日(9 月 7 日)は台風 9 号が首都圏を直撃して、多摩川が氾濫したり、交通機関が乱れたりした日でした。飛行機欠航の影響で報告会に来られなかった発表者もいたそうですが、千葉 PM 含め発表者の人脈で代役の発表者をアサインするなどして、予定通りの流れで報告会を実施されました。

 台風の影響で聴講者が少なくなってしまうのではという懸念もありましたが、初めこそ約 30 , 40 名程でしたが、次第に増えて昼過ぎには 100 名近くまで集まりました。

 ここに、当日の成果報告の内容や雰囲気、所感を記します。

成果発表:「SELinux による PostgreSQL のアクセス制御強化」

海外浩平さん

発表者:海外浩平さん (NEC OSS プラットフォーム開発本部)

発表の概要

 本報告会は、各発表者の発表に加えて、ゲストスピーカーがプロジェクトの背景などを講演しサポートする形式で行われました。
 海外さんの成果発表では、まず日立ソフトウェアエンジニアリングの中村雄一さんから「SELinux チュートリアル」と題して、SELinux の概要の説明がありました。昨今のシステムでは Linux などのオープンソースの OS が利用されることも多くなってきましたが、素の Linux は root 権限を乗っ取られてしまうと、すべての操作が許可されてしまい非常に危険なのだそうです。SELinux は Security-Enhanced Linux の名の通り、Linux のセキュリティ面が拡張され、きめ細かなアクセス制御が可能になっています。Linux 本体にも既に取り込まれており、カーネル 2.6 から標準搭載されているとのことでした。

 続いて、海外浩平さんによる SE-PostgreSQL の成果発表となります。SE-PostgreSQL は、PostgreSQL に SELinux のセキュリティ機能を統合したものであり、SELinux と同じセキュリティポリシーで、データベースにデータを格納し、アクセスすることが可能になっています。ファイルかデータベースかは格納手段の違いであって、「同じ情報には、同じアクセス制御が実施されるべき」というのが SE-PostgreSQL の考え方とのことでした。

所感

 正直今まであまりウォッチしていなかった領域でしたが、弊社でも Linux を利用する機会も増えてきているので、必須の知識になりそうです。  データベースの格納データにもきめ細かなアクセス制御がかけられるのは面白いと思いました。ただし、ユーザのアクセス権によって集計操作の件数が変わってしまうので、実際に使用する際は注意が必要だなと感じました。

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成果発表:「Ruby 用仮想マシン YARV の完成度向上」

笹田耕一さん

発表者:笹田耕一さん (東京大学大学院 情報理工学系研究科 特任助教)

発表の概要

 まず、笹田さんから、年内公開予定の Ruby 1.9 で正式に採用される YARV (Yet Another Ruby VM) の今までの歩みと、機能追加や最適化など本プロジェクトでの成果が発表されました。
 Ruby の父 Matz こと まつもとゆきひろさん との開発における裏話も紹介され、会場の笑いをとっていました。

 続いて、各方面で Ruby を通してご活躍されている方々を一同に会して、「これからの Ruby 〜エンタープライズ Ruby〜」という題目でパネルディスカッションが行われ、エンタープライズな分野で Ruby を使っていく上での課題が話し合われました。

所感

 昨今何かと話題の Ruby ですが、Ruby 1.9 での性能改善を受けて、ますます仕事の現場で使いやすい言語に成長していくのではという期待を抱きました。
 「楽しく仕事を」という言葉もありましたが、そのためには仕事の仕方の変革も必要だと思います。Ruby を使えば必ず楽しく仕事ができるというわけではなく、楽しく仕事をするための一助として Ruby が使えるのかなと感じました。また、大規模開発では Ruby を使うのは難しいと言われることもありますが、「果たして本当に大規模である必要があるのか」という問いかけも印象に残りました。

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成果発表:「ウェアラブルコンピューティングのためのイベント駆動型ミドルウェア開発」

寺田努さん

発表者:寺田努さん (大阪大学 サイバーメディアセンター講師)

発表の概要

 ウェアラブルコンピューティングとは、衣服を着るようにコンピュータを身につけることをいいます。寺田さんの発表の前後に、神戸大学の塚本昌彦先生から、ウェアラブルコンピューティング技術の紹介と可能性についてビデオ講演がありました。  すでに、エンターテイメントや障害者支援などでは実用化されているとのことでした。

 発表者の寺田さんからは表題の通り、ウェアラブルなアプリケーションを開発するためのミドルウェアの成果発表がありました。ウェアラブルには多種多様なデバイスがあり、ユーザによってもサービスの形態を変える必要があるので、開発が実は大変なんだそうです。そこで、実際に体を動かしてそのパターンを記憶させるというような開発ができるように、本ミドルウェアを開発したとのことでした。

所感

 日常的にウェアラブルコンピュータを身に着けて生活する日が来るのかはわかりませんが、ゲームの端末などが先取りしているように、案外夢物語でもないのかもしれません。「数年後には子供たちがウェアラブルコンピュータを着て公園で遊んでいるかもしれない。ウェアラブルは意外と健康的。」との言葉が印象に残りました。

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成果発表 「Web 上で動作するモデリング環境 Kodougu の開発」

黒田洋介さん

発表者:黒田洋介さん (フリーランス)

発表の概要

 オブジェクトの広場メンバーによる寸劇を挟んで、広場OBの黒田さんによる Web 上で動作するモデリング環境 Kodougu の成果発表。
 Kodougu は、ブラウザ上で動作するのはもちろん、Wiki などの他のウェブアプリケーションに組み込んだり、UML 以外のモデリング言語を独自に定義したりできるなどの特徴があるそうです。実際、発表会の直前や直後に新しいダイアグラムが追加されていました。メタなフレームワークの上にアプリケーションを構築しているため、このようなことが簡単にできるのだそうです。ちなみに、クライアントは JavaScript、サーバサイドは Ruby on Rails で開発したそうです。
 広場メンバーによる寸劇は、下の節をご覧ください。

所感

 黒田さんは、オージス社員時代、オフショアによるモデリングツール開発の経験があり、その経験が生きているなと感じました。実際の開発で使用するとなると、まだまだ機能不足な点も多いのですが、さらなる機能の洗練・充実とともに、利用方法の提案・フィードバックなどを繰り返して、実用的なツールに成長していってほしいと思います。
 会場には Kodougu 目当てで来たという方もいらっしゃり、モデリングに対する期待もまだまだあるのだなと実感しました。

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パネルディスカッション「オープンソース・ソフトウェア開発の昼と夜」

パネルディスカッション

パネリスト
千葉滋PM (東京工業大学大学院 情報理工学研究科 准教授)
笹田耕一さん (東京大学大学院 情報理工学系研究科 特任助教)
染田貴志さん (株式会社四次元データ)
西岡悠平さん (株式会社四次元データ)
栗原傑享さん (株式会社グルージェント/特定非営利活動法人Seasarファウンデーション)

発表の概要

 千葉先生の未踏PMも今回が最後とのことで、千葉先生と未踏OB4名によるパネルディスカッションが行われました。実は千葉先生も含めたこの5名、偶然にもオブジェクトの広場「OOエンジニアの輪!」の第35回〜第38回でインタビューさせていただいた方々でもあります。
 さて、パネルディスカッションですが、まず千葉先生から、「オープンソース・ソフトウェア開発の昼と夜」と題して発表がありました。オープンソース開発というと、昼間の仕事が終ったあと、夜に開発されている方も多いと思いますが、それらを昼間の仕事として行えるよう手助けしたい、という未踏に対する思いが語られました。
 続いて、各パネラーから未踏の前と後ではどういう変化があったかなどのお話がありましたが、現在お仕事で苦労されている方も含めて、未踏をやって良かったという気持ちは一致しているようでした。

所感

 オープンソースというと、一昔前は外国の無料のソフトウェアを持ってきて安上がりにシステムを作るという印象が強かったのですが、ここ数年、日本でもオープンソースコミュニティの活動が活発になり、自ら参加することの意義が高まってきているように思います。今回、弊社からも未踏を通じて1人の若者が旅立っていきましたが、夢を実現する場の1つとして、今後も注目していきたいと思います。

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特別講演「現場を助けるモデリング」の舞台裏

現場を助けるモデリング

 私達オブジェクトの広場からも「現場を助けるモデリング」と題して 30 分の特別講演を行いました。この講演は、実プロジェクトにおけるモデリングの必要性について解説したものです。予告編ではモデリングの 3 つの目的としていましたが、洗練を加え、4 つの目的(必要性)についてお話しました。

 今回の講演をデザインするに当たって、いくつかの狙いがありました。講演者がどんな狙いを持っていたのか意識して発表資料を読むのも面白いかと思い、当日の発表資料と共に講演の狙いも公開します。

 未踏最終成果報告会 特別講演「現場を助けるモデリング」 発表資料(pdf: 321KB)

ご覧いただくには Adobe Reader が必要です。Adobe Reader は アドビシステムズ社 から無料でダウンロードできます。

講演の狙い1:モデリングの利用場面・目的のフレームワーク

 当初、黒田さんに講演に何を求めるか聞いたところ、プロセスの視点からモデリングの必要性について講演してほしいと言われました。どんな時に、何のためにモデリングが必要か話してほしいという意図なのだと思います。

 しかしながら、開発プロセスに沿った話をすると特定の工程の話しかできず、該当の工程に興味がない人はつまらないでしょう。そこで、モデリングの利用場面・目的をフレームワーク化して(一般化して)、「問題解決」「他人と仕事」の 2 つの観点から講演しました。この 2 つを意識してモデリングをすればモデリングの効果が上がる、無駄なモデリングをしなくて済むようになるでしょう。

講演の狙い2:形式知だけでなく暗黙知も伝えるために

 最近思うのは、暗黙知をまったく持っていない人に形式知だけ伝えても使いこなせるようにはならないということです。形式知を理解してもらうには相手の暗黙知と関連付けて説明するとか(事例紹介など)、相手の中に暗黙知を作ってあげるとか(演習など)しないといけません。

 今回は30分の短時間で「モデリングの目的(形式知)」を伝えなければなりません。せっかくですから、聴講者が目的を意識したモデリングを実践できるようになって帰ってもらいたい。そう思い、聴講者に経験がありそうな失敗・成功体験を寸劇で演じて、暗黙知を共有することにしました。私たちの寸劇を見て「そういうことあるね」と思えた人が、モデリングを実践できるようになっていると期待します。

講演の狙い3:UML だけがモデリングではない!

 もう一つ。当たり前の話だがモデリング言語は UML だけではありません。確かに UML は他のモデリング言語の代用になる柔軟な言語かもしれません(クラス図でも ER 図を書ける)。それでもモデリング対象を詳しく表現できる、シンプルに表現できるなど UML 以外のモデリング言語には使うのに十分な効用がある。そんな思いもあり、今回は ER 図をサンプルのメインに取り上げました。

ご参考

情報処理推進機構(IPA) https://www.ipa.go.jp/index.html
未踏ソフトウェア創造事業 https://www.ipa.go.jp/jinzai/esp/index.html


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