ObjectSquare [2010 年 4 月号]

[技術講座]


講演「ファシリテートされたワークショップ
:力を合わせてニーズを定義する」の日本語訳

後編

講演者:エレン・ゴッテスディーナー(EBG Consulting)

日本語訳と筆記:藤井 拓(オージス総研)

本記事では、前回の記事に引き続いてModeling Forum 2009 のエレン・ゴッテスディーナーさんの講演「ファシリテートされたワークショップ:力を合わせてニーズを定義する」の後半部分と質疑内容を紹介します。後半部分では要求ワークショップを成功させるための枠組みである 6 つの P の残り 3 つである Principles (原則)、Product(プロダクト)、Process (プロセス)を説明され、さらにワークショップを通じたサイクルや成功させるためのプラクティスを説明されています。




Principles (原則)

それでは、次のPを見てみましょう。原則 ( Principles )です。原則は、ワークショップの中での振る舞いに対するガイドラインです。基本ルールや作業上の約束とも呼びます。どのように協力して効果的に作業を行うかということです。「携帯電話を切る」、「休憩時間が終わったら戻ってくる」というような簡単なことから、自分の思考を探る、各々の発言の前提というような、より深く、意味深いものまであります。時として、参加者になりうる人たちに「自分たちが効果的に作業を進めるための作業上の約束を頂けないでしょうか」とお願いをすることもあります。ワークショップの最初の作業として、「この作業上の約束に合意しますか?」とか「何か追加すべきものはありますか?」と問いかけるのです。

図 1 Principles (原則)
図 1 Principles (原則)

原則や作業上の約束の別の側面として、「どのように決めるのか」とか「どのように結論を出すのか」ということは極めて重要です。決定するためのルールやプロセスを持つことで、プロジェクトは本当に加速します。要求とは、プロジェクトを通じて行う一連の意思決定なのです。自分たちが行った決定がどのようなものであり、スコープに入っているか、入っていないか、どのようなプロダクトをこれから作るのか、どのような決定であり、決定をするためのルールをはっきりさせた方がよいでしょう。

本当にコンセンサスを形成しなければならないでしょうか?、ワークショップに参加した後で一人の人が決めるというルールもありえるでしょう。これら2つがルールの例になります。私は、ワークショップで繰り返し使え、作業を前に進め、結論を出すのを助けるような決定プロセスがよいと思います。そのような決定ルールをワークショップの最初で練習することができます。

次に述べる質問をどう考えるでしょうか。

基本ルールに本当に責任を持つのは誰でしょう? ファシリテーターではありません。グループです。参加者自身が責任を持つべきです。そのため、基本ルールを最初に決めてもらうのです。ファシリテーターとしての私の役割やファシリテーターとなるだろう皆さんの役割は、必要に応じて基本ルールを合うようにしたり、調整するということです。ということで、作業上の約束や、原則、基本ルールは作業を前に進めるためのものです。

図 2 Product(プロダクト)
図 2 Product(プロダクト)

隠れた議題

次に非常に注意しなければならないのは、隠れた議題と呼ばれるものです。隠れた議題は、瞬く間に本当の議題を食い尽くしてしまいます。隠れた議題というものは誰でも知っていますよね。誰もが知っているのに、誰もが語らないものです。ワークショップに参加する人は、往々にしてうしろ向きです。ファシリテーターとして大事なのは、ワークショップが始まる前に隠れた議題になりそうなことを把握するということです。それはグループが結論に至り、要求に関する作業を行う上で間違いなく問題になります。それらを引き出して、机上に載せた方がよいでしょう。事前に隠れた議題を見つけるプロセスが理想的です。そのためには、勇気と、正直さ、透明性が求められます。ファシリテーターとしては、勇気を持って臨みましょう。

Product(プロダクト)

さらに、プロダクト( Product ) - ワークショップの成果物です。成果物はしばしばユースケースや、シナリオ、ビジネスルールのようなモデルになります。大切な点は、これらのモデルは壁に張られた紙上で作られ、参加者がその意味を共有するという点です。これらのモデルは、ワークショップの成果であり、プロダクトがどのようなものでなければならないかということを表現します。モデルを使う上で欠かせないのは複数のモデルを使うという点です。各モデルで 1 つのビューによる見方を共有することができます。例えば、データに対するビュー、スコープに対するビューなどです。

図 3 複数のモデル
図 3 複数のモデル

複数のモデルを使うことで、1つのモデルの1つ側面から他のモデルのある側面が明らかになることがあります。それらのモデルにより、要求に対する豊かな理解を織り成すことができます。ファシリテーターとしては、それら複数のモデルを作るために作業をデザインする必要があります。要求の中身にかかわる参加者や特定分野の専門家がモデルの専門家である必要はありません。参加者自らが通じているドメインについてモデルを作るように導いてあげればよいのです。

Place (場所)

次のPは、場所 ( Place ) です。物理的な場所と必要な物品の準備です。全員を収容できるぐらい大きな部屋でなくてはならないという簡単なこともあります。理想的には机を U 字型に配置した方がよいでしょう。互いの顔が見えるからです。また、部屋に壁面が十分にあるということも大事です。参加者が様々なモデルを壁に貼り付けた紙上で作るからです。学校での調べ物の発表( Show and tell )と同じように、壁には要求が張り出されます。ワークショップを開催するにあたって、よく準備し、よい場所を確保することが大事です。

図 4 Place (場所)
図 4 Place (場所)

Process (プロセス)

さらにプロセス ( Process )です。プロセスは、本当の議題であり、どの作業の次にどんな作業を行うかということです。理想的には、ワークショップの最初にスポンサーがキックオフを行い、ワーク ショップの最後には発表( show and tell )を行い、先に述べたようにスポンサーが参加し、グループの作業結果を見聞きします。その間で、1つのモデルから他のモデルをつむぎだすように作業をデザインします。

プロセスで大事なのは、作り出した要求がどの程度よいものであるかを把握し、作業の終了を判断することです。ファシリテーターとしては、作業の終了基準をどうするかが大事であり、ユースケースをシナリオで検証したり、データモデルをシナリオで検証したりします。そのようなプロセスも、議題の中に組み込んでおいて置かねばなりません。

最終的には、これから何を作るかについてのビジョンを共有することができます。ビジョンや趣旨はどのようなものであり、ユースケースやデータモデル、 ユーザストーリのようなモデルがどのようなものであるかということです。プロセスによりビジョンを共有できるのです。

図 5 Process (プロセス)
図 5 Process (プロセス)

6 つの P のおさらい

ここで 6 つの P をおさらいします。まず目的 ( Purpose )を理解します。なぜワークショップを開催するかということです。参加者( Participant )は、すでにお話したようにワークショップに参加する、すべての人です。ワークショップのスポンサー、ワークショップをリードする人などです。原則( Principle )は、共同して作業を進めるための基本ルールです。プロダクト( Product )は、どのようなもの(コンテンツ)を作り、提供するかということやそれらのモデルの中身がどの程度充実していなければならないかということです。場所 ( Place )は、物理的な場所と必要なものの準備です。最後は、プロセス( Process )であり、作業の順序ということです。これらは、私が見出した枠組みであり、役立つことが繰り返し示されたものです。

おそらく、アリストテレスの言葉である「全体はその部分を足し合わせた以上のものであり、部分は全体の断片以上のものである」が最もよく言い表していると思います。適切な人を一堂に集めて、要求が本当はどうあるべきかを検討することは、プロジェクトコミュニティにとって非常に強力であり、プロジェクトやプログラムのプロセスを加速します。

fsnpa

しかし、サイクルを尊重するということを心得ておかねばなりません。サイクルは、以下の 4 つの段階で構成されます。

図 6 fsnpaサイクル
図 6 fsnpaサイクル

形成期には、グループのメンバーが初めて集まり、ファシリテー ターはメンバーが快適に作業できるように基本ルールを議論し、容易い作業をすませます。混乱期では、衝突が起きるかもしれません。ファシリテーターは、冷静かつ中立的な立場を取り、衝突は健全で当たり前のものだとみなします。統一期では、少し距離を置いて、参加者が議題を取りまとめるのを助けます。互いによりよく連携するためです。機能期では、参加者の邪魔にならないようにします。参加者は複数のモデルを作り、なすべきことを果たします。散会期では、ワークショップを振り返り、作業を完了させます。次にワークショップを開いた際によりよく連携する方法を検討し, このアプローチを他のワークショップで再利用できるようにします。ということで、このサイクルを尊重することを忘れないでください。

ワークショップを成功させる秘訣

ジェリー・ワインバーガーが言ったように「全員を合わせたよりも賢いものはいない」ということです。人々が同時に同じ場所に参加していることの威力を利用するのはとても素晴らしいことです。講演の締めくくりとして、ワークショップを成功させる秘訣をまとめたいと思います。ワークショップのプロセスに対するスポンサーを確実に持つとともに、適切な人を集め、スポンサーはワークショップに姿を見せます。これは、リーダーシップをすばらしく示すことになります。

図 7 要求ワークショップを成功させる秘訣
図 7 要求ワークショップを成功させる秘訣

また、ワークショップの計画とデザインをうまく行う必要があります。これは、本当に大切な点です。ワークショップ自身の開催時間の 2 倍の時間が計画に必要になることもあります。 1 時間のワークショップの計画に 2, 3 時間かかることもあるということです。これは、時間を最大限活用し、費用対効果を得るために不可欠です。

ビジネス側の人の参加も必須です。適切な参加者が参加し、必要なドメイン知識を確保するとともに、その場に適切な意思決定を行う人が参加することも大事です。意思決定について言えば、何を意思決定し、どのように意思決定するかを明確にし、どのように結論に至るかという点に合意するのです。参加者をよくわからないままで放置し、あなたが意思決定するというのはだめです。意思決定をはっきりと分かるようにすべきです。そして、要求に関する結論を得るのです。

さらに、ファシリテーションのスキルを持つということです。ワークショップをデザインし、運営するスキルを育み、継続的に学び、プロセスを振り返ります。これはとても大事です。

講演をしめくくる問いかけ

皆さんに次の質問を考えていただきたいと思います。「コラボレーティブなワークショップのテクニックを使うために、今週2つ行えることは何でしょうか?」。まず、どうしたら自分の仕事の中にコラボレーティブなワークショップの考えを取り入れられるかという点です。この講演を終わるにあたり、この問いかけを皆さんに委ねたいと思います。実際に行い、使えることは何でしょうか。

ご清聴ありがとうございました。私の早口の英語を一生懸命訳してくださった通訳の方々にも感謝します。

質疑

ファシリテーターはプロジェクトの問題領域 についてどのくらいの知識を持っているべきなのでしょうか?それとも持ってはいないべきなのでしょうか?

とてもすばらしい質問ですね。質問してくださってありがとうございます。ドメイン知識を持ちすぎるのは危険かもしれません。というのは、中立的ではなくなるからです。ドメインを知りすぎていると、よい質問をすることがおろそかになります。ファシリテーターの主な役割であり、主なアクションが「傾聴し、観察し、質問をする」ということであることを忘れてはいけません。ドメインやコンテントに入り込みすぎると、中立的なファシリテーターとしての役割を忘れてしまいます。ただし、ドメインの言葉を知っていることは役立ちます。顧客が「アカウント」、「パイプライン」、「カスタマー」、「ポリシー」などの用語を使っている場合には、それらの用語の意味を理解する必要があります。でも、基本的なレベルでよいのです。

ファシリテーターとしてはどのような資質が求められるのでしょうか?

またもやすばらしい質問をありがとうございます。要求のモデルと方法論というような要求に関するスキルを持つとともに、ファシリテーションのスキルを持つことが必要になります。いかにグループを管理し、グループの活動を管理し、議題をどのようにデザインするかというスキルや、衝突に直面した際などに自分たち自身をどのように管理するかというスキルです。冷静さ、コミュニケーションスキル、傾聴するスキル、質問をするスキル、観察をするスキルです。かたや、コミュニケーションやファシリテーションスキルのようなソフトスキルすべてが求められるとともに、要求がどのようなものであるかというハードスキルも求められます。どのような種類のモデルがあり、どのモデルが問題領域に最適であるかを判断するというものです。これらの2つのスキルの組み合わせと、これら両者の間のバランスが求められます。

求められる資質が非常に高いと思いますが、そのような資質をどのように育てたらよいでしょうか?

先の回答で申し上げたスキルや能力は育てていくものだと思います。私が最初にファシリテー ションを行った際には、悲惨なものでした。私はプロジェクトマネージャーでチームや顧客とともに要求をファシリテーションしようとしたのです。私は中立的ではありませんでした。その時のことを後に振り返ることで、私は非常に大切なことを学びました。そのため、人々に失敗したり、その失敗を振り返えったり、他のファシリテーターを観察したりする機会を与えるように意識的に努力しなければなりません。さらに、本を読み、記事を読み、昼食時などに集まって様々なテクニックを議論する時間を持ち、Web 上のセミナーを聞き、Web サイト上のマテリアルを読み、ファシリテーター同士で互いの観察をします。トレーニングと能力開発に真剣に取り組み、理想的には上役がトレーニングと能力開発を真剣に考えます。さらに、社内でメンターやコーチを育てます。そうすれば、スキルを組織全体で育成し、広めていくことが可能になります。

ファシリテーターが中立を保つために気をつけるべきことはなんでしょうか。例えば、参加者がなにか決めようとしていることがファシリテーターから見てとても「まともでない」ように思えることがあると思うのですが、そのような場合はどうすればよいのでしょうか?

ご質問ありがとうございます。それは、私自身が手厳しく学んだことです。ご質問に対する回答は、「グループに対して正直に接する」というものになります。つまり、何かを効果的ではなかったり、効率が悪いと思われる方向に向かっていることを私が目にし、心配になった場合、私は自分自身が捉えたことをグループに話します。「私が聞いたことがこうで、こんなことが語られ、私はこんなことが心配です」ということを話すのです。グループにそのことを投げかけ、グループに解決してもらうのです。私は、議論をファシリテートしますが、開けっぴろげで正直に、私が見聞きしたことと、そこから導きだされる結論とその理由を話し、どうしましょうかと問いかける訳です。そうすると、グループはそのような正直さと透明性に感謝するようです。そして、私が間違っていることもありますから、透明さに基づいてグループ自身が示されたものを議論するのです。ファシリテーターとしては、そのような問題を自分自身の問題とするのではなく、グループの問題とすべきだと思います。


本記事に関連する情報

Modeling Forum 2009の開催記念として、これまで2回の記事で紹介した講演の講演者であるゴッテスディナーさんへのインタビューがCIO Onlineの以下のページに掲載されています。本講演をさらに補う内容ですので、ご興味のある方はご参照ください。


参考文献



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