オブジェクトの広場はオージス総研グループのエンジニアによる技術発表サイトです

インタビュー

ふりかえりは関係の質の向上から始めよう

アジャイル実践者インタビュー第4回:森一樹さん
2018年9月21日
森 一樹(もり かずき)
森 一樹(もり かずき)
株式会社野村総合研究所

ふりかえりのファシリテーターやトレーナーとして活躍されている株式会社野村総合研究所の森一樹さんへのインタビューをお届けします。ふりかえりに対する森さんの考え方や勉強会や現場でのふりかえりの実践について、熱い思いを込めてお話ししてくださいました。ノートPCのトップに貼ったホワイトボードにすぐに絵を描いて話される姿も印象的でした。
KPTなどに代表されるアクティビティは手順通りやっているが、今一つふりかえりに満足出来ていない方に必読です。聞き手は弊社の原田巌です。

インタビュアー:原田 巌
(編集:水野 正隆)

ふりかえりだけでなく、会議のファシリテーターとして呼ばれることもあります

―― お忙しいところ、インタビューを受けて下さってありがとうございます。森さんは社内外の活動をすごく活発にされていて、最近だと『カイゼン・ジャーニー・カンファレンス』でも発表されていましたね。自分は参加できなかったんですけれど、発表資料は見ました。まずは、森さんの社内外の活動について聞かせていただけたらと思います。

編集注:このインタビューは8月23日に行われました。森さんとインタビュアーの原田は知り合いなので、すごくリラックスした雰囲気で始まりました。

森さん― 自分の主催でやっているのが、『ふりかえり実践会ワークショップ』と『ふりかえり悩み相談会』です。実践会ワークショップは月1回ぐらいの頻度で、ふりかえりのやり方を学ぶワークショップをやっていて、悩み相談会ではふりかえりに関するいろんな相談を受けてアジャイルコーチみたいなことをやっています。

それと、『カイゼン・ジャーニー』つながりの『越境者の集い』という、ヴァル研究所の新井さんとギルドワークスの市谷さんが立てたコミュニティがあって、そちらでファシリテーターとしてお手伝いしています。カイゼン・ジャーニー・カンファレンスも、越境者の集いで企画してやったものですね。それに『アジャイルひよこクラブ』。これは2カ月に1回ですけど、これは運営側で。こちらもメインはふりかえり。

―― こっちでもふりかえりを?

森さん― そうですね。2カ月に1回2時間やるんですけど。後半20分ぐらいふりかえりの時間をいただいてやっています。あとは、この黄色い服の活動ですね。

森一樹さん

―― 黄色い服の人。 『プロジェクトマネージャ保護会』ですね。(編集注:プロジェクトマネージャ保護会の方は、森さんが着ておられるお揃いの黄色いTシャツを着て活動されています)

森さん― そう。こっちは月1ぐらいなんですけど。最近プロばこっていうゲームを広めようとしてます。

編集注:首都圏のアジャイルコミュニティをご存知ない方にとって、馴染みのないコミュニティがたくさん出てきました。この記事ではそれぞれのコミュニティの説明はしません。各コミュニティのウェブサイト等にあたってください。また、ご都合がつくならば足を運んで実際に参加してみるのもお勧めです。

―― 社内の方では?

森さん― 今年の3月ぐらいに大規模なカンファレンスで話す機会をいただいたので、そこで話してから社内からお声掛けいただけるようになりました。話した内容はカンバンの話だったんですけど、ふりかえりの話も少しして。それがきっかけです。

―― 現場に森さんが行って、そこでふりかえりのお手伝いをするのですか?

森さん― そうですね。ふりかえりをやってみたいチームや、ふりかえりがうまくいってないチームの支援をしたり、新しくチーム作りたいというときにチームビルディングのやり方を一緒にやってみようとか。あとは、自分の所属部署ですけれども、部署の会議にファシリテーターとして呼ばれるとか。

―― ファシリテーターとして会議に呼ばれる? ちょっとこの会議のファシリテーターをやって欲しいんですけどみたいな。

森さん― そうですね。会議というより、ワークショップに近いんですけれども。月1~2回程度でやっています。

黄色い服の人

前向きな対話ができる場をつくれれば、意見は活発に出ます

―― 先ほどお話にあった『ふりかえり実践会ワークショップ』ではどんなことをやってるんですか。

森さん― 実践会ワークショップは、2時間半、150分間のワークショップをします。場作りを知っていただくことと、ふりかえりの流れを伝えることをやっています。ふりかえりの流れというのは、”場の設定”、”データの収集”、”アイディアを出す”、”アクションを決定する”、”ふりかえりのふりかえり”。この5つです。『アジャイルレトロスペクティブズ』で紹介されている流れに準拠しています。

―― ふりかえりのふりかえり?

森さん― 『アジャイルレトロスペクティブ』にはふりかえりを終了するフェーズと書かれているものです。この5つの流れに従うとうまくいくことを最初に説明した上で、5つの流れに沿って8~9のアクティビティを体験していただいています。

―― 具体的にはどんな感じで進めているのですか?

森さん― まず最初にやらなきゃいけない場の設定、私は前向きな対話ができる場を作るって言っていますけど。それを作るための“Good&New"というアクティビティ(今週良かったことや新しい気付きを共有する)と、"Design the Partnership Alliance(DPA)"というアクティビティ(ふりかえりの決め事をチームで決めるもの)を体験してもらいます。そうすると全員が初対面の場だったとしても、すごく話しやすくなるんですよ。それを体験していただいてから、「実は今のが場作りです。これをふりかえりの前に毎回やるんですよ。」と伝えています。

―― ここが大切なんだぞと。

森さん― そう。私は場作りを大事にしていれば、ふりかえりのやり方は知らなくてもうまくいきやすくなるという考え方なんですね。アクティビティを教えてはいますが、大事なのは場の設定で、それさえやってしまえば活発な意見が出てきます。意見と意見を戦わせて一方を決めるんじゃなくて、意見と意見をマージしたより良いアイデアを導きやすくなるということを、ワークショップの一番最初に伝えています。

DPAとGood&New

出典) ふりかえりワークショップ~実践&実践~

森さん― ハウツーの部分も体験するためにいくつかのアクティビティもやります。データ収集に"タイムライン"、アイディア出しで"学習マトリックス"、アクションを決定するときに"ドット投票"。この一連の流れを一回経験していただいて終わった後にワークをふりかえります。ここまでで90分ぐらいです。2回目はいくつかのワークを別のアクティビティでやって、最後にふりかえりのふりかえりのために"温度計"というアクティビティをします。

編集注:各アクティビティの内容よりも、森さんが様々なアクティビティを取り入れてワークをくみ上げていることを知っていただくことが大事なので、ここでは各アクティビティの説明はしません。書籍『アジャイルレトロスペクティブ』にアクティビティの説明がありますので、関心のある方は書籍を参照ください

どういう意図を持ってファシリテートしているか、アクティビティの目的は何かを知って欲しい

―― そういった勉強会を主催する中で心掛けてることとかありますか。場の大切さを知ってもらいたい以外で。

森さん― ふりかえりのファシリテーションに課題を感じて来てくださっている方も多いんですよ。なので、私自身がファシリテーションをしてみせて、なにかしら持って帰ってもらえるといいなと思っています。できるだけ自分がどういう意図を持ってファシリテートしていたのかを、アクティビティとアクティビティの合間で伝えるようにしています。ただ150分は長いようで短いので、どういった意図があってファシリテートしているのかを伝えきれないときがあるんですね。その場合は後の懇親会で話したりもしています。

―― アクティビティの説明と、終わった後にアクティビティのまとめを話す以外にファシリテート自身の説明もすると。

森さん― そうですね。私が教えたいことはやり方じゃなくて、何故やっているのかということなんです。それさえ知ってれば、あとは自分で変えられるようになりますよね。だから、アクティビティの細かなところと合わせて、"なぜ"を具体的に伝えています。そういうことを知ってもらいたい、気付いてもらいたいという思いです。私も以前はそうだったんですけど、Whyとかそういう部分が大事なんだよって言われてはいたものの、言われても分かんないじゃないですか。

―― そうですよね。

森さん― いろいろと経験して、ふりかえった結果、大事だって徐々に気付いていくものですけど、そのための示唆を投げ続けることを意識しながらやっています。

―― やり方が分からないと動けないのですけど、何故そのやり方なのかを、ちゃんと考えないと駄目っていうのはよく分かります。しかも、ふりかえりの中でのファシリテーションって難しいですよね。

森さん― 難しいと思うんですよ、本当に。通常のファシリテーションとは違う気がしていて。いわゆる会議やワークショップのファシリテーションとまた種類が違うファシリテーションなのかもしれません。私の場合は人の顔を見続けているのと、表情だったり動き。今止まったな、考えてそうだなとか意識しています。

―― 急に腕組み始めたとか大事ですね。サインですからね。

森さん― そうです。そういうところを常に一歩引いて見ています。それと、ふりかえりはあくまで彼らの場なんですよね。参加している人たちがより前向きになりやすくて対話がしやすい、議論じゃなくて対話になりやすいようにうまく場をつくることを常に意識しながらやっています。私が普段いろんなところでファシリテーションやってるモードとは、また違うモードのファシリテーションのやり方が、ふりかえりにはあるように思います。うまく言語化できないですけど。

―― 会議の場合は結論を出すための議論をしているんですけど、ふりかえりの場合は、お互いを知ったり、状況を把握したりする対話をしているので違う気がしますよね。

森さん― まさにダイアログファシリテーションかもしれない。そこは私の師匠の高柳さんがダイアログファシリテーターとしてやっている部分にきっと近くて。私自身は自分をチームファシリテーターって名乗っていますけど。

まずはチームの関係性の質を上げることに力を注いで欲しい

森さん― ふりかえりをどうすればうまくいくかって話ですが、ふりかえりの前にすべきことっていっぱいあるんですよ。私はふりかえりには3つの目的と3つのステップがあると考えています。1つ目にまず立ち止まること。立ち止まることをふりかえりの場を設けるためにやってくださいと言っています。プロジェクトが炎上しているなど大変なときほど、立ち止まって一歩引いて考えないと、辛い思いが続くだけです。立ち止まるだけでも改善方法の芽が見えることもあると思っています。例えば家に帰って湯船に浸かっていると仕事中に解決できなかったバグの原因が思い当って次の日にやってみるとうまくいったりすることありますよね。一度立ち止まることが大切なんです。そういう場が、ふりかえりだと思ってるんですね。

ふりかえりの3つの目的・3ステップ

出典) ふりかえりワークショップ~実践&実践~

森さん― 2つ目のステップが、チームの成長につなげること。私はチームを成長させるって言っているんですけど。ふりかえり実践ワークショップに来られる方の中には、スクラムをご存知で毎週ふりかえりをやってるけど、うまくいかないっていう方が多いんです。プロセス改善がうまくいかないのは、チームの関係性ができてないからなんですよね。お互いの価値観も共有されてない、チームが出来上がっただけの状態で、プロセス改善をすると言われても、うまくいきません。最悪の場合は個人批判に陥ってしまいます。そうならないために、チームの成長を意識する段階が必要です。毎週、立ち止まることができるようになったら、コミュニケーションやコラボレーションしやすい環境を整えるにはどうすればいいを考えることがふりかえりの目的の2つ目だと思ってます。

立ち止まった30分間で、今週はここのコミュニケーションが良くなかったから、良くするための方法を考えようかとか。今週嬉しかったこと、やってもらって嬉しかったことっていうのをお互いに感謝し合いましょうとか。それでいいと思います。チームの関係性が良くなり、次の1週間は少しだけコミュニケーションしやすくなった環境で進めればいいんです。

インタビュー風景

森さん― チームが醸成してからやっと最後にプロセスの改善をします。3つ目のステップです。だから、まずはチームの関係性の質を上げることをふりかえりに注いで欲しい。ふりかえりという立ち止まるための時間を確保できているのであれば、その時間を使ってチームビルディングしちゃおうという話です。

―― そういうとき、チームの関係性を良くしようとして、そのワークだけでふりかえりが終わったりもするのですか。例えばチームでお互いを評価し合って、「こんな良いことあったね。終了~。」 みたいな。

森さん― 全然いいです。感謝し合ってコミュニケーションしやすくなるだけでも生産性は上がるはずなんですよね。コミュニケーションしやすくなるから、コミュニケーションロスがなくなったりだとか。私からするとちょっと違うなって思うのは、問題を出さなきゃいけない、その改善をしなきゃいけないって思うことです。情報を共有や対話をするだけでも、ふりかえりなんじゃないかな。ふりかえりは、日本語で言うと”過去のことを考える”です。それでいいって思うんですね。「こんなことあったね」とか、「こういうことやってくれたね」って。それができて、毎回上手くいくようになったら、初めて未来のこと考えればいいです。

だからこそ、一番重要なのは場だと思います。集まったけどマイナスのことをずっとチームで言い合い続けてたら、どんどんチームの関係性は悪くなっていきます。「場作りだけはしなさい」ってずっと言ってます。

良いところをどんどん伸ばせばいい

―― 3段階目のプロセスの改善まで進めていいと、どのくらいで思うものなんですか? チームによるのは承知で聞きますけど。

森さん― 私の経験だと最短で3週間ぐらいかなと思います。ちょうど今支援しているチームもそれくらいです。3週間ぐらいチームビルディングの方向に特化して、ふりかえりをやっていました。ですがアクティビティは同じ流れでやります。"場作り"から"ふりかえりのふりかえり"までの90分。でもプロセスの改善とは一言も言ってなくて、「今週のコミュニケーションのやり方どうでしたか」、「今週のコラボレーションうまくいってましたか」と質問しています。それに対して良かったことや課題を出してもらっています。プロセスの課題は何でしたかとは聞かなくても出るものなんです。出ちゃうものはしょうがないですけど、最初はコミュニケーションの話をずっとし続けます。

森さん― そして、3、4週目ぐらいでコミュニケーションの改善のやり方とか、チームのセレモニーをここに移したほうがいいよねとか、そういう話が出て、徐々にいい感じになってきたので、ようやく「プロセスの話ちょっとしましょうか」と言いました。

―― さきほど説明いただいたふりかえりの進め方は変わりないけれど、3つのステップのどこにいるかに応じて質問する内容を変えているんですね。

森さん― そうですね。意識的に内容を変えている気がします。今、お話ししていて気付きましたけど。

―― KPTだっていうと、悪かったものを良くしなきゃいけない意識が、私は働いてしまって。そうすると、あれも、これも、それも直したいみたいな話になっちゃう。でも最初に、まずはチームのコミュニケーションについてどうですかって言われると、少し捉え方は変わる気がしました。

森さん― チームが前向きにどんどん良くしてこうよって考えると、働く上でのモチベーションがどんどん上がっていきます。それに働きやすさだったり、コミュニケーションのしやすさが重なって指数関数的に良くなっていく。それがチームの生産性に表れたり、仕事のやりかたに如実に表れたりするのを実際に感じています。それをするために、最初に良かったことを考えるのがよいです。良かった部分をより伸ばすこと。伸ばすためにはどうすればいいのかっていうのを考える。そうすると、どんどんチームのやり方だったり関係の質っていうのは上がっていくのかなと。

ふりかえりの前に空間を整えて欲しい

―― 森さんの発表スライドに「空間作り」って言葉があって気になっています。空間作りって、おしゃれな場所でやったりとか、お菓子用意したりとかですか? それ以外にもあったりします?

森さん― 会議室って自分で選べない場合も多いですよね。

―― そうですね。場所を確保できなかったり。

森さん― 決められた会議室、例えば、今インタビューしているこの会議室でふりかえりすることになったら、ホワイトボードが右側にあるので、私は中央にある机と椅子を全部左側に寄せます。付箋とペンを用意して、みんなで立ってホワイトボードの前で議論ができるようにします。また、直接目と目が合うようにするとですね、心理的にやりづらいのがあるのと、「人対人」の状態になり、個別の会話に入り込みがちになってしまいます。だから、ホワイトボードを前にして強制的に「人対問題」の状態にして、チームのトピックに対して向き合えるように空間を作ります。

インタビュー風景

森さん― あとは、60~90分間ふりかえりをしていると、疲れる人もいるので、いつでも座っていいようにしています。でも全員が座ると動き出さないんですよ。付箋に書いたはいいけれど、誰もボードに貼らないということが起きます。だから5人とか6人でふりかえるのであれば、用意しておく椅子は半分の3つだけ。疲れたら座っていいけれど。基本は立ってどんどん貼ってくみたいな。

―― なるほど。

森さん― 音楽も流します。ほんのり聞こえるぐらい。無音が苦にならない程度の音量で流しておいて、集中してきたな、議論が白熱してきたなって思った瞬間に、徐々にボリューム下げて消します。邪魔になりますから、逆に。あとは、お菓子を毎回用意するのと、飲み物ですね。

私は15分くらい前に会議室に入って準備をします。付箋も。例えば"タイムライン"をやるのだったら、タイムライン用の凡例を6つぐらい書きます。感情ごとに色分けして。それを2セット。というのも、テーブルで書くときに見るものと、ホワイトボードで作業するときに見るものとを用意するからです。凡例を計12枚書いて、それぞれ貼っておく。この例細かいですけど、そういった事前準備をします。それにタイムラインやKPTの軸を書いておいたりですね。

ふりかえりの本を書きたい

―― では最後に、これまでのインタビューで同じ質問をしているんですけど。今後どんな事をされていきたいとか、次にしてみたいことがあれば教えていただけますか。

森さん― 直近の夢は、ふりかえりの本を出したいです。ちゃんとした本。『これだけ! KPT』というすごく良くまとまってるKPTの本と、『アジャイルレトロスペクティブズ』というやり方の流れがまとまっている本があります。ただ、ふりかえりのもっと前、今回言った場作りなどを扱った本を書きたいです。あと、アクティビティは知らなくてもうまくいくと言いつつも、知ってればふりかえりが楽しくなりますし、それに沿ってやるとうまくいきます。でも、やり方はいろんなところに情報が散らばっていて固まっていないんですよね。 Fun Retrospectivesというサイトもありますが、英語ですし。

インタビュー風景

森さん― アクティビティを私なりにかみ砕いたまとめが70個あるので、それを全部吐き出して、うまくいった組み合せの事例集も入れて、ふりかえりの本があればいいなと思って、今、書いています。

―― すごい。お待ちしてます。早く読みたいです。

森さん― あとは、ふりかえりが、すごく素晴らしいものだと思っているので、もっといろんな人とか、IT業界だけじゃなくていろんな企業にお話したいなって考えています。

―― 今日は興味深いお話をたくさんありがとうございました。

参考