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アジャイル

SAFe (Scaled Agile Framework) 3.0 入門 (第2回)

チームを超えたものの必要性とリーン思考
株式会社オージス総研 技術部アジャイル開発センター
藤井 拓
2014年5月8日

今回は、そもそもチームレベルを超えた枠組みがなぜ必要かという話からスタートし、SAFe (Scaled Agile Framework) [1][2]の思想的なバックボーンの1つとなっているリーン思考を簡単に紹介します。リーン思考は、強力なプロダクト、システム、サービスを開発する企業や事業部がチームを超えて共有する目標とその実現手段を提供します。

チームを超えたものの必要性

スクラムに大きな影響を与えた野中先生等の「知識創造企業」[3]を読むと、そこで描かれている80年代の日本の企業の独創的な新製品開発の過程とスクラムとの間にはギャップがあることに気づきます。「知識創造企業」に記されている新製品開発の過程は大雑把には以下のようなものです。

  1. 当初の製品企画案を策定する
  2. 製品企画案の経営陣が承認する過程で、無茶とも思える課題設定をする(ハードルを上げる)
  3. プロジェクトリーダーが選ばれ、多才なメンバーを集め、製品コンセプトを具体化する
  4. 直面する様々な課題を、プロジェクトリーダーの下で多彩なメンバーや外部の専門家の連携で解決する
  5. 得られた製品の設計を製造に移管する

また、このような製品開発が行われた時期は70年代の高度経済成長の中で発展した日本の製造メーカーが本格的な国際競争に突入した時期であり、企業の存亡がかかっているという危機意識の下でこれらの製品開発に取り組んでいました。

著者の勝手な推測ですが、おそらく上記のC), D)あたりとソフトウェア開発の世界で既に実践されていた反復開発とが結びついてスクラムが生まれたのではないかと想像することができます。スクラムはそれは7±2名という規模の開発チームに焦点を絞ることでシンプルなフレームワークになったのですが、それがゆえに知識創造企業のA)、 B)、E)のようなチームを超えたレベルの話が切り捨てられたのかもしれません。

また、80年代と現代とを比べると「変化のスピードとグローバル化、さらにそれらに起因する競争の激化」という点が大きく変化しています。これらの中で「変化のスピード」という点では、「短期の反復で変化に対応する」というアジャイル開発(スクラム)の強みが有効になったのではないかと考えられます。

それでも、知識創造企業に示された新製品開発の過程のようにチームを超えた様々な人が関与することで規模が大きなものを含めてより強力なプロダクト、システム、サービスが生まれる可能性があります。SAFeは、このようなチームを超えた組織の連携により、強力なプロダクト、システム、サービスを生む企業や事業部像を提供するものと位置付けることができます。

SAFeのアジャイル以外の源流とリーン思考

SAFeの源流となるものとしては、第 1 回の記事で紹介したアジャイル開発やスクラムというものがまっさきに挙げられますが、それ以外に以下のようなものを挙げることができます。

  • リーン思考
  • プロダクト開発フロー[4]
  • 要求プラクティス

これらの3点及び、これらを企業や事業部の単位でのプロダクト開発の流れとして表現した全体像が強力なプロダクト、システム、サービスを生む企業や事業部像の根幹を構成します。これらの中でリーン思考とプロダクト開発フローの概要を今回から2回の記事で紹介し、それらに続くSAFeを構成する3つのレイヤーの説明の中で要求プラクティスの概要を説明します。

リーン思考

ソフトウェア開発でリーンと言えば「リーン開発」や「トヨタ生産方式(TPS)」が有名ですが、SAFeにおけるリーン思考は図 1 に示すような、強力なプロダクト、システム、サービスを生み出す企業や事業部全体が共有する理念を意味します。この図に描かれた家を「リーンソフトウェアの家」と呼びます。

なお、「アジャイルソフトウェア要求」[2]ではこの家を「リーンソフトウェアの殿堂」と訳したのですが、書籍の刊行後にその訳語が不適切であることに気づきました。「アジャイルソフトウェア要求」の読者の方にはこの場を借りてお詫び致します。

図 1 リーンソフトウェアの家
図 1 リーンソフトウェアの家

「リーンソフトウェアの家」は、強力なプロダクト、システム、サービスを生み出す企業や事業部全体を表します。そして、家の骨格となる屋根、柱、土台がリーン思考であり、その家の中身がプロダクト、システム、サービスなどの価値を生み出す活動のための原則を表します。これら屋根(目標)、柱、土台、中身が意味するものは以下のとおりです。

  • 目標:価値
    • 持続可能な最短のリードタイム。(人々と社会にとって)最高の品質と価値。
      ほとんどの顧客の喜び、最低のコスト、高いモラル、安全性
  • 第 1 の柱:人々の敬意
  • 第 2 の柱:継続的な改善
  • 家の中身:プロダクト開発フロー
  • 土台:上役のサポート
    • 上役はリーン思考を適用し、教育する。この長期的な考えに基づいて決断する

目標は、TPSの考案者である大野耐一氏が述べた「顧客からの注文を受けてから、納品し、代金を頂くまでのサイクルタイムを減らす」ということと、さらに「顧客に価値を提供することを目指す」ということです。土台は、この目標を達成するために、チームのみならず企業や事業部全体で連携し、リーダー(上役)はリーン思考を推進し、継続的な改善を指導する役割を担うということを意味しています。第1の柱と第2の柱の意味は次の「トヨタウェイ」の節で説明します。

この家は、リーンに結果を生む企業や事業部であるために、企業や事業部が全体として共有する目標とその高いレベルの実現手段を図示したものなのです。このように図示することで、プロダクトの開発だけに留まらず、業務分野や職階層を横断して目標と実現手段を共有することができます。

リーンは、元々トヨタ自動車さんがはるかに大きな規模で大量生産(マスプロダクション)を行っていた欧米の自動車メーカーに対抗するために生みだしてきたものです。書籍[4]では、このような厳しい競争において生き残り、成長してきたトヨタ自動車さんの強み(DNA)としてトヨタウェイとTPSの2つを挙げています。「リーンソフトウェアの家lの骨格はこのトヨタウェイの部分に対応するものと考えられます。次節では、「リーンソフトウェアの家lの骨格の意味をもう少し具体化するためにトヨタウェイについて少し説明します。

トヨタウェイ

トヨタウェイを説明する書籍[5]では、トヨタ自動車さんのアプローチは図 2 に示されるような4つのPで構成されると説明されています。また、それら4つのPをより具体化したものとしてトヨタウェイの14の原則が示されています。これら4つのPのうち、「プロセス」の部分がTPSに対応します。残りの3つのPが「リーンソフトウェアの家」の第1の柱、第2の柱、土台に対応します。TPSについては御存じの方も多いでしょうし、「リーンソフトウェアの家」の構成要素ではありませんので本記事では説明を省略します。

図 2 4つのP
図 2 4つのP

以下、「プロセス」以外の 4 つの P をそれに付随する原則を紹介します。

  • 長期的思考 (Philosophy)
    • 原則 1 短期的な財務目標を犠牲にしてでも長期的な考えで経営判断する
  • 正しいプロセスが正しい結果を生む (Process)
    • 書籍[5]では原則 2-8 が示されていますが本記事では省略します
  • 人とパートナー企業を育成して会社の価値を高める (People and Partners)
    • 原則 9 仕事をよく理解し、思想を実行し、他人に教えるリーダーを育成する
    • 原則 10 会社の考えに従う卓越した人とチームを育成する
    • 原則 11 パートナーや部品メーカーの社外ネットワークを尊重し、改善するのを助ける
  • 継続して根本問題に取り組んで組織的学習を行う (Problem Solving)
    • 原則 12 現地現物を徹底的に理解するように自分の目で確かめる(現地現物)
    • 原則 13 意思決定はじっくりコンセンサスをつくりながら、あらゆる選択肢を十分検討するが、実行はすばやく行う(根回し)
    • 原則 14 執拗な反省と絶え間のない改善により学習する組織になる

これらの7つの原則が、「リーンソフトウェアの家」の骨格の意味を理解するためには少し参考になるのではないかと考えられます。「アジャイルソフトウェア要求」でも「リーンソフトウェアの家」の説明が少ないのでより詳しく理解されたい方にはSAFeの「リーンソフトウェアの家」の原形を提案している書籍[6]を参照されることをお勧めします。

家の源流と中身

「リーンソフトウェアの家」は、SAFeのオリジナルではなく、元々Larman氏とBodde氏が提案した「リーン思考の家」[6]という図を翻案したものです。また、さらに遡るとライカー氏の本[4]の中で似たような図として張富士夫氏が描いたとされる「TPSの家」というものに由来するものではないかと考えられます。

元々の張富士夫氏が描いたとされる「TPSの家」の骨格は以下のようになっています。

  • 屋根:最高品質・最小のコスト・最短のリードタイム、最も安全・最高の勤労意欲
  • 第1の柱:ジャストインタイム
  • 第2の柱:自働化
  • 中身:継続的改善
  • 土台:平準化、安定化して標準化された工程、目で見る管理、トヨタウェイの思想

これに対して、Larman氏等が提案した「リーン思考の家」はSAFeの「リーンソフトウェアの家」と屋根、柱、土台が同じで、中身だけ「トヨタウェイ」の14原則の変形版とトヨタ自動車さんのプロダクト開発の原則になっています。Larman氏等は、開発手法としてはアジャイル(スクラム)を選択しながらも、それをチームを超えて企業や事業部に展開するために、TPSというプロセスではなく、トヨタウェイを中心に家を再定義したのです。

SAFeの「リーンソフトウェアの家」の中身であるプロダクト開発フローは、ソフトウェアの比重が高い効果的なプロダクト、システム、サービスを生み出すためのより具体的な指針を提供するものになっています。また、SAFeにおけるプロダクト開発の流れはこのプロダクト開発フローの原則と整合するものになっています。つまり、プロダクト開発フローがSAFeを支える原則になっているのです。そのため、SAFeをそのまま適用できないような状況に面した場合にはプロダクト開発フローまで立ち戻ることでその状況の解決策を考える手がかりが得られる可能性があります。


第 2 回の終わりに

今回は、強力なプロダクト、システム、サービスを生み出す企業や事業部全体が共有する目標と実現方法を示す「リーンソフトウェアの家」を紹介しました。また、「リーンソフトウェアの家」の意味を理解するために参考になる「トヨタウェイ」の原則を紹介しました。

「トヨタウェイ」の解説書[4]を私が読んだ際に印象に残った点は、以下の4点です。

  • 現場を熟知し、改善できる人がリーダーとして昇進する
  • リーダーとしてより大きな権限を持った人(経営陣)がより大局的に状況を捉え、大胆な戦略(製品開発)を決断する
  • 大胆な戦略の実現を(次世代のリーダーを含む)優秀なリーダーに託すことで製品やプロセスを改革する
  • 問題点をできるだけ早く顕在化させ、その根本原因を追究し、対処する

もちろん、これだけに尽きないのですが、このようなことを全社でやり続けるというところがトヨタ自動車さんの凄さだと感じました。

次回の記事では、「リーンソフトウェアの家」の中身であるプロダクト開発フローの6つのテーマを紹介する予定です。


参考文献