2025年11月26日(水) にオンラインで開催された Modeling Forum 2025の参加レポートです。「AI 時代のシン・データモデリングとは?」というテーマで、興味深い講演がたくさんありました。概念モデリングが大好きな筆者の独断と偏見で(すみません)、いくつかの講演についてレポートします。
テーマは「AI時代のシン・データモデリングとは?」
生成AI(文章や画像を自動で作り出すAI技術)が進化する中で、データモデリングが重要になっています。これは、AIを効果的に使い、正確な結果を出すためには、データの品質を高める必要があるからです。
生成AIが誤った情報を出すこと(ハルシネーション)を防ぐためには、学習に使うデータの質がとても重要です。質の高いデータ(AI Readyデータ)を作るには、企業のデータの全体像を示す「データモデル(データ地図)」を作成することが必要になります。
さらに、生成AIが出した結果が正しいかどうかを人間が判断できないのは大きな問題です。データモデルは「必要なデータがどこにどんな形で存在するか」を明らかにし、結果の正しさを判断する材料となります。
このように、データモデリングは単なるデータベースの設計ではなく、AIと協力して仕事を進めるための重要なコミュニケーションの基盤となっています。企業全体のデータの信頼性と品質を確保するために、その重要性が改めて認識されています。

基調講演:科学的思考におけるモデル:説明、創造、そして概念工学へ
東京大学大学院情報学環・学際情報学府 准教授 植原亮 氏
この講演では、科学哲学の視点からモデルの大切な役割について考察し、モデルが説明や理解、創造、そして新しい分野である概念工学にどうつながるかを話されました。
「広い意味での科学」は、観察に基づく証拠をもとにアイデアを検討し、問題を解決するものです。科学的思考は、普段の考え方の延長線上にあるものだと説明されました。
科学的思考におけるモデルの普遍的役割と特徴
科学的思考で使うモデルの特徴は「抽象化」と「理想化」です。抽象化は重要な特徴だけを取り出すことで、理想化は現実には満たされない条件であえて単純にすることです。モデルによって、複雑な現実を人間の頭で扱えるようになります。
モデルによる「説明」と「理解」の促進
モデルは単なる記述ではなく、科学的な説明を述べる(「なぜ?」「どのように?」を示す)ことで、謎を減らし、深い理解を助けます。
モデルと「創発性」「発見」の関係
モデルは発見や創造的な思考とも関係しています。類推(アナロジー)を使って、共通する特徴や構造の発見につながります。
創造性は「新しく価値あるものを生み出すこと」と言えます。創造のプロセスには、既存のアイデアを組み合わせる「統合的創造性」、全く新しいアイデアを生み出す「探索的創造性」、そして既存の枠組みを変える「変形的創造性」があります。特に「変形的創造性」は、既存の制約を取り払うことで、これまで不可能と思われていたことが可能になるため、大きな驚きをもたらします。
発見や創造的な思考の具体例として、ケクレがベンゼンの環状構造を発見したことが紹介されました。
モデルと「概念工学」への展望
モデルは概念と深く関わるため、「概念工学」という新しい分野にもつながります。
概念工学とは、既存の考え方(概念)を分析し、目的に合わせて改良し社会に広めるという、エンジニアリングのような作業です。具体例として「自由意志の概念」や「創造性への応用」が紹介されました。
まとめ
科学的思考におけるモデルの特徴として示された「抽象化」と「理想化」によって複雑な現実を人間が扱いやすくするという点は、私の好きな概念モデリングと共通しています。今後は、本講演で示された科学的な説明を通じた理解の促進や創造的な思考の促進を、モデリングの活動につなげていきたいと考えています。

講演:生成AI時代のドメインモデリング ― OOPとFPを超えて
株式会社ウルフチーフ 代表取締役 川島 義隆 氏
本講演では、 生成AI時代において人間が担うべきドメインモデリングの役割と、 仕様ドメインモデルの重要性が解説されました。
オブジェクト指向プログラミング(OOP)や関数型プログラミング(FP)といった実装技法の違いを超え、 「仕様として何を定義するか」 が講演全体の主題でした。
ドメインモデルと仕様モデル
ドメインモデルとは、 現実世界の複雑さから本質的な構造を抽象化したものです。
講演では、 ドメインモデルの 「概念モデル」 「仕様モデル」 「実装モデル」 の3レベルのうち、 特に仕様モデルの重要性が強調されました。
仕様モデルでは、 実装技術に依存せずに、 業務の本質をデータと振る舞いとして明確にすることが重要です。仕様が曖昧なままでもシステムは動いてしまいますが、 それでは業務の本質的な複雑さを捉えることができず、 後工程での修正や混乱を招きます。
OOP・FPを超えたモデリングの視点
OOPはデータと振る舞いをまとめて洗練させる点に強みがあり、 FPは型設計によって全域性や合成可能性を高める点に特徴があります。
しかし講師は、 どちらを選ぶかよりも、 仕様ドメインモデルとして適切にデータと振る舞いを定義できているかが本質であると述べました。
データはAND (直積) とOR (直和) による抽象で表現し、 振る舞いは 「入力データから出力データへの変換」 として整理します。これにより、 実装の詳細に依存しない、 理解しやすい仕様モデルが形成されます。
下記イメージに、データ抽象と振る舞い抽象について整理してみました。

良い仕様モデルの条件
良い仕様モデルには、 以下のような性質が求められます。
- すべての入力に対して出力が定義されること(全域性)
- 分割によるデータ抽象と振る舞い抽象により、実装の選択肢を狭めないこと(一般性)
- 不要なデータを渡さない明確な責務分割 (スタンプ結合の排除)
- 読み手が仕様の意味を十分に理解できること(明確さ)
条件分岐や状態管理が増える場合は、 振る舞いではなくデータ抽象で表現できないかを検討することが重要であると説明されました。
開発プロセスへの示唆
講演では、 インサイドアウト開発の重要性が強調されました。
画面やデータベースを起点とするアウトサイドイン開発では、 業務の理解が不十分なまま 「配線プログラミング」 になりがちです。
これに対しインサイドアウト開発では、 人間が業務を理解し、 仕様モデルとして業務の本質を明確に定義します。その上で、 UIや永続化といった周辺設計を仕様モデルに基づいて構築します。
これらの領域は、 今後AIが効率的に担当する部分であり、 人間は 「何を作るべきか」 を仕様モデルで指示する役割に注力すべきである、 という示唆が示されました。
まとめ
本講演を通じて、 重要なのはOOPかFPかという選択ではなく、 業務の本質を捉えた仕様ドメインモデルを定義できているかであることが明確に示されました。生成AI時代において、 人間は仕様を定義する役割により一層注力すべきであり、 その基盤としてのドメインモデリングの価値を再認識する内容でした。

講演:こんにちは!データモデリング
エークリッパー・インク 代表 羽生 章洋 氏
本講演では、誰もが簡単にアプリを作れる生成AI時代にシステムの健全性を保つためには、 すべてのビジネスパーソンにデータモデリングの基礎的なリテラシーが不可欠であることが示されました。
AI時代の到来とアプリ開発環境の変化
本講演では、 生成AIの進化によってアプリケーション開発のハードルが大きく下がっている現状が示されました。
これまでコストや工数の制約から実現できなかった業務のIT化が可能になり、 特に中小企業やノンデスクワーク領域において、 デジタル化の可能性が広がっています。
一方で、 誰でも簡単にアプリを作れる時代だからこそ、 目的が曖昧なまま量産される 「アプリの粗製乱造」 が起こり得る点が課題として提示されました。
上流工程の重要性とボトルネックの移動
AIがコード生成を担うようになると、 ソフトウェア開発のボトルネックは実装工程から、 要件定義や業務整理といった上流工程へと移行します。
羽生氏は、 これからの時代は「何を作るか」 「なぜ作るか」 を定義できるかどうかが成否を分けると指摘し、 上流工程の成果物としてのドキュメントやモデルの重要性を強調しました。
アプリケーションとデータモデリングの関係
アプリケーションはプログラムの集合体であり、 プログラムは 「データ」 と 「アルゴリズム」 から構成されます。そしてアルゴリズムは、 前提となるデータ構造に強く依存します。
このため、 業務の本質をどのようなデータ構造として表現するか、 すなわちデータモデリングがシステム全体の品質を左右する重要な要素であることが説明されました。AI時代においても、 この部分は人間が考えるべき中核領域として残り続けます。
全ての人に求められるデータモデリング理解
講演では、 IPAのデジタルスキル標準において、 経営層を含むすべてのビジネスパーソンに 「データベース設計」 が求められていることが紹介されました。
データモデリングはもはや技術者だけの専門スキルではなく、 業務を考え、 ITを活用するすべての人に必要な基礎リテラシーになりつつあります。一方で、 項目名の定義やデータの持ち方など、 正規化以前の段階で多くの人がつまずく現実も指摘されました。
- 「項目名」定義の難しさ :意外に多くの人が「項目名」を挙げることができない。また、「データ=項目名+値」という基本概念の理解でつまづいてしまう
- 「横持ち」への執着 :月別、部門別などのデータを横に並べてしまう(直観的だが、データベース設計としては正規化されていない扱いにくい形式)
AI活用と専門家によるリードの必要性
生成AIを活用してデータモデルを作成すること自体は有効な手段ですが、 そのモデルが妥当かどうかを判断できるのは人間だけです。特に今後は、 モデリングの専門知識を持たない人がAIを使ってシステムを作る場面が増えていくと考えられます。
そのような時代だからこそ、 モデリングの専門家がレビューや助言を通じて、 非専門家を優しく易しくリードしていく役割が重要になります。
- AI 出力データのレビュー責任 :「本当にそのデータモデルで良いのかの判断と責任」を負うのは人間である
- 専門家によるリード :非技術者を優しく易しくリードして、データモデルの基礎を理解して自力で進められるようにサポートすることが不可欠
まとめ
本講演は、 AI時代におけるデータモデリングを 「不要になる技術」 ではなく、 「より多くの人を支えるための基盤スキル」 として捉え直す機会を与えるものでした。
AIを正しく活用し、 ITやDXの恩恵を最大化するためには、 データモデリングの知見を持つ人材が周囲を支援しながら導いていくことが不可欠であると感じました

所感
今回、久しぶりに「Modeling Forum 2025」に参加してきました。昨今の生成AI 時代に合わせて「生成AI 時代のシン・データモデリング」ということで、どの講演もAI とモデリングに関した話題になっていました。
今回、一部の講演しか紹介できなかったので、下記のプログラムページから他の講演(資料と動画があります)もぜひチェックしてみてください。
生成AI の普及により、誰でも簡単に「欲しいものが瞬時に手に入る」時代になりました。簡単に欲しいアプリやデータモデルが得られる一方で、生成AI に妥当な出力をさせること、結果の妥当性を判断するのは人間の重要な役目になります。
せっかくの生成AI を手軽に使うために、どの講演でも主張されていたように、データモデリングの知識、スキルはやはり必要だと感じています。データモデリングを学ぶステップとして、気軽にモデリングを楽しめる「モデリングカフェ「Square」」の連載で一緒にモデリングしましょう!
