システムズエンジニアリング専門家によるSysML v2徹底解説
この連載では、2025年にリリースされたシステムモデリング言語SysML v2を取り上げ、業界での利活用に乗り遅れないために基本的な情報や新しい構成要素の紹介、今まで使っていたSysML v1とv2の変換などを紹介していきます。第七回の今回は6月に横浜で開催されたINCOSE International Symposium 2026で見えてきたSysML v2やMBSEのことを紹介します。
今回は少し趣向を変えて、SysML v2のユーザー、すなわちMBSEに取り組む方々の現状をIS2026から読み解きたいと思います。
IS2026に見る、世界のMBSEの現在地――AIとデジタルスレッドが変えるシステムズエンジニアリング
2026年6月、システムズエンジニアリングの国際会議「INCOSE International Symposium 2026(IS2026)」が横浜で開催されました。日本で初めての開催となった今回のシンポジウムには、世界各国からシステムズエンジニアリングの実務家、研究者、教育関係者が集まり、複雑化する製品・サービス開発にどう向き合うべきかについて、多くの議論が交わされました。
筆者も現地で講演を聴講し、あらためて実感したのは、MBSE(Model-Based Systems Engineering)が単なる設計手法やモデリング技術の話にとどまらず、組織、プロセス、データ、AI活用を含めた開発変革の中心テーマになりつつあるということです。本記事では、IS2026の概要と講演傾向を紹介しながら、世界のMBSEの現在地、そして日本企業がこれから取り組むべき課題について考えます。
INCOSE International Symposiumとは
INCOSE(International Council on Systems Engineering)は、システムズエンジニアリングの実践と普及を目的とする国際的な非営利会員組織です。複雑なシステムを実現するための方法論、ベストプラクティス、人材育成、標準化に関する活動を世界規模で進めています。
その年次イベントであるINCOSE International Symposiumは、1991年から毎年開催されているシステムズエンジニアリング分野最大級の国際会議です。実務家、研究者、教育者が一堂に会し、最新の研究成果だけでなく、産業界での適用事例、組織変革、人材育成、標準化、ツール連携など、実践に根ざした幅広いテーマが扱われます。
IS2026の概要:日本初開催、テーマは「Beyond Digital Engineering: Seeking Wa in SE」
IS2026は、2026年6月13日から18日まで、パシフィコ横浜で開催されました。今年は963名が参加し、34カ国から参加者が集まりました。北米大陸以外で開催されたINCOSE International Symposiumとしては最大規模の参加者数となったことも今回の特徴で、アジア圏、とくに日本でシステムズエンジニアリングへの注目が高まっていることが伺えます。
テーマは「Beyond Digital Engineering: Seeking Wa in SE」。デジタルエンジニアリングの先にあるシステムズエンジニアリングの姿を、人間の創造性や感性、AIなどの先進技術、そして日本語の「和」が表す調和の概念と結び付けて考える内容でした。単にデジタル化を進めるのではなく、人間と技術、組織とプロセス、モデルと実世界をどのように調和させるかが、会議全体を貫く問いになっていたように感じます。
講演プログラムから見えた、世界のMBSE潮流
AIで駆動するMBSE
IS2026で最も目立ったテーマの一つが、AIとMBSEの融合です。
従来のMBSEでは、要求、機能、論理設計、物理設計といった情報をシステムモデル化し、開発関係者間で共有することで、情報の一元化による開発の効率化を狙っていました。一方で、膨大な情報をシステムモデルに変換する作業や、システムモデル化された情報を開発関係者が(モデルに精通せずとも)どう参照・編集するかという課題があると思います(これを実現するMBSE Environmentの構築も従来より研究されてきました)。
こうした課題、すなわち「物量の問題」「知識・技術の問題」はAIの支援により解決できる可能性があることは想像に難くありません。実際にIS2026の講演では、AIの支援をいかにモデル作成自動化やモデルから欲しい情報を獲得することの自動化に役立てるかといった試みが見受けられました。
一方でAI活用の前提として、システムモデルが機械可読(Machine readable)であり、意味的に一貫していることの重要性も高まっていると感じます。AIに自然言語文書を読ませるだけでは、解釈の揺れや根拠の不透明さが残ります。SysML v2、オントロジー、ナレッジグラフ、APIによるツール連携などは、AIが扱える「意味のある開発情報」を整えるための基盤として、ますます重要になると考えられます。
デジタルスレッド:部門と企業を越えて情報をつなぐ
もう一つの大きな潮流は、デジタルスレッドです。IS2026では、検証ワークフロー、OEMとサプライヤ間の情報連携、構成管理や変更影響分析など、開発ライフサイクルを横断して情報をつなぐ発表が目立ちました。これは、要求から設計、解析、検証、製造、運用までを個別の成果物として管理するのではなく、一貫した意味を持つ情報の流れとして扱う方向へ、システムズエンジニアリングが進んでいることを示しています。とくにSysML v2 APIを用いた組織間情報交換や、AIを組み込んだ検証ワークフローに関する発表は、モデルを単に人が読む図として扱う段階から、ツール、プロセス、組織をまたいで機械的に接続される情報基盤として扱う段階へ移行しつつあることを感じさせます。デジタルスレッドとは、ツール連携の話であると同時に、開発情報を組織全体で管理するための考え方でもあります。
翻って、日本のMBSEの現在地はどうか
IS2026で発表される事例や研究内容を、日本企業の開発現場に引き寄せて考えると、世界との差はまだ小さくありません。もちろん、日本の製造業には高い品質意識、現場力、すり合わせの力があります。しかしMBSEの観点では、それらの強みが必ずしもモデルやデータとして再利用可能な形に整理されているとは限りません。
最も大きな課題は、システムズエンジニアリングが機能する組織・土壌の不備だと考えます。AIやデジタルスレッドによるMBSEを進める前提として、まずは(モデル抜きに)システムズエンジニアリング自体がある程度実践できていなければなりません。しかし日本の開発現場ではこのシステムズエンジニアリングが失われてしまった現場が多いと感じます。これは派生開発を長らく続けることでシステムズエンジニアリングをする機会が減ってしまった事や、大規模複雑化するシステム開発に対応すべく組織がサイロ化し"システムを視る"人がいなくなってしまった事などが原因と考えています。 システムズエンジニアリングの実践には、システムとして要求をどの粒度で扱うか、システムアーキテクチャの意思決定をどのように残すか、変更影響を誰がどのタイミングで評価するか、システム設計成果物をレビューや合意形成にどう使うかといった、「システムの」開発プロセスと役割設計が必要です。IS2026でも、リーダーシップ、能力成熟度、技術リーダー育成、組織変革に関する発表が多く、MBSEの定着には技術だけでなく組織能力が不可欠であることが示されていました。日本の開発現場も、まずはシステムズエンジニアリングが機能する組織・土壌に変えていくことが必要と感じます。
MBSEは「AI時代の開発基盤」になる
今回のIS2026を通じて強く感じたのは、MBSEがAI時代の開発基盤として再定義されつつあるということです。AIは自然言語、コード、画像、表などを扱えるようになりましたが、複雑な製品開発において信頼できる判断を行うためには、要求、機能、制約、根拠、変更履歴が意味的に整理されている必要があります。
その意味で、SysML v2、オントロジー、知識グラフ、デジタルスレッドは、AIを開発現場で安全かつ実用的に使うための基盤技術と言えます。AIが設計案を提案し、モデルを検査し、テストケースを生成し、変更影響を分析する時代には、モデルそのものの品質と意味の一貫性が、これまで以上に重要になります。
まとめ:日本企業に求められる次の一歩
IS2026は、MBSEが研究テーマや一部の先進企業の取り組みから、複雑な製品・サービス開発を支える実践的な基盤へと移行していることを示す場でした。AI、デジタルスレッド、モデル交換、知識管理、安全解析、組織変革といったテーマは、別々の話ではありません。いずれも、複雑な開発情報をどのようにモデル化し、共有し、判断につなげるかという共通の問いに向き合っています。
日本企業が次に取り組むべきことは、単にMBSEツールを導入することではなく、自社の開発プロセスや組織を見直し、システムズエンジニアリングを実践できる組織風土にしていくことだと思います。そのためには小さな領域からでも、要求、設計、検証、変更をつなぐシステムモデルを作り、レビューや意思決定に使い、再利用できる形で残す。その積み重ねが、AI時代に通用する開発力の土台になると考えます。
IS2026で見えた世界の動きは、MBSEの成熟がこれからの競争力を左右することを示しています。AIを活用するためにも、サプライチェーン全体で協調するためにも、そして複雑化するシステムを安全かつ迅速に開発するためにも、MBSEは今後ますます重要な役割を担っていくでしょう。
次回予告
次回は、これまでの連載でSysML v2に興味を持ち、いよいよSysML v2でモデリングしてみようという方向けに、OMGが公開しているモデリング環境のセットアップ方法を紹介します。
