Fearless Journeyゲームは、自分の信じるアイデアを所属している組織に広めるときに、それを阻む障害に対してどのように対処すればよいのかを学ぶものです。対処方法は『Fearless Change』に掲載されてあるアイデアを組織に広めるための48のパターンを使ってみんなで考えます。このゲームは、チームビルディングにも使える筆者の大好きなものの一つです。このFearless Journeyゲームの紹介と合わせて、2018年9月の「エンタープライズアジャイル勉強会のチュートリアル」で行ったFearless Journeyゲームの様子も報告したいと思います。
Fearless Journeyゲームとは
アジャイル型開発やデザイン思考など、自分が良いと思う手法やツールを組織に広めようとしたときに壁にぶち当たることがあると思います。ここではその壁のことを障害と言いいます。Fearless Journeyゲームは、そういう障害に対してどのように対処すればよいのかをパターン (ゲーム内では戦略と呼ばれています) を使って、みんなで考え、対応計画を考えるものです。使用するパターンはMary Lynn MannsさんとLinda Risingさんによる『Fearless Change』(邦題: アジャイルに効くアイデアを組織に広げるための48のパターン)にまとめられてある48個のパターンです。
例えば次のようなパターン (本ゲームでは「戦略」と呼ばれる) があります。後ほど説明するFearless Journeyの公式サイトからダウンロードできる戦略からの抜粋です。
体験談の共有 (Hometown Story)新しいアイデアの実用性を確認してもらうために、成功した人に体験談を共有してもらう。新しいアイデアを使ったことのない人は、他の誰かがそれを使って成功したことを知らないかもしれない。新しいアイデアにまつわる経験を非公式で双方向的な場で共有してもらう。
このような戦略が書かれたカードを使ってゲームを進めるのですが、学びが多くあるのはもちろん、毎回とても盛り上がります。特に社内で開催すると具体的で実効性のある計画案ができ、チームメンバーの方向性が一致し、熱量も上がります。このゲームのそういうところが筆者はとても気に入っています。
学びの多いゲームだからでしょうか、Fearless Joruneyゲームは、これまで多くの現場や勉強会で開催されています。筆者も社内やお客様先、社外の勉強会等で何度もFearless Journeyゲームをファシリテートまたはプレイしてきました。
ゲームは次のような流れで進めます。
準備
- ゲームで議論したいテーマを決める
- テーマに関する組織の現状とゴールを言葉に起こし、ゲームのスタートと成功 (ゴールのこと) として設定する
- 現状からゴールに向かうときに実際に自組織で発生しそうな障害をカードに書き出す (ゲームでは障害カードと呼ぶ)
ゲームの遊び方
- スタートからゴールに向かって、道の描かれたカード(パスカード)を一枚置く
- 障害カードを一枚取り、そのカードで道を塞ぐ
- 各プレイヤーは48個の障害を解決するパターン(戦略)が書かれたカードのうち5枚を手札として持っており、その5枚を使って障害を除く方法を全員で考える
- 解決案が確かに先の障害に対処できるものだとチームが合意したら、障害カードと使用したパターン(戦略)カードと合わせて脇に置く
- 3~6を繰り返し、ゴールを目指す
このような感じで進めるゲームです。このゲームのポイントは、
- 自組織で起きそうなことを話し合うので、現実味がある
- あらかじめ用意されているパターンカードを使うことで、各プレイヤーのアイデアが引き出され、会話が促進し、全員で解決方法を考えられる
- とにかく、楽しいこと!
です。組織上の問題を考えているのにも関わらず、とても楽しく、全員が活発に前向きにアイデアを出すことができます。ゲームという形式を取っていることもありますが、パターンという知識のまとめ方が活発な議論を引き出していると言えるでしょう。
パターンがチームの知恵を引き出す
パターンは、言わば先人の知恵です。様々な状況で、うまくいくことがわかっているやり方を「状況」「問題」「解決方法」の観点で簡潔にまとめ、「名前」が付けられているものです (参考記事: うまくいったことをパターンで書いてみよう )。例えば「根回し」のような無形の振る舞いに名前を付けることで、それを人は認識することができ、人に伝えることができるようになります。これがパターンの特徴です。
また、「うまくいく」とお墨付きが与えられているので、それに背中を押されパターンに沿って自分の体験や意見を述べやすくなります。議論のメンバーに経験や年齢の差があったとしても、発言を遠慮することを抑える効果があります。そもそも、社会人一年生だとしても人生経験は20年程度ある訳です。学校生活での友人関係、部活やサークルでのチーム運営など、人と人が関わる組織的な障害を乗り越えた経験は持っているでしょう。パターンは過去のそういった経験から似たような振る舞いを認識させ、引き出し、語らせる効果があるのです。
パターンについては、下の記事も参考にしてください。
ゲームの詳しいルール
ゲームのキットはFearless Journeyのウェブサイトから自由にダウンロードすることができます。ウェブサイトは英語ですが、日本語の戦略カードとゲームのルールをダウンロードすることができます。この記事で同じことを書くのは無駄ですので、そちらをご参考ください。ゲームをする時は印刷をして、手元に置いておくとよいでしょう。
エンタープライズアジャイル勉強会での進め方
ワークショップの一つの例として、先日のエンタープライズアジャイル勉強会での進め方を紹介します。Fearless Journeyをプレイするワークショップ計画の参考にしてください。
この勉強会では、下図のようなタイムテーブルで講義とグループワークをしました。エンタープライズアジャイル勉強会ではゲーム以外に講義をしていますが、Fearless Journeyゲームだけで成り立ちます。
準備
- Fearless Journey公式サイトから、道が印刷された「パスカード」と「スタートカード」と「成功カード」をダウンロードして、印刷して切り抜きます。テーブル分用意します。
- 「戦略カード」を準備します。この勉強会では、公式サイトにある戦略カードの文章をコピーし、はがきと同じ大きさの紙に印刷しています。ゲームで取り扱いがしやすく便利です。戦略は、48個に加え、15個の追加戦略カードを使いました。
議論のテーマを決める
この会には「エンタープライズアジャイルの活用を阻む障害を考える」というテーマがあらかじめ与えられていましたので、Fearless Journeyゲームのテーマとしては、「アジャイル型開発を自分の組織に広める」と運営側で決めました。みなさんの組織でゲームをしたいときは、一緒にゲームをするチームもしくは個人が組織に広めたいアイデアを含むテーマにすればよいと思います。
アジャイルを組織に広めるときの障害を出す
ゲームで使用する「障害カード」を作るための準備です。
この勉強会ではアジャイル型開発を組織に広める際に立ちふさがる障害にどんなものがあるのかを議論することも目的でしたので、ワークの先のことは考えず、思いのままに、思いつく限りの障害を出し合い、付箋に書いて、議論してもらいました。
ただし、抽象的であいまいな情報として共有し、議論するのではなく、具体的で込み入った背景も含めて話し合っていただくようにしました。というのも、ゲームで障害に対する対処方法を検討するとき、抽象的であいまいなものに対しては、議論が浅く、解決策も有効性が疑わしいものになりがちなのが経験上分かっているからです。具体的で込み入った背景にこそ、その障害を取り除くことを難しくさせる何かがあります。そこを議論しなくては意味がないのです。
障害を書いた付箋を貼りだす度に、どんな障害なのか、なぜそれに困っているのか、場合によっては自分の組織の構造や背景を語っていただき、障害の内容をシェアします。このワークだけでも、結構盛り上がりました。
現状と目標を明文化する
テーマに対する組織の現状と、ゴールとなる目標を付箋に書きます。それぞれ、ゲームのスタート地点とゴール地点になります。
障害カードの作成
グループで考えたアジャイル型開発を組織に広める際の障害から、検討したい15個を抜き出します。付箋をそのまま障害カードとしました。
さらに、何も書いていない5枚の付箋を加え20枚にし、シャッフルして伏せてテーブルに置き、準備完了です。
ゲーム!
ファシリテーターがゲームの進め方を軽く説明した後、全テーブル (今回は2テーブル) 一緒に1プレイヤーのプレイ分だけステップ・バイ・ステップでゲームを進めました。よくあるゲームのチュートリアルと一緒です。ここでも障害の具体的で込み入った背景を把握することを忘れないようにファシリテーターは注意を促します。障害を書いてくれた人にどんな障害なのかをもう一度語ってもらうとよいでしょう。
テーブルによって議論のスピードが違うので、頃合いを見計らって各テーブル自分たちのペースでゲームを進めてもらいます。
このゲームは盛り上がること間違いなしです。筆者がこれまでゲームした中で盛り上がらなかったことはありませんでした。パターンの書かれた戦略カードを使いながら、ゲームプレイヤー全員で協力して、「あーでもない。こーでもない」と言いながら解決策を考えます。
私はこのゲームのファシリテートをするときは、ゲームをこなすことがないようにと注意するようにしています。ゲームですからゴールを目指すべきですが、適当に議論を切り上げ、解決したことにして次に進むような事のないように伝えています。例えば、議論されている解決策ではうまくいかなかった経験があれば、それを表明し、その出来事の内容を伝えて議論をさらに続けるようにお願いしています。このようにゲームを進めると勉強会の時間内にゴールにたどり着かないことも多いですが、しっかりした議論ができるので参加者には満足していただいています。
元々解決が難しい組織上の課題を話し合っているのですから、浅い議論で有効な解決策が出るわけもありません。1つでも2つでも「これだ!」と思える案が持ち帰れば勉強会としては意義があると私は思っています。
ふりかえり
時間が来たらゲームを打ち切ります。最後にグループで、ゲームをプレイして気づいたこと、解決のヒントになったことなどがあればシェアしてもらいます。エンタープライズアジャイル勉強会では、
- チームビルディングに使えそうだから自分でもやってみたい
- 解決策のヒントが得られたと思う
- ゲームのキットはどこで手に入れられるの?
など、Fearless Journeyゲームに非常に興味を持っていただけたのではないかと思われる質問や意見がたくさん出ました。
まとめ
本記事では、Fearless Journeyゲームの概要と、エンタープライズアジャイル勉強会での進め方の例を紹介しました。この記事をきっかけにFearless Journeyゲームに興味を持つ人が増え、多くの現場でゲームが行われると嬉しく思います。
そして、戦略カードに書かれているパターンに興味を持たれたなら、次は書籍の『Fearless Change』を手に取り、読んでいただけたらと思います。この本は非常に良い本ですが、届くべき人にまだまだ届いていないと感じることがあります。組織に自分のアイデアを広げるときの課題や解決策は届けたいアイデアに関わらず変わらないものだと思います。
『Fearless Change』を手引きに、みなさんのアイデアが皆さんの組織、そしてその先へと広がっていけば、私はもっと嬉しく思います。