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インタビュー

アジャイルを使って強いチームを作った話

アジャイル実践者インタビュー第2回:大塚怜奈さん
2018年6月21日
大塚 怜奈(おおつか れいな)
大塚 怜奈(おおつか れいな)
楽天株式会社

楽天株式会社で様々なプロダクトに関わり、アジャイル型の開発を参考にしつつ、少しずつプラクティスを導入して自分のチームを強くしていった大塚怜奈さん。2018年4月末に弊社にお越しいただき、インタビューさせていただきました。大塚さんのこれまでの発表をもとに、大塚さんがどのように考え、どのように改善を進めていったのかをお聞きしました。あわせて、大塚さんの改善活動に対する想いや今後の夢などを語っていただきました。

インタビュアー:藤井 拓
(編集:水野 正隆)

タスクの偏りにチームが無関心だった

―― お忙しいところありがとうございます。大塚さんは、 2017年3月のエンタープライズアジャイル勉強会『はじめてのMyあじゃいる』 、2017年4月の Agile Japan 2017『はじめてのアジャイルのその後』 というご講演をされています。本日は、この2つのご講演に関する話題を中心にインタビューしていきたいと思います。よろしくお願いします。

大塚さん― よろしくお願いします。

―― まず、『はじめてのMyあじゃいる』の方からお伺いします。チームの混沌期、発表頂いたケースではタスクの分担が縦割りで負荷が不均一というような状態があって、その中で大塚さんが「現状を変える」という選択をされたとあります。タスクの分担が不均一なのは何か原因があっての結果だと思うのですが、大塚さんが改善を始めるきっかけはどこにあったのでしょうか。

講演資料

出典) 『はじめてのMyアジャイル ~チームが変わっていった話~』

大塚さん― まず、実際にタスクが偏っていました。誰でもリリースできるし誰でもオペレーションできる、ちょっとした作業スキルは基本的にはあったんですけど、どうしても作業しやすい人に偏っていました。そして、他の人達がそういう状況に無関心になりつつあったんです。そこで見える化をして、「iPhoneチーム、今ちょっと余裕あるよね?」という感じでタスクを分散したかったんです。もうひとつは、iPhoneとAndroidという縦割りで隣のチームに無関心になりつつありました。ですが、良いものを早くよく作れるチームは、やっぱりAPIのことを考えつつ、他のプラットフォームのことも考えつつ、お互い話し合いながら作れるチームではないかと思い、それも含めて改善を始めました。

―― 課題を感じて改善するときに悩むのは、変えていく順番だと思うんです。大塚さんの場合は、スタンドアップミーティングを導入して、タスクを見える化して、という順番だと発表にありますが、どうしてこの順番だったのですか。

大塚さん― やりやすさと、チームの合意が取れやすい順でしょうか。既に朝の全体共有などはしていました。そこで「何やってるのか」を話すと、他の人の作業を嫌でも聞こえると思ってスタンドアップミーティングをしました。スタンドアップミーティングをやって情報の共有をやりだしてから、そのタスクって何かで見えた方がいいよねって話をしてJIRA (編集注:課題&プロジェクト追跡ソフトウェア) も入れました。そうすると、こんどは「そのタスクはJIRAのカンバンのここなのに、スタンドアップで違うこと言ってたな」というような事が分かるようになって、整合性が取れるようになりました。

インタビュー風景

大塚さん― そして、チームのメンバーがその辺を見えるようになってくると、おかしいなと思うことが出てきました。その「おかしいなを言う場がない」というフラストレーションが溜まってきて。そういう事を言える場が欲しいなと思ったときに、KPTとして発言できる場をつくっていこうよ。というような形で、徐々にステップアップしました。アジャイルをやったことがなくても取っつきやすいと思いました。

―― 確かに。

大塚さん― 普通にプロジェクトの共有だよねっていうところ、入りやすいところから始めたって感じです。

「タスク見えたほうが良いよね。」という、プラスの話し方

―― その時、「アジャイルやります」という感じで入ったんでしょうか。それとも、「ア」の字も言わなかったのか…

大塚さん― 言わないです。アジャイルって言葉は全然使ってないです。言われた瞬間、「何それ、分かんないの嫌だ」って言われそうだったので。「朝礼でちょっとみんなのタスク共有しようよ」という感じです。昨日やったこと、今日やることで困ってることがあったら言ってみようという感じです。それがスタンドアップミーティングだとかの説明もしていません。見える化に関しては、チケットっていう形でタスクを切った方が、誰が何やってるかって見えるよねって。

―― どういう説明をして入れていくんですか。「プロジェクトとしてちょっと困っているんだけど」とか、「これって課題だよね」ってとか…

大塚さん― 課題あるよねっていうよりも、「見えた方が良いよね。」というプラスな方ですね。課題って言うと課題と思ってない人もいるので。自分のタスクさえこなせればいい人たちもいるわけで。そういう人たちに課題だよねって言っても、その人にとっては課題でも何でもなくて、私のそういうやり方なんでっていう。

―― わかります。

大塚さん― でも、やっぱりなんかあったときに、みんな影響受けるんだから、今のうちに見えといた方が良いよね。とか。休んだときに、誰かフォローしないといけないんだから、どのタスクが残っているのか分かる場所があった方がいいよね。というような。プラスで持っていきました。社内でJIRAによるカンバンを広げている人たちもいたので、こういうツールあるよって入った感じです。でも、なかなか初めって難しい。

インタビュー風景

チームの意識を変えるのに半年かかった

―― 『はじめてのMyあじゃいる』では、KPTをやったけど最初盛り上がらなかったっていうお話がありました。それで、問題をチームの問題として捉えるよう考え方を変えられたということでした。このときなんですけど、チームメンバーに切々と諭したわけではないんですよね。どうやって考え方を変えていったのですか。

大塚さん― 時間をかけるっていうのと、無理し過ぎないっていうところがポイントだと思ってます。KPTが盛り上がらないって講演のスライドにも書いたんですけど、KPTで自分の失敗を失敗として言いたくないしって。でも、Problemが出ないのはしょうがないと思っています。だから、チームでできたちょっとしたこと…例えば「調査依頼が来た、早く返せた」というような。ちょっといいことをチームみんなでできたことを、「それ、Keepに上げちゃおうよ」みたいな感じ。ちっちゃいこと出していったっていう感じですね。

―― いいですね。

大塚さん― Problemに関しても同じです。例えば朝礼の時間が長くなるっていうのが、たまにあるじゃないですか。そういうのも、「みんなだらだら話し過ぎるようになったから、あれProblemだよね」みたいな感じで出したものを、次は短くしようって、みんなで話して。そうすると、次の日みんな気を付けるわけですよ。で、次のKPTのときには、「すごいそれ、良くなったよね!」みたいな。開発ともプログラミングとも全く関係ない、ちょっとしたことの「良くなってる感」を積み重ねていったというのは、すごい効いてたなと思います。

―― チームビルディング的な…

大塚さん― KPTってそういうもんだなと、私は思っています。

―― そういった改善活動は、自分自身の経験の中で、こうした方がいいっていうのを発想してやっておられるのでしょうか。

大塚さん― その頃、アジャイルとかスクラムとかを何となく見始めてはいたんですけど。やっぱり高尚っていうか、取っ付きにくい部分もあったので、できることを考えたら、そこぐらいだったと。でも、チームの話のKPTも、ちゃんとみんなが「この前のトラブルは、こういうところが良くなかった、Problemだよね」っていう風に気になってたことをそのまんま挙げるようになったのって、半年ぐらいかかったと思います。

―― それくらい時間が掛かると。

大塚さん― 掛かりました。チームを変えるっていうのはおこがましいですけど、チームのプロセスが良くなかったよね。とみんなの意識を変えるのって、私の中では少なくとも半年かかるなっていうイメージです。

何かあったときにも私が休めるように

―― 改善したり、アジャイルプラクティスを入れてみたりとかって、大塚さんはどういう動機で始められるんですか。

大塚さん― 私が楽をしたいから(笑)

―― (笑)

大塚さん― 私が、運用オペレーションやトラブルや緊急対応をやることが多くて、自分のタスクが時間内に進まないことが続いていて。私にノウハウがたまっていくけど、チームとしてはノウハウがたまっていってないなと感じていて。でも、トラブルや緊急対応とかが起きたときに、みんなに知っといてもらわないと私が休めない。私も休みたい!!てなって・・・動機が不純な気がしてきました。

―― 別にいいんじゃないですか。動機として。

大塚さん― なんかあったときに困るのが嫌で、いろんなことをちょっとずつでも把握しようとして、そうすると何かあったとき、どうしても私に全部振られるわけですよ。

―― 視野が広いんですね。全体を俯瞰できるんですね。

大塚さん― それで、ついついやっちゃうわけで。ちょっとそれ、やだなと思って。他の人にやってもらうには、どうすればいいんだろうって。ちゃんといつでも休めて、なんかあったときにもちゃんとチームとして解決できて、そのノウハウは誰かに偏るんじゃなくて、チームとしてノウハウ。チームのそれぞれの人がどっか他に行ったときにも生きる経験値が貯まってくれるといいなっていう思いもあります。

インタビューの様子

リアルを使ってビジネスオーナーと合意する

―― 『はじめてのアジャイルその後』の方に話題を移します。大塚さんは、 Ragri(ラグリ) (編集注:楽天株式会社様が提供するインターネット契約栽培サービス) に移られました。お立場は、エンジニアリーダーから変わられたんですか。

大塚さん― プロデューサーという開発にいてビジネス側の窓口になる役割があって、それを兼務していました。スクラムマスターとプロダクトオーナーをちょっとかじるみたいな立場です。

―― このお話で出てきた、「リアルを使って要件をビジネスオーナーと合意する」のリアルは、プロダクトのことですか。

大塚さん― リアルには、いろんな意味を込めてまして。それまでは画面のワイヤフレームを印刷したものを見せて話してたんですよ。OKをもらって合意を取れていたつもりだったんですけれど、結局認識があっていませんでした。そこで、紙を実物大ぐらいに切って、それを並べて…。そのパターンだったら紙をこう並べて、ここを押したら次はここに行きますよという感じで。全部見せるようなリアルがひとつ。もうひとつはプロトタイピングツール使って、この画面のこの部分はこんな風に動きますよというのがひとつ。あとは、テスト環境が用意できた場合はそれを触ってもらう。この3つの意味です。リアルにいろんな意味を込めちゃいました。

―― なるほど。

大塚さん― ITに慣れている人だと、「ここを押したら、ここ行くんだよ」で通じてたんですけど。慣れてない人だと、この全体の中の、この画面を押すと、この紙のここなんだよっていう、空間認識で覚えてもらうしかないっていうことを、社内の人から話を聞いて、なるほどって思って。リアルで用意しました。

―― リアルなもので説明して…

大塚さん― そうです。で、もらったフィードバックも、その場でちゃんと紙に書いて。「じゃあ、言ったことは、こうですよね」っていうことを、体験として覚えてもらうということをやってました。

―― リアルに紙に書いて(笑)

講演資料 出典) 『はじめてのアジャイルのその後 ーシン・サービス立ち上げ、スクラムぽくなってきたー』, Agile Japan 2017

大塚さん― それで、その写真を撮って、今日話したのはこれで、今日やったのはこれですよって送って、相手にも履歴として残すっていう(笑)でも、そこまでやって、うまく進むようになった気がします。

―― 『はじめてのアジャイルその後』のその後は、どうなったのでしょうか。

大塚さん― 定例リリースはキープできていますし、品質も上がっています。テストの自動化もやり始めているので、改善は進んでいます。

―― 改善がどんどんまだ進んでいるんですね。

大塚さん― そうですね。開発がよしなに回ってくから、時間を別なことに使えるようになりました。

ビジネスサイドの仕事をしていきたい

―― 今後目指したい方向性や夢を教えてください。

大塚さん― ちょうど今月(編集注:2018年4月)から、ビジネス側のお仕事を兼務することになりました。プロダクトが将来的にどうあるべきで、今どういう方向に進んだ方がいいのかっていうところをちゃんと考えて、それを具体的に落とし込んで、必要な開発をするところをできるようになりたいなと思ってます。

―― 潜在的なお客さんを見つけていくとか、いろいろと新たなチャレンジがありそうですね。

大塚さん― そうですね。プロダクトの戦略を立てて、だから今これが必要だよねみたいな話ができるような。今までは開発チームに閉じていましたけど、ビジネスサイドも含めた、サービスチームのような感じで進めることができればいいなと思ってます。でも、潜在ユーザーも含めて、なかなか難しいですよね。

―― 2つの発表ともチームにフォーカスする発表でしたので、大塚さんはスクラムマスターとか、チームビルディングに関心があるのかなと思ってたんですけど、プロダクト開発に興味がおありなんですね。

大塚さん― 私、プロダクトを作りたい人なんです。ただ、プロダクトを自分が作れる環境にするためにはどうすればいいかって考えたら、チームを回さないと、私がプロダクトに集中できないみたいな感じで(笑)。

―― そういうことだったんですね。

大塚さん― チームという土台がないと自分が「こういうもの作りたい」って言っても、一緒に答えてくれるメンバーがいない状態になって困るので。それで、今の開発チームも回っているので、やっとプロダクトも考え始めたところです。今ちょうど転換期です。

―― なにか野望みたいなものはあるんですか。

大塚さん― 今、探してるんですけど。 Ragri も、もう少し広まれば(笑)。

―― 今日は、お忙しいところありがとうございました。

Ragriの説明をする大塚さん

パンフレットを持って、インターネットを使った契約栽培サービスの Ragri の説明をする大塚さん

参考

大塚さんの発表資料はどちらも公開されています。ぜひ、あわせてご覧ください。

(訂正)

  • 楽天株式会社様のサービス Ragri の表記が一部誤っておりました。訂正しました。(2018.6.25)